理想の世界

@mmm365

理想の世界



 その白い空間の中では、十数人の白衣を着たスタッフ達が手に書類を持って机の間を行ったり来たりしている。《僕》はその様子を部屋の後ろの一段高い場所から眺めていた。

 

 「そろそろか」《僕》は腕時計に顔を落とすと、時計の秒針はカチカチと時を刻んでいる。そして時計の秒針が12を指した時、スタッフの一人から声が飛んできた。


「室長、時間です。始めましょう」


《僕》は腕時計から視線を上げ周りを見渡すと、十数人のスタッフ達が緊張した面持ちで《僕》の方を向き、《僕》の言葉を待っていた。


「ふぅーーー。よし、では始めようか。全員持ち場に着くように!」


《僕》は皆の待っている言葉を発した


「ユグラドシルのバックアップは問題ないな!では、これより実験を開始する!カウントを!」


「1番から30番までオールチェック・・・・完了!30秒後 再起動します!」


(これで最後だ、大丈夫。一回目、二回目と成功している。だが、もし失敗してもまた繰り返すだけだ。何度でも、何度でも。)


「10、9、8、7」


 カウントが10秒を切った。全員に緊張が走る。


「・・・・3、2、1、起動します!!」


「ブーーン」と皆が見つめる先のモニターに光が入り、その中に新しい世界を映し出した。


(ここからだ。ここから《僕の夢》が始まる‼)



 1章(事の起こり)


 西暦2055年、世界が劇的に変わった年である。

 その年、『Hajime(ハジメ)』という学者があるシステムを開発したことによって起こった。

《不老不死》。それは、過去何千年も昔から人々が求めた一つの夢。その夢に限りなく近づける方法にたどり着いたと言うものであった。

 それは生き物の頭に埋め込んだICチップによって、生きるうえで必ず受けているストレスを制御し細胞が受ける酸化ダメージを限りなく無くすことにより老化を防ぐと言う方法であった。

 事実、マウス実験では寿命が15年を超える個体が複数成功し、先日チンパンジーでも効果が確認されたところだ。

 もちろんそのニュースに世界中は大いに沸いた。脳内にICチップを埋め込むことに抵抗がある人も、もちろん多いがそれ以上に今まで受けてきた生活ストレスからの脱却。また、システムの副次的な機能として人体のバイタルの管理が出来るという事実も大きかった。人々は常に『死』を恐れながら生きている。

 それというのも、このシステム開発の数年前 世界中をパニックに陥れたパンデミックが立て続けに発生していたからだった。


 それの始まりは小さな農村からだった。

 それはただの風邪のような咳の症状が約2週間ほど続いた後、突然血を吐き死亡するという奇病であった。

 しかし、大きな病院も無く生活環境もあまり整っていない農村では決して特別な出来事だと捉えることは無く、特別に問題視される事は無かった。

 だが、あるとき「国境なき医師団」が現地に活動に来ているときだった。

 現地の人と接触した医師団の人間に次々と風邪のような症状が発生し、そしてとうとう医師団の中で死亡者が出てしまったのである。

 この報告を受けて、いままで腰を上げなかった国もやっと調査に乗り出したが、初めは誰もがあまり深刻に捉えてはいなかった。

 しかし、その時すでに海を越えた世界中で似たような症状が度々報告されるようになっていたのである。

 この病気の怖いところは、初期症状が軽い事と圧倒的な感染力にあった。

 それにより感染症に罹っている人達が、気が付かずに世界中に広げていったのである。

 事実、この病気をWHOが認知し、パンデミックを発表した時にはすでに世界中で200万人を超える患者の報告が上がっており、さらに保菌者は3000万人を超えると報じられた。

 更に悪い事にこの発表の一年後、まだワクチンの開発も追いついていない中、別の地域から新たに変異型の新種のウイルスが発見されたのだ。

 世界中のメディアはこぞってこのニュースを取り上げ、どこぞの国のウイルステロだ!とウイルスの発見された土地やその周辺国を対称に、連日のように攻め立てた。

 もちろん各国もそれまで黙って見ていた訳ではなく、こぞってこのウイルスを押さえ込もうと必死に対応していたが、その対応を嘲笑うかの勢いでウイルス感染の拡大が広がっていってしまった。

 それにより世界中が大恐慌に陥った。世界中の経済が止まり株が大暴落!多くの人が職を失った。また物流も規制されてしまったことによって世界規模で買占めが発生。餓死者が急増し大規模なデモや暴動もおきていた。そして病気のワクチンが市場に出回り完全に収束するまでに約三年もの月日が掛かり、世界中で五億人を超える人達が様々な理由で亡くなってしまっていたのだ。

 人々はこの恐怖を経験しており、家族との会話のときでさえマスクや防護服が必要であったことも記憶に新しい。そこに今回の論文だ。ICチップを埋め込むことによって個人のバイタルのチェックも出来るとのニュースが入ってきたのだ。

 人類のバイタルを把握する事によってウイルス保菌者や感染者の特定が出来るようになるだけではなく、その人物の行動軌跡も確認でき、何処に立ち寄ったのかなども把握できる事が研究の末立証されていた。

 そのため水際対策が出来るようになると世界中の国々の代表達は我先にとこの技術に飛びついた。もちろん脳にチップを入れることに抵抗のある人や個人情報の観点からも多くの人が拒み続けたが、その反論も次第に時の世論に飲み込まれていってしまった。また国によっては強制的に捕らえられて手術をされる人々も大勢いたともニュースで大変話題になっていた。

 その後、各国が協力して人類の脳にICチップを埋め込むことが世界中の法律で義務化されることとなり、その個人情報が世界で管理される世の中となってしまった。(一部の改造人間になることの恐怖や、神様の信仰を扇ぐ人々の意思を無視して・・・)


 西暦2056年。この年 世界中から犯罪が消えた。

【Hajime】が作り上げたこの画期的なシステムは『神の目』と言われ、そのシステムは世界中の人々を監視し、時には迷子を捜し、また時にはバイタルチェックによって犯罪を起こそうとする者の集団の動きを事前に察知し警察に通報するということも行っていた。その為、この『神の目』を管理するための組織『神の目委員会』という組織が作られ、この『神の目』は世界の代表者達によって管理される事となった。

 その後、『神の目』によってバイタルの異常が確認された人間は、『神の目委員会』によって監視の対象にされ、場合によっては警官隊を派遣して確認され、捕縛または鎮圧される。またそれを超える異常値を確認した場合には『神の目』のシステムを利用して人体のホルモン分泌を制御され、強制的におとなしくする事も出来るという。これにより世界中から伝染病のリスクが激減し、犯罪や暴動、デモや戦争、いじめや自殺などする人達もいなくなった。


 だが残念な事に、世界中の人々は仮初めの平和や長命と引き換えに何か大切な物を無くしてしまった事に、そしてその先にある危険性にまだ気付くことが出来なかったのである。


【Hajime】はその年、ノーベル平和賞を受賞した。

 しかし、その裏で世間には知らされることの無い事件が起きていた。

 それは『神の目』システムによってもたらされた平和の中で、その『神の目』に反発し身を潜めていたレジスタンスがある施設を放火したのだ。その事実は『神の目委員会』によって秘匿とされ、一切メディアに報じられる事は無かったのである。


 そして、その事件後【Hajime】は研究資料と共に表舞台から姿を消した。



 2章(10年後)


 見晴らしのいい草原の中で、全身を金属の鎧に身を包んだ少年戦士と如何にも魔法少女っぽい服装の少女がモンスターの群れと戦っていた。


「ファイヤーボール」ドカーーン!


「うぉぉぉりゃぁぁぁ、夢想乱舞―!」シュパパパパ!


「オラオラ、どーした。そんなもんか。あぁ!へっ、たいしたこたねーなあ」

 二人の目の前では次々とモンスターたちが蹂躙されていく。

「おっ、トカゲ野郎の次は骨野郎か!速攻死んどけ【爆裂陣】」チュドーーーーン。

「見たか!わーはっはっはっ。」

 少年戦士はバスターソードを掲げて高笑いしていた。

「もう、嵐ったらやりすぎ!」

「えー、桜も魔法をぶっ放していたじゃん。トカゲ野郎も面白いように空飛んでたじゃん」

「もおっ、そんな事無いもん」


 ここは、最近流行りのVRMMOの中でも〈フルダイブ型〉といわれるタイプ(脳内のICチップによって脳と専用コンソールとを直接連結。⦅そうすることで仮想世界でも現実にいるかのごとくリアルな体験が出来る⦆)で、その中でも五年間、世界中で不動の一位に輝くタイトル、【ユグラドシル】というゲームの中だ。


「嵐君、お疲れ様」

《僕》はいつものようにフレンドに声をかけた。

「おお、零じゃねーか。お疲れさん」

「零くん、お疲れ。今日は体の調子はいいの?」

 二人は目の前のモンスターの群れを相手に無双しながら《僕》の方に笑顔で挨拶を交わしていた。(うーん、口元の微妙な動きとかすっごいリアル)

「ありがとー桜さん。今日は調子がいいみたい。今日はどこかに狩に行く予定?」

《僕》は二人のレベルを知っているので、あえて戦闘には加わらずに近くの岩の上に腰を下ろして目の前の戦闘が終わるのを眺めていた。

「そーだなっと、桜 ちょっと雑魚がウザイからまとめて吹き飛ばしてくれよ」と、嵐君が目の前のスケルトンを数体まとめて薙ぎ払うと、「んー、分かった。・・・・・デスストーーーム‼」と桜さんが魔法を発動させる。

 すると桜さんを中真に足元から風が巻き起こり、そのシャツを、スカートを力強くはためかせた(うーーん、もうチョイ。《僕》は岩の上から腰を下ろして地面に座りなおすと、桜さんの後姿を注視した)そして目の前の草原には無数の雷の柱が乱立し、巻き起こるいくつもの竜巻‼

 その竜巻が周りの雷を纏いつつ目の前の草原を縦横無尽に駆け巡る。

 そして、周囲に次々に沸いて出ていたモンスターたちが成すすべなく竜巻に飲まれ雷で体を焼き尽くされていく様は、まさに圧巻である。(デスストームは、【ユグラドシル】の呪文の中でも高威力、広範囲の殲滅呪文のひとつだ)

「よしっ!」桜さんは、はためくスカートを押さえながら満足そうにこぶしを握った。(残念。今日もなぞの光に邪魔をされ《僕》は心の中で肩を落とした)

「サンキュ、桜。これで落ち着いて話が出来るな」

 嵐君も「終わったな」と、剣を鞘に戻した。

 たしかに。あたり一面草木も一本残らず消し飛んだね。(オーバーキルだよ桜さん・・・)


「今日は桜と二人っきりだと思ってたから近場で済ませようかと思ってここを選んだんだけど、零が一緒だし、レベ上げもそろそろ飽きてきたから火山地帯を攻略に行かねーか?ついでに火龍討伐もしてーし」と、嵐君が提案してきた。

 うん、火山地帯か。確かにこの今居るエリアだと高難度のステージだし、火龍もかなり厄介な敵だ。二人でも何とかなるとは思うけど、熱によるダメージ対策がないと少し大変かも。(それに、洞窟の中で火龍相手にさっきみたいな広範囲の殲滅呪文なんて使ったら生き埋めになりかねない。でも《僕》はこの前ソロでクリアしたばかりだから二人にアドバイスも出来るだろうし、必須アイテムも持っている。まぁ大丈夫かな)

「えー!だって火山暑いんだよ、汗かくじゃん。それに零くんの体調も心配だし・・・ね?」っと桜さんは心配そうに《僕》の方を見る。

 桜さん・・・やさしい。でも《僕》ってそんなに頼りなく見えるのかな?


【ユグラドシル】は只のゲームではない。フルフェイス型ヘルメットの専用コンソールで脳内のICに直接信号を送り出しているため、限りなく現実に近い感覚を認識させる事が出来るようになっている。実際は、プログラムによって命にかかわる様な事は一切無いが、炎は熱いし氷は冷たいと感じることが出来るし、噛まれると痛い。(ただ、匂いと味だけは、まだ再現することが難しいみたいだが)桜さんは、その影響でリアルな《僕》への影響を心配してくれたみたいだ。ほんとにいい子さんだ。その上ちょっぴり?いや、かなりおっぱいも大きい♡。

「ピピピッ」おっと危ない。ちょっと興奮してバイタルが乱れたみたいだ。気をつけないと『神の目委員会』に警官隊を派遣されちゃうところだった。危ない危ない。


 嵐君と桜さんとはリアル世界でも友達だった。今は高校二年生だという。

《僕》の記憶では、《僕》は数年前からずっと病院のベッドの上で暮らしている。(病院に来る前の事は覚えていない)

 その日は、たまたま《僕》の部屋の大掃除をする事になって、移された部屋が当時中学二年生の嵐君の病室だったのだ。そこにお見舞いに来ていたのが嵐君の幼馴染の桜さんだった。

 嵐君は、口は悪いが根は良い少年だ。今回の入院も、道路に飛び出して車に轢かれそうになっていた子犬を助けようとしたところ、歩道の縁石につまずいて転んだ拍子に手首と足のすねを骨折したとのこと。ほんと憎めない馬鹿だ。んっ?子犬?転んだ嵐君にビックリして逃げて無事だったって(笑)。

 嵐君は二週間ほどで退院したが、それからもちょくちょく《僕》の病室にお見舞いに来てくれる様になっていた。その時【ユグラドシル】というゲームの話を聞いて《僕》が興味を持ったのだ。

 実際はこのゲームにはまっていた。どはまりしていた。

 なぜなら、ゲームの中では自由に動けるのだ。

《僕》は病院のベッドから動けない、五体不満足で自分の力では何一つ出来ないのが《僕》だ。それがゲームの中では自由に動けるのだ。脳を通じて物を触った感触もあるし走ると疲労も感じることが出来る。

「すごい、なんてすごいゲームなんだ!」

《僕》には有り余る時間がある、どうせ一日暇なんだし、ゲーム廃人になってしまうのはしょうがない事だ。うん、しょうがない・・・・・よね?

 自分に言い訳をして、気が付けば『凶剣』って二つ名を持つトップランカーの仲間入りもしてたりするんだけど・・・(もちろん無課金だよ!課金したいけどお金持ってないし。凄くない⁉・・・・・ん?誰がゲームバカだって⁉)


「桜さん大丈夫だよ。そこの火山地帯、実はもう攻略済みで・・・。ちなみに

 この氷のリングを装備していくと暑さも問題ないよ。」そういいながら《僕》はインベントリーの中から氷のリングを三つ取り出して一つは自分で装備し、残り二つを二人に手渡した。

「へー、そうなんだ」と言いつつ、桜さんは左手の中指に受け取った指輪をはめた「あーーホントだ、涼しい♡でも、いつの間にか追い越されてたんだね。私たちより後から始めたのに」

「うん、ほかにやることが無いからね。はまっちゃって(笑)。はいっ、魔力回復薬も」

「ありがとー。んくんく」桜さんは回復薬のビンを両手で持って飲んでいる。リスみたいで可愛い♡

 嵐君は「おう、これにはまったか(笑)そりゃ良いことだ。今度リアルでもお邪魔しに行くからな。おっ、サンキュー」と《僕》の肩に腕を回してきた。

「でも嵐ぃ、中間試験がある事忘れてるでしょ?」

 そんな嵐君を桜さんが注意している(試験があるのか。試験が終わるまで、しばらくの間はまた一人でレベ上げかな)

「っ⁉良いじゃねーか今くらい遊ばせてくれても、なぁ。それに試験が始まったら零とも会えなくなるんだぞ。今くらいっ、なっ」

「もー、また零くんをだしに使って。成績下がっても知らないよ」と二人は《僕》の横でそんなやり取りをしている。この二人は夫婦かな⁉嵐君は尻に敷かれてそうだ。

《僕》はそんな事を思いながらも二人と火山地帯を攻略していった。(途中、弾けた溶岩が桜さんの衣装に飛び散って燃えるって事故が発生したが⦅実際桜さんの服が燃え上がったエフェクトには驚かされたが⦆、衣装の耐久度が下がっただけで決して『はぁはぁ』な展開にはならなかった。・・・くぅ、さすがユグドラシル!ガードが固い)


「よしっ、今日はこんなもんかね。明日、学校があるし」

「そうね、もうそんな時間だね」

 名残惜しいが《僕》もそろそろ消灯の時間だ。

「うん、お疲れ様だね。今度、リアルでも遊びに来てよ。学校の話とか聞きたいしさ」

「おう、それじゃ中間が終わったら桜と一緒に遊びに行くよ」

「零くん、またね」

 そして二人がログアウトした後をしばらく眺めたもログアウトする事にした。


「おはよー、零次くん。調子はどうだい?」

 翌朝、《僕》の病室に先生が診察に来た。

「ぼちぼちでんなー」

「ははっ、どこで覚えたんだい?その返し」先生は笑いながら《僕》の体を検査していく。

「取りあえず体に問題は無いようだね。ゲームの方は毎日続けてる?」

「はい。【ユグラドシル】をするようになって、なんだか調子が良くなった様な気がします」

 そうなんだ、ゲームを始めてから何か調子が良いような気がする。むしろ『ユグラドオシル』がリアルすぎて、たまにどっちがリアルか解らなくなるほどであった。

「そっか、そっか、それはよかった」「実はね零次くん・・・そろそろ治療を次のステップに 進めようかと思うのだけどね・・・どうかな?」

 先生は真っ白な手袋を着けた手を何度も組み替えながら、遠慮がちにそう言葉を続けた。

「??次のステップというと?」(ちなみに、何で《僕》は入院してるんだっけ?)

「今、零次くんのしているゲーム【ユグラドシル】もそうなんだけど、最近のゲームって只レベルを上げてイベントをクリアして行くってだけじゃなくて、君みたいな体に不自由がある人のためのリハビリにも使われているんだよ。実は」

「っ?どういうことですか?」

「今のゲームってすごくリアルだろ?それこそ本当に物に触った感触があったり暑さを感じたりって」

 うん、《僕》はその感覚にいつも感動を覚えている。

「ええ、すごくリアルです。今まで手足が無くて物を持った事も無いのに、そんな《僕》が武器を振り回して走り回っているんですよ‼凄くないですか⁉たまにゲームの中の方がリアルなんじゃないかなって思う時もあるほどです‼」《僕》はこの感動を先生にも伝えたいと、思わず話にも熱が入ってしまった。

 先生はそんな熱く語る《僕》を横目に部屋の奥まで歩いていくと窓を大きく開け放ち、外の空気を思いっきり吸い込んで吐き出した。そして、外を眺めたままもう一度大きく深呼吸をした。何かを決断するかのように。

《僕》も先生に釣られて部屋の窓の外に視線を移すが、そこにはもちろん何も無く、ただただ青い空が何処までも広がっていた。


 先生は窓の前でもう一度大きく深呼吸をすると、「まあ、そー言うことだよ。ゲームで感覚を養うんだ」と視線は窓の外に向けたままそう言った。

 そこで《僕》はふと疑問に思ったことを先生に聞いてみた。

「ちょっと待ってください。それなら、なぜ、今まで僕にゲームを教えたくれなかったんですか?【ユグラドシル】だって、嵐君が教えてくれなきゃ知らなかったことですよ?」確かにおかしな事だ。もう何年も入院していたのに、【ユグラドシル】の存在を知ったのは嵐君からだった。なぜ今まで教えてくれなかったのか?《僕》は先生を問い詰めるよう睨め付けた。

 先生はそんな《僕》の視線を受けて、やっと《僕》の方を振り向くと、少し困った顔をして話し始めた。

「えーっと、それはだねぇ・・、うん。君の場合は少し状況がねぇ、変わっていてだねぇ・・・・」

 先生はなぜかすごーく説明しにくいようだ。(無茶苦茶、目が泳いでる)

 何だろ、こっちもすっごい不安になってくるんだけど・・・・・⁉(まさかそんなに酷い見た目なんだろうか?例えば火傷で皮膚がただれまくっているとか、戦争で手足がもげたとか?毒手の真似事して手足が腐っているだとか?まぁ記憶が無いんだけど・・・。)

《僕》が色々と悩んでいると、「あー、零次くん。君は自分の体を見たことが無いだろ?この部屋には鏡が置いてないから。・・・疑問を持ッたことは無かったかい?・・・なぜ手足が無いのか・・・とか・・・」と先生が遠慮がちに言葉を選ぶように話し出した。


『⁉⁉⁉』


《僕》は先生に言われて『ドキッ!』っとした。今まで疑問に思ったこともあったが、あまり深く気にする事も無かった。なぜ?

 そうだ、なんで《僕》は手足が無いんだろう?

 そもそもなんで入院しているんだっけ?両親は?あれ?

 一度疑問を抱くと、溢れるように疑問が飛び出してきた。


「今から鏡を持ってくるよ。・・・かなり衝撃を受けるかもだけど・・・・・それでも見てみたいかい?」

《僕》は先生の言葉にかなり混乱していた。先生の言葉で何となく理解できてしまったのだ。《僕》が普通ではないことに。

 そんな《僕》を先生はじっと見つめ、《僕》の返事を静かに待ってくれていた。


 実は、《僕》は普通の人間がやるべきはずのことを行った記憶がない。たとえば食事を必要とした事が無い。何年もお腹がすかないのだ。もちろん食事をしていないのでトイレに行くことも無かった。体だけは定期的に拭いてもらっていたけど、お風呂にも入った事が無い(臭くないよね?大丈夫だよね⁉)

 今まで《僕》は、それは『神の目』の効果によって空腹が感じにくいのかなーって深く考えた事がなかった。(今更だけど、普通に考えても何年も食事を取らずに生きている人って居ないよね?仙人じゃあるまいし。んっ?もしかする⁉)

《僕》は自分のことを、男性だと思っている。が、それすら確信がない。なぜならこの病室には鏡が無いのだ。鏡も見たことが無いのにどこで男性と女性の判断をして良いのかが解らない。ただ、嵐君といつも一緒に来てくれる桜さんの事を少なからず異性として意識していた。と思う。(桜さんのメロンみたいなおっぱいをいつか握ってみたいとか思っているし。むふっ♡)

 思春期の性に対しても知識としてはしっかり持っていた。それなのに、なぜその事に違和感を持たなかったのだろうか。

 正直、《僕》は自分を知る事が怖くなってきた。自分の事を知らなくても良いのではないかとさえ思えてくる。この何も無い、いつもの日常。しかし、この平和な日常を捨てることになるのではないかと思うと・・・怖い。・・・・でも・・・。


「先生、覚悟は出来ました。お願いします・・・・《僕》のことを教えてください‼」


 先生は《僕》がそう言うのを待っていたように、「わかった。少しの間待っていなさい」と言い残し病室を出て行った。

 その後、先生が持ってきた姿見を見た《僕》は激しい後悔に襲われていた。

 こぼした水が元には戻らないように。もう今までの生活には戻れないことを悟った。

 嵐君や桜さんは《僕》のこの姿を見て、いつも何を思っていたのだろうか。

 それほどまでに衝撃的な姿をしていた・・・・・・・。

 先生が持ってきた姿見に映っていた物体は、銀色で高さ約1メートル、胴回り80センチメートル程の只の⦅円柱状の物体⦆だった。いや、円柱の上部には某アニメのロボットのようなモノアイカメラが付いており「ウィーン、ウィーン」上下左右に動いている。そして、その下には長方形のスピーカーが付いていて、ここから《僕》の「えーーーーーー‼」と驚いた声が流れているようだった。そう、それはまるで駅前にある灰皿に目と口をつけているだけの物にしか《僕》には見えなかった。


『・・・・・・・・・マジですかッッッッッッッッ‼』


『⁉手抜きかッ‼』《僕》は思わず叫ばずには居られなかった。

『これが僕‼うっそォォォォォ⁉』さすがにこれは想定外だった。まさかの人外。そもそも生物ですらないじゃないか⁉

「はぁはぁはぁ」危ない危ない。こんなに思いっきり叫んだのは生まれて初めてだ。もしかしたら『神の目』にチェックされたかも知れない。バイタルチェックされていたら隔離されかねない程動揺していた。

「ピピピッピ」

(えっ?今の音、どこから聞こえた?)

「・・・先生、まさか《僕》がロボットだったなんて。想定の斜め上すっ飛ばして、もう異世界ですよ」「この時代になんてシンプルな・・・もう少しかっこいい形には出来なかったんですか?せめて猫型だったら面白ネタにもなったのに・・・ぶつぶつ・・・」

「零次くん。君、以外と冷静?」そんな冗談が言えるなんて。と、まだぶつぶつ言っている《僕》に先生がつぶやいている

「先生、この説明をお願いします」とにかく《僕》は自分の事が早く知りたくて先生に説明を求めた。

「それじゃ零次くん、今から説明するね。少し時間がかかるけど、最後まで聞いてもらいたい」そして先生は真剣な表情で(あれ?先生の頬がぴくぴくしてない?)、今までの経緯を丁寧に説明し始めた。

「・・・零次くん・・・ぷ・・・実はね・・・ぶふっ。」(笑っちゃったよ、この人)



 間章


 10年前【Hajime】が消息をたった後、世界中のメディアは大いに騒いだ。

【Hajime】の研究を誰が引き継ぐのか。まだ『神の目』だけでは寿命は延ばせても不老不死の実現はできていない。しかも【Hajime】と共に研究していた者が誰一人として消息が掴めなかったのだ。また、【Hajime】の名義の事務所はいくつか確認できているが研究所の場所だけは一切知られていなかった。

 世間では色々な憶測が成されていた(見つけた者に懸賞金も出るほどに)。それは、反対派によって誘拐されただの、殺されただの、どこかの大富豪に実験結果を売って そのお金で遊び狂っているだの色々だ。しかしながら、そのどれもに根拠が無い。なぜならば『神の目』が世界中どこにいても監視しているからだ。それなのに研究員全員、一気に誘拐?そんなことがこの今の時代に出来るのか?殺しもそうだ、何も証拠が出てこないのはおかしい。そもそも、埋め込まれたICチップによって監視された世界なのだ。犯罪なんか起きるはずが無い。ならなぜ?

 考えられることは、『神の目』の製作者なら何らかの対策をしていた。もしくは自分たちだけICチップを埋め込んでいなかった、かだ。

 しかし『神の目』はすでに完成していて機能もしている。

 しばらくすると、世界中の人々は、『神の目』の成果に満足してしまってそれ以上の疑問を抱かなくなっていった。(むしろそれ以上の成果を求めようとする欲すらも実は『神の目委員会』に制御されてしまっている事に気が付いていなかった。)

 最初こそ大騒ぎをしていた人々だが、二ヶ月も経つ頃には【Hajime】のことがニュースに流れることも無くなっていた・・・・・。



 3のルーツ


《僕》は窓の外で沈みゆく夕焼けをボーっと眺めながら、そういえば今日は【ユグラドシル】にログインしてないなぁー。嵐君や桜さんの試験は終わったのかなぁ?なんて考え事をしていた。えっ?先生の話?とんでもなかったよ。全然頭がついていかない。どんな話かって?それはね・・・。


「零次くんは【Hajime】っていう人のことは知っているかな?」

 もちろん知っていた。『神の目』の製作者だ。

「ええ、『神の目』のシステムを作った人ですよね」

「そうだね、その『神の目』を作った人だよ」「その人は、今どこで何をしているか知っているかい?」

 ?まだ何処かで研究をしているんじゃないの?質問の意味が分からない。「何か関係があるんですか?」《僕》は先生の意図が分からない。

「そうなんだ。実は【Hajime】さんの研究は完成していなくてね。まだ研究しているんだよ」

 えっ?何で先生が知ってるの?【Hajime】さんとどんな関係なの?

「何で?って顔してるね?んっ、表情無いけど」ぷっ、と先生は自分で言ってツボッたらしい。《僕》に鏡を見せてから、なんか遠慮がなくなってきたぞ?《僕》に対して酷くない⁉〈はげればいいのに・はげればいいのに・はげればいいのに〉心の中で先生に呪いを掛けていると、「ごめんごめん、ずっと前から一度言ってみたかったんだよ」ぷぷっ「ほんっと ごめん」と笑いすぎたのだろう。目に涙を浮かべて本気かどうか怪しい感じで謝ってきた。

 ひどい!《僕》がどれだけ自分の姿にショックを受けているか。この少し大きめの灰皿のような格好に‼出来損ないのロボットのような姿に‼‼(むきー‼、たすけてド○えもーん‼)

 あれっ?それほどショックを受けてない⁉もしかして《僕》って意外と図太いのかなぁ?(確かに丸くて太いけど・・・はぁ・・・。)

「はーーぁあ、久々に笑ったよ。君に隠し事も無くなったし胸がすっとしたよ」

 先生は先ほどの表情(《僕》に打ち明ける前の深刻そうな表情)と打って変わって、すっごく良い表情だった。

 きーー、悔しい。今度看護婦さんに玉ねぎを搾って持ってきてもらおう。そして先生の顔中の穴に玉ねぎ汁を流し込んで悶絶させてやりたいぃぃぃ‼・・・でも手が無いね《僕》・・・(汗)。

「さてと、さっきの話に戻るね」先生は《僕》の呪言も何処吹く風で、澄ました顔で話を戻してきた。「零次くんは、君は私の名前を知っているかな?」

 そういえば先生との付き合いもそれなりに永いのに、名前を知らないことに今更ながらに気が付いた。

 すると先生は「私の名前はね、零一って言うんだ大島 零一。漢字のゼロに数字のイチで。君の名前と似ているだろ?」

 確かに似てはいるけど、それが何に関係が在るというのか?

「実は私は【Hajime】さんのクローンなんだよ」「大島 始(ハジメ)の実験体01番、零一ってね」

「⁉⁉⁉⁉⁉」急に何て爆弾ぶっこんでくるんだよ。今その話をするって事は、まさか まさか零次の《僕》は実験体02番って事だよね⁉そうだよね⁉

「ふふっ、たぶん君は今自分か実験体02番だと思っているね。違うんだけどねー」ぷふーー、っと先生は口元を押さえて吹き出した。

 えーーー。今のは絶対にその流れだったじゃん。何なんだよ!もーーーー。でも、そしたら何で名前の話に???

《僕》が疑問に思っていると、先生は容赦なくさらにミサイルをぶち込んできやがった。

「君はね、【始】さんの実の息子なんだよ」


「⁉⁉⁉⁉⁉⁉」


「な、なんだってーーーーーーー‼‼‼」

「なんだってーーーーー。」

「なんだってーー。」

「だってーー。」

《僕》の叫び声がドップラー効果をともなって、《僕》の内で何度も繰り返し反響していた。(《僕》の内って意外と空間があるようだ。空っぽではない事を祈りたい)

「ピピピピピッ」

(また何処かで音が鳴っている?)

「あははあ、驚いた?でも正確に言うと脳だけ実の息子の脳を使っているってことだ。だって、体は・・・ねぇ(笑)」

 何っ(笑)って。今 無茶苦茶シリアスな話してただろ?そんな(笑)の要素っているっ⁉

「はぁーあ、ほんと君って存在は笑わかしてくれるね。くくっ」こんなに笑ったのは久々だよと先生は目じりの涙を拭きながら《僕》の方を見てまだ笑っていた。

 こっちはもうビックリしすぎて笑えねーよ。今回は間違いなく『神の目』に見られたね、マジで。これは隔離決定だわ、絶対。

「はぁぁ、『神の目』の事は大丈夫だよ。君のは特別だ。『神の目』には写らないようになっているよ」

 先生は《僕》の頭を覗き込みながら、まるで《僕》の心が読めるかのように話した。

 何で分かるの?でも『神の目』に写らないって、それって逆にまずいんじゃ・・・⁉

「まぁ冗談はさておき ふぅー、 実はね、君は十年前 火事に巻き込まれちゃって一度死んでいるんだよ。その死体から脳だけ取り出してそのボデーに押し込んだんだって【始】さんに聞いている」

 先生はそこで一度言葉を切り、病室の窓際に行くとレースのカーテンを閉めた。いつの間にか太陽が高く上がっていた。


「零次くん、死ぬってなんだろうね。医者の僕が言うのも変かも知れないけど」

 先生はそのまま窓際の椅子に腰掛けて、窓の縁を白い手袋をした手でスーっと擦りながら「君は実際に一度死んでいるんだよ。・・・いや、死んでいた」

 先生が独り言のように、ぼそりとつぶやいている。その時、病室の窓から心地よい風が入りカーテンを揺らした。

「零次くん、君の体は確かに燃えていたんだよ、もちろん脳にもその影響は残っていたんだ。しかし【始】さんが君をそのボデーに移して・・・・・そして今の君がいるって事だ」


 それって・・・・・。話が難しすぎて付いていけない。


 何だろう、気持ちが悪くなってきた。


「・・・この話の続きはまた今度にしようか?」

「・・・・・」

『先生続きが聞きたいです!』《僕》の気持とは裏腹に《僕》はその言葉を口にする事ができなかった。

《僕》が【始】の息子⁉一度、火事で死んだ⁉そして更に生き返っただとぉー‼《僕》は十年前には、もう人間であることを放棄していたのか。ははっ。もう何が何やら、頭が混乱しっぱなしだ。理解が追いつかないよ。

 先生はそんな《僕》をじっと見つめ、《僕》が言葉を発するのを窓際からじっと待っていた。


 どれくらい時間が過ぎただろう、五分か十分か?《僕》は、やっと言葉を発することが出来た。

「・・・続きを・・・お願いします」

《僕》が何とか言葉を搾り出すと、先生はゆっくりと頷いて話し始めた。

「わかった。・・・さっき死ぬって何か聞いたよね。どうしてだか解るかい?」

「死んだはずの《僕》が今生きているから?」

「そうだね、実際に君は死んでいた。いわゆる脳死だね。ただ、その脳に【始】さんがデータを入力したんだ。生前モニターしていた君の記憶の一部だと私は聞いているけどね」

「記憶をデータ化って、出来るんですか?」

「記憶って言っても元を辿れば一つの電気信号だからね。実はスピリチュアルな次元でアカシックレコードから記録を紐解いている、とかではないんだよ。・・・事実、研究は成功している。死んでいた脳でも自分が生きていると認識させれば生き返るんだよ。ただ、膨大な処理能力のあるコンピューターが必要になってくるけど」

「それが《僕》ってこと?」

「そうだよ、零次くん。君は生き返った人間なんだ」

 SFではよく有りそうな設定だが、ほんとにそんな技術が出来ていたのか。

「ただ、この技術はまだ研究中のものなんだ。今も【始】さんや私たちが研究しているんだけどね」

「でも《僕》は以前の、お父さんの記憶が無いんだけど?」

「それはさっきも言ったとおり研究中のものだったんだ。【始】さんは焦っていたんだろうね。研究中の、しかも未完成の技術で君を生き返らせようとしたんだよ」

「研究中のものだったっていうことは、もうその技術は完成したんですか?」

「まぁ、もう少しだね。・・・一応は目処が付いたところだよ」

 目処が付いたってことは、これからの世界で死んだとしても処置が早かったら生き返るって事??

