第8話:魔法少女の身体を乗っ取り

先ほどまで全身を炎で灼かれ、致命傷を受けて瀕死だったリリは、今まさに”任務を完了”して出て行こうとする犬型怪人ヘルハウを射すくめていた。

だが犬型怪人ヘルハウの方はリリが立ち上がったことには一切気がついていない。リリはそっと手に力を込める。すると指先から銀色の液体が出てきて、一対の弓矢を形成する。小柄であるリリの身長を超える長さの銀色の弓に、これまた銀色に染まった矢が握られていた。



「……園長先生を」



 リリは自分の身に何があったか理解出来なかったが、しかしながら身体に力が満ちあふれていることを感じていた。

そしてそれを弓につがえると、力を込める。



「返してっ!」



 弓を引き絞りきり、犬型怪人ヘルハウの背に向かって引き放つ。

銀の矢は宙で3つに分裂すると、犬型怪人ヘルハウの背と両肩に突き刺さる。その衝撃で犬型怪人ヘルハウは一瞬つんのめるが、すぐさま戦闘員荷物を投げ捨てると臨戦態勢を取る。豪炎を口から吐き出すと、リリの視界が真っ赤に染まり高温でリリは少しだけ怯む。そしてリリが反撃しようと次の矢を構えた次の瞬間、その豪炎を突き破って犬型怪人ヘルハウが現れる。



「このクソガキィ!!」



「きゃっ……!」




 毛むくじゃらの太い腕がリリの首元に伸びて、そのまま固い床へと叩きつける。

床が大きくへこみ、コンクリ片が辺りへと飛び散る。だが、リリはその体勢でも矢を素早く構えて犬型怪人ヘルハウに向かって撃つが、寸でのところで躱される。そして次の矢を構えようとしたときには犬型怪人ヘルハウはリリの手から弓をはじき飛ばすと右手でリリの首を絞めながら、リリの顔を空いた左手で殴りつける。鼻から血がだらりと流れるも、リリは犬型怪人ヘルハウを睨み付ける。



「なんだァ、お前のその格好? いや、それよりも……?」



 じろりと犬型怪人ヘルハウはリリをなめ回すように見渡す。

先ほど見たこの少女の格好は地味な紺のパジャマであった。しかも先ほど孤児院をめちゃくちゃにするほどの豪炎に巻き込まれていたのを確かに見ていた。だが焦げ1つついていないフリルのふわふわしたピンクのワンピースに、火傷1つついていないその身体、犬型怪人ヘルハウはこの少女リリの存在に疑念を持つ。先ほど、背に突き刺さった矢傷が酷く痛み、真っ黒な体液が床へと滴り落ちていく・




「園長……先生を…返してっ!」




「ああ? 園長先生? あの戦闘員シャドウが? ははっ、アレがか? 元から使い捨ての奴らが、そんなに大事か? それとも元の姿に戻せってか? 無理だよ、1度戦闘員シャドウになったら死ぬまで我らが陰謀団カバルの奴隷だ」




「……園長先生は……優しい先生だもん。さっきも……私を、庇ってくれた……!」




 首を絞められ息も絶え絶えなリリの脳裏には、先ほど自身を炎から庇ってくれた戦闘員シャドウ沓野輪くつのわの姿が思い浮かぶ。そして数ヶ月前に沓野輪くつのわが孤児院から突然失踪する前に血は繋がっていなくとも、リリに本当の家族の様に接してくれた沓野輪くつのわの年相応に皺が刻まれた優しい笑顔が思い浮かんでくる。

リリは段々と遠くなる意識をなんとか踏みとどまらせ、思い切り拳に力を込める。



「園長、先生を返してっ……!」



 床に組み伏されて首を絞められながら、リリは渾身の力を込めて犬型怪人ヘルハウへと拳を突き上げる。が、犬型怪人ヘルハウのちょうど左胸辺りへと突き刺さった拳は、その硬い体毛と皮膚に阻まれて何の衝撃も与えることはなかった。

犬型怪人ヘルハウは矢で刺された痛みと苛つきから、リリの顔を殴りつける。鼠をなぶる猫のように何度も、何度も顔を殴りつける。途中まではなんとか抵抗しようとしてたリリであったが、途中から何も反応を示さなくなる。少しの間、重たい殴打音が響いていたが何の反応も示さなくなったリリに飽きたのか犬型怪人ヘルハウは一際大きく拳を振り上げると、リリの顔面目掛けて振り下ろす。



「死ね」



 犬型怪人ヘルハウの勢いのつけた拳の衝撃で地面が微かに揺れ、真っ黒な血飛沫が辺りへと飛び散る。

だがその血飛沫はリリのものでない。殴りつけたほうである犬型怪人ヘルハウのその拳が、鋼鉄などの硬い物を殴りつけたように裂けていた。犬型怪人ヘルハウは裂けた己の拳を驚きの表情で見てから、ふと視線に気がつく。それは組み敷いている先ほどまで目の焦点の合ってなかったリリが、銀色に染まった双鉾で犬型怪人ヘルハウを射すくめていた。



「お前、何をしっ!?」



 犬型怪人ヘルハウの疑問の言葉は最期まで続くことはなかった。

まるで銀の手袋を身につけたように銀色に染まった右拳が犬型怪人ヘルハウの顎へともろに入る。犬型怪人ヘルハウは体勢が殴られた衝撃で崩れて後ろへとのけぞる。その瞬間、脚を引き抜いて犬型怪人ヘルハウの腹部を思い切り蹴り上げる。その蹴りの威力は凄まじく、優に200キロはあるであろうその巨体が宙に舞い、自らが吐いた豪炎の中へと転がるほどのものであった。



「ああ、痛ぇな……本当に痛ぇ。だけどようやくこれで」



 は垂れた鼻血を手で拭うと何事もなかったかのように立ち上がる。

先ほどまで顔についていた青アザに、首元から昇ってきた銀の膜が吸い付くと一瞬で元の元気な肌色へと復活する。顔の傷だけではない。背には銀のヴェールを纏い、そのヴェールが身体のあちこちの傷にくっつくと一瞬で傷が塞がっていく。



「これでようやく、自由に動ける」

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