フィラムハブヅムショーン

エリー.ファー

フィラムハブヅムショーン

 旅が終わる。

 長い長い旅だった。

 誰かの後ろを歩くことはなく。

 常に先頭だった。

 歩き続けることに意味があると思い続けた。

 時間はいつだって、通り過ぎるばかりだった。

 外れてしまうのは、私の生き方が間違っているからであって、私の責任そのものだった。

 メモ帳に書き記した、合言葉は、本当に小さくてそれでいて弱い。

 スロウダンサー。

 いいんだ。

 それでいい。

 静かに踊れ。スロウダンサー。

 そうだろう。

 それが私の生き方だったじゃないか。

 クロージング作業はいつだって、急に始まる。

 準備もできないままに、静かに生きなければいけなくなる。

 旅も同じだって。ならず者に囲われて、右腕を奪われて左目を奪われて。旅を続けられなくなって、終了。

 こんな旅だなんて思っていなかった。どんなことだってできると思っていた。

 自分たちが築き上げた世界のすべてが大切なまま崩れ去って、誰の手にも負えない。まさに、そんな感覚。

 でも、ここには私の生き方がある。

 だから、誰もしたことのない経験をずっと口に出し続けて、聞いてもらえるまでになった。

 講師になり、教授になり、今はここで若人を見守る立場になった。

 人生の余暇が、これほど充実したのは間違いなくあの旅があってこそだよ。何もかも、幸運と不運では片づけられない。黒か白かで断言はできない。右か左かで選択する人間は少ない。

 そのことを知るための旅だった。

 悪人になろうとしたこともあった。善人など損をするだけだと。

 そんなことはなかった。

 悪人になって損をすることもあったし、善人になって得をすることもあった。

 もちろん。

 その逆もあった。

 それが人生だ。振り返ればエンターテイメントだ。見渡す限りの桜吹雪だ。

 おそらく、普通の人よりも成功した部類に入るだろう。どんな形であれ、社会的には成功者であり、歴史的には偉人と呼ばれる存在にと言えるだろう。語り継がれるような仕事はしたと自負している。

 旅は、長かったよ。

 多くの仲間を失った。

 もう、生きているのは私だけだ。

 絶望がやってくる夜があり、希望を連れてくる朝も来た。

 時間が過ぎ去っていくことに恐怖して走り続け、振り向いて達成感を味わった。

 余計なことはしないように目を瞑ってきたはずが、巻き込まれた争いは数えきれないほど。誰ともかかわらないようにしてきたのに、不思議と人と繋がって築き上げたのは目に見えない財産と、目に見えるちっぽけな財産。

 どちらも大切さ。

 そうじゃなかったら、きっとこんな言葉も吐き出せない。

 合言葉は、スロウダンサー。

 静かに踊るのさ。

 足音は立てない。派手じゃなくていい。でも、感動を与える。

 それが、スロウダンサー。

 生き方が溶け込んだ踊り手の軌跡。

 人生が見せる一瞬の体重移動。

 みんな、終われば口に出して理解する。何もかも浅はかだったと気が付くほどの生き様。

 素早く、豪快に、派手に、そんなものはいらない。

 いいんだ。

 静かでいい。

 呼吸音だけが聞こえる板の上で、君だけの体で踊れ。

 誰にも渡すな。誰にも失わせるな。誰にも視線を逸らさせるな。

 そういう生き方を積み上げて、武器にするんだ。

 それが、スロウダンサー。

 人間の極。

 スロウダンサー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フィラムハブヅムショーン エリー.ファー @eri-far-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