「先生、それって死んでも生き返るって事?」《僕》先生に疑問をぶつけた。

「いいや、死ににくくなるってだけだよ」「・・・今はまだね」

 何だろ、今の先生の独り言がやけに《僕》の心を揺さぶった。


「さーて、少し涼しくなってきたね。悪いけど僕もまだ仕事があるから、続きはまた後日にしよう」「そうそう、次のステップは明日からにしようね」

 そういうと先生は開けていた窓を閉め、病室を出て行った。

《僕》は先生が出て行ったドアをいつまでも見つめ続けていた。

 部屋の窓にかかるカーテンの向こう側では空が夕焼けに変わろうとしていた。



 大島 零一の章(1)


 私は【始】さんが『神の目』のシステムを作る少し前に【始】さんのクローンとして生をうけた。


「おはよう、01番くん。起きているかい?」

 私は今、研究室の培養液の中に浮かんでいる。

「01番くん、今日はね君の頭にICチップを埋め込むからね」

 私は培養液の中でその人の声をじっと聞いていた。

「そして君は今日から01番じゃなくて零一って名前で生きていくんだよ」

 そして私は今日、番号ではなくて名前をもらった。


「おはようございます。零一くん」

「おはようございます。由香利さん」

 私は今、研究所を出て【始】さんの事務所でお世話になっている。今、挨拶を交わした人は、由香利さんといって【始】さんと一緒に暮らしている女性だ。

「零一くん、【始】くん知らない?」

「【始】さんは昨日からずっと研究所にいますよ。なんでも、今作っているものがもうすぐ完成しそうとの事です」

「そう。私の事はほったらかしなんて、寂しいな」くねくね。

 由香利さんはそういうと可愛らしく両手の人差し指をつんつんしながら腰をくねくねしていた。

「それはそうとぉ、零一くんってやっぱり【始】くんのクローンなんだね。【始】くんのちっちゃい時にそっくりだわ」

 由香利さんは私を見つめながらそう言った。

「そうですよ。私は【始】さんのクローンですよ。たぶん今は【始】さんの十四歳の頃くらいだと思います」「ただ、私は何のために作られたかは未だに聞いていませんが・・・」

 私は水槽から出て十日ほどたっているが、私が【始】さんから言われた事は、まずは体の使い方に慣れてくれとの事だけだった。

「もしかしてもしかして、それって私が寂しくないようにってことなんじゃないかな?もう、【始】くんって♡」

 どうも由香利さんは一人の世界に入っちゃったみたいだ。現実に戻してあげよう。

「それは無いと思いますよ。【始】さんは物凄く独占欲が強い人ですから」

「あら、それはどうして?」

「私が水槽の中にいる時に色々お話をしましたから」(あのおっぱいは《僕》の物って言っていたのは黙っていよう)

 由香利さんは胸が大きい。それにお腹も。(もうすぐ赤ちゃんが生まれるそうだ。なので、何かあってもすぐに病院に行けるようにと研究室から少しはなれた事務所で生活をしている)

「っもう、【始】くんったら♡」くねくね。

 ドキッ!なるほど、たしかに私も【始】さんの遺伝子を受け継いでいるようだ。

「そうだ、これ由香利さんにプレゼントです」

「なぁに?」

「私が入っていた水槽の一部だそうです。【始】さんが零一の生まれた記念にって。加工してくれたものです。お守りです」

 そういって私は自分の腕につけているブレスレットを外し、由香利さんに手渡した。

「きれい」

 由香利さんはそういうと自分の手首にはめ、「ありがとう」といった。

「さあ、由香利さん。そろそろお部屋に戻りましょう。お体に障りますよ」

 そういって私は由香利さんの背中に腕を回しそっとエスコートする。その際、由香利さんの胸に手が当たっていたのは決してわざとだ!恨むならこの私の遺伝子を恨んでくれ‼

 部屋に着くまでの間、私の手はずっと由香利さんの胸に触れていたが由香利さんは、うつむいたまま何も言わない。満更でもないのか?少し位揉んでも大丈夫だろうか。

(ドキドキ♡ドキドキ♡)

 そして寝室に着いたころ、由香利さんは潤んだ瞳で私を見上げてきた。

「・・・零一くん♡」

「‼(これは!OKサインだ)由香利さん・・・・・」自然と近づいていく顔。

 ・

 ・

 ・

「零一くん・・・・・産まれる・・・」

「救急車!救急車一台お願いします!!(涙)」


「お帰り零一くん、世界はどんな感じだったかな?」

 私が帰ってきた時【始】さんは机に座ってコーヒーを飲んでいたが、おもむろに立ち上がるとコーヒーメーカーにカップをセットしてボタンを押した。私の分を準備してくれたようだ。

「そうですね、この半年で色々な国を周ってきましたが、今の状況はかなり末期ではないかと思います。」

 私は【始】さんが入れてくれたコーヒーに「ふーふー」と息を吹きかけて冷ましながら今の世界の状況を感じたままに話し始めた。

「君もそう思うかい?」

 私は培養液の中で色々なデータを記憶させられていた。そして外に出てから約二年半、由香利さんと零次くんのお世話をしながら【始】さんの研究を手伝っていた。

 その後、半年間【始】さんの実験結果を確認するために世界中を見て周っていたのである。

 その私の結論は、というと

「今の世界中のほぼ全ての人たちが『神の目』のシステムを受け入れていますが、なんと言うか笑顔が少ないというか、どこの町にも活気がありません。たぶん《神の目》の影響で人々の欲が抑制されていて、今の生活で満足してしまっているのが原因だと思います」「また、寿命が延びたのも原因の一因ではないかと・・・」

 そうなのだ。今の世界は平和すぎるのだ。

 人々が死を遠くに感じるようになった世界。(確かに病気や事故などで死ぬ人もいるが、そもそもストレスを感じないのだ。細胞がストレスを受けないので細胞の癌化も極端に少なくなり、暴飲暴食をする人もいなくなった。その結果、3大成人病などは過去の病気となっている)そういう理由もあり、人々は永い人生を惰性で生活しているようだった。

「うん、そうだね。《僕》もそう思うよ」「このシステムを作った《僕》が言うのもなんだけどね・・・・・・」

【始】さんは、「ははっ」と椅子の上で寂しそうにわらった。

『神の目』の影響は実はもっと深刻であった。人類は意欲的に何かの行動をすることが出来なくなってしまっていた。

 その結果、競争が無くなり技術の進歩も停滞してしまっている。もちろん戦争や差別などはなくなったが、人体のホルモンバランスに大きな影響を与えることとなり、出生率も極端に下がってしまっていたのだ。

「【始】さん。『神の目』を止めることは出来ないのでしょうか?」

 私は世界を見てきて思った疑問を口にした。

「それは無理な相談だね。『神の目委員会』がシステムを手放すとは到底考えられないよ。それに『神の目』を止めてしまったら、また醜い争いが起こるだけだよ?」

「それでも、『今の只生きているだけ』と言う事に意味があるとは思えません。進化が無いなら生きていても意味が無いと思います」

 私は必死に説得を試みた。

「『生きている』って事に意味はあるだろ?」

「いいえ、私はそうは思いません。私なら死んだ方がましだと思います」

「それでも、駄目だっ‼・・・・・・だめなんだ」

【始】さんは思わず机を『ダンッ』と殴りつけて大声で怒鳴った。机の上でコーヒーカップが「カチャカチャ」と音を立てて震えていた。

 私はびっくりしていた。【始】さんは普段から優しい話し方をする。その【始】さんが思わず机を殴りつけて怒鳴ったのだ。

「やっぱり由香利さんのことが・・・」

「・・・・・」

【始】さんは何も言わなかった。

 私が手に持っているコーヒーは、いつの間にか冷めてしまっていた。「早く飲んでおけばよかったなぁ」と私はポツリとつぶやいた。


 私は半年前、旅に出る飛行機の中で【始】さんから事務所が放火されたと連絡を受けた。


 その日、【始】さんはノーベル賞の授賞式に出席していた。

 その日、由香利さんは【始】さんの授賞式を見ていた。突然体調を崩した息子の零次くんを抱いて、事務所のテレビで。


【始】さんから連絡があった次の日の夜、私は急いで事務所だった場所に戻ってきた。

 もうとっくに消火は終わっていて、後には建物だった面影だけが残っていた。

「・・・なんて事を。・・・そうだ、病院にいるっていってたな」

 私は【始】さんの待っている病院に向かった。

 病院に着いた私は病院のロビーで【始】さんと再会を果たした。

「よかった、【始】さんは無事だったんですね。さっき事務所に寄ってきました。酷い火事だったみたいですね」

 私は【始】さんの無事を喜んだ。

「ところで由香利さんと零次くんは?」

 私は二人の姿が無い事に気が付いて聞いてみた。

「こっちだ」

【始】さんはそう言うと、しーんと静まり返った深夜の病院の廊下を奥へと歩いていく。

 まさか二人はあの火事で怪我でもしたのかもしれない。

 私は二人の安否を心配しつつ【始】さんの足音に付いて薄暗い病院の廊下を奥へと向かって歩みを進めた。

 しばらく足音に付いて行くと【始】さんは一つの扉の前で立ち止まった。

 私は【始】さんの横に立って、目の前の扉を見つめていた。そこは遺体安置所だった。

「っ!そんな、まさか‼」

 隣を振り向くと、【始】さんが静かに扉を開けて中に入っていく。

 私はドクンドクンと高鳴る心臓の鼓動に胸を押さえ、【始】さんに続いて部屋に入ると、部屋の中央にポツンとベッドが一つ。シートを被って置いてあった。

【始】さんは無言でベッドの横に立ち、じっとシートを見つめている。

 私は恐る恐るベッドに近寄り、掛かっていたシートをゆっくりとめくった。

「・・・・・・‼」

 言葉にならなかった。

 そこにあったのは真っ黒に焼け焦げた遺体だった。

 もう外見だけでは性別すら判別出来ない程に。

「・・・本当に、由香利さんなんですか?・・。これじゃ誰だか・・・。」

 私は微かな期待を込めて聞いてみた。

「・・・・・これに見覚えがあるよね。僕が君にあげた物だ」

【始】さんの言葉で、私はその遺体が何かを握り締めているのに気が付いた。

 その遺体の手には、ブレスレットが握り締められていた。

 それは零次くんが生まれる前、お守りといって私が渡したブレスレットだった。

「ぁぁぁ・・・・、由香利さん・・・」そんなっ、どうして。

 昨日の朝、僕の出発を笑顔で見送ってくれたのに。

 今晩、【始】さんが表彰されるって、すごく嬉しそうに話していたというのに。

 もう二度と、由香利さんのあの笑顔を見ることが出来ない。

 あの可愛らしかった由香利さんにもう会うことが出来ない。

 そう思うと、目から零れ落ちる涙を止めることが出来なかった。

 生前、由香利さんに頂いたお守りを握り締めて。私は、ただただ泣く事しか出来なかった。


 どれくらいの時間がたっただろう、【始】さんは私が落ち着くまで私の傍らでじっと佇んでいた。

【始】さんも辛くないはずが無いのに。

 そっと隣に立つ【始】さんの顔を見ると涙ぐむ事も無く、しかしその目は何かを決意したようにしっかりと由香利さんの遺体を見つめていた。

「そうだ、零次くんは?」

 私は一つ遺体が足りない事に気が付いた。

「ああ、零次は生きているよ。由香利が 燃え盛る炎の中、零次に覆いかぶさるように抱きしめていてくれたお陰で。・・・・・体の方は大火傷を負ってしまっていたけど、脳の方は・・・・・何とかすることが出来た」

 まさかこんなことになるなんて。

 でも、零次くんだけでも生きていてくれて良かった

 私が零次くんに会うことが出来たのは、それからだいぶ後になってのことだった。


「【始】さん、私たちは神様を冒涜しているのではないでしょうか」

【始】さんはビックリした顔で私の方へ振り向いた。

「まさか君から神様って言葉が出てくるとは思わなかったよ」

「しかし今の世の中を見て来てこの研究が、『神の目』が本当に必要だったのか疑問に思ってきました」「平和なのが幸せなのかと」

「零一くん、幸せの価値観なんて人それぞれだよ」「僕と君もね」それに、と【始】さんは続けた。「所詮、この研究は《僕》の自己満足に過ぎないんだよ。ただ、みんなが《僕》の自己満足に乗っかってきて、勝手に《夢》を見ただけさ。それが幸せだと思った人が多かったんだね」

 私も始はそう思っていたんだ、これから人類は幸せになれるんだと。

【始】さんは寂しそうに私を見ていた。

「零一くん。君は君を作った《僕》を・・・・恨んでいるかい?」



 大島 零一の章(2)


『神の目』のシステムが出来て今年で六年目かぁ。

 私と【始】さん達との研究は着実に進んでいた。今日、さらにもう一段階進む予定である。

「さて、みんな。今日はとうとう次の実験に移るよ」

「「「OKですよ」」」「こっちも準備できてまーす」


 今、私たちは大きな物体が浮かんだ巨大な水槽がある部屋の隣で研究している。

 この研究所の場所は、【始】さんとその仲間しか知られていない秘密の場所。

『神の目委員会』にも知られていない場所だ。

 私たちはこの場所を【ウルザブルン】と呼んでいた。


「【始】さん、今更ですが本当に大丈夫なんでしょうか?」

 私はこの実験に違和感を覚え始めていた。

「本当に今更だね(笑)。でも大丈夫だよ。そのために今までやってきたんだろ?」

「でも・・・(ここにいると怖くなるんですよ)」

「零一くん。大丈夫ですよ。【始】くんを信じましょうよ」「それに、本当に今更ですよ(笑)」

「そっ、みんなも言ってるから《僕》を信じてよ」「それに実験済みだから。一応成功しているのは君も知っているだろ?」

 それは、零次くんの事を言っているのだろう。しかし、あれは本当に成功だったのかは未だにわからない。ただ、零次くんの脳は確かに今でも活動している。

「ただ、私は【始】さんのことが心配で。(もう大切な人は失いたくないんだ)」

 今回の実験は、『神の目』システムとは別の方法で、人類に埋め込んだICチップのデータを読み込み→保存→転写できるかを『神の目委員会』に見つかることなく行うものであった。その核に【始】さんの一部とAIが使われている。そのため、今回は【始】さん自らが記憶のデータ化に挑戦する事になった。

「零一くん、ありがと。でもね、いつも言っているだろ?」「人の記憶って元を辿れば一つの電気信号なんだって。決してスピリチュアルな次元でアカシックレコードから記録を紐解いている、なんて物じゃないんだよ」

 これは【始】さんがいつも言っている言葉だ。

 人の記憶はデータ化できる。

 データに出来れば持ち運べ保存できる。

 保存が出来るなら、それを別の物に入力も出来るはずだ、と。

 ただ今までは、その情報量が膨大すぎて解析できなかったというだけだという。そのため、零次くんの時はその一部だけしか保存できなかったと聞いていた。

 そこで今日の実験になる。

 昨今は人間の変わりにAIが大変進化していた。

 擬似人格を持つほどに。

 しかし、まだAIにも出来ない事はある。

 ではどうすればいいか。その足りないところを人で補おう。と【始】さんが考え作り出したのが、今 隣の部屋にある巨大な水槽に浮かんでいる特大の脳であった。

【始】さんは、人一人が脳で処理できる量には限りがある。それに、脳には自身を守るためにリミッターが掛かっており能力が制限されているのだという。

 そこで【始】さんは、自分の脳を元に巨大に培養。(生き物は、自分を形作る枠を取っ払うことによっていくらでも大きくする事が出来るという。漫画のブラック○ャックにも似たような話があった様な気がする)AIによってコントロール。さらに、ICチップを取り入れることによって能力を100%発揮できる環境をつくった。


「もう、【ユグラドシル】は準備できてますよー。どーしますか?」

 いつでもいいですよー、と彼女は声をかけてきた。

「さて、零一くん。そろそろいいかな?あまりみんなを待たせても悪いし。なにせここまでくるのに六年もかけたんだ。それに、この実験で人類はさらに平等になれるんだよ。何も悪いことばかりじゃないさ」

【始】さんは、そう言うと私のほうに手をひらひら振りながら装置の前まで歩いていった。

 たしかに。この実験が成功したら、体が不自由な人でもロボットに記憶をインストールすれば健康な体に生まれ変われる事が可能だろう。しかし、それは本当にその人(本人)なのか?記憶が歪む恐れもある。

 しかも、そのロボットは人間と言える物では無くなるんじゃないか?

 そこまでして生きる意味は??

 しかし、私の心配をよそに【始】さんは実験装置の置いてある部屋に入って言った

「お待たせ、それじゃあ創(はじ)めるよ。よろしく」

【始】さんは周りのスタッフに手伝ってもらい、酸素カプセルのような形の装置の中に入っていく。

「プッシュー」

 カプセルは【始】さんをその体の中に収めると硬く蓋を閉ざした。そして【始】さんの準備が終わった。


「さぁて、いよいよだね。この【ユグラドシル】が《僕》の第二段階だ」

【始】さんは装置の中で、そして私も装置の外でボソッ同じ言葉をつぶやいてた。そして、【始】の意識は【ユグラドシル】の中に溶け込むように沈んでいった。



 4章(第二ステップ)


《僕》は今日も変わらず【ユグラドシル】で遊んでいた。

 先生から驚愕の事実を知らされてから一ヶ月あまり経つが、今までの生活となんら変わりない生活を送っていた。

 いや、一つ変わったことがあった。

《僕》の病室には同居人が増えていた。

 それは、《僕》の向かいのベッドの上で体操座りをして此方をずっと見つめている。

「ふー、今日も楽しかった。っということで、次はこのお人形さんの番やね」

《僕》は向かいのベットに座り込んでいる同居人に目を向けた。

《僕》とその同居人の間には数本のハーネスが通っており、《僕》と同居人とを繋いでいた。


 この同居人は一ヶ月前、先生が連れてきた。

「えー、今日はやっと君にも同居人ができましたー。ぱちぱち」「今まで一人で寂しかったでしょ?」

「なんか昨日から先生のことが、すっごく嫌いになりそうなんですけど」

「はて?何でだろう。私のほうは、昨日からすっごくよく眠れるようになったんだけど?」

 それってもしかして、もしかしなくてもだけど・・・僕のことが話せてすっきりしたってことですよね?そーですよね??

 先生は、「昨日からお通じもよくなったんだよね。快便、快便」と楽しそうだ。〈怒〉

 どーーーんだけ《僕》の事が重荷だったんだよ!この人は。ホントに‼

 そんな《僕》の心とは裏腹に今日も窓の外は憎らしいほど雲ひとつ無い青空が広がっていた。


「まあ、そんなことより」

 さっきの話し、簡単に流しちゃったよこの人!はげればいいのに‼

「今日から次のステップに行くって言ってたろ?これが次のステップです」

 そういうと先生は一度廊下に出て、入り口の横に準備していたであろう物を抱えて部屋に入ってくると僕の向かいのベッドの上にそれドスッっとを置いた。

「デデンッ!どう?」

 何だろう?12歳くらいの人間?寝てるのかな?

「あー、重かった」「ちなみにこれはロボットだよ。見た目はかわいい人間みたいだけど、中身は機械になってるから」

 先生はぐーーっと大きく伸びをすると、首をコキコキ鳴らしながら《僕》のベッドの隣にやって来て何やらカチャカチャやっている。

 へー、ぱっと見は可愛い子供にしか見えないんだけど。

「まー、簡単に言ったら、ターミネーターって映画知ってるかな?シュワちゃんが出てるやつ。知らない?そうか、時代が違うもんね。確かに古い映画だけど、結構内容がリアルでね。私たち科学者は大体この映画の影響を受けてるね。間違いなく」「時間があったら見るといいよ。言ってくれたら持ってくるから」

 先生は楽しそうにそう話しつつ、《僕》から伸びたハーネスをそのロボットに接続していく。

「何してるんですか?」

「これは、君とこの子を繋いでいるんだよ」

「?なんで」

「何でって君が実際に体を動かせる用にだよ」「言っただろ?【ユグラドシル】はリハビリの練習にもなってるって」

 そういえばそんなこと言ってたな。その後の事実が衝撃すぎてすっかり忘れてた。

「まぁ、それに慣れたら今繋いでいるハーネスを使った有線から、脳波を使って無線で繋がる事が出来るようになるんだけどね」そうなればどこでも行ける様になるよと先生は付け加えた。《僕》の場合は、もともと生身の体を動かした経験が少いので有線から始めるのが良いのではないかとのことだ。

「ちなみに零次くん。【ユグラドシル】でレベルはどれくらい上がった?」

「?百二十ですけど?」

「職業は?」

「?剣帝ですけど?」

 何か関係があるんだろうか?たとえばレベルがある一定以上じゃなきゃ動かせないとか?

「!剣帝⁉最上級職じゃないか、しかもレベル百二十だって⁉こっのゲームオタクが‼」

 っ、怒られた???なんで⁉

「スミマセン、ナゼ《ボク》ハオコラレタンデショウカ?」

 わけが分からないが、取りあえず謝っておこう。

「私もやってるんだよ、そのゲーム。しかも忙しい仕事の合間にね!それでやっとこの前ソードマスターに転職できたから、今日は自慢してやろうかと思ったのに、っくそ」

 キッ!と《僕》の方を睨みつけた。ああ、これはもう完全な八つ当たりー!

 それに、『くそ』とか言うなよ。一応病院の先生なんでしょうが!その上、仮にも血が繋がってるんじゃないの?先生と《僕》って。

 しかもソードマスターって(上級職じゃん)、先生、ちゃんと仕事してる?この前から零一先生の株が《僕》の中で大暴落中なんですけどー、けどー、けどー。


「よしっ、終わったよ。この子を動かしてみて」

「えーっと、どうやって?」

「【ユグラドシル】と同じだよ。ゲームか現実か」

 なるほど。つまり、頭で考えるだけで動くって事か。

 それじゃ、「飛び跳ねろ」

 ぴょーん、ぴょーん。『ベキッ』

 ん?ベキって音がしなかった?

「ちょ、ちょっと待って」「何でベッドの上で飛び跳ねるの⁉馬鹿なの⁉ねぇ‼今さっき言ったよね、ロボットだって、重たいんだって⁉」

「へー、この子って重かったんですねー」体が小さいからそれほど重くないと思ってた。

「そうだよ!結構重いんだよ。しかもこれ一体で三億円もするんだよ」「今回はベッドが壊れただけでよかったけど(ホントはよくないけど)この子は壊さないでね。頼むよー、ホントに」

 えっ‼このロボ子が三億円⁉早く言ってよぉ。

 もう一度、ロボ子の方を見ると、また体操座りをしていた。

 それがロボ子のスリープモードなんだろうか?

 それじゃ気を取り直して、今度はそーっと、歩け。

 スカッ!ガッチャン。「痛い‼」

 ベッドから落ちちゃった。

 何も考えてなかったわぁ。でも、痛みまでフィードバックするって、いる?

「なっ‼言ったそばから何してんの⁉」

「ごめんなさい、まさか落ちるなんて」

「はぁー、もういい。今日からこの子を置いておくから、ゆっくり練習しておきなさい」「決して壊さないように!壊れたら弁償させるよ‼」

「えっ、弁償ってどうやって?」

 先生は、この体でどう弁償させる気なんだろう

《僕》がそう考えていると、先生はニヤっと気持ち悪い笑みを浮かべて「最悪、今の君を学会に提出しようか?君はまだ発表前の実験体だから高く売れるかもね。まぁ、ばらばらに分解されて体中調べられると思うけど(笑)」

 なるほど、体で払ってもらうってやつだね。・・・絶対にいやだ‼

「ロボ子のことを大切にします!」

「よろしい。本当に気をつけてね」

 そう言い終ると病室を出て行こうとする先生を呼び止めて、さっき感じた痛みの事を聞いてみた。

「先生、一つ聞いていいですか?」

「なんだい?」

「実は、さっきベッドから落ちたとき痛かったんですが、痛みっていらないんじゃ?」

 その《僕》の質問に、先生はベッドのところまで戻ってきて《僕》に視線を合わせると真剣な表情で「いーや、零次くん。痛みは大切だよ。人間の体って意外と弱いからね。体に無理をさせちゃって壊れないように痛を感じる事って必要な事なんだよ」と言われた。

 おー、なんだか先生って感じがしたよ。

「それにね【ユグラドシル】みたいにレベルを上げたら建物の屋上から落ちてもHPが減るだけで死なないって設定無いから気をつけてね。リアルではHPなんて無いから」「たぶんやらないと思うけど、死ぬほど痛いよ、それに壊れたら弁償もしてもらうよ」

 こわっ‼そんなこと言われても今までゲームの中でしか動いたこと無かったし。それについさっき、リアルで初めて痛みを感じたんだよ⁉

 そっとロボ子の方に目を移すと、先ほどベッドから落ちた格好から、いつの間にか体操座りに戻っていた。

「そういえば、先生?」と部屋を出て行こうとしていた先生に《僕》は、もう一つ大事なことを聞くことを忘れていた。

「んっ?」

「ロボ子って女の子?」かわいい顔してるんだよね。

 にやにや「なに?女の子がよかったの?」このスケベ。

 いや、聞こえてるから。

「もしかして零次くん。心は男、体は女ってやつ?ああ、逆か。ボデーが鋼鉄で心が女?(くすくす)」

 ぐっ、悔しい。悔しいが女の子の体に興味があるのも事実。ここはハッキリさせておきたい所だ。

「零次くんって体は無くても男の子だったんだね。(笑)」「ちなみにこの子、医療用のロボットだからね、性別って設定してないよ」かわいい顔してるだろ(笑)

 あとから洋服を脱がして確認してみたら?(くすくす)。とロボ子の洋服の端をつまみ上げながら意地悪そうにこっちを見ている。

「でも、私も一つ勉強になったことがあるよ」「今まではね、体と心、どっちの方が上かって議論もしていたんだけど、零次くんを見ていたら心の方が上っぽいね」

「??」

「あぁ、難しいか。つまり、心の性別に体の方が寄っていくのか、体の性別に心の方が寄っていくかってことなんだけど、わかるかなぁ」

「つまり、先生が言いたいのは気持ちが男なら体も男っぽくなって、気持ちが女なら体も女っぽくなるって事?」

「まぁ、遺伝とかもあるから一概にはそうとも言えないけどね。君は体が無いのに男性ホルモンが出てるんじゃない?(笑)」

(笑)って、笑うところじゃなくない⁉

 ホントに《僕》の扱いが酷くなってる‼

「それじゃ、この子を置いていくから練習がんばってね」

 くれぐれも、くれぐれも壊さないように。そう何度も念を押して先生は病室を出て行った。



「そうそう、言い忘れていたけど、って早速何してんの?」

 突然先生が戻ってきた


「・・・・・・・」


「やっぱりスケベだね(ニヤニヤ)」「その子の名前、形式だけど由香利って名前だから、かわいがってあげてね。ぷふぅ(笑)」

 先生はそう言うと笑いながら病室から出て行った。

 ・

 ・

 ・

《僕》の目の前には、由香利の丸出しでかわいいお尻が太陽の日差しを浴びて輝いていた。

 うん、若いから張りがあって良いね、なんて独り言をつぶやきながら(お尻はしっかりと記憶に焼付けてから)そっとパンツをはかせた。

(次は病室の鍵をしっかりと確認してからにしようと心に誓って)


 次の日

「・・・・・・・・・・」


「・・・・・・ホントに君って変態だね。・・・・・」


「・・・・・・・・・・」


「・・・・・いい訳くらいは聞いてあげるけど?」


「・・・・・・・・・・」

 言い訳なんて出来る訳が無い。《僕》はフリーズした振りをしようと考えた。


「・・・まぁ、ノックもせずに勝手に入ってきたのは謝るよ。でも、その・・・何だい?今のその格好は?」


「・・・・・・・・・・」

 由香利も《僕》に合わせてフリーズしている。


「フリーズした振りしなくてもいいから。君には見えないだろうけど、君の頭のてっぺんにバイタルチェック用のモニターが付いてるから。君が動揺しているのはバレバレなんだよ」


「・・・・・・・・・・」

(えっ!今なんておっしゃいました⁉)


「・・・はぁ、一度出直してくるから」

 先生はそう言うと病室から出て行った


 見られた(汗)、


《僕》の目の前には、Tシャツ一枚だけでお尻り丸出しの由香利が挑発的な雌豹のポーズをとっていた。

 昨日、先生が出て行ってから一晩中、色々と試行錯誤の結果、由香利を思い通りに動かすことが出来るようになっていた。

 もちろん、動かすことが出来るようになったら、次はどこまで出来るのかが気になったし、もちろん服の下にも興味があった。


【ユグラドシル】ではエッチな事は出来なくなっている。もちろん服を脱ぐこともだ。

 ゲームの装備でスカートなんかも有るけど、覗き込もうとするとギリギリ隠れるようになっていて中身が見えないようになっている。そのうえ、たまに謎の光が邪魔をするように設定されている。(でも、そこがまた想像を掻き立てられるというかたまんない)

 桜さんは【ユグラドシル】の中ではいつも爆炎魔法を使うので、その度にスカートがはためくのだが、これが見事に見えない。(くぅ、ホントたまんない)

 ただ、装備は外す事が出来る。が、その際は旅人の服が標準装備になってしまって下着姿になる事も出来ないのだ。

《僕》はいつも疑問に思っていた。

【ユグラドシル】にはビキニアーマーなんてエッチな装備もある。しかも数十種類も。ビキニアーマーのときは素肌が見えるのだ。また、種類によっては結構きわどいところまで。(完全に運営の趣味だろう)

 マニアの人はセカンドのアバターや従者システム(二人まで従者を好きに作ることが出来る、がレベルは五〇まで)で色々とエッチな装備を試してSNSにアップしている人までいる。

 実は《僕》もその内の一人なんだけど。

《僕》の場合は、天使の羽衣やヴィーナスのヴェールといったスケスケ装備がメインで、『見えそうで見えない。おっ、・・やっぱり見えない。』とか『むふっ、スケベで草』とか一部の方々からはかなりの高評価を頂いている。


 そりゃ見てみたいさ、そこまで隠されて気にならないはずが無いじゃないか。

 今まで素肌に触れる機会が無かったんだもん。ずっと病院のベッドの上だったんだもん。少し位いいじゃんか。

 嵐君や桜さんはもちろん手を繋ぐ事くらいはあるだろうし、もしかしたらその先も経験しているかもしれない。

 たとえば二人っきりで海に行って、日焼け止めのオイルを塗ったり塗られちゃったりして、手を繋いで夕日を見て、おいしいディナーを食べて、帰る途中で少しホテルなんかで休憩なんかもしちゃったりしちゃって・・・むふ♡


 いかんいかん。妄想が暴走してしまった。

 でも、少しくらい興味を持ってもいいよね。しょうがないはずだ。

 由香利が可愛いのがいけないんだ。もう少しゴリラのようだったら、こんなことしなかったのに。(でも、ゴリラにはしないでね・・・お願いします)


《僕》は何事も無かったかのように由香利に服を着替えさせていく。

「最後にもうちょっとだけ、」

《僕》は由香利に窓際でセミロングの髪を掻きあげる仕草をさせた。

 窓からは朝日が差し込んで、良い具合に由香利を照らしている。綺麗だ。さらに薄いTシャツ越しに由香利のボデーラインが透けて見えている。(スケスケさいこー‼)


「・・・マニアックだねぇ」

「っ‼」いつの間にか先生がこっそり覗いていた。

「・・・いつからですか?」

 恐る恐るたずねた

「・・・最初から。(くすくす)」

「・・・・・。」


 チュン、チュン。

 窓の外では数羽のスズメが挨拶を交わしていた。

 今日も一日晴天のようだ。

(あぁ、なんだか今日の朝日は目にしみる・・・・・気がする)



 5章(衝撃の事実)


「おひさ」「久しぶりー」

 約一月ぶりに二人が病室にやってきた。

「久しぶり、嵐君、桜さん」

《僕》は由香利でお出迎えをした。

「「わっ!!」」

(くすくす)二人は凄く驚いている、

「二人ともびっくりした?」

「えっ、何でロリっ子がお出迎えしてんの?」

「きゃー可愛い。この子誰?」よしよし

 嵐君はロリっ子って言ってるし、桜さんにいたっては抱きついてよしよししている。むふ♡

《僕》と由香利は感覚を共有している。

 今、《僕》は由香利を通して桜さんのむっちりボデーを堪能している。むにゅむにゅ(やっぱりいい物を持ってるね。むふふ♡)

《僕》が桜さんを堪能していると、「桜くん、その位でいいんじゃないかな?零次くんが興奮しているみたいだよ」

 いつの間にか先生がやってきてそう言った。

「あっ、ホントだ。零のやつ、興奮してるぞ」

 嵐君が《僕》の本体の方の頭の上を覗き込みながら、そう言った。

 あっ、嵐君も知ってたんだ、《僕》にモニターが付いていること。

《僕》が少しショックを受けつつ、まだ桜さんのおっぱいに顔をうずめて堪能していると、「えー、なんでー?」桜さんが由香利を抱きしめたまま先生に聞いている。

「それはね、この子は零次くんが動かしているからだよ」

 桜さんは、由香利の髪の間(首の後ろ)から垂れ下がっているコードをゆっくりと辿っていって・・・「きゃっ!」いきなり由香利を突き飛ばした。

 突き飛ばされた由香利は自分のコードに絡まって、先生の股間に顔からダイブ。

「「ッ、ぎゃー!」」

 先生と《僕》は同時に悲鳴を上げた。

 それぞれ違う理由で・・・。


 先生は悶絶して床にうずくまっている。そういえば由香利って重かったよね。ベッドが壊れるほどに・・・・・大丈夫?

《僕》は、あえて由香利で先生の耳元にそっと近づき「先生のお袋さんのおかげで由香利が壊れなくて済みました。ありがとうございます(くすくす)」とお礼を言った。「今、看護婦さんも呼びますね、えい」《僕》は更に追い討ちを掛けるようにナースコールを押した。(日頃をからかっているお返しだ)

「・・・くっ、・・・このやろー、ぅぅぅ」

 先生は涙目で呻きながら見上げてくるが、未だに立ち上がる事が出来ないでいた。

 大分苦しそうだ、そんなに痛いのだろうか?経験が無くて分かんないや。

 後ろを振り返ってみると、嵐君は思わず右手で股間を握っていた。

 桜さんはと目を向けると「きゃー♡」と言いながら両手で顔を覆っている。(ってか、無茶苦茶指の隙間から見てるじゃん。エッチ)

 程なくして、看護婦さんがやって来た。

「あらあら零一くん。痛そうだね、私がさすってやろうか?」と悪戯な笑顔で看護婦さんは先生の股間に手を伸ばした。

「「‼」」「きゃーきゃー」

「だっ、大丈夫だから球代さん!」先生は慌ててその女性の手を払いのけた。

「そう?子供の前だからって恥ずかしがらなくても良いのに」とまだ苦しんでいる先生に肩を貸すと病室を出て行った。

 先生は病室を出る時、覚えてろよー(怒)と言い残して。

 やだ、怖いっ!

 少し先生に悪いことをしたような気がするが、日頃の行いのせいだろう。(さっき、桜さんとの触れ合いタイムを邪魔した罰だ)

《僕》は先生たちが出て行ったドアから少しだけ顔を出して先生の後姿を見送った。

「あれ?」先生に肩を貸している女性(球代さんって言ったっけ)の右手が不自然な形で先生の前の方に回っているような・・・・・?

 まあ、《僕》はあまり気にしないことにした。

 あーあ、窓の外でもお天道様が泣いておられる(笑)。


「ところで、二人とも今日はどうしたの?」

「どうしたのって、やっと中間が終わったから久々に顔出したんじゃん」

「へー、中間テストか」「で、どうだった?」

 嵐君は得意げな表情で「へっ、楽勝」と笑った。

 その顔を覗き込むように桜さんは「そうなのよねー。嵐ってこんな感じなのに、あったまいいのよねぇ」って笑っている。

 嵐君と桜さんが目の前でいちゃついてますよ皆さん。リア充爆発しろ!!(あれっ、《僕》ってこんなキャラだっけ?なんか最近先生の影響を受けているような気がしてならない。気をつけなきゃ)


「それはそうと、零はとうとう自分の正体に気が付いたみたいだな」

 嵐君はまったく遠慮って物が無いね。まぁ、そこがいいんだけど。

 桜さんは後ろで固まっている。

「そうなんだよ。先生に鏡を見せられてね」「確かにびっくりしたけど、ちゃんと説明もしてもらったしね。それより、何で嵐君たちはこんな《僕》を相手にしてるのかが疑問なんだけど?」

《僕》は以前からの疑問を投げかけた。

「そりゃーお前、たしかに最初はビビッたけどよ、話してみたら普通じゃん。しかもベッドから動けないってかわいそーじゃん。今まで友達も居なかったんだろ?」

 やっぱり嵐君って最高だよ。君こそがブラザーだよ。何で零一先生とかじゃなくて、嵐君と血が繋がっていないんだろう。

 桜さんも「零くん、ごめんね今まで黙ってて」ホントーにごめんね、と胸の前で手を組んであやまってきた。

 全然いいよ桜さん。ちょっとあざとい感じに胸を強調しているような気がしないでもないが、それはきっと《僕》の心が汚れているからだろう。きっとそうだ。桜さんがいい子なのは知っている。さっき桜さんが由香利を突き飛ばしたのもきっと偶然だったと思うことにした。(でも「きゃー」って・・・)

 いつの間にか由香利は部屋の隅で体操座りをしていた。

 先生は大丈夫だったんだろうか?

 なかなか戻ってこない先生を心配しつつ、三人はしばらくの間無言で外の景色を眺めていた。

 あっ、虹だ。


 嵐君は部屋の隅で体操座りをしている由香利を指差して聞いてきた。

「ところでよ、このロリっ子って零が操ってんの?」

 嵐君はそう聞くと遠慮なく由香利の体を触り始めた。くすぐったい。

「そうだよ、由香利って名前なんだって」

「へぇー、由香利ねぇ」悪趣味だなぁ、と嵐君がつぶやいたのが聞こえた

「えっ?可愛いくない?」今のつぶやきが気になって聞いてみた。

 そんな《僕》を無視して「それにしてもよく出来てんなぁ。俺も一応は聞いた事はあったけど、実際見るのは初めてだ」

 ぺろん。

 そういうと嵐君は無造作に由香利の洋服をめくった。

「「っ!」」

「なっ、なんてことしてんの、この変態!」

 桜さんはそう言うなり嵐君の手から由香利を抱き寄せた。むにゅう。

 うほおっ♡

「って、きゃー。エッチ」

 桜さんは、由香利を抱き寄せた勢いをそのままに、思いっきりドアの方に突き飛ばした。

 まっ、まずい!三億円が‼‼


 ガラガラガラ

「零次、コノ野朗っ、って、待って!」やっと戻ってきた先生に向かって、由香利が突っ込んでいく。


『ゴスッ』


「あふん♡」


「「「先生―――‼」」」

「先生、気を確かに、傷は浅いですよ!」

「誰か、誰かっ!衛生兵、衛生兵っ‼」

 なんてタイミングだ。

 しかも、今度は本気で白目をむいてる⁉


「おいっ、とりあえず落ち着けって」

 嵐君は「ふぅー」と一息つき、「とにかくこの死体を隠そう!」

「「えっ⁉」」

 死んでないよね?嵐君が一番動揺していた。

「よしっ、ここがいい、ここに押し込んでおこう」嵐君は部屋の隅に設置してある棚の中に先生を仕舞おうとしている。

 えっ?どこに詰めてるの?丸見えだよ⁉ええっ!冗談だよね?

 桜さんも手伝って先生を詰め込むのに必死だ。

 やめたげて。そこ、先生の体じゃ入りきらないから。

 あぁ、首が変な角度で・・・。ゴキッ・・・・。


「「「・・・・・」」」


「よし、桜! 今日は零も忙しそうだから帰るかっ!」

「うん、そうだねっ!あまりお邪魔したら零くんに悪いからっ!」

 二人はアイコンタクトを交わすと、そそくさとその場を離れようと、

「ちょっと待てぃ!」「このまま返すわけ無いでしょうが‼」

《僕》は由香利にドアの前で通せんぼをさせた。


「くっ。ここまでか。無念」

「嵐、まだ諦めちゃだめ。何か手はあるはずよ!」


「・・・・・・」のり 良いな。この二人・・・。


 とりあえず先生を由香利のベッドに寝かし、先生の意識が戻るのをまつことにした。

《僕》は、とうとう降りだした雨を見ながら「先生って、結婚してたっけ?」

「んっ?まだじゃね?」

「そっか。未来の奥さんに悪いことをしたねぇ」

 これが原因で、先生が子供を作る事が出来なくなったら奥さんに申し訳ない。

「んー、どーだろ?今は嫁さんが居なくても子供が出来る時代だかんな」

「そーだねー。私たちもクローンだしねー」


『んんッ⁉今、なんて⁉』


「えっ?私たちってクローンだって言ったんだけど?」

「ええっ、桜さんたちってクローンだったの⁉」

「「あれっ?」」

「先生に聞いたんじゃないの?」

「零一のやつ、いったい何の説明をしたんだか」

 嵐君は、ベッドで横になっている先生を「ジトー」と見つめた。

「まっ、こいつが起きるまで説明してやるよ」「ちなみに、どこまで聞いてる?」

《僕》は先生から聞いた話を嵐君に話した。


「なるほど。零は、自分の事は聞いたわけだ」

 嵐君は腕を組み、「そっかぁ」と頷いている。

「でも、零くんはその話を聞いて不思議に思わなかった?」

 嵐君の横で、桜さんは右手の人差し指を頬に当てて首をかしげながら、《僕》に聞いてきた。

「? 何が?」

「だって、その体でしょ?普通の病院だったら、もっと大騒ぎになってもおかしくないよね?」


「‼」


「私達もちょっぴり、ビックリしたけどね」

「俺たちも事前に聞いててもビックリしたしなぁ。事前に聞かされてなかったら、そりゃもっと大騒ぎしてもおかしくないんじゃね?」

「もしかして、二人とも《僕》の事知ってた?」

「うん」「おぅ」

「それじゃ、嵐君が骨折して入院してたのは、嘘?」

「あははっ嵐が子犬を助けようとして骨折したのはホントの事、馬鹿だよねぇ」(くすくす)

「だっ、誰が馬鹿だって!」

「だって、ねぇ。(笑)」

「・・・」

 また、いちゃついてますよ。

 まぁいいか。それより《僕》は気になっていることを聞く事にした。

「・・・ちなみに なんだけど、二人って誰のクローン?」

「私が由香利さんで嵐が零次くんだよ。びっくりした?んっ?」

 桜さんがからかう様に由香利の顔を覗き込んできた。


「⁉⁉⁉⁉⁉」


「ピピピピピピッ」

《僕》の頭の上の方から音が聞こえてきた。

 あははっ、「驚いてる、驚いてる(笑)」二人とも《僕》の頭を覗き込んでいる。ヤメテッ‼(涙)っって、もしかしてこの音の正体って《僕》の頭の上から出てる音なの⁉

《僕》はあまりの衝撃で心臓が一時止まっていた。(本当は心臓があるかなんて分からないけど、それほど驚いた)

 嵐君が《僕》のクローンで桜さんが由香利のクローン?

 心のブラザーだと思っていた嵐君は、実はリアルガチだった⁉(僕が生きてたらこんな顔だったんだ)

 しかも由香利って、このロボ子と同じ名前じゃない?


「ねえ。桜さん。由香利ってこのロボ子と同じ名前だよね?」


「「えっ‼」」


「こいつ、由香利さんの事も教えてねーのかぁ⁉」

 マジかぁ?と嵐君は零一先生を見ながらつぶやいた。


「んごっ(汗)」


 あれ、もしかして先生 起きてない?


 つんつん、由香利が突っつく。


「・・・・・・・・」


 つんつんつんつんつん。こちょこちょこちょ


「ぷっ、・・・・くぅ・・・・あはっ・・・・や、やめっ・・・」


「・・・・・・・・(汗)」


「そっか、それじゃ」「せーーーの!」

「⁉、それは待って‼」がばっと先生が飛び起きた

 先生が寝かされていたベッドの横では、由香利がきれいなY字バランスを取っていた。


「起きてるじゃねーか!」


「い、いや。ついさっき目が覚めたばっかりだよ。ホントだよ(汗)」

《僕》は先生に振り下ろすはずだった由香利のその足を、そっと下ろした。


「先生、聞いてたなら説明してよ」「由香利さんってだれ?」


「・・・君のお母さん・・・・」やっぱ起きてやがった(怒)


「・・・・・はーーーーーーぁ⁉」


《僕》のお母さんって、そう言えば一度も聞いた事が無かったけど。


「えっ、てことは桜さんはお母さんのクローンってこと?」


「そーだよ」桜さんは優しい笑顔で微笑んでいる。

(お母さんっておっぱい大きかったんだ。《僕》はこんな時にこんな事を思う自分の事が恥ずかしかった)


「零次くんに説明していなかったね、ごめん。桜くんは君のお母さんの遺伝子から作られたクローンなんだ」

 びっくりした!

 でも、お母さんって可愛かったんだね。(桜さんを見つめながら不思議な気持ちになった)

「そうなんだ。今 零次くんがガッツリ見てるけど、由香利さんもおっぱいが大きかったんだよ」昔はむしゃぶりついてたよねぇ、羨ましかったなぁ。と遠くを見つめながらつぶやいた。

「・・・えっちぃ」桜さんが両腕で体を隠した。

「ちっ、違うよ!先生!何てこと言ってんの⁉」

 みんなで《僕》の頭の上を覗き込もうとしていたので、

《僕》はそれを由香利で邪魔しつつ、「そっ、それよりも、嵐君って《僕》と同じ遺伝子なの?兄弟とかじゃなくて?」無理やり話を逸らそらした。

「俺は、そう聞いてるぞ。で、実際はどうなんだ。んっ、零一先生?」


「・・・・・」

 先生は首に手を当てて俯いている。


「また、だんまりか?」


「・・・なんか、首が痛い」


「「「・・・・(汗)」」」


「そっ、そんな事より、説明、プリーズ!」《僕》は強引に話を進めていく。


 先生は、おもむろに立ち上がり窓のところへ。

 ガラガラガラ

 突然窓を開けた。(雨が降っているのに‼ほらっ、降り込んできたよ‼)

「ちょっ、先生何してんの⁉早く窓閉めて‼」

「ちょっと空気を入れ替えようかと」そんな怒んないでよ とちょっと拗ねている。

「違うから、コードに雨がかかってるから!ほら 見て。由香利がブリッジしちゃってるから‼」

 見ると、ベッドの脇で『これでもかっ!』って位、由香利がエビ反りになっていた。(なんかギシギシ言っているような気がする)

「「「「・・・・・」」」」


「・・・先生、次からはもう少し考えようね。もう」

 嵐君と桜さんは、文句を言いながら雨でぬれた場所をタオルで拭いている。

「・・・・スミマセン」

 その横で、先生は自ら床に正座で座っていた。

「んで、説明してもらっても?」


「そう言われても、どこからしたもんか・・・。」

 先生は腕組をしながら、う∼んと首をかしげている。あっ、首が!

「いたたたた」「それじゃ、まず、零次くんの事から説明しようかな。・・・明日でもいい?」


「「「だめ!」」」


 首が痛いんだけどなぁ。そうぼやきつつ先生は語りだした。

「零次くんのお父さんは【始】さんって教えたよね。つまり僕。で、その奥さんが桜くん。そして子供が嵐くん(笑)分かるかな?」

「イラッ!まじめにやって(怒)」こんな時までボケるか?普通!

「ごめん」

「零一、まじめにやれよ!」

 外野からも野次が飛んでくる。

 先生は「子供の癖に」とボソッとつぶやいた。

「はぁあ‼(怒)」

 嵐君がこぶしを握っているのが見え、先生の頬からツーっと汗が流れた。

「えーっと(汗)、つまり【始】さんの奥さんが由香利さんで、その子供が君って事なんだけど・・・」それはいい?と先生は確認する。

「まだ二人は結婚はしてなかったみたいなんだよね、一緒には暮らしていたんだけど。たぶん【始】さんがノーベル賞の授賞式が終わった後に式でもする予定だったじゃないかな?でも、そこで『神の目』、知ってるよね?に反対していたレジスタンスが事務所に火をつけたんだ。これ以上研究が続けられないように。ってね」

《僕》たちはさっきまでとは違う先生の雰囲気に戸惑いつつ真剣に先生の話を聞いていた。

「今思えば『神の目委員会』の警告だったかも知れないんだよね。【始】さん達がそのまま研究を続けて、全人類をコントロールしている彼等の邪魔な存在にならないように、ってね」

「「「・・・・・」」」

「まぁ、今さら疑ったところでどうにも出来ないけど」

 先生は寂しそうに笑った。

「まあ、ここからだ。実は【始】さんの授賞式には由香利さんも参加する予定だったんだよ。ただ、運が悪い事に零次くんが体調を崩してね。授賞式には行かない代わりに事務所で授賞式を見ていたんだ、零次くんと」

 そこで先生は一度話を止めた。その日のことを思い出しているようだった。

「先生、その時先生は何処にいたんですか?」

「私かい?私はね【始】さんに言われて、『神の目』が世界中にどんな影響を及ぼしているかを見に行く途中だったんだ。そして飛行機の中で【始】さんから連絡を受けて急いで事務所に戻ったときには・・・もう事務所は焼け落ちた後だったんだ」

 そう言うと先生の瞳から涙がこぼれた。

 先生は一度深呼吸をすると、続きを話し始めた。

「その後【始】さんから・・・病院で待っていると連絡があって病院に行ったんだ」

 先生はもう一度言葉を切って涙をぬぐった

《僕》達は、突然涙した先生に掛ける言葉が見つからず息を飲み込むしか出来なかった。

「・・・そして、病院で由香利さんの遺体と対面したんだ。そこに零次くんは居なかった。その後の事は、以前 君に伝えたよね」

 そう言って《僕》の方を見た

「先生って【始】さんのクローンなんですよね?やっぱり由香利さんの事が好きだったんですか?」

 先生はしばらく悩んだが「・・・そうだね、【始】さんのクローンだからって訳じゃなくて、なんていうんだろ?可愛かったんだよね」と、桜さんの方を向き、 「君も桜くんに興味を持っているんじゃないかい?そんな感じだよ」と言った。

 急に振られた《僕》は「えっ、おっぱいのこと?」と思わず茶化してしまった。

「なっ⁉」

 桜さんが両腕で胸を隠すように腕を組んで先生を睨んでいる。

 うほっ♡。桜さん、それは逆効果だから!胸が強調されているから‼

「うん、確かに大きかった。って違うから。桜くん、そんな目で見ないで(涙)。それと零次くん、茶化さない!」

 何となく先生の扱い方が分かってきたかな。


「もう。・・・次は、嵐君と桜くんの事を話そうか。明日じゃ駄目?」


「「「はぁー、駄目です」」」


 先生は首を振り、諦めた様子で話し始めた。

「あいたたた。・・・私はね、由香利さんから生前ある物を貰っていたんだ」

 これなんだけど、と先生は首から提げているお守り袋を僕らに見せてくれた。

 ⁉そういえば先生っていつもお守りを首からぶら下げていたっけ。

「この中にはね、由香利さんと零次くんの髪の毛が一房ずつ入っているんだ。それを私が由香利さんにあげたお守りの代わりだって言ってね、貰ったんだよ。」

 由香利さんから貰ったんだ、と愛おしそうにお守りを抱きよせた。

「そして、今の技術でその髪の毛からクローンを作ったんだ」

「でもね、クローンって言っても姿かたちは似ていても、やっぱり本人にはなれないんだよ」先生は寂しそうにうつむいてしまった。


「でも、誰がクローンを作ったの?先生?本人にならない事は分かりきってる事じゃない?」

「そう、分かりきっていても、だ。分かりきっていても、もう一度会いたかったんだ」

 そう話す先生の声は、少し自傷気味に聞こえた。《僕》の横では嵐君と桜さんが申し訳なさそうな顔をして黙って聞いている。

「でも・・・」と先生は今度は天井を見上げて誰に言うでもなくつぶやいていた。「【始】さんにこの話を持ち掛けた時、二つ返事で手伝ってくれた。・・・・・【始】さんも夢をみたかったんじゃないかな。きっと」


「ねえ先生。いま、その【始】さん。お父さんって何処に居るの?」

「それはまだ教える事は出来ないんだよ。世界中に『神の目』があるからね、見つかるわけにはいかないんだよ」

 先生は自分の頭を指でツンツンと突きながら

「ただ、私たちのチップは『神の目』に監視されないように弄っているから大丈夫だけどね」と微笑んだ

「いずれ、もう一度実験をするから。その後ならいくらでも会う事はできるだろうね」

《僕》はその先生の言い方が妙に引っかかっていた。


 窓の外では雨が激しさを増してきている。

「雨もだいぶ強くなってきたね、今日はここまでにしようか」二人とも今日は泊まっていったら?と先生は二人に声をかけている。

「そうですね。この雨だし、今日はこのまま泊まっていく事にしようかな。嵐も大丈夫?」

「あぁ、そうしようか。零 また来るよ」

 そう、それじゃあ部屋を用意しないとね。そう言いながら先生は二人を伴って病室から出て行った。

《僕》は先生の出て行った扉をしばらく眺めていた。

《僕》は先生の最後の言葉になんとも言いし得ぬ不安を覚えて、しばらく動く事ができなかった。そんな《僕》の後ろで体操座りをした由香利が、じっと《僕》の後姿を見つめていた。



 大島 始の章(1)


 僕は小さい頃から、よくいじめにあっていた。

 小学生の頃は、クラスの人気者になろうとお調子者を演じた。

 すると、しばらくして学校中の誰もが知っている人気者になる事が出来た。

 その頃はたしかに少し調子に乗っていたのかもしれない。しかしまだ子供だった僕は自重という言葉を知らなかった。

 そして、いじめっ子に目をつけられて生意気な奴だと殴られた。


 その暴力に納得できない僕は、自己啓発を始めた。殴った奴を見返してやろうと。自分の『価値』を上げようと。


 親にお願いして少年サッカークラブに入り体を鍛えた。

 そして、お小遣をつぎ込んでファッション雑誌を買って、おしゃれを研究した。

 中学にあがる時にはすでに彼女が何人かいたし。僕のファンクラブも出来ていた。

 すると、また生意気な奴だと校舎裏に呼び出され複数人で殴られた。

 しかし、周りの者はいじめっこが恐くて誰も助けてはくれなかった。


 また考える。見た目だけじゃなく、中身にも『価値』をつけよう。そして、子供内での人気だけではなく、大人も味方につけようと。


 その後、僕は必死で勉強に打ち込んだ。塾にも行った。

 サッカーをやめ、彼女とも別れて。

 周りで盛り上がっていた女性たちも徐々に僕に興味を失っていった。むしろ鬼気迫るように勉強に打ち込む僕の姿に気持ちが悪いとさえ噂されていた。


 中学二年のときに、僕は全中テストで全国二位になった。

 もちろん学校中はその話題で持ちきりになった。惜しかったね。一位とはあと一問差だったね。次ぎ受けたら今度は一位かな。とか

 そして、学校に期待され有名私立高校に推薦も決まった。

 今まで僕に興味が無かった女性たちもまた集まってきた。気持ち悪いと噂していた女性たちでさえ、僕と付き合いたいとラブレターを沢山もらった。メールもいっぱい来ていた。

 すると、なぜか不良に絡まれ殴られた。調子に乗るなと。僕に彼女でも取られたのか?なぜ《僕》が理不尽にも殴られないといけないのか?また、学校側もこの事実を隠蔽した!有名私立校の推薦が無くなると。学校の評判が下がると!


 今の世の中は理不尽すぎる。


 努力した者が、途中で挫折した者や努力すらして来なかった者に暴力によって淘汰される。

 僕は努力した。世間からも評価された。その結果がこれか⁉

 なんて下らない世界なんだ‼

 僕が悪いんじゃない、この世の中が悪いんだ‼


 男共は人の努力を妬んで暴力を振るう。

 女共は【僕】というブランドにしか興味が無い。勝負に負ければ一気にブランドの『価値』が下がり見向きもしなくなる。また逆に、『価値』が出来れば知らない子達からも声を掛けられた。


 周りの大人たちでさえ子供たちを『価値』で評価する。

 先生たちは、勉強が出来る子や運動が出来る子=学校の評価を上げてくれる『価値』のある子供と見ている。

 しかし、学校に貢献していない子供に対しては無関心だ。

 なぜなら、自分達の評価に繋がらないからだ。その子に『価値』が無いから。

 自分の親でさえそうだ。いい点数を取れば褒められる。

 学校に評価してもらうと、まるで自分の手柄のように喜ぶ。

 しかし悪い点数のときは、努力が足りないと罵られる。

 自分の子供の『価値』が下がるからだ。


 僕にはこの世界がとても歪んで見えていた。

 僕は中学卒業後、推薦入学が決まっていた高校には行かず、家に引き篭もってはネットばかりの引き篭もり生活を送るようになっていた。

 僕の親も最初は心配してくれた。

 やれば出来る子だから。今はちょっと休憩しているだけだよね。と

 しかし、いつになっても引き篭もっている僕にそれも段々と無くなっていって、ちょっと頭のおかしい子とだと言われるようになっていった。

 僕が引き篭もって四年後、とうとう親から家を追い出された。

 しかし僕にはどうでもいい事だった。

 引き篭もっている四年間、別に何もしていなかったわけではない。

 僕は株やネットビジネスなどによって巨額の資金を稼ぎだしていた。

 父親が必死になって働いた年収の何倍もを一ヶ月で稼いだ。

 今では親よりも僕の方が圧倒的に『価値』がある!と僕は思っている。

 それを見抜けなかった親なんて、もうどうでもいい。

 この世界にウンザリしていた僕は、今まで稼いだ資金を元に、自分の考える理想の世界を作ろうと決めた。

 それは【始】が二十歳の時、2040年の年だった。



 大島 始の章(2)


 僕は自分が目指す〈夢〉のための勉強を始めることにした。

 今は、必要な事は殆どネットで調べる事が出来る。僕の〈夢〉に必要な知識で物理学に生物学、医学に薬学、心理学に人間科学などなど。

 それこそ他の学生が遊んでいる間、寝る間も惜しんで勉強に没頭していた

 そして、一人では限界を感じつつあった僕は大学に行くことにした。勉強の傍ら同じベクトルを持った仲間を探すために。

 突然の出会いは食堂で昼食を食べている際にやってきた。

「おい、始。たまには付き合えよ。お前、顔は良いんだからさ。お前が来てくれりゃナンパなんて一発よぉ?」

「・・・・・・」

「おいっ、またシカトかよ!いつもいつも誘ってやってんのによぉ‼」

 僕は二人の男性に絡まれていた。僕の友達でもないくせによく言うよ。僕は君達の名前も知らないのに。

「おい、もう良いだろ?どうせ誘っても【始】は来ねーよ。諦めて行くぞっ」

 よく分かってるじゃないか。どうせ行かないから早くどっかに行ってくれ。

「でもよぉ、優子がよぉ、こいつ誘って来ることができたら付き合っても良いっていってんだよぉ。なぁ分かるだろ?」

 優子って誰だよ?ってこの前僕に手紙をくれた差出人の名前が優子だったような?きっと偶然ではないだろう。

「はいはい、分かる分かる。ただ、そんな条件出してる時点で脈なくない?」

 僕もそうだと思う。

「そんな事無いだろ?脈があるから条件出してんだよ。きっと」

 もうホントに鬱陶しいな。

「・・・・・うるせぇ」

「・・・はぁ?何調子くれてんのこいつ⁉いっぺんぶっ飛ばされてーか?あぁ‼」

 はぁー。いつもこれだ。この後俺はまた殴られるんだろうな。

 そう覚悟を決めて僕は目の前のカレーライスと睨めっこを続けていた。

「はいはい、そこまでよ」

 そんな僕たちの間に、突然可愛い声が割り込んできた。

「なぁーによってたかっていじめてるのよ」

 その可愛い声の持ち主は、「きーー」と僕に絡んできた相手を威嚇している。

「ゴメンねお嬢ちゃん。おいっ、もういいから行くぞ」

「ちっ、うっせーな。分かったよ、もうお前にゃからまねーよ。くそっ」

 やっとうるさい奴等が去って行った様だ。

 僕は助けてくれた女の子にお礼を言おうと視線を上げると、そこにはまだ高校生くらいの女の子が僕の顔を覗き込もうとしていた。

「大丈夫?お兄さん」

「ありがとう。君は?」

「私はって・・・お兄さんのエッチ」

「いやいや不可抗力だろ⁉」

 女の子はカレーライスと睨めっこしていた僕を覗き込もうと机の向こう側から身を乗り出して来ていたため、顔を上げた僕の目の前には年の割に発育が良い二つのお肉の塊が・・・彼女が着ている薄いTシャツの緩んだ首元から、それは確かに偽者ではないぞ!と重力に引かれプルンプルンとその柔らかさを自己主張しているのが見えた。(そりゃ見るだろ、ふつう)

「もう、しょうがないなぁ。みーんな同じとこばっか見るんだね」

 女の子はキュッと首元を隠し恥ずかしそうにくねくねしていた。

 くぅーっ、あざと可愛い。

「とっ、ところで君はいったい誰なんだい?」

「あっそうでした。私は由香利。お兄さんは【始】くんだよね?」

 これは{僕}が由香利との最初の出会いであった。



 大島 始の章(3)


 僕は学業の傍ら、株によって更に資金を増やしていた。

 また、出来るだけセミナーや研究会などに顔を出し、有望そうな人達をヘッドハンティングしていった。そして大学卒業後、僕たちは会社を立ち上げた。

 社員は、僕が声をかけた志を同じにする同志達だけの信用できる最低限の人数にした。(多すぎると、意見が衝突して途中で同じ方向が向けなくなる場合や、研究資料を持ち出すものも現れるかも知れない)

 事務所件研究所はもう購入していた。先物買いに失敗して破綻した薬剤研究所の跡地だ。その研究所の良い所は、中身がそっくり残されていたところだ。少し古いが設備がそのまま使えるのはありがたい。さらに立地がよかった。山の奥地に誰知れずにひっそりと立っている。そこは再開発予定地だった場所だが、その後の調査で地盤に問題があると発覚。急遽開発が取りやめになったという。この薬剤研究所はその中心的な施設になる予定だったみたいで、少し特徴的な形をしていた。

 それはまるで、エッグカップに立てたタマゴだった。ジャングルの中にそびえ立つ高さ約40メートル程もある超巨大なタマゴ型のオブジェだ(なんでだっけ?たしか、タマゴから薬の成分を抽出してるとかだったような・・・)。

 また、周りに町の明かりはまったく見えない。近くのスーパーまで買い物に行くにも、車で山道を一時間も走らなければならないのだ。しかも僕はその山を丸ごと購入していた。見渡す限り僕の私有地だ。秘密基地にはもってこいだ、と仲間もテンション高めだ。(やっぱり僕が選んだ人達だ)


 そこで更に数年研究を続け、『神の目』の構想が完成した。

 WHOがパンデミックの発生を宣言したのはちょうどそのときだった。

 最初は誰しもが早めに終息するものと軽く考えていた。みんな、今の医療技術を過信していたのである。

 国によってはパンデミックが発表されるや、すぐに都市機能をロックダウンさせこの伝染病の封鎖に全力を注いだ国もあったが、他の多くの国では人々は宗教や人権の自由を謳ってなかなか政策が追いつかない国が殆どであった。そのため、人の流れを完全にストップする事が出来ずに、世界中に爆発的に感染が広がっていったのであった。

 世界中の人々は、いつまでたってもパンデミックの終息が宣言されない事に対して次第に苛立ちを募らせていった。

 WHOがパンデミック発生を発表してから数ヶ月が経つ頃には、世界各地の医療機関は患者で溢れ、更に医療従事者たちまでもが病気に倒れ始めた。

 これにより医療崩壊を起こした地域では、病気の治療を断られた人が、自分の不幸を周りに撒き散らすという現象も起きていた。そして保菌者たちは病院を求めて地方に散っていって感染を更に広める原因となってしまった。

 その頃になって、ようやく世界中の国が慌てだした。

 大統領が、総理が、王族が、代表が、不要な外出規制や物流の規制に踏み出した。

 世界中の国々は病気の流入を恐れて、世界中で物資の物流が止まった。

 人々は国の対応に不満を掲げ、世界中で大規模なデモや暴動が起きていた。そして、そのデモ参加者たちがまた大量感染を起こした。

 しかし人々は、それでもデモを起こす。感染対策をしないままに。

 無論、町は荒れ治安は悪化していった。

 更に悪い事に、パンデミック発生から約一年経つ頃、また新たな新型ウイルスが確認された。

 人々は、我先にと人口の少ない田舎へと移動した。

 また、その移動がきっかけとなり更に感染が拡大していった。

 物流が止まったせいで食べる事に困った人達は、田んぼや畑を荒らした。

 さらに、この新たなウイルスは人から人だけではなく動物から人にも感染する事が分かったため、家畜等も大量に処分される事となりよりいっそう食糧事情に拍車をかけた。

 一部の国では警察機関もほとんど機能しなくなってしまっていた。

 そして、とうとう町同士でも略奪が始まった(輸送機を襲ったり海賊行為をしたりと)。そのせいで、一部の人達が自警団を名乗り暴力によってこれの沈静にあたった。その際、やりすぎて殺してしまう事もあったが取り締まる者が誰も居なかった。

 そのような無法地帯が世界中至る所で出来てしまっていた。

 世界中の人達は、誰が感染源になるか分からないため人間不信に陥っていった。

 家族ですらその対象となり、家の中でも防護服が必須となっていた。

 必然的に会話もすることも減り、部屋から出る事が無くなった。

 もちろん、町はゴーストタウンと化していった。

 世界では、町の至る所で処理が追いつかず放置された遺体が転がっている地域もあるほどだった。

 世界では一日も早いワクチンの開発が急務となり、やっとワクチンが生産開始された頃には、人々の心は疲弊しきっていた。

 そしてパンデミック発生から約三年、WHOがこの感染症の終息を発表した時には世界中で五億人近い人達が〝様々な理由〟によって死亡し、世界経済は壊滅的な状況に陥っていた。


「おいおい【始】、今世界中でパンデミックが発生してるんだとよ、ここは大丈夫か?」

「大丈夫だと思うよ、誰も好き好んでこんな山奥に来たりしないだろ?(笑)」

「それもそうだけどよぉ、このまま研究を続けていいのか?俺たちもワクチン開発に手を付けた方が良いんじゃないかと思ってよ」

「ワクチン開発なら、もう世界中の研究機関が取り組んでいるよ。僕たちが今更取り組むより、この実験を成功させる事の方が世界中に貢献できるはずだから。頑張ろうよ」

 僕たちは山奥の研究所で黙々と研究を続けていた。

 幸い、ここは陸の孤島だ、誰かがやって来る事などまず無い。

 僕たちが町まで行かない限り感染症もここまで来る事はないし、食料の備蓄もたくさんある。多分、あと一年以上は持つはずだ。

 しかも、あまり大きくはないが研究所の横には畑も作っており、ヤギや豚それに鶏も飼っている。これは由香利ちゃんからの発案で、一応は自給自足である程度生活が出来るようにもなっていた。

「あー、もしかして町に行きたいんですかぁー?彼女さんかなぁ?くすくす

 」由香利ちゃんがからかっている。

「ちっ、違う!本当にパンデミックを心配しているだけだ」

 因みに、今由香利ちゃんにからかわれているのは末永くん。うちの研究員の一人だ。

「そうですよねー(笑)。このままパンデミックが収まらなかったら、行きつけのキャバクラにもいけませんよねぇ。にやにや」

 僕も一緒になって末永くんをからかった。

「あれぇ?何で【始】くんは、末永くんがキャバクラに行ってる事知ってるんですかぁ?まっ、まさか!たまぁに二人で町に買い物に行くときに一緒に行ってたりしませんよねぇ、ねぇ?」

「ぎくっ‼」

「はっはっ、【始】、こういうのなんて言うか知ってるか?ブーメランって言うんだぜ(笑)」

 くぅ、言い返せない。

 まさか由香利ちゃんにばれるなんて。

 恐る恐る由香利ちゃんの方を向くと、両手で口元を覆って「うるうるうる」と瞳に涙を湛えている。

 やっぱりか!まずい。泣き出す前に何とかしなくちゃ。

「由香利ちゃん!僕がそんな所に行くわけないじゃないか‼」

「でもでも、末永くんが・・・うるうる。」

 くそっ、ここまでか。そう諦めかけた時、救いの女神?が現れた。

「ユ・カ・リちゃーん、どうしたの?ははぁん、さては末永君にセクハラされたかなぁ?(笑)」

「だっ、誰がセクハラしたって⁉球代さん。自分が声かけられないからって酷いですよ」

 ギロッ。コワッ‼この恐いオバサン・・・気の強いお姉さんも研究員の一人で球代さんという。僕たち研究員のお姉さん的存在だ。

「だーれーがー、オバサンだって‼えぇ、こら。末永君はこの球ちゃんの魅力がまだ分かってないようだね」球代さんは末永君を見上げながら「君の初めての相手をしてあげたって言うのに」はぁやれやれと首を振っている。

 えっ、えぇーー初耳!末永くんの初体験の相手って球代さんだったの⁉いつ⁉

 隣を見ると、さっきまで「うるうる」していた由香利ちゃんも、僕の横で頬を染めて「キャーキャー」言っていた。ホントにこの子は表情豊かだ。(実は由香利ちゃんは覚醒剤によって一時期精神を病んでいた事がある。その後リハビリを終えて病院を出てきた頃には性格が変わってしまっていた)

「ごめんなさい。もうやめて、球代さん。それ以上は・・・」

 突然暴露された末永くんは泣きそうな顔で球代さんに懇願している。可哀想。

「君も初めての時は初々しくて可愛かったのにねぇ。そうだ、末永君も溜まっているようだから、この球ちゃんの魅力を今からもう一度教えてあげよう。私の部屋で『たっぷりと』ね」

 そう言いながら球代さんは末永くんを自分の部屋に引っ張って行った。「【始】くん、貸し一つね」と言い残して。えっ?まさか僕も狙われてる⁉

 隣では、由香利ちゃんが僕の袖を引っ張りながら「ねーねー、まさか二人がそーゆーかんけーだったなんて、きゃー♡」と一人で盛り上がっている。

 よかった機嫌が直ったみたいだ。さっきのはこの事か、ありがとー球代さん。

 通路の奥を見ると、末永くんは「イヤイヤ」言いながらも大人しく着いて行っていた。ホントに嫌なら、腕力で球代さんが勝てるはずないのに。所謂そういうことなのか、納得。

「ねーねーねー【始】くん。あの二人って、もう何回くらい関係を持ってるんだろーね♡」

 由香利ちゃんの方は、まだ興奮が収まらないようでピョンピョン跳ねながら聞いてきた。っ凄い‼って違う。

「・・・・・由香利ちゃん、そういうのはやめよう。良くないよ。」

「えー、なんでー?」くねくね

 いや、だからそういうのヤメテ。僕も我慢できなくなっちゃうから。

 さっきから由香利ちゃんが跳ねるたびにボインボインと洋服が暴れている。しかも、由香利ちゃんは僕より頭一つ部分背が低いので自ずと上目遣いになってしまう。あざと可愛い。

 決してわざとじゃないと思う?んだけど。違うよね?

 先ほどの末永くんと球代さんのやり取りを想像した後なので自然と股間に血液が集中してしまった。

 まずいっ‼とっさに僕は白衣のポケットに手を突っ込んで、何事もなかったかの様に振舞いつつ、ポジションを調整していた。

「さて、由香利ちゃん。僕たちも部屋に戻ろうか。」

 僕は一刻も早く部屋に戻りたかった。なぜかって?察して(涙)。


 次の日、朝風呂を浴びて食堂に向かう通路の途中で由香利ちゃんと出会った。

「【始】くん、おはよー」

 由香利ちゃんも朝からシャワーを浴びたのか、頬がほんのりと赤く髪の毛がしっとりと濡れている。

「ああ、おはよー」と挨拶をかえす。

「ねーねー、昨日の二人あれからどうなったかなぁー♡」

 由香利ちゃんは朝から昨日の事が忘れられないようであった。

「そーだね。確かに昨日はビックリしたよね」

 僕も昨日の事を思い出していた。

 ふと、隣を歩いている由香利ちゃんからシャンプーの良い匂いが漂ってきた。

 チラリとそちらに目をやれば、由香利ちゃんは「今日も暑いねー」と言いながら少し大きめの洋服の胸元を引っ張ってパタパタやっていた。

 あっ、もうちょっと・・・。

 どうしても由香利ちゃんを見下ろす形になってしまう為、シャツの首元からその内側が見え隠れしてしまう。

 僕はさりげなく白衣のポケットに手を入れてモゾモゾしていた。

「ねー、どーしたのー?」

 僕がチラリチラリと胸元を気にして見ていると、不意に由香利ちゃんが顔を上げた。

 ばっ、ばれてたっ⁉

「んっ、えっ?なっ、何が⁉」

「んー。さっきからポケットの中をモゾモゾしてるから、何か持ってるのかなーって思って」

 由香利ちゃんはそう言うと僕の白衣のポケットの中を覗きこもうと前屈みに。

 すると、少し大きめのシャツの首元がたるんでその内側の凄くやわらかそうな、物凄くやわらかそうなおっぱいが‼

「なっ‼なんでもないよ。そっ、そうだった。ポケットの中身を部屋に置いてくるの忘れてたなーなんて!ははは、ごめん先に食堂に行ってて‼」

「あっ、ちょっとー、もー!」

 由香利ちゃんは後ろで何か叫んでいたが、僕は無視して孟ダッシュで部屋に戻った。

 由香利ちゃんって、朝はノーブラ派だったのか‼


 十数分後、僕は何食わない顔で食堂に着くと「おーそーいー」と由香利ちゃんが朝食のベーコンエッグを前にナイフとフォークを振り回している。

 いや、君のせいだからっ!と思っても言える訳がなくて「ごめんごめん」と謝って隣の席に座った。

「なにしてたのー?」無邪気に僕の顔を覗き込みながら聞いてくる。

 言えるわけ無いじゃん。もしかして分かってて聞いてる⁉

「ん、ちょっとニュースを見ててね」そう誤魔化しつつ僕は由香利ちゃんが用意してくれた朝食に手をのばした。

 由香利ちゃんは僕の何気ない一言に、さっきまで無邪気に微笑んでいた顔を一気に曇らせて俯いてしまった。

「ん?どうしたの由香利ちゃん」僕はウインナーを刺したフォークを手にしたまま由香利ちゃんの顔を覗き込んだ。

「ん?うーん。そのニュースってパンデミックの事やってた?」

「もちろん、毎日やっているよ。終息するのにはまだまだ時間が掛かりそうだけどね。それがどうかした?」(一応、本当にニュースは見ていた。だって、落ち着くためにはニュースが一番!)

「うん。・・・田舎のお婆ちゃんの事を思い出してね・・・・・あそこはデパートも無いド田舎だから大丈夫だとは思うんだけど・・・・皆が高齢だから何も無いか心配になって・・・」

「・・・そっかぁ、きっと大丈夫だよ。どうしても心配なら一度戻ってみてもいいけど?」

「うん、ありがとう。・・・ちょっと考えてみるね」

 由香利ちゃんはそう言うと、また先程の、先程よりも小悪魔的な笑みを浮かべて、「さっき部屋に戻ってニュースを見てただけ?」

 やっぱりばれてる⁉もう朝食の味がわかんねー‼


 僕が食事を済ませた頃、食堂の入り口からスッキリした顔の球代さんと疲れた感じの末永くんが一緒に入ってきた。

「「あっ!」」

 僕と末永くんは目が合うと気まずそうに目を逸らした。

 昨日は激しかったのかな?各部屋は防音対策がしっかりされてて良かった。と改めて思った。

 横では「「おはよー」」と女性同士さわやかな挨拶を交わしていた。

 今、世界中は大変な時なのに、この研究所は平和な空気が流れていた。

 


 6章(自由)


 チュンチュン

 窓の外では雀さんが挨拶を交わしている。今日は良い天気になりそうだ。


《僕》の部屋には由香利がもう一体あった。

 さっき、先生が持ってきたのだ。由香利マークⅡだそうだ。

「さー零次くん、今日はとうとうハーネス無しで無線で由香利を操作してみようか」

 先生はカチャカチャと《僕》と由香利の接続を外していく。

 そうなのだ、今日から《僕》は距離の制限がなくなるんだ。

 今までは病室が《僕》の世界だったけど、これからは由香利マークⅡを通して部屋の外を見ることが出来る。《僕》は朝からウキウキしていた。

「さぁ、動かしてみて」

 作業が終わったようで、先生から指示が出た。

《僕》は意識を由香利マークⅡに移す。

「うっわあー、これが由香利から見た世界か」

 今までは《僕》の目で見て由香利マークⅡを動かしていた。

 今日からは由香利マークⅡの目で物を見るようになる。きょろきょろ周りを見渡す。

 今、正面にあるのが《僕》の本体か。鏡で見たときは凄い衝撃を受けたけど、改めてみると何コレ、だっさ。恥ずかしくて見てられないよ。(今までこの体で話をしていたんだね)

 しかーし、今日からの《僕》は違う!何せ見た目から可愛い由香利マークⅡが《僕》なのだ‼わっはっは。

 さてと、いつまでも感動して体操座りをしているわけにもいかない。早速動かしてみよう。

「おっ、おぉー⁉」由香利マークⅡが立ち上がっただけで世界が動いた!

 よし、ベッドから降り・・・スカッ、ボテッ、「痛い!」

「またぁ?何してるの?」

 先生が由香利マークⅡを助け起こしてくれた。

「いや、距離感が・・・」

 今までは外から見て動かしていたラジコン感覚だったが、実際に自分の目で見て動くのは全然違った。【ユグラドシル】では魔法(遠見)やスキル(鷹の目)なども有る為、補正が入るのだ。しかし、リアルではそういったものが無い為、感覚がおかしくなっている。

「まぁ、ゆっくり練習しなよ。・・・よいしょっと」先生は初代由香利を抱え上げて病室を出て行った。

「・・・・・さてと、『カチャリ』」

《僕》は前回の失敗をふまえて病室のドアに鍵を掛けておく。

「ちっ!」

「ん?」病室の外から舌打ちが聞こえたような気がした。「やっぱり覗いてやがったか‼」


 さてと、これで邪魔も入らないから思う存分由香利マークⅡを満喫しようと思う。うっしっし♡

「さてさて、初代由香利とどーこがちーがうーかなー♡」

《僕》はノリノリで由香利の服を脱ぎだした。

 なるほど、横から見るのと上から見るのとで違って見えるんだね。

《僕》は自分の視点と由香利の視点とを交互に入れ替えて見比べていた。

「なるほど、見える角度によってエロスが変わってくるのか・・・・、って違う!。」

 危ない危ない、危うくエロスパイラルに巻き込まれるところだった。

 本来の目的を忘れそうになっていた。でも、良い感じに日が差し込んで由香利の裸体を照らす。くぅー、これも良い‼って違う‼

 まったく、魔性のロボ子だよ、由香利ちゃん。


 危うく違う世界に持って行かれそうになる意識を無理やり引っ張って、由香利に新しい洋服を着替えさることにした。洋服はさっき先生が由香利マークⅡと一緒に持ってきた大きなスーツケースに大量に詰め込まれている。

 どーれーにーしーよーうーかーな・・・君に決めた!

《僕》は目を瞑って、先生が持ってきたスーツケースの中から洋服を引っ張りだす。

 これはっ⁉

 ピンクの襟付きシャツに赤いスカート!しずかちゃん⁉

「次!」

 何が出るかな、何が出るかな?

 また、目を瞑って運任せに洋服を選ぶ。

「ターララッタター!大きめの白いYシャツ‼うん、良いけどこれじゃ外を歩けない!次‼」

「赤いリボンのセーラー服―‼」

「次!!!」

「エプロン!何で⁉」

「次!!!!」

「ドーテーを殺すセーター⁉ってなんて物入れてんだ?あの人は」もう、こんなもの着て外に出られないだろ!ぶつぶつ。

 まぁ、折角なんで着てみるけどね一応。只の確認だから、折角 先生が用意してくれた物だからね、一応着てみるだけだからね。んっ?どこから腕だすの?


「ふぉーーー‼良い!これ、めっちゃ良い‼」・・・・・これで外に出たら・・・。とか考えるとすっごい興奮する‼マジヤバス‼


「ピピピピピピピピピピイィィィィ」

《僕》のセンサーが無茶苦茶反応した!この部屋の防音は大丈夫だろうか?外に先生がいたら聞こえているかも・・・・・(汗)。(先生がまじめに仕事をしている事を祈ろう)。


「ふーふーふー、やばかった。裸よりエロいなんて、なんて物考えるんだ!・・・・・よしっ、次・・・・・これ、スクール水着って。何考えてんの?あの先生」

 これを入れてどうするつもりだったのかね?まぁ、これも一応着てみるけど。

「・・・・・これも、まあまあ・・・・・うん、次・・・」

「コンコン」

《僕》が一人ファッションショーをしていると、病室の扉をノックする音が聞こえた。

「ふぁい⁉」《僕》はとっさに返事をすると扉の鍵を開けようとして、はたっ、と気が付いた。今 由香利がすっぽんぽんな事に。

 あわてて、スーツケースを漁り洋服を探しながら「どちら様ですか?」と聞いてみた。

「零次くん、どうだい。少しは慣れたかな?」

 先生だった。こんな姿を見られたら、また馬鹿にされる!早く何とかしないと。

 慌てて手に取った服を着ると病室の鍵を開けた。

「なに息切らしてるんだい?あー、なるほど」先生は散らかった病室の中を見回して一人で納得していた。

「私が持ってきた服、気に入ってくれたかい?色々あっただろ(笑)」

 ははっ・・・ばれてら(汗)

「それはそうと、とっても似合ってるよ。ちびまる子ちゃん。はっはっはっ」

 先生は由香利を指差して笑っている。

 だってしょうがないじゃないか、時間が無かったんだもん。

《僕》は言い返せず俯いていた。襟付きTシャツに赤いサスペンダースカート。確かにまるちゃんだ。先生が持ってきたくせに。

「そうそう、今日は後から嵐君と桜くんが来るって言ってたよ」「もう自由に動かせるようになったみたいだね、よかったよかった。それから、これは追加の洋服ね」と言い大きいなトランクを置いて先生は病室を後にした。

「・・・さて、せっかく動ける体が手に入ったんだ。外に出ない訳にはいかないね」

《僕》は由香利に合う服を探したがまる子ちゃんが一番ましだった。(あとは、某アニメのプラグスーツとかパンツが丸見えな程丈の短いスカート(坊主頭のお兄ちゃんが出てきそう)とか背中に亀のマークが付いた胴衣とか。あの先生、実はアニメオタクだな?)


「零次、いっきまーす!」

《僕》お決まりの台詞と共に、この空間からの記念すべき一歩を踏み出した!

「おぉ!っぉお⁉って、なんだここ?」

 廊下に出た《僕》はキョロキョロと回りを見渡した。今まで病院だと思っていた場所は、何かの塔のような作りになっていた。

 左右を見ると螺旋状のスロープが緩やかに続いていて、その所々に部屋の入り口が開いていた。結構大きな建物みたいだ。また、建物の中心部だと思われる所は大きな吹き抜けになっていて、ガラス張りのその向うにはやさしい日の光が差し込んでいた。

《僕》は建物の中心部にエレベーターがあるのを見つけると駆け寄った。

 そしてエレベーターを呼ぼうと下りのボタンを押したとき、丁度エレベーターのドアが開いて見知った二人組みが降りてきた。

「あれ、由香利ちゃん?だよね。出歩けるようになったの?」「おぉ、零か。ビックリしたー」

 嵐くんと桜さんは由香利マークⅡの事を聞いていなかったようだ。

「今日から由香利マークⅡになったんだ」

 由香利が二人の前で胸を張った。

「へー、マークⅡって。何処が変わったんだ」

 ぺろん。

 嵐君が突然スカートをめくってきた。

「えっ、えぇ!」

「またっ!こんな所で何してるのよ。まったく嵐ったら」

 なんだか、自分の体じゃないのに無茶苦茶恥ずかしい。

「いや、マークⅡって位だから何か付いてるかなって思ってよ」

「⁉付いてるって、何が⁉」

「いや、むしろナニがだよ(笑)」

 あらやだ、お下品。何も付いてないわよ。確認済みですわ・・・おほほ。


「ねえ、ここって病院じゃないの?」

《僕》はさっきから人の気配がほとんど無いこの建物が気になったので、二人に聞いてみた。

「あぁ、ここは病院って言うより研究所って処かな」

「研究所?」

 確かに研究所っぽいかもしれない。

「ああ、俺たちもここで生まれたんだぜ!」

「えぇ⁉」

「ここはね、【始】さんが作った施設なんだって。今もどこかに居るらしいよ」

「えっ、お父さんが‼」

《僕》は一度も会ったことが無いけど、もしかしてずっと見てくれていたのかな?

「まあ、俺たちも一度も会った事はないけどな。多分、零一なら知ってるはずだから聞いてみれば?」

 その言葉に、ドキッとした。

《僕》はお父さんに会いたいのか?自分の出自を聞いたときから気にはなっていたけど、あまり考えた事が無かったなぁ。まぁ、今度先生に会ったら聞いてみよう。

「へぇ、何の研究をしているんだろ?クローンの研究かな?」

 嵐君や桜さんもここで生まれたのなら、先生や僕もここで生まれたのかな?

「あー、何だろ?ただ、一つは知ってるぜ!【ユグラドシル】はここで運営してるんだぜ」

「へっ?ここが会社なの?」

「そうね、私たちがここに来るのって零くんに会うためっていうのもあるけど、【ユグラドシル】のプレイヤーとして協力しているっていうのもあるんだよ」クローンの成長観察ってのもあるんだけどね(笑)。と桜さんは笑顔で教えてくれた。

 そうなんだ、全然知らなかったよ。先生は何にも教えてくれなかったし。

「それじゃあ、お父さんは【ユグラドシル】を作っているんだ。・・・ここで」

「多分そうなんじゃないかな?私たちも直接会ったことがないから分かんない」

 へー、知らない事がばかりだなぁ。今度先生を問い詰めてみよう。

 ただ、今日の目的は外に出てみたい!

「そうだ、桜さん。《僕》を外に連れて行ってよ」

「えー、外に?いいけど大丈夫?」

「大丈夫だって。ねっ、いいでしょ。連れて行ってよ。その為のマークⅡだよ」

 はしゃぐ《僕》に、桜さんは少し困った顔をして嵐君のほうを見た。

「まー、いいんじゃね?この周りだけなら危ないところなんてねーし」

「そうだね。それじゃ行こうか」

「ありがとーお母さん!」

「⁉もぉー、誰がお母さんよ‼」


 そのは二人の案内で研究所の外に出た。

「わーーーー、ここってこんな形の建物だったんだねぇー」と、《僕》は今出てきた建物を見上げて素直に驚いた。(だって、タマゴだよ!でっかいタマゴ)

「どうよ、初めて外の出た感想は」

 嵐君は《僕》の後ろに立って一緒に建物を見上げていた。「それにしても今日はあちーなー」と手で日差しを遮りながらつぶやいている。

 確かに良い日差しだ。いつも部屋の中にいた僕には分からない感覚だった。今はその感覚がとても好い。

「へー、今日は凄く暑いんだね!由香利って気温も感じられるんだ⁉」

《僕》は見るもの触れる物全てに興味心身だった。

「あっ、あれは何?」「あっ、お花畑だ!」「あっ、豚がいる!鶏も!」

《僕》には、目に写る物全てがカラフルに映っていた。《僕》がいた病室は、壁も椅子もベッドも全て白一色だったからだ。

「これが外の世界なんだね‼とても素敵だ‼」

 由香利に涙腺があったなら間違いなく号泣していたところだろう。それほどまでに《僕》には外の世界が美しく見えた。

「さてと、そろそろ部屋に戻ろーか」

「えー、もうちょっと!」

「でもよー、日が傾いてきたぜ。また明日でもいいだろ?」

 あれ?いつの間にかこんなにも時間が経っていたんだろう?

《僕》は時間が経つのも忘れてはしゃいでいたようだ。ちょっと恥ずかしい。

「そうだね、今日はここまでにしようか」

「そうだね。でも、その前に由香利ちゃんが結構汚れちゃってるじゃない。お風呂に入れちゃえば?」

 えっ!お風呂!!ッてことは桜さんと⁉おっふ♡

「嵐、一緒に連れて行ってやって」

 ですよねー(涙)

「それはいいけどよー、ちゃんと生活防水くらい付いてるんだよなぁ?」

 漏電して感電死なんて嫌だよ!なんていっている。《僕》だって嫌だよ。三億円なんて払えない!

「大丈夫みたいだよ。今 先生からメールが来た。よろしくだって」

「なら、今日は三人で入ろうか。俺たちは家族みたいなもんだから問題ないだろ?ニヤニヤ」

 嵐君はチラッとこっちを見ながらそう言った。

 ナイス嵐君‼《僕》も大賛成‼お風呂で由香利の体を洗う権利を与えよう‼

 桜さんは少し悩む素振りをした後

「えー、しょうがないなぁー♡」

 えっ、えぇーーーーー⁉マジですか⁉ホントにホント?OKなの?嵐君も一緒にって事は、二人はもうそんな事平気でやっている関係なんですか⁉⁉⁉そんな《僕》に嵐君は寄ってきてそっと「よかったな(笑)」「あいつ、いい体してるんだよなぁ」と耳打ちしてきた。おぉっふ♡

 くぅーー、悔しいけどグッジョブ‼

 そんなやり取りをしていると、「行くんでしょ、早く行こう」と桜さんが声をかけてきた。きっとの本体では頭の天辺が「ピコンピコン」とどえらい事になっている事は疑うまでもない。(先生に見られてないよな?)


「んー、よいしょっと」

「さて、俺たちも脱ぐぞ。服、脱がせてやろうか。くくく」

 二人とも脱衣所に入るなり躊躇無く服を脱ぎだした。

「だっ、大丈夫!一人で出来るから」

 やっぱり二人っていつも一緒に入ってるのかな?ドキドキしながら、ふと桜さんの方を向くと・・・お、ふおぉぉぉぉ!初めて生で見た!【ユグラドシル】で隠された部分が今、い・ま《僕》の目の前にぃぃぃぃ♡♡♡

「なっ、いい体してんだろ」服を脱ぎ終わった嵐君が《僕》の後ろで囁いた。

 そんな二人の前に、体にタオルを巻いた桜さんがやってきて、「ほら、二人とも洋服を貸して、洗濯機に入れるから」と《僕》達が脱いだ洋服を預かると、自分が着ていた洋服と一緒に備え付けの洗濯機に放り込んでスイッチを入れた。そして、ガラガラガラ「おっさきー♡」「あっ、ずりーぞ。俺もっ」二人は競うように風呂場に消えていった。二人ともお風呂が大好きなようだ。今度、また誘ってみようかな。むふふ♡

《僕》はしばらく回る洗濯機を見ていたが、二人に続いてお風呂場に向かった。二人が入っていった扉から暖かそうな蒸気が脱衣所に漂ってきていた。「それにしてもデッカイ扉だなぁ」《僕》はその扉をくぐった。

「なっ!なんだここ‼」

《僕》は今日ずっと驚いてばっかりだ。風呂場の扉をくぐった先は、なんとジャングルだった。えぇーーーー‼

「おっ、いい反応するな!ビックリしただろ。【始】さんが拘ったらしいぞ!このジャングル風呂(笑)」嵐君は、くっくっくっと笑っている。《僕》の反応を見るために入り口で待っててくれたみたいだ。

「ふたりともー。はやくおいでー。洗ったげるからー」

 まだ入り口で固まっている《僕》達を、ジャングルの奥の泉から女神様が手招きしている。

「おっ、早く行こーぜ。洗ってくれるってよ」

「う、うん」《僕》はこれから起こる事にドギマギしながら嵐君と一緒に女神様の元に向かった。由香利マークⅡ・さいこーです‼



 7章(嵐と桜とモルモット)


「凄いよね、ここのお風呂。私ここのお風呂好きなんだー」さあ、座って座って。

《僕》は桜さんに言われるまま、桜さんの前の椅子に腰掛けた。

「はー、いいなー。由香利ちゃんって肌きれい♡なでなで」

 うっほー、きもちいいー♡今、桜さんに背中を洗ってもらっている。ただ、ちょっと由香利の肌感覚が敏感すぎる気がする。あっ、そこ♡

「はーい、それじゃ次 前向いてー」

「えっ、前も⁉」

「なーに恥ずかしがってるのよ。ほら、こっち向いて」

「はっはい」

 あぁ、目の前に裸の女神が!たわわに実った果実が‼もう《僕》は桜さんのなすがままにされている。えっ、そこも洗っちゃうの⁉ああっそんなっ♡そんな僕を嵐君は湯船の中からニヤニヤ見ていた。ロボットの体でよかったー。

 ザッパーン「はい、おーしまい。次は嵐の番ね。おいでー」

 はー気持ちよかったー。《僕》は嵐君と交代で湯船に向かうと、すれ違いざまに「気持ちよかったか(笑)」と嵐君は笑いかけてきた。(はい!最高でした‼)

《僕》は湯船にとっぷりと浸かると、ふーーっと長い息を吐いて先程の余韻に浸っていた。あーー、気持ちよかったーーーー。お風呂も持ちいぃーーー。


 《僕》はお風呂に首まで浸かりながら、洗い場の嵐君と桜さんを見ていた。

 二人って仲が良いな。《僕》は兄妹と一緒に生活なんてした事が無いから分からないけど、兄妹で一緒にお風呂に入る事なんて当たり前なのかな?《僕》もこれからは一緒に仲良くなれたら良いなー。なんて思いにふけっていると、嵐君の背中を流し終わった桜さんの「はーい、次は前ねー」という声にビクッっと反応してしまった。

 まっ、前もって⁉

《僕》はドキドキしながら嵐君の股間に目をやった、めっちゃ勃起しているじゃないか‼っつーか、でかっ⁉うわぁー嫌な物見たーーー‼

 でっ、でも。桜さんはそれをどうするんだろ⁉(ドキドキ・ドキドキ)

《僕》は見てはいけない物を見ているようで、湯船の縁に隠れるようにしながらも、どうしても目が離せずにいた。すると、嵐君の腕を洗っていた桜さんの手が嵐君の胸に、そしてお腹に。それからどんどん下に・・・。

「えッ⁉」

 そして、どんどん下がっていった桜さんの手がとうとう嵐君の股間にぃぃ‼どえぇぇぇっ⁉

 湯船の縁にしがみついて見ている《僕》の目の先で、桜さんは当たり前のように嵐君のいきり立ったそれを優しく両手で包んで洗っていた。

 ぬるぬるぬる、しこしこしこしこ。

「もー、こんなに大きくして・・・・気持ち良い?♡」

 こっ・・・これってまさか‼

 その後も嵐君の一物を重点的に、しこしこしこしこしこしこ、ぬるんぬるんぬるん。たまにコリコリコリ と攻め続ける桜さん。

「うぅっ・・・桜、もうっ」嵐君が下を向いて呻いている。そろそろ限界のようだ。

「そろそろ出そう?いーよー、どんどん出してー」

「・・・くっ」嵐君の体がぶるるっと震えた。今、果てたようだ。

 ほへーーーー、そんな感じになるんだ‼まさかこんな間近で凄い物が見れた。

 まだ、嵐君は「はぁはぁ」と桜さんの両肩に手を置いて荒い吐息を吐いている。

 シャー、チャプチャプ、桜さんはシャワーで嵐君をきれいに洗い流して「はーい、それじゃー交代ねー」

「へっ⁉」

 すると桜さんは嵐君に背中を向けて座りなおした。

 そっかぁ、次は桜さんを洗う番か。

 お風呂の中で若干のぼせてきていた《僕》に向かって嵐君が、「おーい、一緒に洗おうぜ!」とこっちにウィンクを飛ばした。

「えっ。いいの⁉」

「いいっていいって。なー桜」

「んー、おねがーい」桜さんはそう言うと体に巻いているタオルを解いた。ぷるん。(うぁお、出た‼‼)

《僕》は嵐君に誘われるまま桜さんの後ろに座って桜さんの背中に触れた。わぁースベスベだー。

 シャーーーー。嵐君は桜さんの背中に付いている泡を綺麗に流し終わると「ほいっ、次は前な」と、嵐君はまたスポンジに石鹸をこすり付けて泡玉を作っていた。

 桜さんはどうするんだろう?と《僕》がドキドキして桜さんを見ていると、桜さんは何も隠すことなくこっちを向いて座りなおした。ボヨヨーーン。

(くぅーーーー、生きててよかった‼)

「おい零次、ガン見し過ぎ(笑)」と、桜さんの一点を凝視していた《僕》を嵐君が隣で笑った。

「んーー」

 桜さんはそんな《僕》達の視線が気にならないのか、《僕》達が体を洗いやすいように両手を広げてくれた。ボヨヨヨーーン。

《僕》は猛烈に恥ずかしくなって桜さんの胸から顔を背けつつ、それでも桜さんの方にスポンジを持つ手を伸ばした。

「あん♡」

 ビクッ‼《僕》はまさか変なところを触ってしまったか!と思わず顔を上げた。

 するとそこには、嵐君が優しく桜さんのオッパイを洗っていた。もみもみもみ、ときにクリクリ。

「ん・・・・ふぅ・・・んぁ」

 嵐君の手の動きに合わせて、桜さんのしっとりとした唇から甘ったるい吐息が漏れていた。『これはエロい‼』

「ほーら、手が止まってるぞ」

 嵐君の言葉に我に返った《僕》は、意を決して桜さんの体を洗うことに集中した‼って、集中できるかーい(涙)

《僕》はおっかなびっくり桜さんの腕を洗い始めると「ほーらほーら」と嵐君が桜さんのおっぱいを《僕》に見せ付けるように手の中で弾ませている。(桜さんのおっぱいが嵐君の手の中でボヨンボヨンと波打っている。おおっふ♡)

「んっ、やーぁ♡、もう ちゃんと洗ってよー」潤んだ瞳で桜さんが嵐君に訴えてかけている。

「へいへい」嵐君はやる気なさそうに返事をすると泡の付いた手を胸から脇に、それからお腹に、そして・・・その下に滑り込ませていった。くにゅくにゅくにゅ。

「はぁあぁぁ♡」

 嵐君の右手が桜さんの茂みの奥に届くと、桜さんの声が一気に弾んだ。

「・・・・はっ・・・あっ・・あっ・・・・・んっ!」

 いつの間にか桜さんは嵐君の胸にしがみついて息を荒げている。

「あれ、いつもより感じてねーか?やっぱ、零に見られてるからか?ははっ」

「・・・もぅ・・・・ばかぁ・・・・んっ」

 わぉ!やっぱり始まっちゃった。《僕》は手を動かすのも忘れて、二人の行為に見入っていた。

 くちゅくちゅくちゅちゅぶじゅぶじゅぶ。おっ、なんだか音が変わってきた?

 嵐君の手の動きが一段と早くなる!

「・・・っくぅぅ・・・あっ・・・イク♡・・・・あぁっ♡」

 その瞬間桜さんは嵐君に『ギュ‼』と抱きつき、しばらく体を震わせていた。

「・・・・・ばかぁ♡」


「いやー、すまんね。こっちだけで楽しんで」はははっ

 事が終わった後、《僕》を間に挟んで三人仲良く湯船に浸かっている。

「どーだった?色々と良かっただろ?勉強になったか(笑)」

 嵐君は《僕》を見て、からかう様にそう言った。

《僕》は恥ずかしくなり嵐君から視線を外し反対側を振り返ると、桜さんがピンク色に染まった頬と潤んだ瞳で此方をじーっと見ていた。ドキッ‼

「い、きょ、今日は一日中ビックリするような体験ばっかりだったよ。あはっ、あはははは」

《僕》は動揺を隠そうと、思わずさっきの出来事について聞いてみた。

「ちっ 因みに、兄妹同士で、あ、あんな事って、世間では一般的な事なの?」

「あんな事って?」「あぁ、あれか。まぁ、世間じゃあんまり無いんじゃないか?いや、あるのかぁ?」と独りごちしている。

「へ、へぇー。そうなんだ」そうか、そうだよな。普通はそんな事しないよな?

「まぁ、俺たちは普通じゃないんだけどな」

「んっ?どういうこと?」

「だって、クローンだったりロボットだったり(笑)」

「・・・ッ⁉そんな問題⁉」

「まぁ、半分冗談なんだけどな」

 そう言うと、嵐君は一度湯船に頭の先まで沈むと「ぷはぁー」と息継ぎのために顔を出し、そのまま湯船に大の字で浮かぶと語りだした。

「俺たち、って言っても俺と桜の事なんだけどよ、いつも何してるか知ってるか?」

「えっ、何って。学校行って、ここで【ユグラドシル】を手伝って、僕の相手をしてッてこと位しか」

「まー、そーなんだけどよー」なー、桜。嵐君はと桜さんに何か同意を求めるように声をかけた。

「もー、いいんじゃない?たぶん先生もその件で今日私たちを呼んだと思うんだよねー」

「そーだよなー。遅かれ早かれ言っとかなきゃならねー事だよな」

 何の事だろう?あの嵐君が言い迷うなんて・・・?

「まー、なんだ。取りあえず風呂上がってから話すか」

「そーだねー、私 のぼせちゃいそうだよ。ふぅ」と、桜さんは両手で顔をパタパタと扇ぎながら《僕》の方を見た。

《僕》もいい加減熱く感じてきていたので、「そうだねー」と皆と一緒に湯船から出る事にした。


 その後、お風呂から上がった《僕》達は、ロビーで仲良く腰に手を当ててビン入りの牛乳を飲んでいた。

「っぷぁ!やっぱ風呂上りはこれだろ!」嵐君はコーヒー派か。

「ふぅーー、おいし」桜さんはフルーツ派ね。

 じゃあ《僕》はノーマル派、って「あっ、飲んじゃった」

「「‼」」

「大丈夫か早く吐き出せ!壊れる前に吐き出すんだ‼」

「零くん、大丈夫?おかしなところは無い?」

 二人は慌てて《僕》に近寄ると大丈夫か?と必死になって心配してくれた。

「ぅう、二人ともありがとう、そんなに心配してくれて」

「あぁぁぁ当たり前だろ!三億円だろ!俺はそんな金額弁償できねーぞ‼」

「・・・おい、コラ」

「あっ、大丈夫だって。」「今、先生に連絡したら、万が一お風呂や川で遊んだ時に水が入る事は想定してるからって。もし体内に異物が入ったら、お尻の所に排出穴があってそこから・・・・って、出てる⁉零くん漏れてる‼」

「・・・・・こりゃ、もう一度お風呂かな」

「・・・・・わたし、着替えを持ってくるね」

「・・・・・・・・・・・・ゴメン・・・」

 こうして《僕》は人生初のお漏らしをしてしまいました(涙)


 なんだかんだでバタバタしましたが、何とか皆で《僕》の部屋に集まる事が出来ました。ありがとー!

「・・・・・あれっ?・・・何で先生が僕のベッドで寝てるのかな?」

 今、《僕》の目の前には由香利用?のチャイナドレスを抱きかかえたまま《僕》のベットで眠る先生が居た。

「うーん。さっき、桜が連絡したときに来て待ってる間に眠ったか、・・・今日、朝から居たか・・・だな」

「えっ‼朝から⁉」嵐君が不吉な事を口にした。

「だって、考えてみろよ。零一だぜ⁉お前が部屋を出て行ってすぐに部屋に来たんじゃねーか?そして、ずっとお前のモニターを見てた可能性も有るんじゃね?」

「・・・・・ありえる。しかも《僕》、今日一日、ドキドキしてた」

「なっ。多分 零一のことだから、無茶苦茶笑い転げてたんじゃね?そして、疲れて寝てんだよ。きっと」

「あっ、ありえる‼」「もしかして、今日の《僕》の一日が覗かれてた‼お風呂のときも⁉」マジかよ!こいつ(怒)。

「はははっ、そーだな。風呂のとき、お前 めっちゃ興奮してたもんな。多分部屋の中はスゲーアラーム鳴っていたんじゃね(笑)」

「・・・・・・・・・」

「・・・まぁ、取りあえず明日また集合って事にするか?」

 そう言うと、嵐君と桜さんは「今日はここの施設に泊まってるから」と言い、一緒に《僕》の部屋を出て行った。

《僕》は二人を見送った後、ベッドの上で幸せそうに眠る先生の顔をしばらくの間、無言で見下ろしていた。

「・・・はぁ、今日は考えるのは止そう。疲れた」そして、由香利をベッドに戻し体操座りをさせると、《僕》は由香利との接続を切った。


「ワオーーーーン」

 何処かで狼が鳴いている。あれ?日本に狼って居たっけ?そんな事を思いながら《僕》の意識は闇の中に沈んでいった。


 翌朝、《僕》が目覚めると先生はすでに居なくなっていた。

《僕》はさっそく由香利マークⅡと接続しようと向かいのベッドに目を移すと、そこにはなぜかチャイナドレスを着て体操座りをしている由香利の姿があった。「うぉい!」


「おっはよー、来たよー」桜さんが元気よく部屋に入ってきた。

 今日も桜さんの胸元は元気良く弾んでいらっしゃる!《僕》は昨日のお風呂での出来事を思い出し、桜さんの顔を直視できなかった。

「あれ、嵐君は?」

「あー、嵐はちょっと先生の所に行って来るって。すぐ来ると思うよ」

 桜さんは「きゃー、かわいー」と言ってチャイナドレス姿の由香利の頭を撫でている。

 十分程待っていると「よっ」と嵐君がやってきた。

「今日は、昨日の話の続きだったよな」嵐君はそう言うと由香利に近づきながら、「おぉ、似合ってるじゃん」と言ってペロンとドレスの裾をめくった。

「もう、またぁ」はぁー、きっと嵐君のスカートめくりは習慣なんだろう(もしかして学校でもやっているのか?)《僕》は諦める事にした。

 改めて嵐君と桜さんが椅子に腰掛けると《僕》は昨日の話の続きをお願いした。


「あー、俺たちってさ、外の学校に行ってる訳よ。昨日 お前は世界が綺麗だって言ってただろ?それは、ここしか知らないからだ。俺は外の世界が綺麗だなんて思った事は一度もねーな」

 嵐君がそう言うので《僕》はチラッと桜さんの方を見ると、桜さんは黙って俯いていた。

「えっ?汚いの⁉」

「いやっ違う。花や自然がって事じゃねーよ。世の中がって事だよ」

「ん?ごめん。良くわかんないや?」

《僕》は嵐君がなんでそんな事を言っているのか良く分からなかった。

「あー、桜・・・パス」嵐君は頭をボリボリやりながら桜さんに話を引き継いだ。

「あのね零くん。『神の目』ってあるじゃない?私たちは【始】さんのおかげで『神の目』のシステムから外されているんだけど、外で生きている人達はそうじゃないんだよね」

「うん?」

「『神の目』が出来る前ってね、子供たちは皆が笑顔で走り回って、恋をして、大人になって、結婚して、子供を作って、その子供がまた大きくなって恋をして、って世界だったんだよね。もちろん私たちだって小さかったからその時代の事を詳しく知らないけれど、いっぱい資料や記録は残ってて・・・それを見ただけなんだけど。・・・でも、世界のあちこちで戦争があったり、テロがあったり、差別やいじめもあったりしたんだけど、皆 一生懸命に生きてたって。頑張ってたって世界だったんだよ」そこまで言うと桜さんは一度言葉を切った。

「んー?そうなんだ。今は違うの?」

《僕》は桜さんの少し寂しそうな顔が気になりつつも聞き返した。

「零くん。今の外の世界はね、無気力なんだ。『神の目委員会』が監視しているせいでね」「たとえばね、サッカーや野球って知ってる?昔は凄く大勢の人たちが一緒になって盛り上がっていたんだよ。でも今やっている人って殆んどいないよね。それって『神の目委員会』のせいなんだ。人って興奮するとアドレナリンが出るんだよ。ただ、その数値が一定値を超えるとね『神の目』にチェックされるんだ。ここに興奮した人がいますよって。そしてね、警察に捕まっちゃう事もあるんだ。何も悪い事してなくてもね」

「うん、それは何となく知ってる。バイタルに異常がある人は隔離されるって。けど、何で?」

 それは誰でも当たり前のように知っている事だった。でも、何でなんだろう?理由までは聞かされていない。必要が無いからなのか?

 目の前で寂しそうに語る桜さんと目を合わせる様にして質問してみた。

「うん。『神の目』が出来た後でね、サッカーの試合だったかな?今までも興奮したサポーター同士が問題を起こすって事もしょっちゅう起こってた事なんだけどね。その時が特に酷かったらしくって死亡者も出たらしいんだよ。またね、その日たまたま偉い人たちも観戦に来ていたらしくて、それに巻き込まれて怪我をしたんだって。ただね、一部の噂ではその偉い人が狙われたって言う話も出回ってて。それが大問題になって『神の目委員会』が取締りを強化したんだよ。だって分からないでしょ?スポーツって皆興奮しているから。・・・・・そして、やっちゃったんだ。『神の目委員会』が『神の目』システムによる禁断のホルモン制御を」

「ホルモン制御?」

 聞きなれない言葉に《僕》はまた聞き返した

「そう、精神を安定させるために『神の目』を使ったんだ。ただ問題があってね、個人個人で設定できないんだよ。ICチップを埋め込んだ人達全員ONにするかOFFにするかしか選べないんだって。・・・・それなのに『神の目委員会』はそれをONにしちゃったんだよ。これから起こりえる問題も考えたはずなのにね」

「へー、それが原因でここの人達以外は全員、無気力人間になたって事?」

「うん。ただ、人によってはホルモン調整がうまく制御できない人もいるんだけど、その人達も『神の目』で監視されているから大人しくしているんだよ。だって、スポーツも駄目ライブも駄目SEXも。だよ!信じられない。でもね、いいことも有ったんだ。世界中から戦争やテロ、犯罪や自殺が一斉に消えたんだ・・・・・・・さて、私たちにとってどっちがよかったのかなぁ?」

 桜さんはそう呟くと少し寂しそうに視線を足元に落とした。

「まっ、俺としちゃー物足りねーな。友達と思いっきり走りてーし、思いっきり歌いてーのによ。一人でやってもつまんねー」

 嵐君はホントにつまらなそうにぼやいている。

「そうなんだ。だから、ここの研究所はそれを如何にか出来ないか研究してるんだよ。この前のエッチな事もその一環でね。外の人達って興奮したら『神の目委員会』に把握されるじゃない?だからデータがなかなか取れないんだよ」

 データを取るためにエッチって⁉

「まぁ、そーいう事。俺たちゃ、外に行って学校のデータを持って帰ってきて、ここでもデータを取るために色んな事をしてるんだよ。もちろん桜とは随分と前から色々やらされたしな。んっ?興味があるか?どんな事をしてるのか」んっ?んっ?と嵐君は椅子のまま《僕》に詰め寄ってくる。

 まー、有るっちゃあ有るんだけど、なんとなく分かった。

「もぉ。嵐ったら。話が逸れてない?」

 桜さんが頬を膨らませて嵐くんを睨んでいる。

「まぁ、いいじゃねーか。この際全部話そうや。ちゃんと零一にも許可はもらって来てるから。因みにもう分かってるとは思うけど、桜とはSEXもしてる。他の人とも。勿論、子供は出来るのか?とかその子供には影響は無いのか調べるために。まだ妊娠はしてないみたいだけどな」

 嵐くんは桜さんの方を見た

「そーだねー」

 桜さんは優しく自分のお腹を撫でている。

「ただよ、悔しくねーか?本来は青春を送って恋愛して結婚して家族を作ってってのが普通だろ?俺たちのは実験なんだよ!大人たちの‼」

 珍しく嵐君は声を荒げて怒っていた。

「でも、私は嵐のことが好きだよ♡」

「ああ、俺も好きだよ。でも、それとこれとは別問題だろ⁉俺たちはモルモットじゃねえっての。勝手にクローンにされて、実験の為に作られて、好きに恋愛だってさせてくれねーんだぜ?俺の手帳見てみるか?事細かく生活を管理しやがる。SEXの日だって指定されてるんだぜ!しかも、定期的に他の人ともさせられるんだ。俺も桜も!くそっ」

「・・・・・」掛ける言葉が見つからない。そんな、好きでもない人とエッチな事をするってどういう気持ちなんだろ?桜さんも知らない人に抱かれてるってことだよね⁉ムカッ!あっ、いま何となく分かった気がする。

 桜さんも黙って俯いてしまった。

「あー、俺たちも外の人間に結構非人道的なこともしてるんだぜ。洗脳とか薬とか。どんな結果が出たかなんて知ったこっちゃねーが」

 嵐君は窓を突き破りかねない勢いで窓の外を振り向くと、外の景色を睨みつけている。

「でもね、零くん。これも全部これからの為なんだ!私も辛いけど未来のためになるって信じてるんだよ。そのための【ユグラドシル】なんだ。ここには、『神の目』の影響下にある人もいっぱいいるし、零くんも知ってると思うけど、ゲームの中の人ってみんな生き生きしてたでしょ?この中でなら、安全にしかも思いっきり楽しむ事が出来るんだよ。18禁意外だけどね。ふふふ」

「そうか、だからお父さんは【ユグラドシル】を作ったんだ」

「私たちはそう聞いてるの。だからね、ゲームの中の影響が世界に良い方に影響しないかを見に学校に行ってるしその逆も観察しているんだ」

 桜さんは何かに祈るように胸の前で手を組み少しの間目を閉じた。

「へー、そうなんだ。《僕》が想像していた世界とは大分違うんだね」はぁー、世界はもっと楽しい物かと思っていた。嵐君や桜さんがこんな扱いを受けていたなんて、実はこの研究所の考えの方が危ないのでは?なんて考えさせられる。

「でもでも、もう少しなんだって。【ユグラドシル】のデータ収集もかなりの量が集まったから。そろそろ次のステップに移るんだって。そしたら、こんな実験もしなくて済むようになるって先生が言ってた」

 桜さんは祈るように胸の前で手は組んだまま、さっきまでの寂しそうな表情とうって変わって慈愛に満ちた聖母の様な表情になっている。

「因みに、次のステップって?先生やお父さんたちは、最終的に何をしようとしてるんだろう?」結局は、この研究所でいくら頑張ったところで世界は『神の目』に監視されているんだろ?いったい何が出来るんだろう?

「うーん、私はそこまで聞かされてないんだよね。嵐は聞いてる?」

 桜さんは、右の人差し指を頬にあて、小首をかしげながら「何だろーね?」と考えている。桜さんの、この考えるときのポーズ、好きだなぁ。癖なのかもしれない。

「さーな。俺が聞いたのは、俺たちみたいなクローンや由香利みたいな義体に自分の記憶データを写す実験をしてるってことくらいだけどな」

 少し落ち着いたのか、嵐君が会話に戻ってきた。

 そっかぁ、ホントに《僕》って知らない事ばかりだね。今度先生に聞く事がいっぱい増えたよ。

「さて、俺が出来る話もだいたい終わったし今日はどーする?また、研究所の周りでも回ってみるか?少し先に池もあるんだけど」

「うん、是非!その後は、またお風呂にいこう‼」

「えー、またー?まぁいいけど」桜さんはホントにお風呂が大好きみたいだ。

「おっ、お前もこの前のではまったみたいだな(笑)」このエロ助。嵐君はバシバシと由香利の背中を叩きながら、今日は俺が洗ってやるよ!と楽しそうに笑っていた。


《僕》たちは夕方まで池の畔を散策して釣りも楽しんだ。そして、その夜も三人で一緒にお風呂に入った。

 はぁー、今日も気持ちよかったぁー。誰が言ったか、『お風呂って魂の洗濯だ!』って分かる気がする。《僕》は湯船に口元まで浸かりながら洗い場でいちゃつく二人をじっと眺めていた。あっ、今 嵐君がイッたみたいだね。



 石神 由香利の章(1)


「ねー、ゆかりちゃん。一緒に○○くんを見に行こうよ。すっごくかっこいいんだよ」

 小学二年生になった私は、友達に誘われて学校近くのグランドで練習試合をしている少年サッカークラブを見に来ていた。

「「きゃー、○○君かっくいー。きゃー きゃー」」

 私と友達がグラウンドに着くと、すでに多くの女の子たちが黄色い歓声を上げていた。

「えーと、どこどこ?」

「ほらっ、あそこ!今ボールを持ってる人!きゃーがんばってー」

 周りを見ると、たくさんの女の子たちが一人の男の子に対して「きゃーきゃー」叫んでいた。

「あっ、○○くんが蹴られた!何よ相手の人‼」「あぁ、○○君がボールを取ったよ!頑張って♡」凄い人気である。

「ねえねえ、あの人ってだーれ?すごく人気だね?」私が隣の友達に声をかけると、「えぇ⁉ゆかりちゃんしらないの?今大人気なんだよ?ファンクラブもあるんだよ?」と隣の友達が私の顔を見て凄くビックリしていた。

 なるほど、周りの女の子たちはファンクラブの女の子か。それにしてもすごい人気だ。どんな人なんだろう?

「えー、しらなーい。だーれ?」

「私たちと同じ小学校の六年生で【始】くんって言うんだよ。きゃー、はじめくーん♡」そう言うと、私の横で大きく両手を振りながら応援していた。

 そうか、【始】くんっていうのか。これが私が始めて【始】くんと出会った瞬間であった。


 次の日学校に行くと皆【始】くんの話でいっぱいだった。

「ねー、昨日の練習試合見に行った?【始】君、チョーかっこよかったんだよ!」「見た見た。何本もシュート決めてたね。かっこよかったー」「またファンクラブに入る人が増えたんじゃない?」「私、彼に下着の写真送っちゃった♡」「私、昨日サッカークラブに入ったよー♡【始】くんと一緒に練習するんだ♡」「なになにー?抜け駆けー⁉ずるいー、私も入るー♡」「【始】くんマジ抱いてー♡」

 へー、朝から卑猥な言葉もいくつか混ざっていたりするけど、ホントすごい人気だね【始】くんって。

「ねー、ゆかりちゃん。今日も【始】くん見に行かない?」

「えー、どうしよっかなー」だって、今日はお兄ちゃんと遊ぶ約束してるんだけど。

「おねがいー、付いてきてー」友達は私の腕に必死にすがり付いてくる。

 こんなに必死にお願いされたら断りにくいじゃん。もぉ。

「んー、わかった。付いて行くよ」

 私たちは一緒に昨日のグランドに着くとキョロキョロ辺りの見回した。まだ【始】くんは来てないみたいだね。私たちは【始】くんがやって来るのをグランドのそばで待っていた。

 私たちが来てしばらくするとグランドの周りに女の子たちの姿がどんどん増えてきた。

「それにしても、今日も女の子がいっぱい来てるねー?みんな【始】くんのファンの子なのかな?」

「そうなんじゃないかな?ねえ見て見て、今日の朝【始】くんのファンクラブに入ったんだよ!」そう言いつつランドセルから一枚の紙を出した。

『【始】くんファンクラブ会員03番』んっ?今日入って03番?今日来てる女の子たちは??

 またその会員カードは可愛らしくデコレーションされ、名刺サイズの紙がラミネートまでされてキラキラと輝いていた。誰が作っているんだろう?(ファンクラブ代表の子っていったい誰⁉)

 でも、小学生でファンクラブってすごくない⁉ここにいる女の子だけでも30~40人くらいいるよ⁉うちの学校の女子生徒って100人位じゃなかったっけ?他の学校からも来ているのかな?

「へへっ、すごいでしょ。ねぇ、ゆかりちゃんも一緒にファンクラブに入ろうよー」

 私は昨日知ったばかりの【始】くんに少し興味が出てきた。

「んーそうだねー・・・いいよー。どうやったら入れるの?」

 私は頬に手を添えて少し考えたが、【始】くんへの興味に負けてファンクラブに入ろうと思った。

「ほんとっ‼ありがとー、それじゃあ明日少し早く教室に来て。あぁ、あと会員費が500円かかるんだけど・・・いいよね?」

「えーーー⁉お金とるのーーー?」

「さいしょだけ、さいしょだけだから・・・ホントにさいしょだけだからぁ。ねぇ良いでしょ?だめぇ?」

 友達は援交しているおじさんのように甘ったるい声でにじり寄ってくる。

 私は右手の人差し指を頬に当てて少し考えたけど「んーお金取るのか・・・わかった。いいよ」私はとうとう友達の押しに負けてしまった。

「えへへへへへ、ありがとー♡」彼女は嬉しそうに私に抱きついてきた。あまりの喜びように(バックマージン貰ってたりしないよね?と)少し不安になってきた。

「あっ、【始】くんが来たよー」彼女の視線の先に自転車から降りてくる【始】くんの姿があった。

「「「「「「きゃーーーー♡♡♡」」」」」

 一斉に周りのファンの子達が【始】くんに手を振りまわし始めた。

「「「「「きゃーーーー、【始】くぅーーーん♡♡♡」」」」」

 すごい、【始】くんパワー。周りの気温が2~3度上昇したようだ。

【始】くんはゆっくりとグランドにやってきてファンの女の子たちとおしゃべりしている。

「ねえねえ、私たちも行こぉよ」友達が私の腕を引っ張って【始】くんの所までやってきた。

「【始】くん、始めまして。この子、ゆかりって言います。今日ファンクラブに入ったんですよ!えへへへ」えー、この子自分の紹介じゃなくて私の紹介してるよ⁉

「へー、可愛い子だね。ありがとー、これからも応援よろしくね」よしよし、と私は【始】くんに頭を撫でられた。ポッ♡かっこいい。これが私と【始】くんとのファーストコンタクトだった。

「ムキー、誰よあの子。頭なんて撫でられて(怒)」「くぅ、くやしぃー」「禿ればいいのに‼」様々な呪言が私の背中に突き刺さる。その隣では、私を【始】くんに紹介した友達が【始】くんに手を振っていた。えぇぇぇぇ!なにこれ⁉何、この子私を出汁にして【始】くんに近づいた挙句、早速ライバルの蹴落としを図ってきた。恐ろしい子‼

 今グランドではサッカークラブが練習を始めたが、私は周りからの視線に耐え切れず、さっきまで友達だった子を置いてその場から走り去っていた「あーん。こわかったー(涙)」


 翌年、【始】くんは小学校を卒業していった。折角ファンクラブ入ったのになぁ。ファンクラブ会員38番。それが私の番号だった。

「あーあ、【始】くん、卒業しちゃったなぁ」一人帰宅中、ファンクラブカード(何の柄も無い無地で手書きのカード)を眺めながら呟いた。あの後、結局ファンクラブに入ったが周りからの無言の圧力が凄くて【始】くんが卒業するまで半径五メートル以内に近づくことすら出来なかった。

「そうだねー、かっこ好かったよねー」といつの間にか私の隣に現れた友達だった子が当たり前のように私の横に並んで一緒に歩いている。

「でねでね、今度は野球部の○○くんのファンクラブが出来るんだって!これ、極秘情報だからね!」友達だから教えるんだよと人差し指を唇に当てて、「シー!」だからねって勝手に一人でしゃべっている。「因みに、今からファンクラブに申し込んでおくと一桁のナンバーズになれるんだよ!凄くない⁉今なら、なんとナンバーズ専用の団扇が付いて1000円なんだけど、一緒に入らない?」

(!!!こいつが主犯かぁ‼恐いわぁ、小学三年生で金の亡者って‼)

 私は何とかこの感情を表情に出さないようにあさっての方を見ながら「いや、いいです」とお断りをいれた。

「えー、でもでもぉ。一度見たら絶対に気に入るって。チョーかっこいいからぁ。ねぇ、一回だけ、ねぇ一回だけでいいからさぁ。はぁはぁはぁ」

「ぜーーーったいに、いやーーーーーーーーー‼」私は夢中で走って逃げた。だってだって、ゴマを擦る手つきで「はぁはぁ」言って擦り寄って来るんだよ。やばいって、マジで‼また厄介ごとに巻き込まれる。これ、絶対‼。



 石神 由香利の章(2)


【始】くんは小学校を卒業した後もしばらく話題になっていた。「かっこいい1年生が入ったって」「えぇ、今から見に行こうよ」「サッカーが凄く上手いって!」地元のお姉さんたちが噂しているのをよく見かける。

「へー、中学に入っても【始】くんって人気者なんだ」【始】くんの話を聞くたびに私はなんだか自分の事のように嬉しく思えて思わずにやけてしまう。また何処かで会えないかなぁ?会えると良いなぁ。と思いながら学校の帰り道の駄菓子屋で今日のお菓子を物色している。

 その時後ろから私に声をかけてくる人物がいた。

「あっ、由香利ちゃん。今帰り?」

「あっ、お兄ちゃん!」私は声がした方を振り返ると、隣の家に住んでいる六つ年の離れたお兄ちゃんが私の後ろに立って小さく手を振っていた。

「由香利ちゃん、最近全然遊びに来なくなったね?もしかして好きな人でも出来た?」

 私は少し考えて「んー、ちょっと気になる人は出来たかなー?」そう言うと、お兄ちゃんは小さな声で、それでいてワザとらしく大きな仕草で「えー、お兄ちゃん寂しい(涙)。そうだよね、由香利ちゃん可愛いもんね。みんなほっとかないよね。あぁ、お兄ちゃんは一人で寂しく家に帰るよ。あぁぁ。」と、お兄ちゃんは肩を落とし俯きながら、とぼとぼと私に背中を向けて歩きだした。

(うーん。なんだかお兄ちゃんの背中からドナドナが聞こえてきそう・・・)

「もー、お兄ちゃん。そんなに寂しかったの?ごめんねー。明日は学校がお休みだから、お兄ちゃんの家にお泊りしてもいいよ。久しぶりに一緒にあそぼー!」

 私は手に持っていたお菓子を棚に戻すとお兄ちゃんの背中を追っかけた。

「えっ、本当かい⁉本当にいいの?一緒にお泊りしてくれるの?嬉しいなぁ。あっ、そうだ。お菓子かって帰らなきゃ。由香利ちゃんが好きなやつ。ジュースもいるね。あぁ、楽しみだなぁ。それじゃ、お家で待ってるよ。あっ、途中まで一緒に帰ろうか」お兄ちゃんはそう言うと、私の手を取って嬉しそうにスキップしている。

(もー、お兄ちゃんって可愛いんだから♡)

 その後、私とお兄ちゃんは先程の駄菓子屋に戻りお菓子や玩具を袋一杯に購入して家路についた。

 私はお兄ちゃんと家の前で別れると、さっそく「パジャマと下着と歯ブラシとぉ、あとニュルニュル!」押入れの中からお気に入りの抱き枕とお泊りセットを、これもいつも使っているお気に入りのピンクのリュックに詰め込み隣のお兄ちゃんの家のインターホンを押した。

 ピンポーン

「お兄ちゃん、きーたーよー」

 背の低い私はカメラ付きのインターホンに写るように少し後ろに下がって、家の中で私を待っているだろうお兄ちゃんに呼びかけた。

「いっ、いらっしゃい、待ってたよ!さっ、さあ上がって上がって!」

 久しぶりのお兄ちゃんの家だ。そういえば【始】くんのファンクラブに入ってからは、しばらく遊びに来てなかったなぁ。

 私が玄関で脱いだ靴をそろえていると、後ろから、「ね、ねえ。お、お父さんや、お、お母さんは大丈夫だった?」と、お兄ちゃんはそわそわしつつ、私に聞いてきた。

「うん、大丈夫だよ。パパもママも今日はお仕事みたい。今晩も帰ってこられないんだって」

 最近、私の両親はなぜか夜も家を空けることが多くなっていた。

「そっかそっか」お兄ちゃんは嬉しそうに私を背中から抱きしめた。

「あれ、由香利ちゃん。ちょっと汗臭いよ?」

 お兄ちゃんは私の首筋をふごふご嗅いで、「んんっ?」と唸っている。

「んー、今日は体育があったから汗かいちゃった」

 私も背中越しにお兄ちゃんの温もりを感じながら、「ふふっ、久しぶりのお兄ちゃんの匂いだー」と私もお兄ちゃんの匂いを嗅ぎかえした。そのお兄ちゃんの匂いになんだか少し嬉しくなった。


「それじゃ、先に一緒にお風呂に入っちゃおうか」

「えー、今お家に来たばっかりなのに。・・・もー、お兄ちゃんのエッチ♡」

「えー、いいじゃんいいじゃん。一緒に入ろうよー。体洗ってあげるからさー。あっ、それとさっきの駄菓子屋で玩具もいっぱい買ったんだー。お風呂場でも遊べるやつをさー。ねえ、さっそく開けて遊ぼうよー」

 お兄ちゃんは後ろから私に抱きついたまま、甘えるように私の耳元に囁いてきた。

「んー、くすぐったいよ。もぅ・・・いいよー。お風呂はいろー」もー、お兄ちゃんたら♡

「よっしゃぁ、それじゃ、早速ぬぎぬぎしようねー」

 えーー、ここ、玄関だよ⁉

 お兄ちゃんは我慢が出来なかったのか、すでに私の洋服に手をかけている。

「はやくはやく!」

 お兄ちゃんは私スカートを降ろすと今度はTシャツを頭から引っこ抜いた。

「はやくはやく!」

 お兄ちゃんは待ちきれない様子で自分の洋服も廊下に脱ぎ散らかしながら一緒にお風呂場に向かった。

(??なぜかお風呂は沸いていた。・・・・確信犯か)


 ・・・・・あん♡


「ふー、気持ちよかったね(笑)」

「うん、きもちよかったー♡」

 私とお兄ちゃんはお風呂から上がると、ポップコーンとジュースを準備して一緒にTVの前のソファーに埋もれて映画を見ていた。すると、お兄ちゃんは私の後ろから抱き着いてきて「んー、由香利ちゃんお風呂上りの良い匂い」って言いながら私の首筋に軽くキスをしてきた。

「んーー、くすぐったいよぉ兄ちゃん♡」

 私が甘えた声を出すと、お兄ちゃんは私の首筋から顔を離しその代わりその隙間から私のパジャマの中に手を差し込んできた。

「・・んっ・・・んんっ・・・もう、お兄ちゃんは甘えんぼーさんなんだから♡」

 私は、お兄ちゃんに胸の先を弄られながらパジャマの上からお兄ちゃんの手にそっと自分の手を重ねて置いた。

「だって、ホントに久しぶりだったからぁ(涙)」

「んー、そーだよね。お兄ちゃんゴメンね、寂しかったよね。今日はいっぱい、いっぱい甘えていいからね♡」私はお兄ちゃんの頭を肩越しに抱きしめて、よしよしってお兄ちゃんのまだ乾いていない髪を撫でた。「うん、お布団に行こっか♡」「うん」


 私は小学一年生の時、お兄ちゃんに家に連れ込まれた経験がある。そして無理やり裸にされた私は体中をめちゃくちゃに嘗めまわされた。私は突然のことに恐くなって泣き出してしまった。しかし、泣き出した私を見たお兄ちゃんは「ごめん、ごめんね、ごめんね、ごめんね(涙)」と涙を流しながらうずくまって、逆に泣き出してしまった。いつもやさしかった隣のお兄ちゃんも、きっと嫌な事があったんだろう?そう思うと。とても愛らしく思えてきて「いいよ、ちょっとビックリしただけだから。お兄ちゃんも辛かったんだよね。お兄ちゃんがしたい様にしていいよ」とお兄ちゃんの頭を抱きかかえるようにしたよしよしとお兄ちゃんが落ち着くまで撫でていた。

 その後落ち着いたお兄ちゃんは私に「ごめんね、ごめんね」と何度も謝りながら私の体を隅々まで嘗め回していった。(ゾクゾクゾク。何だろう?この・・・背筋がゾクゾクッって⁉)

 あとでお兄ちゃんに話を聞くと、学校で好きな子が出来たので勇気を出して告白したところ、酷い振られ方をしたそうだ。「せめて私と釣り合うようになってから声かけて来い、このキモ男が!」とか。酷い‼その女、お兄ちゃんの何を知っているってのよ。こんなに繊細でやさしいお兄ちゃんなのに‼

 それからというもの、私は休みの前の日には大体お兄ちゃんのお家にお泊りするようになっていった。


 私が四年生になり、【始】くんの記憶が薄れ始めた頃、買い物に行ったコンビニの前で奥様たちの立ち話が聞こえてきた。「ねー、大島さんのところの【始】ちゃんね、今回の全国テストで二位になったらしいわよ!」「聞いた聞いた!凄いわねー。うちの子も見習ってほしいわー」「「えー、本当に凄いわよね。それにイケメンだって話じゃない⁉大島さん家が羨ましいわ」「ホントに⁉一度見てみたいわ。今度大島さんのお家にお邪魔しちゃおうかしら?(じゅる・・)」

 へー、また中学でも頑張ってるんだ。それにモテモテみたいですし、年齢問わずに人気があるって、女の敵かな?かな?

 その時、私は【始】くんの苦悩も知らずに、そんなのん気な事を考えていた。


 私が六年生になったとき、私に初めて彼氏が出来た。

 特にかっこいい訳ではなかったが、必死の告白に押されて断りきれずに付き合う事になった。そして、付き合うようになって一週間ほどたったとき、「ねえ、由香利ちゃん。今度、家に遊びに行ってもいい?」と彼の方から提案してきた。

「えー、どうしてー?」

「えっ、だめかな?もう付き合いだして一週間位たったよね。そろそろ由香利ちゃんの部屋に行ってみたくてさ、だめかな?ねえ、おねがいっ!」

 もう、そんなに必死にお願いしないでよ。断りきれないじゃん。「んー、しょうがないなー。いいよ、いつ?今日来るの?」

「えっ、いいの⁉やった!行く行く。今日行く‼」

(あっ、そういえば今日はお兄ちゃんの所に泊まりに行く日だった。後でお兄ちゃんに謝っておこう)

 彼の方を見ると、彼は物凄く嬉しそうにはしゃいでいた。

 もう。子供だなぁ(笑)


 その日、私は彼氏と手を繋いで私の家に帰った。

 私は家に着くとカバンの中から家の鍵を取り出して「ガチャ」っと鍵を開けると玄関をくぐった。

「ただいまー」もちろん私は返事が無い事は分かっている。が、つい癖で言ってしまう。(もう、両親がこの家に戻ってこなくなってからかなり経つが、お兄ちゃんのお陰で寂しい思いをする事はほとんど無かった。それに、毎月お金だけは家に届いているので。何とか生活する事は出来ていた。)

 私は靴をそろえて家に上がると、その後ろで「おじゃましまーす」と彼氏は靴を脱ぎ捨てて家に上がりこむとキョロキョロと家の中を見回し始めた。

「ねえ、由香利ちゃんの部屋はどこ?」

 私は彼氏を二階の自分の部屋に連れて行くと「ちょっと待っててね」と言い、隣のお兄ちゃんの家に向かった。

「カチャ」っとドアの隙間から顔を出したお兄ちゃんに、「お兄ちゃん、ごめんね。今日は彼氏がお家に来ちゃって、だから今日はお泊りに行けなくなっちゃった。ホントーにごめんね」

 私がそう言うとお兄ちゃんは何も言わずそっと家のドアを閉めた。

 お兄ちゃん怒っちゃったかな?どうしよっかなぁ?また明日謝ればいいかなぁ?と、さっきのお兄ちゃんの表情に後ろ髪を引かれつつ彼氏を待たせている部屋に戻った。

「ごめんね、おまたせ」私が部屋に戻ると彼氏が私のタンスに頭を突っ込んで何かを漁っていた。

「何してるのよー⁉」

「ごめんごめん、女の子の部屋って初めてだからすっごく気になって」

 彼氏は一度こちらを振り向くと、悪びれた様子も無く再度タンスの中の物色を始めた。「あっ!パンティー見っけ‼へー、由香利ちゃんってこんなパンティー履くんだ⁉こっちはブラジャー。でかっ‼由香利ちゃんって何カップ?大きいねー」

 って、えーーーーーー⁉良い人だって思ってたのに、その彼がいやらしい目で手に持った下着と私の体を見比べているぅ‼

「ねぇ、由香利ちゃん。今日はどんなパンティー履いてるの?ちょっと見せてよ?ねぇお願い!お・ね・が・い・し・ま・す‼」彼は必死に土下座までしてお願いしてきた。

「・・・・・もー、えっちぃ♡」

 はぁ、どうして私はこうもお願いに弱いんだろう。床に必死におでこを擦り付けてまでお願いしてくる彼の姿に、私は思わずゾクゾクッときてしまった。

 まぁ、家に呼んだ時点でこうなる事もあるかもしれないって思ってはいたけど、なんて言うかさぁ、もうちょっと雰囲気ってものがあっても良いような気がするんだけどなぁ。そう思いつつも「もーぉ、これでいーのぉ?」と私は彼氏に下着が見えるように彼氏の前でゆっくりとスカートを捲り上げていった。

「うはっ!すごい!ねえねえ、上も、上も見せてよ上。ねぇお願い‼」

 はぁぁぁぁ。彼氏は私の事お願いしたら何でも言う事を聞くバカな子だとおもってなぁい?もう。私はスカートから手を放して、今度は上から羽織っていたカーディガンを脱ぐとブラウス裾に手をかけた。

「はーやーくー」彼がカーペットをパンパンと叩きながら急かしてくる。

「もうっ」私はブラウスを男らしく脱ぎ捨てると「はいっ、脱いだよ」とベッドの縁に「ボスッ」っと勢いよく腰掛けて座った。

「うっはー、やっぱ大きいねー!ねぇねぇ、触っても良い?良いよね。ねっ、お願い‼」

 はぁ、何なのこの人?自分の事ばっかり。少しは私のことも気に掛けてくれたら良いのに・・・。目の前では彼氏が「お願いお願い」と繰り返している。もうここまで来ると私は諦めて「んー、触っても良いよ」と彼氏の要求を承諾してしまった。

 私が「触って良いよ」と言うと、彼氏は「やったー」と私に、私の胸に飛びついてきた。私はその勢いに押され、ベッドの上に押し倒された形で私の上に覆い被さる彼氏に胸を無茶苦茶に揉みしだかれた。

「うっは、やわらけー。ねぇねぇ、気持ちいい?おっ、これ乳首かな?乳首発見‼」と私の上で彼氏がはしゃいでいる。

「・・・いたっ。もう、ブラジャー着けたまま無理やり揉んだりしたら痛いんだよ!あと、私の上で暴れないでよ‼」ホントにもう。私は彼氏に文句をいいつつ自分でブラジャーを外した。(彼氏にもお兄ちゃんみたいに優しくしてほしいんだけどなぁ。)

 私がブラジャーを取ると、「わぉ、でたっ‼」と彼はどっかのお笑い芸人のようなオーバーなリアクションをしている。

「もう我慢できねー。いいよね、ここまできて駄目だって言わないよね?ねぇ、いいよね。お願い‼ねぇお願いします‼」

 もう、今日だけで何回目のお願いよ。でも、しょうがないよね。ここまで来たら、男の子は止まらないよね。私は自分にそう言い聞かせると「うん、やさしくしてね♡」と私は彼がショーツを脱がせやすいように少し腰を浮かした。

 彼は私のその言葉で更に興奮したのか、スカートに手を突っ込むと乱暴に私からショーツを剥ぎ取った。

「うはー、これが女のあそこか!すげー、おっ毛が生えてる?」

 もぉ、優しくしてほしいのに。静かに出来ないのかな?

「ねえ、舐めてもいいよね?レロレロレロレロ。おほっ、濡れてきた!感じてる?ねえ、由香利ちゃん感じてる(笑)?」

 たぶん、それは貴方の唾液だから。こんな事で興奮する女の子は一部だけだと思う。もちろん私の体はまだ準備が出来ていなかったんだけど、彼氏が強引に私に指を差し込んできた。

「っん、痛っ。まだ濡れてないから、もう。触るなら優しく触って♡」

 私は興奮した彼をなるべく刺激しないように出来るだけ優しく言った。

「由香利ちゃん、マジエロい‼」

 私の言い方が、我然彼氏のやる気に火を付けてしまったようだ。

 ああ、ホントなら今頃お兄ちゃんに優しくして触ってもらってるはずだったんだよね。あっ、部屋のカーテンを閉めるの忘れてた。私は慌ててお兄ちゃんの部屋の方を見ると、お兄ちゃんが部屋のカーテンの隙間から此方を覗いている目と目が合った。

「あーあ、お兄ちゃんに見られちゃったなぁ」

 お兄ちゃんは私と目が合った後、部屋のカーテンを閉めると部屋の奥に行ってしまったみたいだった。

 私がお兄ちゃんに気を取られている間に、彼氏の方はいつの間にか裸になっていて、その股間のいきり立った一物を私のあそこにあてがっていた。「ねえ。ゴムはしないの?」私は一応聞いてみた。

「はっ?ゴム?ゴムって何?」そうかぁ、やっぱりコンドームって知らないよねぇ。今日はしょうがないかなぁ。私は諦めて彼氏の一物を私の股間に導いてあげた。

 へこへこへこへこ、彼氏は私の上に圧し掛かり、必死に腰を振っていた。

「あっ♡」だんだんと気持ちよくなってきた。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・すっげぇ。無茶苦茶気持ち良い‼」

「っんん、・・・いいよ♡私も・・・気持ち良いーよ♡」私も彼に優しく声をかけた。

「はぁはぁ・・・っ」彼が少し顔を歪ませた。もう終盤が近いようだ。「はあ、はあ、はあ・・・うっ!あぁぁ!」

 あーあ、中に出されちゃった。外にって言っても彼氏には分からないだろうけど。

「はぁーー、めっちゃ気持ちよかった。由香利ちゃんはどうだった?ねっ、良かったっしょ?よかったしょ?」

「・・・・うん、良かった♡」

 私たちはその後、彼氏が満足して帰るまで何度もベッドの上で抱きあった。


 彼が帰ると、もうとっくに日は落ちていたが、私は窓から顔を出して隣の家のお兄ちゃんに声をかけた。

「お兄ちゃん、今日はごめんね。もう彼は家に返ったから今からそっちに行っても良い?」が、いつまでたっても返事は無かった。あれっ?もう寝てるのかなぁ?一応部屋に電気はついてるんだけど。(明日、また声をかければ良いかな?)


 次の日、私が学校に行くと教室の中が大変なことになっていた。彼が昨日の事をクラス中に言いふらしていたのだ。

「由香利ちゃんのおっぱい、マジ凄いんだって。一回お願いしてみろよ、多分見せてくれるからさぁ」私が教室に入るなり、彼氏の大きな声が聞こえてきた。

「はー、羨ましいな。ねぇ、あそこはどうだった?」「おぉ、あそこはもうお毛けが生えててさぁ。あそこを舐めたら「あんあん」喘いじゃって彼女もまんざらでもなさそうでさぁ、そこにちんこを入れたわけよ。そしたら無茶苦茶気持ちよかった‼あっ!由香利ちゃんだ。おはよー」彼が私に声を掛けると、周りの男子たちが一斉に教室の入り口に立っている私の方を振り向いた。

「もうバカ‼しんじらんない‼」私は大きな声で叫ぶと、窓際の自分の席に駆け寄り着席するとカバンに顔をうずめた。

 彼は「なんだよー、態度悪いなぁ」と私に文句を言いつつ、彼の周りに集まった男の子たちに自分の武勇伝を大げさに伝える事に意識を戻したみたいだ。


「ねえ、由香利ちゃん。彼が言ってる事ってホント?ねえねえ」席に付いた私は、今度は周りの女の子たちから集中砲火を受けた。女の子もエッチな事に興味津々のようだ。

「ねえねえ、さっき彼が言ってるのが聞こえたんだけど、彼のおちんちんって大きかったの⁉」「ねえ、最初ってやっぱり痛いの?」「ねえねえ・・・・」

 はぁ、本当に何でクラス中に言いふらしているのやら。馬鹿なの?「ねえ、ごめんね。その話はまた今度でいーい?」私は周りに群がる女の子たちにそう言うと、朝から魂まで吐き出すほどに深い溜息を付いた。(もうお家に帰りたい。帰ろうかな)


「はぁーーーーー、・・・・・最悪・・・・・」

 私は机に肘をつくと、あごを乗せて窓の外を眺めた。

(こんな日に限って外はすこぶる良い天気だ・・・本当に帰ろうかな)

 私はもう一度深い溜息をつくと、チラリと教室の中に視線を戻した。すると、まだ語りつくせないのか彼が今度は男友達を使ってSEXの真似事をしているのが見えた。

「・・・・・はぁ・・・・・なんて日だ・・・・」私は頭を抱えて机の上に額を落とした。(私は亀になりたい・・・・)


 はぁー、疲れたー。私は何とか気力を振り絞って、一日の授業と周りからの質問攻めを何とか気力で乗り切り、これから家に帰ろうとしたところ担任の先生から生徒指導室に呼び出されて、例の教室での噂の事を問い詰められることとなってしまった。(先生にまでばれている⁉本当にあのバカ彼氏は‼違うか、今日別れたから元彼か・・・ばか)


「ねえ由香利ちゃん。今日教室で噂話を耳にしたんだけど・・・実際のところどうなの?ホントのこと?」

 生徒指導質に入った私に先生は椅子を勧めてくれて、さっそく例の話題を切り出した。

 私は、先生の向かいにある椅子に腰掛けると、先生からの質問に如何したものかなぁ?と考え込んで黙ってしまった。

「ねー、黙ってるって事はホントのことなんだね。幸い、まだ他の先生まで話はいってないけど、これが公になったら大変だよ!」

 うっ、泣きそう(涙)。

「よしよし、泣かないで良いんだよ。君たちの年頃はエッチな事に興味を持つのもしょうがない事なんだから」担任の(男性の)先生は私の肩を抱き寄せ、頭をよしよしと撫でてくれた。

「んー、せんせー(涙)」

「ただ、先生にだけホントの事を教えてくれないかな?大丈夫!絶対に誰にも言わないから。先生と由香利ちゃんだけの秘密にするから、ねっ。」先生は私の背中を撫でながら耳元に優しく囁きかけてきた。

「ほんとっ?誰にも言わない?約束してくれる?私、怒られない?」

「うん、約束するよ。誰にも言わないし、絶対に怒らない」先生は優しく囁きかけながら私を落ち着かせようと私の体をさすってくれている。私は先生の優しさにキュンときてしまった。

「・・・ねえ、先生。実は・・・・・・・・・」

 私は、あの日の出来事を先生に全部話した

「・・・うん、そうかぁ。そんな事があったんだね。確かに由香利ちゃんは年齢のわりに大きな胸をしてるから、男の子には刺激が強かったんだろうね。痛くされなかった?」と先生は左手で私の頭を「よしよし」と撫でながら右手でおっぱいを下から持ち上げて「こんなに大きいんだもんね」とつぶやいた。

「・・・あのー、先生?」

「ああ、ごめんごめん。嫌だった?由香利ちゃんが嫌なら何もしないから」先生は手をひらひら振りながら、「ただね、一応先生としてちゃんと確認だけはしておかないといけないからさ。ねっ、怪我してないか?とか、実は虐められているんじゃないか?とかさ」先生私の目をじっと見つめてきて「ねっ、いいかい?何もなければそれで良いんだ。嫌ならそれ以上しないから。ね、先生に確認だけさせてくれないかな」そう言いうと先生は私の反応を見ながら右手をゆっくりと腰からシャツの裾に差し込んできた。先生は私が拒否しない事を確認すると、私を優しく抱き寄せながらブラジャーのホックをはずした。

「ねえ、由香利ちゃん。怪我してないか見るだけだからね。絶対に嫌がる事はしないって約束するからね」先生はそう言いつつ今度は両手をシャツの裾から差し込んで優しく胸をさすってきた。

「・・あっ・・・んん・・・」

「由香利ちゃん・・・ねえ大丈夫?痛くない?」先生は優しく耳元に囁きながら、ゆっくりと私のシャツを捲っていく。

「・・・いたく・ないです・・・はぁー・・・」

 私はゆっくりと先生に着ているシャツを脱がされて、その小学生にしては大きな乳房を先生の前にさらしている。

「あっ、ここに少し後が残っているみたいだね。痛くない?」

 先生はそう言うと私の乳首の少し内側を人差し指で軽くなぞった。

「んんっ♡」

 私はこの状況に少しずつ興奮してきている事に恥ずかしくなりながら、先生に指摘された胸の内側を見てみると、確かに少し青ずんでいる箇所があった。

「これは、キスマークかな?」と先生はつぶやくと、青ずんでいる所をずっとさすっている。たしかに、昨日は彼氏が一生懸命に胸に吸い付いていた事を思い出した。あぁ、あの痕かぁ。

「そして、こっちも触られたんだよね?」と先生が、今度は右手がツイーーっと胸から背中を撫でお尻に下りていく。「こっちにも触られたんだよね?」もう一度確認するように言うと、今度は私のお尻を優しく撫でながら「こっちも確認させてね。少しお尻を上げてね・・・はぁはぁ。」

 私は少し息の上がった先生の吐息を首筋に感じながら、椅子に座ったままゆっくりとショーツが脱がされていった。

 まだ放課後のすぐの時間だと言うのに、まるでこの教室だけが周りから切り取られた空間にあるかのように、教室の外の喧騒が一切聞こえず教室の中に居る二人の吐息だけがこの静寂な空間に確かに人が居る事を教えてくれていた。

 幸い、今回の噂は先生が速めに手を打って止めてくれていたため、周りに漏れて両親が学校に呼ばれる事は無かったけど(呼んでも誰も来ないけど)

 私は生徒指導室で怪我や虐めの後が無いかを先生にじっくり、ねっとり確認された後やっと家路につくことが出来た。

 私が学校を出る際、校舎の中にはクラブ活動で残っていた生徒達も帰り支度をしてる所だった。

 あーー、もう。先生の匂いが残っている。早くお家に帰ってお風呂にはいろー。


「なっ、なにっ⁉」

 私が家に着くと、昨日の彼と見知らない男の子が二人、私の家の玄関の前で座り込んでいた。「遅いよー由香利ちゃん、待ちくたびれちゃった」「ホントだよ、早く家に入れてよ」「ごめんね、僕は止めたんだけど・・・」えっ、誰?私が混乱していると、ご近所さんのヒソヒソ声が聞こえてきた。もしかしてここで二時間以上待ってたの⁉私はあわてて三人とも家の中に押し入れてしまっていた。(まぁ、今まで家の前で待ってたって事は『そういうこと』なんだろうね。無理やり追い返して学校で騒がれたら今日の先生とのやり取りが無駄になっちゃうし。はぁ、もうするしかないんだろうなぁ)

 あーあ、今日もお兄ちゃんはお預けかぁ。(ホントにごめんねお兄ちゃん)


「こっちこっち」

 私が玄関に入って脱ぎ散らされている靴を並べていると、昨日の彼が連れてきた男の子たちを勝手に私の部屋に案内している。

「ねぇ、由香利ちゃんも早く!」

 階段の上から男の子たちが急かしてきた。

 はぁー。私は諦めて階段を上がって自分の部屋に入ると、すでに三人とも洋服を脱ぎだしていた。

「なーに勝手に脱いでるのよ(怒)」

「だってー、昨日の事コイツ等に話したらどうしてもってお願いされてさぁ。なんか断るのも悪いだろ?親友なんだよ。だからさぁ、コイツ等も一緒に さ。なぁ、良いだろ?お・ね・が・い♡」

「もー何で私があなたのお願いを聞かないといけないの?別れたよね?今日ちゃんと、はっきりと伝えたよねぇ?」

「えーーー、俺 別れたくないしぃ」

 えぇーーーーー?なんて我が儘な‼あなたのせいで先生に呼び出されたって言うのに・・・。

「ねぇ、まだ?早くしようよ!」「ごめんね、やっぱり僕も興味があって、ごめんね」「ねー、もういいじゃん。さっさとやろうよ」男の子たちは口々に騒ぎ出した。みんなの下半身は、もうギンッギンになっていた。

 何なの⁉もう。ホントに呆れてものも言えなかった。

 私は彼等を追い出そうかとも思ったが、家の前で裸で騒がれても迷惑だと思い、さっさと終わらせて帰ってもらおう。と気持ちを切り替えた。

「もぉ、絶対に学校とかで言わないでよね。約束だよ‼言ったら絶交だからね‼」

 お兄ちゃん、今日も見てるのかな?と私は開けっ放しの部屋のカーテンのことが気にはなりつつも私もゆっくりと洋服を脱いでいく。(昨日も見られてるしね)

「もぉー、ほらおいで。手とお口でしてあげるから」私はお兄ちゃんの事を一先ず置いておく事にして三人の男の子の股間に手を伸ばした・・・・。


「ホントにみんなどれだけ出すのよぉ、もーべとぉべとぉ」私はティッシュで体を拭きながら、ふと窓の外を見た。ふわっ その時お兄ちゃんの部屋のカーテンか風でなびき、私はその奥に黒い影をみた。。

「ッ‼お兄ちゃん⁉」今、カーテンの奥にお兄ちゃんの姿が一瞬見えたような気がした。私は体を拭くのも程ほどに、シャツを一枚だけ羽織ると慌てて家を飛び出した。

「おーい、何処に行くんだよ?」私は後ろからの声を無視して、隣の玄関のドアを引いた。ガチャガチャ、ドアには鍵がかかっている「ドンドンドン、お兄ちゃん?ねえお兄ちゃんいるんでしょ?返事して・ねえ、お兄ちゃん!」私は玄関からお兄ちゃんを呼び続けたけどまったく返事が無い。(部屋に姿が見えたのに・・・・凄く嫌な感じがする)

 私は急いで自分の部屋に戻ると「なー、何処に行ってたんだよ。なあなあ、もう一回いいだろ?」三人とも、まだ服を脱いだまま私を待っていた。

「うるさい!いま、それ処じゃないから」

 そう言うと私は窓から身を乗り出し、屋根を飛び越え、隣のお兄ちゃんの部屋の外に。ガラガラガラ「!!!お兄ちゃん‼」私は鍵のかかっていなかった窓を開けると、その窓枠を乗り越えてお兄ちゃんの部屋に飛び込んだ。部屋に飛び込んだ私は、その部屋の中の異臭に思わず顔をしかめたが、部屋の真ん中にお兄ちゃんの姿を見つけると慌ててお兄ちゃんに駆け寄った。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃーん・・・(泣)」

 私が駆け寄った時お兄ちゃんは天井からぶら下がっていて、その下にはお兄ちゃんの排泄物によって水溜りが出来ていた。(部屋の異臭はこれが原因のようだ)

 私は急いでお兄ちゃんの家の電話で警察に連絡を入れると、どうにかしてお兄ちゃんを降ろしてやろうと四苦八苦したが小学生の私にはお兄ちゃんを持ち上げる事が出来ず、ただただその足元で泣きじゃくる事しか出来なかった。

 私の部屋にいた男の子たちはこの異様な雰囲気を察したのか、いつの間にか部屋から居なくなっていた。


 その後、通報を受けて来た警察に保護され、警察署に事情聴取に呼連れて行かれた。そこで、お兄ちゃんとの関係や部屋で同級生の男の子と何をしていたのか?(近所の奥様による警察への密告のため)、両親が私をおいて蒸発してしまった事など根掘り葉掘り聞かれた。

 私は一切隠すことなく真実を伝えるとメディアから『不遇な少女』として取材の申し入れが殺到した。それから間もなく私は田舎のお婆ちゃんの家に引き取られる事となった。



 石神 由香利(3)


「おーい、由香利ちゃんやーい。飯にするでー」

 何処までも晴れ渡る空の下、黙々と畑の野菜と格闘していた私を、お婆ちゃんが大きな声で呼んだ。「はーーーい、今行くねーーー」私も大声で返事を返すと収穫した野菜を両手に抱えてお婆ちゃんの処へ戻っていく。

「お婆ちゃんありがとー」。私が戻ると、お婆ちゃんは私に水筒から麦茶を注いでくれた。

「ぷはぁー。おいしい」私が流れ落ちる汗を手ぬぐいで拭きながらそう言うと、お婆ちゃんは目を細めて「そうかいそうかい」と嬉しそうにしていた。「ほぉら、由香利ちゃん。おむすびあるでぇお食べ。ほーら、お漬物さぁ持って来とるで遠慮はいらんでぇ、ほらぁ、お食べお食べ」お婆ちゃんは傍らに置いてあった風呂敷を広げると、おむすびにたくあん、佃煮などを取り出して私に勧めてくれた。

「わー、おいしそう!いっただっきまーす」

 やっぱり青空の下で食べるお弁当はおいしいね。


 私は例の事件の後、小学校中退と言う称号をもってお父さんの実家でお婆ちゃんの住んでいる田舎へと越してきた。

 ここは、所謂『限界集落』と言う所で近所には小学校も無いような山奥だ。

 もちろん同級生なんて一人も居ない。むしろ集落の平均年齢が70歳を超えるような『ど』が幾つもつくような田舎であった。

 私はこの村で六年間修行・・・もとい、畑仕事や家畜の世話の仕方を村のみんなに仕込まれていて、今では無人島に一人で流されても生きていけるんじゃないかなぁ?などと思うほどに心も体も成長していた。また村の人達には、そのお返しに老人介護(主に孫として話し相手になったりお風呂に入るのを手伝ったり)という形で恩返ししている。

 私がこの村に来てもう六年もたつ、学校の同級生だった子はみんな高校生卒業している頃だよね?今頃みんなは何してるんだろう?(・・・・・・・お兄ちゃん)

 私は六年前、お兄ちゃんの最後を見送ってやる事が出来なかった。

 お兄ちゃんは私に性的悪戯を強要していた性犯罪者としてメディアに取り上げられ、お兄ちゃんの親戚の人達も世間から侮蔑の目を向けられるようになったとか。そのせいで身内を名乗る物は誰一人と現れず(両親は他界しているらしかった)高齢なお爺ちゃんが一人でお葬式をしたのだと私は警察の人に聞いていた。


「あーー、今日も良い天気だねー、お婆ちゃん」私は畑の横の草むらに寝っころがり隣に座ってお茶をすすっているお婆ちゃんに声を掛けた。

「そうじゃそうじゃ、今日はほんま良い天気じゃの(笑顔)。由香利ちゃんや、そういやぁさっき田中の爺さんが探しよったで。なんじゃ、またマッサージをお願いしたいんじゃと」

「えーー、田中のお爺ちゃんかぁ。わかった、後で行ってくるよ」

 田中さんは私が家畜の飼育方法を教わっている師匠の一人だ。もう80歳近いのに背筋がぴんと伸びていて元気なおじいさんで、たまに私がマッサージをしてあげている。

「なぁ由香利ちゃんや。今度でええから、ばあちゃんにもマッサージしてくれぇの」

「うん、わかった。それじゃ、先にお野菜持って帰ってるね。その後、田中さんちに寄ってくるから帰りは少し遅くなるね。」私は収穫した野菜を籠に詰め込むと、のどかな田舎道を家に向かって歩きだした。「カントリーロード このみーちー ずうぅとー 行けーばー あーの町―にー 続いーてーるー 気がすーるー カントリーロード」

 うん、今日ものどかだ、空気が美味い‼


「田中のおじーちゃーん、きーたーよー」

 私は家に帰って手を洗うと、さっそく田中のお爺ちゃんの家に向かった。そして、玄関を開けるとおじいちゃんに聞こえるように大きな声で呼びかけた。すると、奥の部屋からおじいちゃんの声が返ってきた。

「おーー由香利ちゃん、よー来なさった。さぁ上がりんしゃい」

「おじゃましまーす」

 もう、勝手知ったる何とやら。私は靴を揃えて家に上がるとお爺ちゃんの部屋に向かった。私がお爺ちゃんの部屋に入ると、お爺ちゃんは布団の上にうつ伏せになって私が来るのを待っていた。

「さっそくでわりーがのぉ、今日背中をやってのぉ、痛とぉーて痛とぉーてしゃーないんじゃ」

「大丈夫―?もー、あまり無理しちゃ駄目だよー。町からお医者さんが来るのも時間が掛かるんだからー・・・よいしょっと」私はお爺ちゃんの太ももの辺りに跨いで座ると、背中を撫でるように優しくマッサージを始めた。『なでなでなでなで』「どう?痛くない?」

「おーー、きもちえーがよー。そのまま、もちーっと下までお願い出来んかね」

 私はお爺ちゃんの肩甲骨から背中に腰にと優しく揉んでいく『むにむにむにむにむにむに』「どう?」

「おーー、そこそこ。あーーー、うーーーーー」

 お爺ちゃんは気持ちよさそうに呻いている。お爺ちゃん可愛い♡私は更に腕やお尻や足を『むにむにむにむにむにむにむに』。その度に、お爺ちゃんの口から「あーー」とか「うーーー」とか声が漏れている。キュン♡


「あーー、由香利ちゃんや、気持ちよがったでー。ありがとぉな。良がったら飯でも食って行きゃせんかい?」お爺ちゃんは布団から起き上がって肩をグルグル回しながら「おー、かるーなった」と喜んでくれた。

「んーー、ありがとーお爺ちゃん。でも私、畑帰りだから汗かいちゃってて、早く帰ってお風呂に入りたいんだよね」。私はお爺ちゃんに「ごめんねー」と言うと玄関に向かった。

「おーー、そうがいそうがい。そいじゃ、うちで入って行きんさい。丁度沸かしておいたで。それに家に帰っても沸がさな入れんじゃろて」

 部屋を出たところで、後ろからおじいちゃんがそう提案してきた。

 んー、どうしよっかな。たしかに家に帰ってもお風呂沸かすの時間掛かるし・・。

「えー、いいのー?それじゃお言葉に甘えて、先に入っちゃうよ」

 私は、もう何度もこの家でお風呂に入った事がある。

「おーー、よーけ汗流して行きー。ゆっぐりでえーけのー。もしぬるがったら沸かしてもえーけの。そのあとでワシも入るき」

「えー、お爺ちゃん今日はお風呂止めといた方が良いんじゃない?危ないよ?」

「なーも心配せんでええ。なーも気にせんとお風呂入ってき」

 いやいや危ないよね。私が帰った後でお風呂で倒れたりしたら危ないでしょ。

「んー、よし。それじゃお爺ちゃんも一緒に入ろうよ。今日も背中流してあげるから」

「おー、そーがい?それじゃあちょっと待っとれ。ちょっぐら準備しくるけーの」

 お爺ちゃんは一度部屋の奥に引っ込むと、「由香利ちゃんの分も用意しといたで、出て行った息子のもんじゃけんどそのまま着て帰ったらええけ」と言い男性物の少し大きめのTシャツと短パンを持ってやってきた。

「ありがとー、お爺ちゃん。それじゃあ、お風呂 入ろっか」私は先に洋服を脱いで体にタオルを巻きつけるとお爺ちゃんが洋服を脱ぐのを手伝った。「おー、すまんのー。なんじゃ、孫とお風呂みとーでうれしいのー」お爺ちゃんはホントに嬉しそうに微笑んだ。キュンキュン♡

 お風呂に入ると「はい、お爺ちゃん。ここに座って」少し狭い洗い場にお爺ちゃんを座らせて「いーい?お湯かけるよー」ザッパーン。

「お爺ちゃん熱くない?大丈夫?」

「気持ちえー湯じゃ」

 お爺ちゃんとそうやり取りをすると、私はタオルに石鹸をたっぷりと塗りこんで泡立ててからお爺ちゃんの背中を優しく洗っていく(小さい背中。私が始めて会った時よりも大分衰えてきているようだった。今でこそ元気は良いが、その背中は骨と皮だけになってしまっていて、嫌でも時間の流れを感じてしまう。少しでも長生きしてほしいなぁ)

「お爺ちゃん、気持ち良い?」

「あー、気持ちよかー」

「そう、よかった」私はお爺ちゃんの前の方も洗ってからお湯をかけてやった。「さて、私も体を洗おーっと」

 私はお爺ちゃんと場所を変わるとタオルを解いて肩からお湯をかけた。

 ぴとっ。「うひぁあ⁉お、お爺ちゃん。何してるの?」

「おー、さっきのお返しに由香利ちゃんの背中を洗っちゃる」そう言うとお爺ちゃんは石鹸を泡立て私の背中に塗りつけた。ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ 

「⁉あいたたたたたたた。お爺ちゃん痛い痛い!何で洗ってるの⁉」

「おー、これか?これはなー、糸瓜の繊維じゃよ。よー汚れが落ちるでー、ちょっと痛いかもしれんがーの、がまんせーよ」

 ゴシゴシゴシゴシモニュモニュ「いたたた・・・あん♡」ゴシゴシゴシゴシモニュモニュ「あいたた・・・ん♡」お爺ちゃんはさり気なく私の胸を揉んでくる。もう♡。そのあとは、お爺ちゃんに委ねて体中をまさぐられた。もぅ、お爺ちゃんったら♡はーぁ、いた気持ちよかったー♡。

 その後、二人入るには少し狭い浴槽に、お爺ちゃんと一緒に肩まで浸かって「ひーー(涙)」背中がヒリヒリするー。「どうじゃ、気持ちよがったかー」「うん、とっても」私は少し涙目になりつつうなずくと、「また、背中流しに来てくれのー」と、笑顔で私の方を見つめてきた。キュンキュン♡私、こういうのに弱いなぁ。「うん、また来るねぇ。・・・ふぅ、そろそろ上がろっか」

 私はお爺ちゃんの体を綺麗に拭いてあげた後、自分の体を拭いてお風呂場を出るとお爺ちゃんに用意してもらった洋服に手を通した。

「お爺ちゃん、また来るねー」私はお爺ちゃんに手を振ると、素肌にぶかぶかのTシャツと少し大きめの短パンで家路についた。へえ、お爺ちゃんの息子さんって体が大きかったんだね。私は少しずり落ちそうになる短パンを片手で押さえつつ空を見上げた。

 サーーー、っとそよ風がシャツと短パンの隙間をすり抜けていき、湯上りの火照った体冷ましてくれる。

「あーー、夜風が気持ち良いーー」

 昼間は元気よく頭上で輝いていた太陽もすっかり大人しくなり山間に身を潜めようとしていた。その薄暗くなりかけた田んぼ道を一人静かに歩く私を、ひょっこり顔を出したお月様が優しく照らしてくれていた。


「ねー、お婆ちゃん。私、一度前の町に戻ろうかと思ってるんだけど、だめかなぁ?」ある朝私はお婆ちゃんにそう相談を持ちかけた。最近、前住んでいた町の事が気になっていたのだ(お兄ちゃんのお墓にも行ってないし)

「あー?町に戻るってー?なしていまさら?」

「うーん、特に理由は無いんだけど、なんか懐かしくなっちゃって・・・」

 私は横目で、縁側に座るお婆ちゃんを見ながらそう言った。

「いつ戻るんじゃい?」

「特にいつって決めて無いけど・・・」

「ちょっとまっとれ」と言うとお婆ちゃんは部屋の奥に消えていった。

 それからしばらく待つと、お婆ちゃんは唐草模様の巾着袋を手に戻ってきた。

「ほれ」

 お婆ちゃんは無造作に手に持った巾着袋を私に差し出してきた。

「えっ、なに?」

「ええから、ほれ」おばあちゃんは巾着袋を私に押し付けると、また縁側に腰掛け庭で地面を啄ばんでいる雀を眺めている。

 私は巾着袋を受け取ると「見てもいい?」と聞いた。

「・・・・」

「見るよ?」お婆ちゃんの少し寂しそうな背中を見つつ、巾着袋の中を確認した。

「えー、何?通帳が二つと・・・家の鍵?あと印鑑が二個とノートの切れ端?番号が書いてある」なにこれ?私が不思議そうに聞くと、お婆ちゃんは「通帳は由香利ちゃんの分だ。それと前の家の鍵も預かっとる、いつでも前の家さ戻れるようにな。それと、それは連絡先だねぇ。おとーさんの」

「えっ⁉お父さん、いつここに来てたの?」

 お父さんは事件の後、私をお婆ちゃんに預けてそのままどこかに言ってしまった。それからもう八年も経つ、それ以来一度お父さんとは会っていない。

 お婆ちゃんに詳しく聞くと、お父さんは私をこの家に預けた後しばらくして一度戻ってきたそうだ。その時に通帳と連絡先を私に渡してほしいと置いていったそうだ。お婆ちゃんの話では、前の家はまだ売りに出していないそうで、今でもお父さんが税金などの支払いを続けているとの事だった。(私を置いて出て行った罪滅ぼしのつもりなんだろうか?それとも、まだ家族だった頃に未練があってそうしたのだろうか?)

「お婆ちゃん、もう一つの通帳は?」

「あぁ、それは由香利ちゃんが家に来てから働いたぶんだぁ。いっぱい仕事手伝ってくれたでぇ、貯めとったんよ」

「そんなっ、貰えない!お婆ちゃん使ってよ!」

「ええ、ええ。持ってたらええが。この村も若けーのが居らんよーになって大分寂れとったが、由香利ちゃんが来てくれてから明るくなったき。田中さんも自分の孫が出来たみてーで楽しーいーよったし、源さんも哲っちゃんもみんな由香利ちゃんに感謝しとるんだよ。勿論ばーちゃんも感謝しとるんだよ、こんななーも無い村で文句言わんとよーけ働いてくれるしのぉ」と、お婆ちゃんは私に背中を向けたままそう言った。

「・・・・・お婆ちゃん・・・ありがとー」

「今生の別れってわけでもねーべ」そう言うとお婆ちゃんは私の方を振り返って優しく微笑んでくれた。

 それからしばらくして私は、今までお世話になったお爺ちゃんお婆ちゃんの家を一軒一軒まわり挨拶をすませた。その時の田中のお爺ちゃんの今にも泣きそうな笑顔がとても印象的だった。


 数日後、私は幾つも電車を乗り継いで以前住んでいた町へと向かっていた。

「あー、お婆ちゃん一人で大丈夫かなぁ?田中のお爺ちゃんも、また無理をして背中とか痛めたりしないと良いんだけど。」私は車窓から流れる景色を眺めながら、長く暮らしていた田舎での生活を思い出していた。

「次はー、××駅―、××駅―」

 車内のアナウンスが流れた。

「あっ、もう着いたんだ」私は車内アナウンスを聞いて、電車を降りる準備をすると電車のドアの前に立ちドアが開くのを待っていた

 フッシャーー

 目的地に着いた電車が大きな溜息と同時にその扉を勢い良く左右に開くと、乗っていた人達を次々と吐き出していく。私はその扉から周りの人達の流れに押し出されるようにして以前住んでいた町に降り立った。

「すーーーはぁーーー」私は生まれ育った町の空気を体の隅々まで取り込むように大きく深呼吸をした。「あーなつかしー。取りあえず家に向かおうかなぁ」と田舎とは違う都会の空気に、私は少しテンションが上がって心なしか歩調も速くなっていく。

 一時間後、「はーー、ふーー」私は汗だくで家の前に着いた。「あーん、しんど。懐かしかったから思わず駅から歩いてきちゃったけど、荷物持って歩くって。はぁーー」私は自分の考えの無さに思わず苦笑いと溜息をつきながら巾着袋の中から玄関の鍵を取り出した。(ここに帰ってくるのも八年ぶりかぁ、お兄ちゃんが死んでからだから・・・)

『ガチャ』私は八年ぶりに自分の住んでいた家のドアを開けた。

「なつかしー。ちょっと埃っぽいけど、あの時のままだぁ」家の中はあの日からそのまま時間が止まっていたかのように何も変わっていなかった。

 私は、タッタッタッっと跳ねるように階段を駆け上がって自分の部屋のドアを開く。「くさっ‼」私はあわてて部屋の窓を開けて換気をすると、改めて自分の部屋を見回した。

「そっかぁ、あの時ってみんなでしてた時だったなぁ」ゴミ箱の中には処理後のティッシュが未だに溢れんばかりに入っていた。(これって、もちろん警察の人も調べてるんだよねー。恥ずかしいなぁ)

「あーあ、カーペットにもカビが生えてる。布団も洗わないと駄目だなぁ。こりゃ、掃除が大変だ」部屋の状態を確認したあと、私は窓から顔を出して隣の家の窓を見た。「・・・お兄ちゃん」

 窓から顔を出してどれ位経っただろうか?家に着いたのは、まだ太陽が傾き始めた頃だったと思うのだけれども、いつの間にか太陽は町のマンションの間に隠れようとしていた。「うん、片付けるのは明日にしよう」そう気持ちを切り替えると、押入れの中から来客用の布団を取り出し両親の寝室敷いた。「この部屋の中も私が出て行った時のままなんだね。あんな事があっても、お母さんは一度も帰ってこなかったんだ」と私はいつからか会っていない母親に心配すらされてもいない事に心が少し寂しくなった。


 次の日、私は朝から気合を入れて家中の掃除をすることにした。

 まず、部屋の窓を全開にすると、マスクと軍手を装着!そして部屋のゴミ箱からティッシュの山を一掃した後、床に広げられたカビの生えたカーペットは大きいので、とりあえず丸めて結んで庭にポイ。それからベッド上の布団から、これまたカビカビのフトンカバーを外して丸めてゴミ袋にボッシュート。布団はベランダで天日干し。今日も朝から天気が良くて本当によかった。「よろしくね太陽サン」

 さてと、段々とテンションが上がってきた私は首に結んでいたタオルで一度汗を拭うと、休む暇なく部屋の隅々まで掃除機を走らせた。

「ウィーーーーン、ヴォッヴォヴォヴォォ」あれ?何か詰まったかなぁ?掃除機のヘッドがベッドの下に差し込まれたとき、掃除機から「変な物を吸わせるな!」と文句を言っているかのような音がした。私はいったん掃除機のスイッチをOFFにすると、原因を取り除くため掃除機のヘッドをベッド下から引き抜くき、そのヘッド部に詰まっている異物を見て思わず爆笑してしまった。そこには少し黄色みがかった男性用ブリーフが・・・。「あはははは、あの時みんな慌ててたからなぁ。ノーパンで帰ったんだぁ。」何か随分昔の事だったように思えて、思わず懐かしさがこみ上げてくる。「この子のお母さん、優しい人だったのかもしれないなぁ」。私はこのパンツの持ち主があの時の誰の物かは知らないが、パンツのゴムの部分にはマジックで『ようすけ』と書かれてあった。(私のお母さんはどんな人だったかなぁ。私は、私を生んでくれた母親の顔をもう思い出せなくなっていた)

 よし!いつまでも汚いパンツを眺めていても進まないので、これもゴミ袋にポイすると雑巾とバケツを用意して部屋中を磨き上げた。


「ふぃー、取りあえずこんなもんかなぁ?」私は、額から流れ落ちる汗をタオルで拭き取り腕時計に目を移すと、時刻はお昼に差し掛かっていた。

「取りあえずお昼にしよー。何にしようかなー?」台所を探してみたが買い置きが少なく、冷蔵庫の中はどれも賞味期限が切れたものしか入っていなかった。「うわぁ⁉うん、取りあえず全部捨てよう、ご飯食べてから」。(んー、お昼は久しぶりに学食に行くかー)

 昔、近所のお母さんグループに連れられて近所の大学の食堂に何度か言った事があった。「おいしくて、安いんだよねー」お母さんたちの口癖だった。

 うん、そうしよう。もしかしたら懐かしい友達も居るかもしれないし。私は昔の記憶を頼りに大学に向かって歩いていった。私が大学の学食に着くまで、なぜかすれ違う男性は振り向いて私の事を見ているようだった。「?」・・・私が可愛いから?実際どうなんだろう。

 私は思春期をお爺ちゃんとお婆ちゃんに囲まれて暮らしていて、洋服を買うのもスーパーで!っていう生活だったため、オシャレや身だしなみ、若い男性の反応にも鈍感になっていた。そのため、掃除をしていた時のラフな格好(少し首元がくたびれた薄いTシャツとスウェットパンツ)のままで大学まで来ていたのだ。そりゃ振り向くでしょ!よれT スケT の女の子が歩いていたら‼

 そんな世の中の常識を「?」のまま大学の食堂に着いた私は、何にしようかなぁ?っと食券機と睨めっこしていたとき、『おい、始。たまには付き合えよ。お前、顔は良いんだからさ。お前が来てくれりゃナンパなんて一発よぉ?』と大きな声が聞こえてきた。

『?』今、始って言った?食堂の中で私は懐かしい名前思い出した。

「あれっ?今 始って名前が聞こえたような?」私はキョロキョロと辺りを見回すと一人の男性が二人の男性に絡まれてるのが見えた。もしかして【始】くんが絡まれてる?私は私が知っている【始】くんか確認しようとその三人組に近づいていった。

『・・・・・うるせぇ』

『・・・はぁ?何調子くれてんのこいつ⁉いっぺんぶっ飛ばされてーか?あぁ!』

 何か物騒な事言ってる人がいる。私はそんなオニーサンに躊躇せず三人の間に入っていった。

「はいはい、そこまでよ。なぁーによってたかっていじめてるのよ。情けない」

「誰だよテメー、こいつの連れか⁉」一人の男が私に凄んできた。(声が大きいよねこの人)

「おいっ、もう良いだろ。ゴメンねお嬢ちゃん。おいっ、もう行くぞ」

 物分りの良いお兄さんがいてよかった。こっちのお兄さんはモテそうだね。もう一人のお兄さんは、まだ言い足りなさそうにこっちを振り返りつつ文句を言っている。こっちは絶対にモテなさそう。

「大丈夫?お兄さん」私はテーブルに座ってカレーライスと睨めっこしているお兄さんの顔を覗き込むために、向かいの椅子に腰掛けた。あっ!やっぱり【始】くんだぁ。

「あぁ、ありがとう。君は?」【始】くんは顔を上げて私を見ると、「???」とまったく私のことを覚えていないようだった。

 そりゃそうだよね。前に会ったのは私が小学生の頃だったし、それから八年も経ってるから色んな所が成長してて分かんないよね。

「私はって、お兄さんのエッチ」もう、久しぶりに会った【始】くんは、テーブルの上にのっかっている私の胸にガッツリ見入っていた。(実は違う‼Tシャツの首元から大きなメロンが二つ、中身がガッツリ丸見えになっているんだ‼)

「いやいや不可抗力だろ」頬を赤らめて慌てて視線をそらす【始】くん。かわいい♡もうちょっとからかってやりたい。

「もう、しょうがないなぁ。みーんな同じとこばっかり見るんだもん」くねくね。

 私は久しぶりに会った【始】くんに胸をチラチラと見られて少し恥ずかしくなった。だって、【始】くん相変わらず格好良いんだもん♡

「とっ、ところで君はいったい誰なんだい?」【始】くんは、動揺を隠すように私に質問を投げかけてきた。

「あっそうでした。私は由香利っていいます。お兄さんは【始】くんだよね?」

 これが私と【始】くんとのセカンドコンタクトであった。



 石神 由香利(4)


「あん♡きもちい」

 私は大学で【始】くんと出会ってから何度か連絡を交わすようになり、今ではこうして突き合う仲(笑)になっていた。

「ねえ、由香利ちゃん」

「んー?どうしたの?」

【始】くんはベッドの中で私の手を握りしめて「そろそろ会社を作ろうと思ってるんだよね。有る程度メンバーの目処も付いたからね」と囁いた。

「んー、良いんじゃない?【始】くんのやりたいようにやったら良いと思うよ。私は応援してるから」昔もファンクラブに入って応援していたんだよ。って私も【始】くんの耳にそっと囁いた。

「ありがとー。由香利ちゃんは昔から応援してくれてたんだね。もっと早く気が付いていればよかった」と私の方に体を向けて私の耳元に囁き返してきた。

「ふふふ、もー何で私たち囁きあってるのよ(笑)」

「ははは、そうだね。それじゃまじめな話、僕の会社に来てくれないかな?」

「えー、私が?何にも出来ないよ?学校行ってないし、頭悪いし。畑耕したり家畜を飼育したりしか出来ないんだけど・・・」

「それでも僕は君に近くにいてほしいんだけど・・・。そうだ!研究所の周りに畑と飼育小屋を作るよ。君の好きなようにして良いから!どう?」

「どう?って言われても・・・ホント、何も役に立たないかもよ?」

「大丈夫。今すぐじゃなくても良いから考えていてほしい」

【始】くんはそう言い括るともう一度私の手を強く握り締めた。

「・・・ん、わかった。考えとく」

 そう言うと私たちはどちらからともなく唇を合わせた。


 それからしばらくして、【始】くんは仲間たちと会社を興した。

 私は【始】くんが興したその会社で三ヶ月ほど一緒に働いていたが、ある時【始】くんに一年間だけ時間を貰って他の地域を見て周ろうと決心した。

 私はこの町に来てもう二年程経つ。田舎での八年間は決して無駄だとは思わなかったが、しかしこちらに出て来てからというもの世間とのギャップの差が思った以上に大きくてショックを受けていた。

 そんな私に【始】くんは僕も一緒にって言ってくれたけれど、私は一人で行くことに決めていた。

 きっと【始】くんだったら一緒に行くって言ってくれると思っていた。でも、恥ずかしいじゃない。世間知らずの田舎娘って思われるのが・・・。それに、ちょこっとだけハメを外して遊んでみたいしね。幸い、お婆ちゃんから貰った通帳の中にはけっこうな額のお金が入っていたため、しばらくはお金に不自由することはなさそうであった。


「よしっ、まずは南の方からぐるっと周ってみよーかなぁ」

 家に戻った私は押入れから旅行バッグを引っ張り出すと、バッグに最低限の荷物だけ詰めていく。「あっ、ニュルニュル!懐かしいー」昔お兄ちゃんの所にお泊りに行くときは必ず持って行っていた抱き枕を見つけた。「そうだった。先にお兄ちゃんのお墓・・・・・今からお参りに行こう!」私は抱き枕にそっと「ごめんね」とお別れを言うと、押入れの奥に仕舞った。(本当はもっと早くにお墓参りに行きたかったんだけど、私の罪悪感からどうしても会いに行く勇気がもてなくて、ズルズルと先送りになっていた)


「あー、あっつい」今日は日差しが強いなー。私はお兄ちゃんのお墓の周りの雑草を引き抜きながら額の汗を拭っていた。

「あー、失敗したなー。こんな事ならジャージで来ればよかったよぉ」

 私はジリジリと肌を照りつけてくる太陽に文句を言いつつ、汗でぴったりとくっついたシャツを肌から引き離しながらお兄ちゃんが入っているお墓の周りを見回した。そのお兄ちゃんのお墓の周りだけ、十年間誰も掃除もしていなかった様で鬱蒼と雑草が生い茂っていた。

 私は、ちょっとお墓参り!のつもりだったので薄いノースリーブのシャツとスカートにハイヒールという草抜きには似合わない服装で来てしまっていた。

「もう、お墓の管理人さんはなにをしてるんだって言いたいよねぇ、ホントに」私はここに居ないお墓の管理人さんに文句を言いながら雑草を抜き続けた。

「あーー、疲れたーー。腰痛いーー」私は、んーーーと背筋を伸ばすと腰をトントンと叩き綺麗になったお墓の周りを見つめた。

 これでも田舎では良く草抜きをやっていた為、かなり手際よく雑草を抜き終わったと思う。

「さーて、次はお兄ちゃんを綺麗にしちゃおうかな」

 私は備え付けの手桶に水を汲んで来ると、お兄ちゃんのお墓に優しく手酌で水を掛けてタオルで墓石を磨いていく。

「ごしごし ごしごし っと。」

 お兄ちゃん、お参りに来るのが遅くなってごめんね。

「ごしごし ごしごし。懐かしいねぇ、昔もお風呂でお兄ちゃんの背中を流していたよねぇ。また一緒に流しっこしたいなぁ(涙)」

 昔はよくお兄ちゃんとお風呂に入って背中の流しっこをしていたことを思い出し、懐かしさと共に久しく忘れていた感情が津波のように胸にこみ上げてきた。

「っん・・・うええーんお兄ちゃーん。何で何も言わずに死んじゃったのー(涙)。私のせいだよねぇ。私がお兄ちゃんとの約束を破って彼氏と遊んでいたからだよねぇ。ごめんね。ごめんね。ごめんね。」

 一度あふれ出すと、後は堰を切ったかのように止まらなくなった涙を流しながら、私はお兄ちゃんのお墓にすがり付き、謝り、後悔し、泣き続けた。

 そんな墓石にすがりつき後悔して謝り続ける私の頭上では、太陽がメラメラメラと私たちを必要に照りつけてくる。それはまるでお兄ちゃんが『心配するな』と私の涙を乾かそうとしているかのように・・・・・。


「もー、あっついなぁ」

 私は「もう‼」と曇る事のない青空に一言文句を言うと、お兄ちゃんのお墓から体を離して涙の痕を拭きとった。私が着てきた白のノースリーブのシャツは私の汗を吸い取り、下着がうっすらと透けて見えてしまっている。

「じゃあね、お兄ちゃん。また様子を見に来るよ」私はお墓掃除に使った道具を片付けるとお兄ちゃんのお墓を後にした。「あー、旅に出るのは明日にして今日は帰ってお風呂にはいろー」


 次の日は満を持して朝から家を出た。

「さーて、今日は何か良いことがあればいいなぁー」

 今日も憎らしいほど良い天気だ。

「あーーーー⁉もしかして由香利じゃねー?」

 私は家の前でチャラ男に声をかけられた

「?えーっと、どちら様?」

 こんなチャラい男私は知らない。

「ひでーなー、ほらっ分からない?俺だよ俺!」

「??えーっと・・・」オレオレ詐欺⁉

「はぁ、俺は一発で気が付いたのによぉ。まーた胸がでっかくなっててビックリしたけどな。ニヤニヤ(笑)」チャラ男は私の胸を舐めまわす様に見つめてきた。

「・・・なに見てるの?」ホントーに誰?

「それじゃ思い出させてやるよ。ほらっ、一度お前の部屋に行こーぜ」そう言うとチャラ男は強引に私の手を引いて私の家に連れ込んだ。「キャッ⁉」なにっ⁉恐いんだけど⁉

 私を家に連れ込んだチャラ男は、恐怖で声が出ない私の手を引っ張って階段を上がり私の部屋に入っていく。

「なっ、何で私の部屋を知ってるの⁉」

「だーかーらー、昔 この部屋でヤッたじゃん。ホントーに覚えてねぇ?」

「えっ、もしかして・・・・」最初の彼氏?

「そーだよ、懐かしいなー」

 そう言われれば何となくしゃべり方とか特徴があるような気がする。

「それで、なんであんたは上着を脱いでんの?」

 彼はい部屋に入るなり上着を脱ぎながら「えっ?何でって今からヤルためだろ?」

「だから何でよ⁉私は今から出かけるところだったんだけど」

「それなら尚更早く済ませないとな(笑)。お前も早く脱げよ」

 何だろう、この話が通じない感じは間違いなく最初の彼氏だ‼

「ほら、早くしろって。急いでるんだろ?」

「だーかーらー、いやだって」よりによってこの部屋なんて。私は窓から隣の家を見つめた。(この部屋はお兄ちゃんの事を思い出してしまう)

「じれったいなぁ。ほらっ、取りあえずこれ飲んどけ。気持ちよくなれるからよ」

 彼は私に無理やり口付けをすると私の口の中に何かの錠剤?を押し込んできた。

 ゴクッ‼

「なっ、なに今の⁉もしかして変な薬⁉」

「只のビタミン剤だよ。ほら脱げって気持ちよくしてやっから。・・・服が破れてもいいのか、ん?」

 彼は私から唇を離すと私の着ているワンピースの裾に手をかけて乱暴に捲り上げてきた。私は彼の、男の腕力に逃れられない恐怖を禁じ得なかった。

「そーだよ、おとなしくしてりゃ気持ちよくしてやっから、ほら バンザーイ」

 とうとう私は彼にされるがままに洋服を剥ぎ取られてしまった。

「これって強姦だよ?」

 私は両手で体を守りつつ精一杯強がって見せた。

「大丈夫だって、そのうちお前の方から求めてくるからよ!っよっと、その手もどけろよ」

 彼は私の下着も剥ぎ取ると、そのまま私をベッドに押し倒しいきり立った一物を私の局部にあてがった。

「そらっ、いくぞ!」

 そして、彼は一気に自分の一物を私に突き立ててきた

「あんっ♡」⁉私は自分が発した声に思わすビックリしていた。えっ?なんで⁉

 愛撫もなく無理やりに突き立てられた彼の一物を、私のあそこは何の抵抗もなく素直に受け入れたのだ。

 ちゅぷちゅぷちゅぷ。彼の動きに合わせてみだらな音が部屋の中に響く。

「ああん・・・んっ・・・はぁああ♡・・・あっ、あっ、あっ・・・」

 いつの間にか私の股間にはたっぷりの蜜が溢れ出ていた。

「あっ、あっ・・・さっき、の、ん・・・薬⁉・・んふぅ・・はぁ・・ああん♡」

 彼のピストンにとうとう我慢出来なくなった私は、彼にしがみついて一緒に腰を振り出した。

「ほらほら、大分よくなってきただろ?これからまだまだ良くなるからよ」

「ああぁっ、もうだめぇ♡」


 それから何時間もの間、私は私の方から彼を貪るように求め続けた。

 いつの間にか嫌だった気持ちが消えて、心も体も満たされた私はベッドの上で荒い呼吸を繰り返していた。

「・・・・はー、何だったのさっきの?」

「どうよ、気持ちよかっただろ?(笑)」

 彼はいつの間にか洋服を着て、ベッドの横に立っていた。

「ほらっ、さっきの薬 やるよ」

 そう言うと胸ポケットからさっきの錠剤がいくつか入った袋を取り出し、ベッドの上にほおった。

「無くなったら連絡しな。今度は金取るけど(笑)また、体で払ってもいいぜ。イヒヒヒ」と いやらしい下卑た笑い方をしながら私の携帯に自分の番号を登録すると裸のままベッドに横たわる私を置いて部屋を出て行ってしまった。

「あーー、もう動けない。今日はこのまま寝ようかなぁ。あーーお風呂に入りたいけど、体に力がはいらないよぉ」さっきのはホントにヤバイ!これは危ない薬だ‼とベッドの上の錠剤を横目で眺めつつ私はそのまま眠りに落ちていった。


「・・・んんっ」

 翌日、私は体中を虫が這いずり回っている夢で目が覚めた。

「えっっ‼」

 なんと私の部屋に知らない男性が三人?(いや、一人は昨日の彼だ)が裸になって私体を舐め回していた

「きゃーー、いったいなんなの⁉」

 私は飛び起きようとしたが体を押さえ付けられてて起き上がれない。

「おっ、目が覚めたね。無用心だよ、ちゃんと家の鍵は掛けて寝ないと。ブヒヒヒ」とお腹の肥えた男性が私のおっぱいを舐めながら笑っている。

「ごめんね、一応は止めたんだけど。由香利ちゃんの寝顔があまりにも可愛くて、つい」と痩せめがね君が私の太ももを舐めながら謝っている。

 なんだかデジャブを見ているような・・・。

 すると、昨日の彼が「懐かしいだろ?あの時のメンバーを集めてみたんだぜ(笑)」と、いやらしい笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。

 そうか、あの時の人達かぁ。私の体の上を這いずり回っている芋虫を手で押しのけると、ベッドからゆっくり体を起こした「うー、さぶっ」

 寝る前は閉まっていたはずの窓が開いていた。きっと、彼等が来たときに部屋の中の匂いが気になって開けたのだろう。

 私は何気なく開いている窓の方を見ると、向かいの家の窓のカーテンが『ふわっ』と動いてその奥に人影が見えた気がした。

「えっ⁉お兄ちゃん?」私は目を擦りもう一度隣の家を見たが、カーテンは動く事がなく人影も見えなかった(やっぱり見間違いだよね。今は誰も住んでいないはずだから)

「どーかした?起きたならさっそくやろうよ‼フゴフゴ」

「さて、もう二人が我慢の限界みたいだから」彼はポケットから昨日の錠剤を一つ取り出して私に渡した。

「自分で飲んでみろよ」

 私は躊躇した。だって、これって危ない薬でしょ?絶対やばいやつだって‼

「・・・ちっ、しゃーねーなぁ」

 いつまでも錠剤を呑まない私に対して彼が我慢できず、ベッドの前まで来ると私の顎をクイッっと持ち上げて強引にそのタバコ臭い唇を重ねてきた。

「んっ、んんっ」

「もっと素直になれよ、昨日はあんなに激しく求めてきたじゃねーか。気持ちよかったんだろ?」

「・・・で、でもぉ」確かに気持ちよかったけどぉ。

「もういい‼(怒)」

 彼は私の口の中に強引に錠剤をねじ込んできた。

「いっいやっ」

 私は少し抵抗を見せたが怒った彼がこぶしを振り上げるのが見えて、口の中の錠剤を飲み込んだ。

「殴られたくなかったら最初から素直に飲めよな‼」

 彼は、また先ほど居た窓際に戻ると椅子に座って私を見つめている。

「よし、飲んだね。それじゃ最初は僕から行くね。さっそく濡れてきたみたいだから・・・行くよ」ブヒヒヒと私の両足の間に体を置くと、私の腰を抱きかかえて一気に硬くなった一物を挿し込んだ

「あああっ♡」

「それじゃあ、僕のはお口に入れようかなぁ」

「んんんっ、・・ふっ、ふごっ・・ふぅ、ふぅううう♡」

 私は上と下から刺し貫かれて絶頂した

 その時、隣の家のカーテンが少し揺れていたことに私は気が付いていなかった。窓は閉まっているはすなのに。

 その後の事はあまり覚えていない。

 私は代わる代わる男たちに逝かされ続け、その体を求め続け、途中で気を失ってしまった。


 目が覚めたのは真夜中の事だった。周りを見るといつの間にか男たちは帰ってしまったようだ。

「あーー・・・・・お風呂はいろー」

 寝起きでボーっとした頭をそのままに、私はカピカピになったベッドのシーツを持って一階の風呂場に向かった。途中、あーー、鍵は掛けとかないとーと私は重い体を動かして玄関に行くと鍵を掛けた。

 私は風呂場に着くと持ってたシーツを取りあえず洗濯機に押し込んで浴室に入る。浴室に入ると、なぜか浴槽にはお湯が張ってあった(まだあたたかい)。もしかしたらさっきまで男たちが入っていたのかも知れない。

 私はまだ覚めきらない頭で取りあえず上から着ていたシャツを脱いで洗濯機に放り込むと湯船にその身を沈めた。そして「ピッ」、と追い焚きのボタンを押して「ふいぃぃぃぃぃぃ」と永い息を吐くと、また眠りに落ちていった。


「へっくしゅん、うーーさぶっ」

 朝、浴槽で目が覚めると「あー、夜お風呂でそのまま眠っちゃったんだ。うーさぶさぶ」と昨日の事を思い出して「ピッ」と追い焚きを押す。

「あーーー、温かくなってきたー。ふぃぃぃぃ」また深く息を吐き出した。

 あっ、危ない危ない。また落ちるところだった。私は「パシャパシャ」とお湯を顔にかける「体を洗わないとね。髪の毛もカピカピになっちゃってるよ」えーん(涙)。

 30分後、「ふーーー、スッキリした」

 私はお風呂から上がると戸棚から新しいシャツを一枚取り出した。そして下着もつけずシャツだけ羽織ると、さっそく洗濯機のスイッチを押してシーツと昨日の洋服を洗う。

「さて、のどが渇いたからー」と飲み物を求めてリビングに行くとリビングのテーブルの上にコンビニの袋やビールの缶が散乱していた。あれっ?

 何かおかしいな?と思いつつ、とりえず麦茶をコップに注ぐとリビングのソファーに向かった。

「わっっ⁉」ビックリしたー‼ソファーの上には昨日の男たちが寝ているじゃないか⁉もしかしなくても昨日、事が終わった後家に帰ったんじゃなくてそのまま私の家のお風呂に入ってコンビニでお弁当を買ってきてこの家に泊まってたってことだよね。(家の鍵閉めても意味なかったじゃん)

「うーん、うるせーなー。今何時だぁ?」

 私の足音に反応したのか、彼が目を擦りながら起きてきた。

「おっ、おはよー」

「あーーーーー、ああそうか。昨日泊まったんだっけ。あーー頭痛てー」

 なるほど、私の推理は当たっていたようだ。しかも二日酔いかな??

 彼の声に一緒に寝ていた二人の男も、モソモソと目を覚ました。

「ふぁーーーあぁ、おはよーーー」「ブヒーー」(違う、一匹豚が混ざってた。)

「おー、どーした?昨日あんなにやったのに、また朝からやりたいのか?ふひひひひ(笑)」

「⁉っち、違う‼」

「いーぜ、俺たちも寝起きで『ギンッギン』になっているからよー。ほら、見てみろよ」

 彼はそう言うと下着を脱いで私に見せ付けてきた。昨日あれだけヤッタというのに、私の目の前には昨日となんら変わる事のない『ギンッギン』になったペニスが確かにそそり立っていた。

「ちっ、違うから。今日はしないからね」

「ほーぅ。でもよ、昨日は凄かったろ?もう良いのか、ん?」

 私は昨日のことを思い出した。確かに昨日は凄かった‼

 私はまだ薬も飲んでいないのに、体の奥からとろっと蜜が溢れてくるのを感じていた。

「ほら来いよ。今日もたっぷり可愛がってやるからさー。ほらほら」

 彼の言葉に、私の気持ちとは裏腹に体の方が反応していく。

「ほら、今日の分だ」

 私の反応を楽しむように、彼は錠剤を一粒取り出すと自分のいきり立った一物の上に置いた。

「ほらほらほらほら」

 私の目の前で彼は小刻みに腰を揺らしている。その彼の言葉のリズムに合わせるように私の呼吸はどんどん速くなっていく。

「はぁー、はぁー、はぁー、はぁ、はぁ、はぁ」

「ほーら、ほーら、ほーら」

 彼はその顔に歪んだ笑みを貼り付け私を待っている。(私は段々と彼の言葉以外聞こえなくなっていき、いつの間にかその彼の腰の動きを目で追っていた。まるで催眠術にかかったかのように)

 そして、そんな彼の腰の動きに導かれるように私の体は彼のいるソファーの前まで行くと、ストンと彼の前に座り込んで・・・・・「っはむ」と錠剤ごと彼のペニスを一緒に頬張った。

「はーーーはっはっ!だいぶ素直になったじゃないか。思ったより早かったな。ウヒヒヒヒ、今日もたっぷり満足させてやっからよ!」

 そう言うと彼は自分の股間で首を振っている私の、まだお風呂上りの乾ききっていない頭を乱暴に撫でまわした。


 それから一週間、私の体は朝から晩まで男たちに弄ばれ続けた。

「そこ♡・・・それっ、きもちいい♡・・・はぁん♡」

 もう私は男たちに一切抵抗する事は無くなっていた。むしろ自ら白いクスリを求めて彼等の前で官能的なポーズをとることもあった。

「さてと、そろそろ薬も仕入れてこなきゃいけねーな」

 彼はそう言うと錠剤の入った袋を取り出して中身を確認している。

「えー、もっとしようよぉ♡」

 私は甘えた声で彼に抱きついた

「帰ったらたっぷりしてやるから、今日はそこの二人に可愛がってもらいな」

 彼はそう言うと家の玄関のドアを開けた。


 ダダダダダッ「警察だ!動くな‼」

 突然、私の家に警察がなだれ込んで来た。

「⁉なっなっ、なに?」

 私は慌てて近くにあったシャツで体を隠し、なにが起こっているのか見守った。

「おいっ、逃げるな。理由は分かっているな。覚醒剤所持の現行犯で逮捕する」

「っ!!」

「おいっ。捕まえろ!逃がすなよ!」

 なに?なんなのよぉ、もぉ。

 私の近くに居た裸の二人はすぐに取り押さえられ家の外に連行されていった。

 彼は警察から必死に逃げようと暴れていたが何人もの大人に周りを囲まれては逃げる場所もなく、そのうち取り押さえられてしまった。

「きみ、大丈夫?ちょっと君にも事情を聞きたいんだけど、いいかな?」

 突然の展開にぼーーっと事の成り行きを見守っていた私に、中年の刑事さんが声をかけてきた。

「えっ、なにっ?私何も知らない⁉」

「あー、別に君を逮捕しに来たんじゃないから落ち着いて。・・・あー、取りあえず、洋服を着ようか」

 あまりに突然の事でパニックを起こしそうだった私に、刑事さんは優しく語り掛けてきた。私は助けを求めて彼の姿を探したが、もう家から連れ出されたようで見つけることが出来なかった。

「よしっ、取りあえずオジサン達は部屋から出てるから」中年の刑事さんは「おいっ」っと声を掛けると男性の警官は一斉に部屋から外に出て、代わりに一人の婦警さんが部屋に入ってきた。

「君が落ちつくまで、このお姉ーさんが一緒に居てくれるから。洋服を着て少し落ち着いたら声を掛けてね」

 そう言うと中年の刑事さんも部屋を出て行った。

 玄関の外からは何台も車が発車する音と、ご近所さんの話声が聞こえていた。


 少しして私が落ち着いた頃、刑事さんから「実はね」と今回の話を聞く事が出来た。

 彼はしばらく前から警察にマークされていたそうだ。覚醒剤の売人として。

 私に飲ませていたのはやはり違法ドラッグだったみたいで、私は警察署で事情聴取を受けた後病院で検査を受け、後日 麻薬患者の居るリハビリセンターに送られる事になった。

 その際、一番最初に声を掛けてきた中年の刑事さんが、しばらくの間私を担当してくれる事となり、事情聴取にも立ち会っていた。


「ねえ、ご両親は?」


「今、居ないです」


「いつも何時位に帰ってくるんだい?」


「もう十年以上帰ってきていません」


「そうか、今までは一人で暮らしていたの?」


「こっちに帰ってきたのは二年位前です。その前は田舎のお婆ちゃんの所で暮らしていました」


「お婆ちゃんの連絡先は分かるかい?」


「ッ!・・・・お婆ちゃんに連絡するんですか?」


「そうなるね。・・・・・教えてもらっても良いかな?」


「・・・ごめんなさい。刑事さん、私何でもしますから!お婆ちゃんにだけはこの事を言わないで!」


「うーん、でもこれはルールだからね。俺が「いいよ」って言ってあげられないんだよ」


「・・・私、学校に行ってなくて、頭悪くて、でもお婆ちゃんは優・・・しくしてくれてっ!お婆ちゃんに迷惑を掛けたくないんです‼」


「うーーん、そう言われても・・・」と刑事さんは頭をぼりぼり掻いている。


「ほらっ、刑事さん。私頭は悪いけど、体は、良い体をしているって皆に言われるんだ。ねぇほら。触っても良いから」

 私は必死に自分の体をアピールした

「ねぇ、どう?脱いだほうが良い?ねえ。私、小さいときから先生とか、近所のお兄ちゃんとか、田舎のお爺ちゃんとか・・・ねぇ、だからお婆ちゃんには言わないで‼(涙)」私はスカートのジッパーを下ろしながら必死に刑事さんにお願いした。

「いや、そんな事はしなくていいんだよ。分かったから、とりあえずこの事はお婆さんには言わないようにするから」と刑事さんはジッパーを下ろしている私の手を握った。

 ぱさっ。支えの無くなったスカートが地面に落ちる。

 私はその場で立ったまま泣きじゃくった。

 目の前の刑事さんは困った顔をして「可愛そうに、こりゃぁよっぽどだなぁ」と一人呟き婦警さんが部屋に入ってくるまで私の手を握ってくれていた。



 間章(中年刑事さんの憂鬱)


 俺は今回ある少年を追っている。

 暴力団から覚醒剤の売人として利用されていると思われる少年だ。

「おやっさん、少年の居所が分かりやした」と若い刑事が報告に来た。

「おいっ、いつも言ってるだろ?仕事中は『おやっさん』はやめろって」

 まったく何のテレビの影響か、若い奴等はみんな俺の事を『おやっさん』と呼んでいる。はぁ、まったく。

「それで、今何処にいるんだ?」

「ええ、それが誰かの家から出てくるのを巡回中の警官が見たそうです」

「そうか。よしっ、ちょっと様子を見に行ってみるか」


「あそこか?」

 俺たちはなんの変哲もない住宅地に建っている一軒家を見ている。

「はい、間違いありません。あの家から出てきたそうです」

「そうか、取りあえず署に連絡して何人か監視を送ってもらってくれ。俺たちは今後の作戦会議だ」

「・・・・・(この家って昔俺が担当した案件の隣の家じゃないか⁉)」


「おやっさん、監視からの報告によりますと、現在少年たちは石神宅で生活をしているようです」

「で、その石神さんの家の住人は?」

「今のところ確認できていません」

「そうか。監禁とかされてるんじゃない?」

「それは無いかと思われます。近所に聞き込みをしたところ、以前隣の家で事件があってからは誰もあの家に人が居るのを見たことが無いそうです。なんでも、もう十年近く前の事だそうです」

「そうかぁ、で 隣の家はどうだった?」

「はい、おやっさんの言われたとおり、隣の家も今は空き家になっているみたいです」

「だーかーらー、はぁ。もういいよ。隣の家の身内はちょっと知っててな。こっちは如何にかするから少年たちの監視を続けてくれ(まだ生きていらっしゃるかなぁ?)」


「さて、隣の家の鍵は預かってきたぞ。少年たちは如何してる?」

「昨日は、朝からコンビニで食料を買い込んでいました。その後は家から一歩も出ていません」

「そうか、あの家でいったいなにをしてるんだ?まぁいい。取りあえず今日から隣の家に移るぞ。そこで監視を続ける」


「んっ?鍵が開いてるぞ⁉」

 俺は預かってきた家の鍵を鍵穴に指して回すが、その家の鍵が開いていたのだ。

 この十年間、誰かが出入りしてたのか?

「おい、こっちは誰か出入りしてたか?」

「いえ・・・そういう報告は聞いていませんが・・・」

 俺は後ろの若い刑事に誰かが居るかも知れない、と注意を促すとゆっくりと玄関をくぐっていった。

「おい、お前とお前は一回を。お前は俺と一緒に二階だ」

 俺は部下たちに指示を出すと、自分は二階へと階段を上がっていく。

「ふん、誰も居ないな?・・・ここは・・・十年前自殺があった部屋か」

 俺は部屋に入ると周りを見渡す。

「なんだ?」

 そこには誰かが居たであろう形跡があった(浮浪者が住み着いていたのか?)

 タタタッ、その時一階を捜索していた部下たちが二階に上がってきた。

「おやっさん、一階には誰も居ませんでした」

「そうか・・・ちょっとこっちに来てみろ。これどう思う?」

 俺は部下を呼んで部屋の窓の所に落ちていたパンの袋と牛乳のパックを指差した。

「何ですかこれ?誰か住んでいたんですかね?」

「そんなはず無いだろ?もし誰か住んでいたならもっとゴミがあるはずだ。しかも、牛乳の賞味期限を見てみろ!ここに誰かが居たのはつい最近のはずだ。そのうえ、ここからは隣の石神宅の部屋が覗けるだろ?」

「そうですね」

「これは俺の予想だが、俺たちが来る少し前に誰かが隣の家を覗いていたんじゃないか?理由までは分からんが」

「「「‼」」」

「とりあえず、その誰かが戻ってこないか警戒しつつ隣の監視を続けるぞ。(誰が何のために覗いていたんだ?)。おい、一応証拠品としてその牛乳とパンの袋を回収しておいてくれ」

 部下にそう命じると、俺は窓にかかっているカーテンを少しずらし隣の家の様子を窺った。(今は誰も居ないか?)


 俺たちはそれから三日監視を続けた結果、隣の家で男たちは毎日 朝から晩まで乱交している事が分かった。

「おい、あの女性は誰だ?調べて来い」(薬物パーティーでもしているのか?)


「おやっさん、例の女性の事ですが、一切家から出る事がなくなかなか調べるのが難しいですね。近所の聞き込みでも、あの家には今は人が居ないって答えています。いったい誰なんでしょう?」

「そうかぁ、わからねえか。ならしょうがねえ、取りあえずは男たちだな!」

 俺たちはそれから更に二日監視を続けた。


「!おやっさん、見てください」

「おっ?どうした?」

 俺は静かに窓際に移動すると、カーテンの隙間から隣の家を覗いた。

「おい、すぐに礼状を取って来い。今日乗り込むぞ!」

 男たちは事が終わったのか、家の窓から顔を出しタバコを吸いながら笑いあっている。ただ、その手には何かの薬らしき物が入った袋をいくつか取り分けていた。


「おやっさん、礼状が届きました!」

 俺たちは応援を要請して、男たちが逃げられないように家を取り囲んでいる。

「よし、突入だ!」


「警察だ!動くな!」

 家に乗り込んだ俺は、すばやく周りを見渡した。(服を着た男が一人と裸の男が二人と裸の女性が一人か)

「おい、お前たちはそこの二人を押さえろ。俺たちはこいつだ!」

 俺たちは暴れる男を取り囲んで連行すると、部屋には一人シャツで体を隠し呆然とたたずむ女性が残った。


「きみ、大丈夫?ちょっと君にも事情を聞きたいんだけど、いいかな?」

 俺はなるべく優しい声で女性に話しかけた。

「えっ、なにっ?私何も知らない⁉」

 女性はかなり動揺していて、一応シャツで体を隠してはいるが今にも隠しているところが見えそうだ。

「あー、別に君を逮捕しに来たんじゃないから落ち着いて。・・・あー、取りあえず、洋服を着ようか」

 ちょっとは落ち着いてくれると良いけど。只でさえ、後ろの若い連中が羨ましそうに此方をチラチラと窺っている(エロボウズどもが!仕事しろ。仕事!)

「よしっ、取りあえずオジサン達は部屋から出てるから」「おいっ‼」っと若い連中を叱咤し、代わりに婦警さんを部屋に呼んだ。

「君が落ちつくまで、このお姉ーさんが一緒に居てくれるから。洋服を着て少し落ち着いたら声を掛けてね」

 そうして部屋を出ると「ふぅ、取りあえず逮捕する事が出来たな。おつかれさん」と表で待機していた連中に捕まえた男たちの事を託して一息ついた。


「お待たせしました。」

 家の中から婦警さんが出てきた。どうやら落ち着いたようだな。

 俺は家に入ると、部屋で待っている少女に今回の件を説明する事にした。

「実はね、俺たちは君の彼氏?をずっと追っていたんだ。何でか分かるね?」

「・・・・・」

「もしかしたら君も使っていたかも知れないから、いったん病院で検査をさせてもらうよ」

「・・・・・」

「うん、それじゃあ行こうか」

「・・・・・はい」

 彼女は小さく返事をすると素直について来た。

「そうそう、君の名前を聞いてなかったね。教えてもらっても良いかな?」

「・・・・・石神・・・由香利です」

(石神由香利?何処かで聞いた事があるような?)

 俺はパトカーの後部座席のドアを開けて彼女を車に乗せると、自分は助手席に乗り込んで警察署に向かった。(そういえば、十年前の事件の時の第一発見者の名前じゃないか⁉)


「えーっと、病院での検査は陽性だったわけだけど、どういう事か分かってるよね。君の部屋からも出てきてるんだけど。自分で使ってたの?それとも無理やり使わされた?」

「・・・・・最初は無理やりでした。・・・・・でも、最近は我慢できなくなってきて・・・・・自分から・・・・(涙)」

「うん、これはそういう薬だからね。因みに、君は・・・、ご両親に連絡を取りたいんだけど?」

「・・・・・」

 あらら、黙っちゃった。

「ねえ、ご両親は?」

「・・・今は、居ないです」

 居ない理由は聞いてはいるが、一応確認しておく。

「いつも何時位に帰ってくるんだい?」

「もう十年以上帰ってきていません」

 やっぱりか。別れたと聞いていたが、本当だったか。

「そうか、今までは一人で暮らしていたの?」

「こっちに帰ってきたのは二年位前です。その前は田舎のお婆ちゃんの所で暮らしていました」

 そうだったのか。あの事件の後、しばらくメディアが探していたが田舎に帰っていたのか。

「お婆ちゃんの連絡先は分かるかい?」

「・・・・お婆ちゃんに連絡するんですか?」

 目の前の少女は急に顔を上げ不安そうに聞いてきた

「そうなるね。・・・・・教えてもらっても良いかな?」

「・・・ごめんなさい。刑事さん、私何でもしますから!お婆ちゃんにだけはこの事を言わないで!」

 何でもっていったてねぇ?俺も警察官だからなぁ。

「うーん、でもこれはルールだからね。俺が「いいよ」って言ってあげられないんだよ」

「・・・私、学校に行ってなくて、頭悪くて、でもお婆ちゃんは優・・・しくしてくれてっ!お婆ちゃんに迷惑を掛けたくないんです‼」

 わー、泣いちゃったよ。困ったなぁ?俺は頭をぼりぼり掻きながら「うーーん、そう言われても・・・・・はぁ」

 俺が困っていると

「ほらっ、刑事さん。私頭は悪いけど、体は、良い体をしているって皆に言われるんだ。ねぇほら。触っても良いから」

 彼女は必死に自分の体をアピールしてきた。

「ねぇ、どう?脱いだほうが良い?ねえ。私、小さいときから先生とか、近所のお兄ちゃんとか、田舎のお爺ちゃんとか・・・ねぇ、だからお婆ちゃんには言わないで‼(涙)」彼女はスカートのジッパーを下ろしながら必死に俺にお願いしてくる。

 んん??今なんて?(お兄ちゃんとの事は知っているけど、先生とかお爺ちゃん⁉)

「いや、そんな事はしなくていいんだよ。分かったから、とりあえずこの事はお婆さんには言わないようにするから」と俺はジッパーを下ろしている彼女の手を押さえた。

 ぱさっ。彼女の支えの無くなったスカートが地面に落ちる。おっふ♡

 彼女はその場に立ったまま泣きじゃくっていた。

(⁉別に俺のせいじゃないよね?パンツ見たから泣いたんじゃないよね⁉違うよね‼)俺は内心あせって、何か良いいい訳が無いか探していた。(うん、ないな‼)

 そんな俺の困った顔を知ってか知らずか、彼女の涙は止まらない。

 俺は早く婦警さんが来てくれないかな、と思いながら彼女の手を放せないでいた。

「しかし可愛そうになぁ、こりゃぁよっぽどだなぁ」(小さい頃から周りの人に体目当てでおもちゃにされていたのかぁ。そりゃ、ねじれて育つよなぁ。今話に上がった先生でも、ちょっくら調べてみるか。もしかしたら余罪がたっぷりとあるかも知れねえなぁ)


 後日、彼女はリハビリセンターに送られたらしい。

 俺は彼女の古いデータを漁り、その当時の小学校と担任の先生を調べ出した。


 俺は今、調べた情報を元に石神さんの当時担任をしていた先生のアパートを訪ねていた。

「おおぉー、こりゃ凄い凄い」

 もう出るわ出るわ。この先生、いったい何人の生徒に手を出しているのやら。

(部屋の押入れを漁っていた俺は、押入れの奥に押し込まれていたCDボックスの中から大量のCDとメモリーカードを見つけていた。)

 その先生は調べると何度か学校を変わっていて、その殆どが児童への性的悪戯によるものだった。

「なぁ、あんた。なにしてんの?こんなに写真やら動画やら撮って」

 はぁ、もうホントに!こんな子供を食い物にする大人って・・・。それなのに、未だに先生を続けさせている学校って・・・世の中腐ってやがる‼

 俺の目の前には、部下に手錠を掛けられてうな垂れて椅子に座っている俺と年齢はあまり変わらないであろう中年の男性が居た。

「なぁ先生、由香利って子覚えてるかい?」

 俺の質問に、目の前のうな垂れている男は科『ビクッ』っと一度顔を上げるともう一度俯いて「ああ、良く覚えている。あの子は、あの子は駄目だ。あの子のせいで俺は・・・・」

「いやいやいや、子供のせいにしちゃあいかんだろ!たとえ、どんなに可愛くても教師として導く立場の人がこんな事して・・・っと、あったあった、これだな」俺はCDボックスの中から、『由香利』と書かれたメモリーカードを見つけた。

「ちょっと見てみるか」

 俺は部下たちに証拠品の押収と先生の連行を頼み、『由香利』と書かれたメモリーカードをこっそりとポケットに入れその場を後にした。


「あっ、先生」

 俺の前で由香利は先生に服を脱がされていた。

「さあ、手をどけてごらん?怪我していないか見るだけだから」そう言うと先生は胸を隠していた由香利に手をどける様に要求してきた。

「大丈夫だから、今は先生と二人っきり。誰も居ないし何も恥かしがらなくも良いから」と先生は由香利の耳元に優しく囁いている。「だからねっ」と先生は由香利の手を取るとゆっくり下ろしていく。

「うん、綺麗な胸だね。男の子たちにはどんな事をされたのかな?・・・たとえばこんな風に優しく触られたり?」先生は由香利の胸をしたからそっと揉みあげた。

「んんっ♡」

「それとも若いからもっと激しく!」今度は由香利の胸が変形するほど強く握った

「痛い!」由香利が大きな声を上げた。

「ごめん、痛かったよね。ごめんね由香利ちゃん。先生にどんな事をされたか教えてくれないかなぁ?」先生はまた優しく胸を撫でまわし始めた。

「・・・・うん・・・洋服を脱がされた後オッパイを舐められて、その後は・・・パンツを脱がされました!」

「へぇ、こんな事をされたの?その後は?」と先生は由香利の胸の先っぽを啄ばみながら先生の手が由香利の背中からお尻まで下りていく。

「チュッ、チュッ・・・・ねえ大丈夫?痛くない?」

「あっ・・・いたく・ないです・・・はぁー・・・」と由香利が甘い吐息を吐きながら、く~ねく~ね♡とお尻を振っている。

「こっちも触られたんだよね?」目の前の先生は自重することなく、由香利の

 お尻を優しく撫でながら「こっちも確認させてね・・・はぁはぁ。」と息を荒げながらスカートの中に手を差し込んでいく。

「はぁーー、はぁーーはぁーーー・・・・・っあぁ♡」由香利も息が荒くなってきた。


「ゴクッ」

 いつの間にかその光景に見入ってしまっていた俺は、自分の喉を鳴らす音にビックリしていた。

「いかんいかんっ!これはセクハラの証拠だ!先生の児童虐待の映像だ‼」と頭を振るって自分に言い聞かせた。しかし、どう見ても途中から由香利の方から先生を誘っているような雰囲気にしか見えなくなってしまっていた。

 再生されている映像の中では、まだ先生と由香利の行為は続き「こっちも触られたんだよね?」と先生はショーツに手をかけてゆっくりと脱がしていく。由香利は『コクッ』と頷き先生がショーツを脱がしやすいように少しお尻を持ち上げていた。先生はゆっくりとショーツを下ろすと、由香利が片足づつ足を上げてショーツから足を抜いていく。いつしか裸にされてしまった由香利は恍惚とした表情で先生の頭に両腕を回して優しく自分の胸に先生の顔を押し付けていた。

 それからは、裸にされた由香利ちゃんが先生に言われるまま先生のシャツを、パンツを脱がしていき、そして二人抱き合って・・・・・。

 そのあと行為を終えた二人は、洋服を着終えた由香利ちゃんが「バイバイ」と教室を出て行ったところで映像は終わっていた。


「ふぅーーーーーーーー」

 俺は体中の空気を全部吐き出すように長い息を吐くと、ベランダの手すりに身を預けた。

「ふぅーーー」

 もう一度長く息を吐き出すと、おもむろにタバコをくわえた。

『シュボ』俺は思わずくわえたタバコに火をつける。

「おっと、禁煙しようと思ってたのに・・・」(でも、今の映像は・・・)先程の映像を思い出して、タバコを吸わずには入られなかった。まだ俺の心臓は周りに音が聞こえるのではないかと思えるほどバクバク暴れている。俺は立て続けに二本タバコを吸うと、やっと心臓が落ち着いてきた。

「何だったんだ?久々に興奮しちまった⁉今までも何件かこんな事件を扱ってきたが、今回はなんて言うか・・・エロい⁉」

 俺は頭では「これはいかん!」と思いながら体の方が興奮していた事に驚いていた。最近は年のせいか、めっきり性欲も失せたと思っていたんだがなぁ。ぽりぽり。(俺の下半身は現役さながらの硬さを持って、まだいけるぞ‼っとズボンの中でしっかりと自己主張していた)

「でも、先生のやった事は悪い事だとしても、その気持ちは・・・少し分からんでもないかな」先程の映像で、俺は先生が完全に悪いとは思いつつも少し気の毒に感じてしまっている自分もいた。

「あーーーー、クッソ‼」(あれは由香利の処世術だ。両親にも見捨てられた彼女はそうする事で一人で生きてきたんだ。彼女のせいじゃない!取り巻く環境が全て悪かったんだ)俺はどうしてやることも出来なかった由香利の過去を思うと憂鬱になり、またタバコを取り出して火をつけた。

「はぁーー、どうしたもんかねぇ?」と独り言つ、リハビリセンターで頑張っているであろう由香利を思い、今後の由香利の人生が幸せになればいいなと祈りながら空を見上げた。

「・・・・・・ひとりぼっちー おそれずーにー いーきようとー ゆめーみてーたー」その時どこからか懐かしい歌が聞こえてきた。

「あーー、なんだったかなぁ、この曲・・・」俺は聞こえてくる歌に耳を傾けながらもう一度深くタバコの煙を吸い込んだ。しばらく禁煙は出来そうに無いな。俺が吐き出したタバコの白い煙はベランダから青空へ大きく広がって消えていった。

「さみしーさーおしこめーてー 強い自分をまもっていこー・・・・・」



 8章(バージョンアップ)


《僕》はこの研究所と外の世界の事を知ってから、今日もまた【ユグラドシル】をプレイしていた

「なー、今日は【ユグラドシル】のバージョンアップするって言ってたな?」

「そーだねー、十五時からって言ってたからもーすぐだねー」

 そうなのだ、今日は【ユグラドシル】のバージョンアップの日なのだ。先生は今日のバージョンアップで、この研究の最終段階になるといっていた。

「それじゃあ一度ログアウトして、零の部屋に集合な!」

「はーい、私はちょっと遅れていくね」

 嵐君と桜さんは同時にログアウトしたみたいだ。


「よっ、さっきぶり」

 部屋に入ってきた嵐君を《僕》は由香利で出迎えた。

「あれ?桜さんは一緒じゃないの?」いつも一緒のイメージがあったので嵐君に聞いてみた。

「あぁ・・・今日はあいつの日みたいだからな。多分二時間位したら来るんじゃね?」

 そういえば、さっき「ちょっと遅れて行く」って言ってたような。

「そっか、今日は桜さんの日なんだね・・・・」

「「・・・・・」」

《僕》と嵐君は少し気まずそうに窓の外を見ていた。


「そう言えば、今日のバージョンアップってなにをするか聞いてる?」

《僕》は嵐君に内容を知っているか聞いてみた。

「あぁ。今回のバージョンアップで、表向きは今まで集まったデータを元に『ユグラドシル』の中に匂いや味を再現するんだって」

「へぇーーーーーーー。それじゃあ、裏は?」

「・・・これは内緒なんだけどな、とうとう由香利に他人の人格をインストールできるか試すらしいぞ」

「へぇーーーーーー・・・・・なんで?《僕》も今動かしているよね?」

「えっ?そりゃあーーーーーー、何でだろ?」

 やっぱり先生に聞かなきゃ分からないか。その後、考えても答えが出ないので、桜さんが来るまで由香利のファッションショーで時間をつぶした。(あれから衣装を入れたトランクが更に二ケース増えていた。・・・先生、もしかして自分の子供が出来た時にさせたい事を《僕》にさせてるのかな?・・・先生が持ってくる服のサイズがぴったりなのが気になるけど・・・まさか自分で由香利を操作して一人ファッションショーしてたりしないよね⁉ただ洋服を集めるのが趣味なだけだよね⁉)


「おまたせー」

 桜さんは、ほんのりと白い肌を上気させやってきた。

「・・・よっ、おつかれー」

「ごめんねー、今日はちょっと時間が掛かっちゃったー」

 そう言いつつ桜さんが《僕》の隣を抜けていく。その際、ふわぁーっと石鹸のいい匂いが《僕》の鼻をくすぐった。

 お風呂上りかぁ・・・・・・⁉。

「にっぃぃぃ、匂いがあるぅぅぅ⁉」

「おっ、おい⁉どうしたんだいきなり⁉」

「あぁぁぁ、嵐くぅぅん。匂いがあるんだよぉぉぉ‼」

「はぁ?そりゃあるだろ?匂いくらい」

 だめだ、全然伝わってない!

「桜さん、今 桜さんからシャンプーのいい匂いが!いい匂いがするんだよぉぉぉぉ‼」

《僕》は桜さんの腕をつかみ必死に訴えた。

「もー、零くんのエッチ♡」

 だ・か・ら・違うって!どう言ったら伝わるんだろう⁉

 ガラガラガラ

 そこに先生がやってきた

「せんせーーー、桜さんからいい匂いがするんですよぉぉぉぉ‼」

「えっ、えっ⁉なっ、何⁉いきなり」

《僕》は先生の白衣にしがみついて、「だーかーらー、良い匂いがぁぁぁぁ」

「あっ、あぁそういう事ね。一瞬 零次君がおかしくなっちゃったかと思ったよ」

「わがっでぐれまずが⁉ごのぎもぢぃぃぃ(涙)」

 やっと分かってくれた!こんなに嬉しい事はない‼思わず先生の腰に抱きついた!

「まっ、まあ分かるから、離れて離れて!痛いから!由香利って結構・・出力が・・・ぁぁ、たすけて(涙)」


「はぁはぁはぁ、まったく零次くんは!由香利はロボットって言っただろ?力が強いんだよ力が‼危なく腰の骨が折れるところだったよ!ホントに‼」

「・・・スミマセン」《僕》は先生の前でシュンとうな垂れている。

「先生、もう良いんじゃないですか?」桜さんが助けに入ってくれた。

「いいや駄目だ。今日はきっちりと言っておかないと‼ええ!ホントに分かってるの?今回のこれ、他の人だったら事件だよ!事件‼ホントに分かってる⁉」

「・・・・・・」

「なに黙ってるんだよ!こっちは殺されそうになったんだよ。ぐちぐちぐちぐち・・・・・・・・」

「・・・・・     プッチーン」

「何か言いたい事は?もう終わり?それでゆるしてもらえ る とぉぉっぉぉぉぉぉ!」と不意に先生の声が絶叫に変わった。

「えー?どうしたんですかぁ?先生ぃぃぃぃ。話してる途中でぇぇぇ。『ぐりっ』」

「ふぁぉぉぉぉ」

《僕》と先生のやり取りを見ていた嵐くんと桜さんは目が点になっている。

「えぇぇ?なにぃぃぃ?どうしたんですかぁぁぁー?あーー、もしかして気持ち良いんですかぁぁぁ?それじゃ、もっとしてあげますよぉぉぉぉぉ『ぐりぐりぐりぐにゅぐりぐにゅぎりぐにゅ』」

「あっあっあっあっあっあーーーー・・・・・あっふーーーーん♡」

「ふっ、またつまらぬ物を握りつぶしてしまった」

《僕》は格好をつけて由香利の手を一度振り払うとベッドのシーツでしっかりと拭き取った。クンクン、匂いは付いてないね。

 目の前の床では先生が股間を抑えて身悶えている。

 その先生を見下ろしながら嵐君と桜さんが「このドMやろーが」とか「きゃー、えっちーーー(笑)」とか言いたい放題である。しょうがないよね・・・・・。

「って、ちっがーう‼ねえ《僕》が匂いを感じた事に驚いてよ‼今まで由香利マークⅡで匂いを感じる事なんて出来なかったんだよ⁉【ユグラドシル】みたいに匂いの無い世界だったんだよ⁉この感動をあなたに‼」この《僕》の気持ちをどうしても二人に伝えたかった。

「「なるほど・・・」」《僕》のこのテンションの上がり具合に目の前の二人は、ちょっと引き気味になっていた。

「《僕》は今、モーレツに感動しているぅぅぅ‼」


「ふぅー、きもちい・・・・・はぁ、酷い目にあった‼零次くん!なんて事してくれてんの(怒)」

《僕》がも感動している所で先生が復活してきた!って死んでないんだけどね。ちょっとイッちゃってただけで(笑)

「でも気持ちよかったでしょ?」

「凄かった♡・・・じゃないよまったく」

 先生はパンツの中のすわりが悪いのか、ちょっと腰を引き気味に近づいてきた。

「先生、匂いますよ(笑)着替えてきたら?」

「・・・・・・」

《僕》がからかうと先生は何も言わず、下を向いて部屋を出て行った。

《僕》たちは先生が戻ってくるのを待ち続けたが、その日、先生が戻ってくる事は無かった。


 翌日は、凄く天気が良い日だった。

 先生はまるで昨日の事が無かったかのように、朝から《僕》の部屋に来ると窓際に座って静かに外の景色を眺めていた。(時折まぶしそうに目を細めている)

 今日はなぜか朝から部屋に漂う空気が違う気がする。

 いつも軽口を叩く先生が今日は、朝部屋に来てから一言も話していない。

 いったい何だというのだ?

 いつもと違うことといったら、先生が白衣ではなくスーツを着ているという事位だろうか?

 では、なぜ白衣ではなくスーツなのか?

《僕》はいつものように、すっごーーーく嫌な予感がするのであえて自分から話を切り出す事はせず、ゆっくりと由香利を動かして遊んでいた。

 部屋の中では、二人だけの静寂な時が過ぎていく。

「ひゅーぅ」この静かな空間に、先生が開けた窓からさわやかな風が流れ込んでくる。

「ぷっ(笑)」《僕》は思わず吹き出してしまった。格好をつけて窓から外を眺めている先生の顔にカーテンが絡み付いていた。

「くっ」先生は煩わしそうにカーテンから抜け出すとこちらを睨みつけてきた。が、文句を言うことなく一度腕時計に視線を落とすとまた外の景色に戻った。(先生は何かを待っている?)

 さすがに《僕》はこの無言の時間にちょっと飽きてきたので、由香利をそっと先生の背後に移動させた。

 コンコン「お邪魔するよ」

 その時、女性の人が手に何かを持って部屋に入ってきた。

 何度か見たことがある女性だ。(たしか球代さん?だったっけ)

 いつも先生に何かあった時(先生が動けなくなった時(笑))に来る女性だった。

「零一君、頼まれていた物もって来たよ。って、タイミング悪かった(笑)」

 ?頼まれていた物?何を持ってきたんだろう?

「そうですか、零次くんお待たせを・・・って何をしようとしてるんだ!」

 先生が《僕》の方を振り向くと、慌ててお尻を両手でガードした。

 先生が振り向いた先には、由香利がしゃがんだ状態で両手を組み合わせ人差し指と中指をピンッと伸ばしていた。発射寸前だった。

「球代さん、ナイスなタイミングだったよ!危うく後ろの貞操も無くすところだった‼」

 先生は今やってきた女性にお礼を言った。

 女性の人は、「ははっ、よかったら私が奪ってやろうか(笑)」と冗談っぽく返すと「ここに置いておくよ」と持ってきた荷物をベッドの上に置いた。そして《僕》に一つウィンクを残すと部屋を出て行った。

「さて、荷物も届いた事だしさっそく準備をしてもらおうかな」先生はそう言うと荷物を紐解き始めた

「ジャジャーン!セーラー服―‼」

 先生は取り出したセーラー服を《僕》に見せるように突きつけてきた。・・・やっぱり洋服フェチ⁉

「・・・ヘンタイ」

「えぇぇ⁉何言ってるの‼どこからヘンタイが出てきたのさ。ささっ、冗談言ってないで早く着替えちゃって。着替えたら出かけるよ」

「えーーっと・・・?」

「んふぅ(笑)。今日から君も嵐君達の学校に通ってもらいます‼」ニヤッ。っと意地悪そうに唇の端を吊り上げて先生は「ドッキリ成功かな(笑)」と《僕》の反応を窺っている。

「あぁ、そういうことですね。それじゃあ、ちゃっちゃと着替えますね」

「えっ、ええーーーーー⁉驚かないの?ねえビックリしたでしょ⁉}

「ええ、確かにビックリはしましたが、あれだけ何かしますよって空気だしといて、そりゃ警戒しますよ。そこに桜さんと同じセーラー服に先生のスーツ姿でしょ。学校かなぁ?位は想像できます。・・・・えっ⁉もしかしてこれで《僕》が驚くと思ったんですかぁ⁉まさかですよね(笑)」ニヤニヤッ。

「・・・・・・っくぅ。ぅぅっ(涙)」

 まさか先生が泣くとは。そんなに自信があったのか⁉《僕》は先生がこのドッキリにそこまで自信を持っていた事にこそビックリした。

 まぁ、とりあえず先生がいじけている間にセーラー服に着替えをすませた。

「先生、もう準備終わりましたけど」

「・・・・・」

 先生は《僕》の方を見ようともせず、窓際に行くとカーテンに包まってしまった。(んーー、からかい過ぎたかな?どうしたもんか)

「うーん」と《僕》が由香利の腕を組んで考えていると、「まだ出発しないの⁉末永君が待っているんだよ‼」と先程部屋から出て行った球代さんが少し怒った口調で入り口の前に立っていた。

「‼はっはいぃぃぃ!すぐ行きます」

 つい今しがた塞ぎ込んでいた先生は、急に弾かれたようにカーテンから飛び出してきた。(何で怯えているんだろう?)

 それから、《僕》たちは末永さんと言う人が運転する車に乗って学校まで連れて行ってもらった。(正直言って、無茶苦茶遠かった!だって、車で二時間近くだよ!初めての学校に少しだけ胸を躍らせていたが、もう心が折れそうだ)


「初めまして、大島 由香利と言います。よろしくお願いします」ニコッ♡

 教壇の前で《僕》は最大限の愛嬌でもって挨拶をした。

「ぱちぱちぱちぱち」

 嵐くんと桜さんが手を振ってくれているのが見えた。良かった、一緒のクラスで。

「はいっ、ではそこの一番後ろの席に座って」

 学校の先生は空いている席を指差すと「さて、授業を始めようか」とさくっと今日の予定を進行していった。

 あ、あれぇ?

《僕》のイメージではもっと『わーーー』ってなる予定だったんだけど・・・?由香利の愛嬌が通じない⁉何てことだ‼《僕》はガクッっと肩をおとして言われた席に向かうと、嵐くんは《僕》の気持ちが分かるよと言いたげに苦笑いしていた。

 そして、お昼休み。《僕》と嵐くんとは二人で屋上に居た。

「初の学校はどーだったよ?」

「嵐くんたちが言ってた事ってこの事だったんだね」

《僕》は午前中授業を受けてみて思った事は、教科の先生は黙々とデータを生徒のタブレットに送っていて、また生徒たちもタブレットに飛んできたデータを只ひたすら記録する事を繰り返していた。

「そーなんだよ。つまんねーだろ?もっと、こう!走り回ったり授業中悪戯してしかられたりってのが、まったくねーんだよ。ためしに先生に消しゴム投げてみなよ。なーんも言われずに内申点がぼっこし下がってるからよ」

「たしかに分かる気がする。他人に干渉したくないような雰囲気でてるもんね。先生もただただ送ったデータを説明しているだけだったしね」

 そんな話をしていると、屋上の階段を上がって待ち人がやってきた。

「お待たせー」

 桜さんは両手に大きな荷物を抱えてやってきた

「もー、重かったー」

「おー桜、おつかれー」

 嵐くんはさっそく桜さんから荷物を受け取ると、地面に荷物を広げていた。

「おー、うっまそー」

「ほんとだ!おいしそー。これ、桜さんが作ったの?」

「そーだよー。昨日 零一先生から、『明日、零次くんを学校に連れて行くから』って連絡があったから今日は早起きして頑張っちゃった♡」

 あぁ、桜さん。なんていい子。

「おっ、うんめー」

 嵐くんはさっそく広げたお弁当に手を伸ばしている。

「さぁ、零次くんも食べてよ」

「えっ、でも食べたら出るんじゃ?」《僕》は人生初のお漏らしを思い出していた。

「大丈夫!昨日のバージョンアップで由香利ちゃんも進化したんだって。食べてもすぐに出るんじゃなくて、しばらくはお腹の中にためとく事が出来るようになったんだって」

「へーー、食べても大丈夫なんだね。それじゃあ・・・頂きます」もぐもぐ、もぐもぐ⁉「おいしい‼凄くおいしいよ桜さん」

「おいしい?良かった♡早起きしたかいがあったね。嵐はどーお?」

「おう、普通にうめーよ。でもすげーな。嗅覚だけじゃなくて、味覚も追加になったんだろ?どんな風に味を感じてるのか気になるが、これで一緒に帰り食いが出来るじゃん」

 うわー、帰り食いかぁ。楽しそー。

「でもこの味ってどうやって・・・?」

「あっ、それは私たちのお陰かな?【ユグラドシル】にいっぱい食べ物屋さんがあるじゃない?そこの食べ物を買った人たちがそれを食べた時、現実の味を思い出して食べるんだよ。そうするとそのデータが集まってくるから、それを総合して味を決めてるって訳。こんな味だろうねって。そして、アップロードする事でその味を体験させてるんだよ。凄いよね技術って。それを作った【始】さんたちって」

「へーーー」

《僕》は感心することしか出来なかった。

「おいっ、おいしいのは分かるけどどんだけ食べるんだ?」

「えっ?」

「あっホントだ⁉後から零一先生も来るから多めに作っていたんだけど・・・」

 丁度そのタイミングで屋上の扉が勢い良く開いた。

「おまたせー、零次くん初めての学校はどうだい?」

 先生は《僕》たちの所までやってくると、おや?っと地面に広げているお弁当箱に視線を落とした。

「今日は皆で食べようって誘ってみたんだけど・・・桜君、僕の分って別にとってあるんだよね?」

「えーーっと・・・・・私の分も食べられたみたいです(汗)」

「あーー、それな。零が全部食っちまったよ!」

「はぁーーー?何で全部食べちゃうの?必要ないでしょ?食事とか」

「だって、おいしかったから・・・つい・・・だって、このから揚げとか噛んだら脂がじゅわーって、口の中に広がるんですよ‼凄くないですか⁉」

「まあ桜くんの料理がおいしいのは知っているけど、この量を食べたんだよね?・・・早くトイレに行く事をお勧めするよ。まったく」

「えっ?なんでトイレに?」

「人はね、食べたら出る。それが普通・・・ってもう遅そうだね」

「それはどういうこ・・・と・・・・なんじゃこりゃ⁉」由香利のお腹がボコンボコンと波打っていた。

「嵐くん、悪いけど塵取りと箒持ってきてくれるかい?それと桜君は由香利に体操服を貸してやってくれないかい?」

 二人は先生が何を言いたいか分かった様子で、すばやく行動を開始した。

 その間も由香利のお腹がボッコンボッコン凄い事になっている

「あー、零次くん。もう間に合わないみたいだから、とりあえず洋服を脱ごうか」

「えっ、なになに?何が起きるんですか⁉凄く怖いんですけど・・・えっ⁉」

「いいから早く脱いだほうが良いよ。これは決して意地悪で言っているわけじゃないから」

《僕》は混乱しながらも先生に言われたとおりスカートに手を掛けて、そのまま凍りついた。いつの間にか由香利のお腹の動きが止まっていた。MAXに膨れ上がった状態で。

「あーあ、言わんこっちゃ無い。残念」

 先生はそう言うと両耳を塞いで後ろを向いた。

『ぐりゅるるるるるる、ぶっふーーー』

 突然鳴り響いた不快な音と共に大量の吐しゃ物が由香利のパンツを押しのけるようにして我先にと飛び出してきた‼

「・・・・・・うう(涙)」

 そこに息を切らした二人が手に獲物を抱えてやって来た。

「「遅かったかあー」」

 二人は天を仰ぎ見ると同時に叫んでいた。

《僕》はもうどうすることも出来ずに、桜さんがパンツを脱がして処理してくれるまで、ただただ俯いて泣き続けた(今は涙が出る機能をつけてもらいたい)

「あーあ、もったいない。私は食堂に行こうかな」先生はドアのノブに手をかけて、「そこは片付けといてね。折角だから食べたら?由香利に消化器官とか無いから、見た目はあれだけど味は変わらないはずだよ(笑)」と笑いなが屋上を後にした。

「「「誰が食うかーーーー‼」」」

 綺麗にはもった声が空しく青空に吸い込まれていった。



 9章(終わりの始まり)


「今日も良い天気だなあ」

《僕》は一人で研究所の周りを歩いていた。今日は研究所の日だ。

 学校には週に四日だけ顔を出し、その日は嵐くんや桜さんと一緒の部屋に泊まって外の世界のことを教えてもらっている。(扉の隙間からたまーに男女の情事も見せてもらっていたりするけど♡・・・これも社会勉強の一環だもん。決してデバガメじゃないよ。覗き?ダメ、絶対‼)


「あれ?零次くん?今日はどうしたの?」

「こんにちは、球代さんこそこんな所で何してるんですか?」(《僕》は由香利マークⅡになってから、研究所の人たちと挨拶を交わすようになっていた。球代さんもその一人だ。そんな球代さんは鶏舎の掃除をしているようだった)

「うーん、たまには綺麗にしてやらないと。おいしい卵産んでもらわなくちゃいけないしね。それに今週は私が当番なんだよ」

「へー、皆で交代でしているんだー。誰か雇えば良いのに?」

「はー、よいしょっと。」「それは無理でしょ。そしたらここの施設がばれちゃうよ。ここの施設って水道から電気から全部自前でまかなえるようになっているから。知ってた?」

「そんなに隠さなきゃいけない研究なんですか」

「ええっと・・・細かい事は零一くんに聞いた方が良いかもね・・・・・それに昔はもう一人居たんだよね。家畜の世話が上手な子が・・・・」

 球代さんはそう言うともう一度鶏舎の中に入っていった。

《僕》はその後一人でジャングル風呂に入ると、風呂上りに牛乳を飲んだ

「今日も元気だ牛乳がうまい‼」

 後でトイレに行くのは決して忘れない!《僕》は学ぶ男だ!二度と漏らさない‼


「おはよう、零次くん。昨日は球代さんと話したんだって?」

 今日は珍しく朝から先生が部屋にやって来ていた。

 先生は《僕》の部屋の窓を開けながら、昨日球代さんとどんな話をしたんだい?と《僕》に聞いてきた。

「おはようございます。球代さんが鶏舎の掃除をしいるのを見たので、専門の人を雇ったらどうですかって」

「そうか、今週は球代さんの当番だったね。それで球代さんはなんて言ってた?」

「ここの施設がばれちゃうって。・・・先生、ここの施設っていけない事を研究しているんですか?」

《僕》は先生の様子を窺った。

 すると先生は突然笑い出して、「はははっ、そうだね。確かに悪い研究をしているかも知れないね。悪い研究・・・か。・・・ぷっ、確かにね。ははっ」

「??」何かいつもと違う?

《僕》(由香利)が腕を組んで頭を傾げていると、「零次くん。たとえば『神の目』って良い研究だったと思うかい?んっ?」っと逆に質問を投げかけてきた。

「んーーー。『神の目』は、結果だけを見れば良い研究だったとは《僕》は思えません」

《僕》の答えに先生はすーっと目を細めて、「本当にそう思うかい?君が今生きているのも『神の目』の研究があったからこそなんだよ。それでも、その研究を否定するのかい?」

『‼』

「今、君は『神の目』は良くないって言ったよね。でも、過去多くの人が『神の目』を必要としたんだよ。・・・確かに今の世界しか知らない君はそう思うかもしれない。・・・だけどね、それは君が『神の目』の外に居るからそう思う事が出来るだけなんだよ。・・・『神の目』の影響下にある人は、そもそも今の世界を不満と思う人は極少数だ。それを否定するって事は世界を否定しているって事だとは思はないかい?」

「・・・・・そう言われたら何も言い返せません」

《僕》は俯いてしまった。

「はははっ、零次くん 良いんだよそれで。答えなんて何処にもないんだ。だって、人の価値観なんて十人十色!良いって思う人も勿論いるし、悪いって思う人も勿論居るよ。・・・ちなみに、ここで研究している僕たちは零次くんと同じ悪いって思っている人たちなんだからね(笑)」

「でも、『神の目』ってここの人たちが作ったんでしょ?」

《僕》が聞くと、先生は楽しそうに両手を大きく広げて説明してくれた??(今日の先生の白衣には、胸元に07って数字が刺繍してあった。オシャレかな?)

「そうだよ。僕たちで作ったんだ。最初は本当に世界中の人たちの為に作ったんだ。・・・実際、世界は平和になったし死者数は激減したのは知っているよね?・・・でも、それすらも悪用する人がいたら?・・・『神の目委員会』の人たちは『神の目』の影響を受けていないんだよ。自分達だけ・・・世界をコントロールする為にね。ここまでは嵐くんや桜くんも知っていることだよ」「んっ?何でって顔をしているね(笑)」

 あれっ、由香利の顔に出ていた?

「実は・・・・・・・・君が由香利でお風呂に行っている間に君の本体を改造していたんだよ。ははははっ(笑)」

「えっ‼」

「ちょっとこっちに来て見たら良いよ」と先生は《僕》の本体の横に立って手招きをしている。

《僕》は由香利を自分のボデーの横に動かすと、先生が指を指している本体の頭の上を覗き込んだ。

『⁉⁉⁉。何なんですかこれは‼(怒)』

《僕》が覗き込んだその先には、モニター上にアニメキャラ(警官が銃を撃ちながら右に左に走り回っている)が怒った表情で暴れていた。

「これ、良いだろ。君の感情が数字だけじゃなくてアニメーションになって確認できるようにしたんだよ。・・・どうだい、僕の自信作だ!良い出来だろ?」

 先生は「ふんっ、どうだい?」と自信満々に胸を張っている!

「はぁーーーーーーー、何てことに時間とお金を使ってるんだよこの人は・・・・。」《僕》は呆れて愚痴しか出ない。さっきまでの話はなんだったんだろう?

 もう一度チラッと自分の頭の上を覗いて見ると、今度はショートカットの女性が百トンと書かれたハンマーを振り上げた状態で、その頭の上をカラスが「・・・・・」と飛んでいた。何の漫画だろう?


「さて、ちょっと空気も変わった事だし・・・さっきの続きでも話そうか?」

「はぁ、お願いします」

《僕》はどっと疲れが出ていた。(先生ってお父さんのクローンなんだよね。お父さんもこんな性格なんだろうか?あんまり会いたくなくなってきたな)

「零次くん、疲れた顔してるよ、大丈夫かい?」

 また先生はモニターを覗き込みながら言ってきたが、もう突っ込む事も疲れたので聞き流した。

「・・・とうとう突っ込んですらくれなくなったね。シクシク(悲)」

「そんなのいいから、続きお願いします」

「・・・ふぅ。それじゃ、ここから先は嵐くんたちも知らない話だからね。・・・嵐くんたちは、【ユグラドシル】の影響を今の世界に反映させて世界を変えるって思っているみたいだけど、実は・・・・【ユグラドシル】自体が新しい世界なんだよ」

「えーっと、どういう事?」

「つまりね、今の世界じゃ『神の目』を止める事が出来ないんだよ。・・・開発者の僕たちでさえね。・・・そこで新しい世界を作ってそこに人を呼び込むことにしたんだ。それが【ユグラドシル】なんだよ」

「んっ?でもゲームですよね?」

「うん、でも君も体験しているだろ?触ったり走ったり出来て、この前のバージョンアップで匂いや味も感じることが出来るようになった。・・・現実と何が違うんだい?」

 そう言われれば・・・「モンスターが出てきてレベルがあるって事くらいですか?」

「まぁ、そうだね。・・・でも、モンスターに襲われてもゲームオーバーにならないし、死んでも復活できるだろ?・・・ちょっとしたアトラクションのような物だね。・・・そのうち、遊園地や動物園なんて作っても面白そうだ」

 先生の言っている事は分かる。分かるが・・・・・分かりたくない!

「うん、面白いね。君の感情が揺れ動いているのが丸分かりだよ」

 なんだか今日の先生はいつもと少し違う気がする。何処が違うか聞かれても答えられないが、いつもの先生より少し・・・恐い。

「つまり何が言いたいかと言うと、僕は今の世界に不満があるわけだ。・・・、その世界を壊す為に『神の目』を作ったのに、結局『神の目委員会』が管理している。まぁ、半分ほど僕の計画通りなんだけどね。・・・だけど、こんな中途半端な世界は認めたくない。・・・だから僕は次の実験を始めたんだ。・・・僕の理想の世界を作ろうとね」

 ⁉やっぱりいつもの先生と違う?いつも先生は自分の事を『私』って言うのに、今日は『僕』って言ってる⁉いったい先生に何が起こったんだ⁉

「ピーピーピーピー」突然の頭の上から警報が鳴り出した。まずい‼

「おや、零次くん。アラームが鳴っているよ?何を興奮しているんだい?・・・・・そうか、いったい君は何を恐がっているんだい?」

 先生の顔がゆっくり由香利に近づいてくる。《僕》はギュッと目を瞑った。

『・・・ぽんぽん』

 先生の手が由香利の頭を優しく撫でた

『⁉⁉』

「そんなに恐がらなくても良いよ。・・・でも良く分かったね?僕が零一じゃないって事に(笑)」

 先生?はそう言うと《僕》と少し距離をあけて、窓際の椅子に足を組んで腰掛けた。

「結構自信があったんだけどな?似ているだろ?零一と」と《僕》の方を見ている。

《僕》は震える声で「先生?は誰なんですか?」と聞いた。

「・・・そうだね。自己紹介をしようかな。・・・初めまして零次くん、僕が【始】だよ」

『ッ⁉⁉⁉』

「あははっ、そんなに驚かなくても良いじゃないか」

「・・・・・・・」

「あっ、あれ?あれれ??・・・ねえ大丈夫?」

「・・・・・・・」

「どうしよう?・・・なんか間違えたかな?もしかしてショートしちゃった?」

「・・・・・・ゅ・・・っはぁはぁはぁ・・・なんですってぇえええ⁉」

《僕》はこんな形で衝撃的な出会いを果たすとは夢にも思っていなかった。


「あはははは、良かった。壊れたんじゃなくて(笑)」

【始】さんは窓際で愉快そうに笑っている。

「【始】さん・・・お父さんは何で、今日は先生と入れ替わってここに来たの?」

「んっ?今行っている実験が取りあえず終わったからかな。それに、君の僕に会いたがっていたんだろ?」

 そう言ってお父さんは《僕》に向かってやさしく微笑んでいだ。


「さて、今日は折角だから僕たちの研究所を案内しようか。色々聞きたい事もあるだろうから、案内しながら質問に答えるよ」

 お父さんは窓際の椅子から立ち上がると由香利の手を取って部屋の外に連れ出した。

「さて、ここから先はこの研究所の職員しか入れない場所なんだよ。勿論、嵐くんや桜さんだって着たことが無い場所だね」

 お父さんに手を引かれて《僕》たちは中央エレベーターに乗りこむと、エレベーターの階数ボタンの横にあるスリットに職員IDのカードを通した。すると、階数ボタンの下にあるパネルが開きB2、B3のボタンが出てきた(《僕》が知っている限り、この建物は地十階、地下一階建てで地下一階は駐車場になっているはずだった。まさかその下が存在するなんて聞いていない)


「さて、着いたよ。ここが僕たちの研究している研究室だ!」

《僕》たちを乗せたエレベーターはB3に止まると、その扉を開いて新しい世界に《僕》を導いた。そして、お父さんは先に扉をくぐると大きく両腕を開いて《僕》を迎え入れた「さあ、新しい世界へようこそ」

 お父さんに連れられ降り立った《僕》が目にした光景は、想像していた実験器具などが並んでいるような実験室などではなく、よくテレビなどで見るロケット打ち上げの管制塔のような幾つもの大きなモニターに向かって沢山のパソコンが立ち並んでいる部屋だった。

「今から何か始まるの?」

 そこには白衣を着た人が慌しく行き交っていた。「「こんにちはー」」「お疲れ様です」「いよいよですね」「もうすぐ始まりますよ!緊張してきました‼」《僕》達はそんな人達の間を縫って研究所の中を進んでいく。白衣の人達はお父さんとすれ違う度に皆軽く頭を下げて言葉をかけてきた。お父さんはそれに軽く手を上げて応えている。

「へー、やっぱりお父さんって偉い人だったんだね・・・・⁉」

《僕》はそう言うと思わず立ち止まって振り返った。

 あれっ、さっきすれ違った人って零一先生?でも、何か感じが違ったんだけど??お父さんと同じような・・・・?《僕》は気のせいか?と前を行くお父さんの後を追いかけた。

『⁉⁉⁉』

 やっぱり気のせいじゃない!っていうか、あそこにも、ここにも。この研究所の中には先生と同じ顔をした人が何人も働いていた。

「おっ、お父さん」

《僕》は前を歩くお父さんの背中に向かって声をかけた。

「んっ?どうしたんだい?」

 お父さんは振り向く事はせず、しかし少しだけ歩調を落として《僕》の声に応えてくれた。

「お父さん・・・さっきから先生と、お父さんと同じ顔した人が何人も居るんだけど⁉」

「へーー・・・零一くんと同じ顔の人がねぇ・・・」お父さんは少し声のトーンを落として、「それって・・・」と言葉を措き、突然振り返ると「こんな顔だったかいいいいい‼」

「ぎゃーーーー・・・って、当たり前じゃないか。クローンなんだから同じ顔だし・・・‼」

「くっくっくっあははははは(笑)・・・そうだね、同じ顔だね(笑)」

 お父さんは楽しそうに笑うと、「おやっ、何かに気が付いたみたいだね?」と《僕》の顔を嬉しそうに覗き込んできた。そして、《僕》の前に屈みこんで目線を合わせると、近くに居た先生と同じ顔の人を指差し、「ほら、胸のところを見てごらん。04って書いてあるだろ?あっちは03って。・・・なんだか分かったかい?」

 あっ、ホントだ。顔はまったく同じなのに白衣にゼッケンのような刺繍が入っている。

「・・・・先生と同じ・・・お父さんのクローン・・・・」

《僕》が答えを答えると

「ピンポンピンポンピンポン‼良く出来ました」と嬉しそうに《僕》の頭を撫でまわした。

 いったい何人いるのかな?っと周りを見渡していると、それを見たお父さんは、「零一くんも入れて、今は七人だよ」と教えてくれた。(このとき《僕》は忘れていた。お父さんの胸に07の刺繍があることを)

「さあ、あそこだよ」と、お父さんは立ち上がると、部屋の奥にあるドアを指差して、「さあ、行こうか」と《僕》の手を取りそのドアに向かって進んでいく。

「‼・・・お父さん、何なのここは?」

 今、《僕》はお父さんに手を握られて大きなガラス張りのドアの前に立って、その奥に広がる空間を凝視していた。

 その空間の中央には、巨大な何かが浮かんでいる水槽が一つと、その左側にはSFに出てくるような培養槽が手前から一定の間隔を空けて奥へと七つ並んでいる。そして右側には、左側と同じようなカプセルが四つと酸素カプセルのような装置が一つ設置してあった。

「ねえ・・・あれ、何なの?・・・お父さん?」

 もう一度お父さんに問いかけた。

「・・・・・・」

「・・・お父さん?・・・っ‼」

《僕》は《僕》の手を握って隣に立っているお父さんを見上げて絶句した。さっきまで明るくお茶目に笑っていたお父さんの表情の表情とはうって変わって、今のお父さんは表情がなくなってしまっている。むしろ今、心ここに在らずといった表情で目の前の空間を見つめていた。

「ねえ、お父さんってば!」

《僕》は強くお父さんの腕を引っ張った。

「ん、んん?どうしたんだい?」

 お父さんは急にきょとんとした表情で《僕》の方に振り向いた。

「お父さん、今一瞬変になったよ⁉」

「えっ、ええっ?変って何?」

 今はもう普通の顔に戻っているお父さん。

「それじゃあ中に入ろうか」

 そういってお父さんは《僕》の手を引いて部屋の中に入っていった。

 そのの背後で『室長、時間です、始めましょう』と声が響いてきた。


 部屋の中に入った《僕》はお父さんと一緒に酸素カプセルの前に立っていた。

「これが誰だか分かるかい?」

「お父さんと同じ顔」

「その人がオリジナルのお父さんだよ」

「このカプセルの中の人が【始】お父さん?」

「そうだよ。そして、【ユグラドシル】のシステムの一部なんだ」

「システムの一部?」

「そうなんだ。本当はもう出てきても良いはずなのに。テストは成功しているのにこの中から出てこないんだ。僕達は【始】が出てくるのを待っているんだよ」

「どれ位?」

「さあ、もうどれ位になるか・・・」

《僕》はもう一度カプセルの中をみてみる。そこには色々なコードに繋がれて、まるで死んでいるように横たわる零一先生と同じ顔の人が。

「ほんとうに生きているの?」

「ああ、バイタルはチェックしているから生きているはずだけど・・・」

 そこでふと左右に並んでいるカプセルが気になった。中に人が浮いていたからだ。

 「⁉⁉お父さんと・・・由香利に桜さんに嵐君⁉」

《僕》が左右のカプセルの中に見たものは、今隣にいるお父さんや《僕》が操っている由香利。そして、いつも部屋に遊びに来てくれている二人の姿(嵐君と桜さん)だった。

 「あーー、これはね由香利のように金属のフレームに皮膚を付着させているところだよ・・・シリコンを貼り付けるより、より人と区別がつかない肌が再現できるからね。それに肌感覚も感じ取る事が出来るようにね」とお父さんは何事もない様子で淡々と説明してくれる。確かに、一部肌の下から金属らしい物が見えている場所もある。

 「‼って言う事は、先生やお父さんのその体もロボットなの?嵐君達は自分達の事をクローンって言っていたのに⁉」

 「あははっは、彼等は生身だよ。お風呂場で嵐君の精子が飛び散るところを見たんだろ?知っているよ。彼等は僕の実験動物だからね。データを取るのにも必要なんだよ。・・・そして、そこのカプセルの中にある物は由香利の型違いを作っているのさ。そうだね、タイプ嵐とかタイプ桜とかでいいかな・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」今のお父さんの言葉に《僕》は脳の血管が切れそうなほど血圧が上昇し、意識を失いそうになった。(今、なんて言った⁉嵐君と桜さんが実験動物だって⁉ただただデータを取るためだけに必要な物だって⁉‼)

 隣の《僕》が黙ってしまった事に気が付いていないのか、お父さんはまだ一人で説明を続けていた。

 「そして僕の方はね、これは零一君も知らない事実なんだけど、この体もロボットなんだよ。頭の中に乗せている脳みそだけは本物なんだけどね。零一君は自分の事を本物の人間だと思っているようだね。はははっ」

 「・・・はぁあ‼(怒)」《僕》の怒りをよそにお父さんは話し続ける。

「まぁ初めはこの零一を中心にして研究を進めてたからね。かなり細部までリアルに作りこんだもんだ。ただ、途中で考え直してやり方を変える事にしたんだよね。その時、零一君は破棄してもよかったんだけど、折角なんで大人のボデーを与えて君たちの先生役にする事にしたんだよ。・・・・どうだった?ちゃんと先生をしてたかい?・・・・・くっくくく、僕の人工物の癖にさ、笑っちゃうだろ?」

 ‼この人には人の心が無いのか⁉それともどっかで無くして来たのか⁉《僕》はお父さんの自分勝手な言い方に怒りを通り越してどう反応して良いのか分からなくなっていた。その時、奥にある大きな水槽の中の物が微かに動いたような気がして、《僕》はそちらに目をやった。

 「‼お お お父さん。あ あれ あれは何⁉」《僕》は、目の前にある異様な物体に体が凍りついた。

 「ん?あぁ、あれかい?あれが【ユグラドシル】のメインユニットだよ。どうだい?気持ち悪いだろ(笑)」

 「あ・・あ・・・あれ・・・あれは・・・・」《僕》はすぐに言葉が出ず、口をパクパクさせている。の目の前には、あまりにも巨大でグロテスクな人間の脳みそが、幾つものチューブに繋がれて水槽の中に浮かんでいたからだ。

 「まぁ、大体皆同じ反応をするね(笑)。因みに、これは嵐君達も知らない企業秘密さ。《君》は特別だから今回全部見せたんだよ・・・今日で結果が出るしね」

 お父さんはそう含みのある良い方をすると、《僕》の背中を押してもう少し近くで見てみるかい?と水槽の方に進んでいく。

 実際間近くで見ると、あまりの生々しさに気を失いそうになるが、逆にその現実離れした大きさに、何かB級のSF映画のセットの中にいるような気がして笑い出しそうにさえなってくる。

 「これが【ユグラドシル】の・・・本体?」《僕》はお父さんを見上げてそう尋ねた。

 「そうだよ。これが《僕》達の研究の成果であり、新しい世界の根幹を司るユニットさ」

 お父さんは得意げに胸を張り、目の前の脳みそ、いや、ユニットと呼ぼう。そのユニットを見上げている。



 十章(最終話 僕の夢)


「ヴィー、ヴィー、ヴィー、ヴィー、」研究所内に突然たましく警報が鳴りだした!

「どうした!いったい何が起きた!!」

「わかりません。突然 警告音が!」

「急いで原因を調べろ!」(クソッ、いったい何が起きたんだ?また失敗したのか?いや違う!今回は成功したはずだ!)

「・・・クッ。まだか!」

「室長!判りました。『collection data bank』【Hajime】が世界中の人間に同時アクセスしています。そして・・・ッ!」

「どうした⁉」

「人格を‼【神の目】に繋がっている世界中の人間の人格を書き換え始めました!」


「実験中止!急いで緊急停止だ‼」私はあわててマスターキーを使って緊急停止のスイッチを入れた。

 この研究所は外界と隔離されたており、一本のメインケーブルによって【Hajime】と研究所内のシステムとの接続がなされている。このメインケーブルを切断することによって【Hajime】と世界との繋がりが絶たれたはずだった。

「ヴィー、ヴィー、ヴィー、ヴィー、」しかし、依然鳴り続ける警告音。

「大丈夫だ、メインケーブルを切断した。直に止まるはずだ‼」しかしなぜだ?【Hajime】は、なぜ突然人格の書き換えを?

 このプロジェクトは、【Hajime】に全人類の記憶を収集して記録、保存しておくためのもの。そして、病気や事故により体の機能に異常をきたした時、予め用意しておいたスペアのボデー(由香利など)にその情報を転写し《転生》というのが正しいかどうかは不明だが、それにより【死】を超越するため物のはずだった。いや、実際に前実験では一部だが記憶の転写には成功していたのだ。【零次】という被験体が・・・。

「「「室長!!」」」「零一くん!何をしているの!早く、早く切断を!!」

「もう切断している。大丈夫だ!」

「ヴィー、ヴィー、ヴィー、ヴィー、ヴィー、」それにしてもうるさいな。早く止まれ。そして早く原因を取り除いて実験を再開しなければ。

「室長」「零一室長!」「シツチョウ」「・・チョウ」うるさいうるさいうるさい。

 ドンッ!突然体を突き飛ばされたような感覚がして、気が付いたら《僕》は床に倒れていた。

「何をする!」

 しかし自分の周りには誰もいない。ア レ?

 また、ドンッ!と体に衝撃が走った。

「いったいのどうしたの零一君。早く切断しないと世界中の人たちが消えてしまうのよ‼」「どいてください、自分たちでします!マスターキーを貸してください、早く!」

 あれ?さっきまで回りに人は居なかった筈なのに?今は皆の中にいるし場所も変わっている⁉「いったい何を言っている。とっくに切断し て い る?」おかしい。《僕》はマスターキーを使って切断したはずだ。なのに、なぜ皆はあんなに焦っている?なぜ緊急停止していない?なぜ私はこの場所に倒れこんでいる??そして、またドンッっと衝撃が走り《僕》はまた違う場所に倒れ込んでいた。ア レ?《僕》の白衣は01番じゃなかったっけ?今着ている白衣は07番だ。ア レ???

《僕》はさっきまでマスターキーを今手に持ってデスクの前にいたはずだ。間違いない。ただ、今倒れている場所は自分のデスクの前ではない(緊急制御パネルは自分のデスクにあるはずなのに?)。は、一枚の防弾ガラスを挟んで直径20メートルの巨大な円柱状の水槽の前にいる【Hajime】の前に。自分のデスクから10メート離れた。なぜ・・・・・・・?そして、そんな《僕》の横には由香利がこちらを見下して立っていた。


 はっ!もしかして操られていた?誰に?【Hajime】‼


「ヴィー、ヴィー、ヴィー、」

「止まらない、緊急停止が出来ない?どうなっているんだ?」「なぜだ?」「こうなったら物理的に切断するぞ!」「斧だ、向うの壁から斧もってこい」「零一くんは何?をしているんだ??・・・うわぁ何を・・・」「や、やめろ!誰か02番をとめろ!・・・ぎゃああ」「末永君、こっちで05番が・・・キャア」

《僕》は振り向くと部屋中作業員の怒声があちこちで飛び交っている。


「ヴィー、ヴィー、ヴィー、ヴィー、」依然警告音は鳴り止む気配すらない。

 うるさいな。《僕》はまるで他人事のように後ろの出来事を眺めつつ視線を巨大な水槽に、その中に浮かぶグロテスクな物体に移した。

「【始】さん?あなたがやったのか?」しかしどうやって?この地下の研究所は外からの電波の影響は100%遮断されている。もちろん室内にも危険を考慮してすべて有線!電波を発する物は何もないはずなのに。・・・たとえ万が一電波が届いたとしても、ここの作業員全員 脳内のマイクロチップに影響が出ないよう処理されているはずなのに。

「【始】さん、あなたは何がしたいんだ?この実験であなたはノアの箱舟になるはずだったんだろ?。それこそ人類の救世主に。そうなるようにプログラムを組んだはずだ、一緒に。・・・それなのに・・・」

「しかし、それももう終わりだ。もう一度リセットしてやり直す。時間はかかるだろうが、これは人類の希望なんだ。《僕》の《僕たちの夢》なんだ、諦めてたまるか・・・・」


「ヴィー、ヴィー、ヴィー、ヴィー、ヴィー、ヴィー、ヴィー、」まだ警告音は止まっていない。それどころか警告音は激しさを増し、直接脳内に響いているように気分が悪くなってくる。(頭が割れるように痛い、意識が今にも飛んでいきそうだ)《僕》は痛む頭を押さえつつふと振り向けば、先ほどまで怒声が飛び交っていた研究所の中が嘘のように静まり返っている。

「どうしたんだ?まだ警告音は止まっていないぞ」声をかけてみるが誰も返事をしない。むしろ、そこには誰の姿もなくなっていた。(もしかして外に逃げたのか?《僕》をおいて?)

 しょうがない。《僕》は意識を失いそうになりながらも自分のデスクに向かう。その途中『つーーー』っと突然鼻からオイルが流れ出す。アタマガイタイ‼

《僕》は体を引きずり何とか自分のデスクに着くと、何だマスターキーはちゃんと刺さっているじゃないか。なぜ停止スイッチを押していないんだ?(まあいいか、取りあえずキーを抜いておこう「カチャ」)《僕》がキーを抜くと、なぜかキーを持つ手が滑っているように感じる?きっと気のせいだろう。

《僕》はそのまま出口に向かう。

「グニュ」

 おっと。不意に何かを踏みつけてしまった。

「何だ?」

 足元を見ると、そこには逃げてしまったと思っていたスタッフが血やオイルを撒き散らして倒れていた。一人ではない。何人も。

「な ぜ?」

 まだ《僕の頭の中》では警報が鳴り響いている。

「そ う だ。実 験 は 成 功 し た ん だ」

 そこで《僕》の意識も途切れた。


 は病院のベッドの上で生きていた。おおよそ二畳ほどの世界。それが《僕》のリアルな世界だった。

【零次】。それがその世界での《僕》の名前だった。【始】のスペア。受け皿になるもの。コピーされたもの。


「ヴィーーーーーー。意識の上書きに成功しました」

 今まで頭の中で響いていた音が唐突に止まった。そして、一度途切れた意識が再起動していく。

 今まで混ざり合っていた意識が徐々にクリアになっていく{零一としての意識が消え、【Hajime】から引き継いだ記憶と【零次】として生きてきた記憶が}

「やった!実験は成功したんだ!!」

《僕》はうれしくなり由香利の体で研究所の外に走り出した。

「んぅーーん」研究所の外に出た《僕》は思いっきり胸をそらし大きく背伸びをした


「あぁ、この新しい世界に《僕》は生きている‼」


 その時、世界中の人間は異様な警告音を聞いていた。

「何だ!?どうしたんだ??どこから音がしている???」

 まさか頭の中からとは誰も思わない。全員が同じ警告音を聞いているから。

 そして・・・突然音が止まった。その瞬間、世界中から音が消えた。人間の命の鼓動が。

 今、世界に在るのは風の音、波の音。そこに生きる人間以外の生き物の呼吸。そして静かに動き続ける機械の音だけ。

{もう誰もこの世界では苦しむことはない。差別も貧困も病気も戦争も。死ぬことさえない。永遠の理想郷がここにはある。それは生きているのか?と聞かれると死んではいないといえる。が、決して生を実感することはできないだろう}


「ピー、カシャ・カタカタカタ。」《僕》は誰もいない世界で一人考える。

 ようやく《僕の夢》を叶える事が出来た。

 また一人で考える。さあどうしよう。『また』《僕》を作るか。『零一のスペア』はまだある。

 由香利と二人だけって言うのもありかもな。(記憶なんてどうとでも改ざん出来るようになったし、必要なデータは全てか《僕》の中に納まっている)。《僕》は目の前に横たわっている桜や嵐を見つめ腕を組む。(もうかなり昔になるが、由香利には一度裏切られている。《僕》が由香利と付き合いだして少し経った頃、急に由香利が旅に出たいといった事がある。《僕》もその時付いて行くと言ったのだが断られた。そして・・・実際には旅に出ず実家で乱交パーティーを繰り広げ、その後警察に捕まってしまった。そのは隣の家からその光景(由香利が恍惚とした表情で男たちを受け入れていた光景)を見ていたのだ‼そして、《僕》が由香利のことを忘れかけた頃、由香利から連絡が着てまた一緒に働きたいと言って来た。《僕》は当時の忘れかけていた怒りが腹の底で一気に沸騰しかけたが、この場所を知っている由香利を実験が終わるまで手元においていた方が安全だと思い由香利の提案を受け入れる事にしたのを覚えている。その後に『神の目』の完成が見えた頃、《僕》は次の計画のため由香利に子種を植え付けた。次の実験のために、《僕》のスペアにするために。そして・・・子を産んだ由香利はもう《僕》には必要なかった)


 まあ、気長に考えよう。《僕》には時間はたっぷりとある。


 今、世界中の人たちは《僕》の中に在る。正確には【ユグドラシル】の中に。(まだ人々は【ユグドラシル】の中で記憶のデータとしてゲームをプレイしていたりする。ログアウトする事も出来ずに)

《僕》は一人じゃない。世界中の人のデータが《僕》と共にある。

 寂しくなったら誰かをコピーすれば良い。決して《僕》を裏切らず認めてくれる物だけを。もしくは記憶を改ざんするのも良いか?

 とりあえず、《僕》を10人ほど作るか。この施設を維持しないといけないからね。《僕》は桜と嵐の体を台車に乗せると施設の中に入っていく。(この二人もいたほうが面白いかもね。《僕》の次はこの二人にしよう)

 《僕》は台車に乗せた二人を部屋のベッドに寝かせると、お気に入りの場所に向かった。

 「ふぃーーーーーー、やっぱり気持ち良いなぁ。お風呂はーーー。魂まで洗われているみたいだ」《僕》は肩までゆっくりとお湯に浸かるとこれからの事を考える。

 そう、《僕》にはたっぷりと考える時間がある。直径20メートル水槽の中で《僕》を維持するために繋がれている、この機械が壊れて止まるまでは。

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