第79話 79 クリスマスパーティ

 聖教国リオシスで行われるクリスマスとは、「リオス教の女神、リオシーナの降誕祭」を意味する。

 朝一にローランの夢に降臨したのはクリスマスだったからだろうか。


 しかし、降誕祭と言ってもリオシーナが生まれた日と言うものは文献に残っていない。

 ただ、それはある逸話を由来にクリスマスの日を決めている。

 それは、冬の昼間の短さというものだ。

 冬は少しずつ昼間が短くなり、冬至を機に昼間が長くなり始める。

 その冬至に『光の女神』『太陽の女神』と呼ばれるリオシーナが降誕し、太陽の力を強くし、昼間を長くすると言われている。


 この女神の力を感謝し、お祭りをするのがクリスマスの発祥らしい。

 リオシーナが「光の女神」というのは初めて聞いたとローランは驚く。

 赤い髪が特徴的で、「炎の女神」の方が似合うが、情熱的な印象はないので、「とろ火の女神」だろう。


 この世界には冬至のお祭りというのは多いらしく、アンデルセン帝国では古くから伝わる「ユール」というお祭りでは寒さに強い樫の木を祀るのだが、魔王がアイリスを想い、大広間に大きな樫の木を設置している。


 ついこの前「ハロウィン」でも使われた大広間。

 今回はまた違った雰囲気を醸し出している。

 ドレスコードと決められた今回のお祭り。

 年末ということもあり、冬休みは実家で過ごす生徒が多いようで参加者は夏祭りやハロウィンと比べると少ない。


 それでも、ドレスやタキシードなどに身を包んだ生徒たちが集まると、貴族のパーティのようであった。


 今朝から舞い降りている粉雪のような白いドレスを着たシャロ。

 長くなった金色の髪はルナの手によって編まれていて、とても気品溢れていた。

 シャロも髪を編むことに憧れていたようで、部屋では何度も姿見を眺めていた。


 ルナは珍しく赤いドレスであった。

 彼女は無意識にボーイッシュを醸し出してしまうのだが、今回は女性らしさを全面に押し出している。

 シャロに対抗するように紺鼠色の髪を編んでいる。

 ただ、編んだのはシャロであった。お互いに編み合ったようである。


 紅白の少女に引っ張られるように現れたのは、ローランである。

 気なれぬ燕尾服を見に纏い、少し照れた様子を見せている。

 アンデルセン帝国でも一級品の『一角馬ユニコーンの立髪』を編み込んだ燕尾服。

 シワ一つ無く、光の加減で独特の光沢を見せる。

 

 鍛えられた肉体のせいもあり、すらっとした着こなしたローランの姿にすれ違う生徒たちは思わず振り返る。

 それを見て何故か誇らしげなのはシャロとルナ。後は遠くの方にいるアイリスであった。


「やっぱり帝国の服は凄いね。ローラン、すごくかっこいいよ!」


 普段のシャロとは違う、淑女としてのシャロはとても興奮していた。

 これはローランが部屋で着替え始めてからであった。


 モーニングコートの時も中々興奮しており、彼女は正装フェチなところが垣間見える。


「俺は安いのでいいって言ったんだ。でもアイリスが」

「さすがアイリス様だね。ローランの良さを分かってる!外で着てた外套も良かったなぁ。良いな〜、明日からもそれでいようよ〜」

「いやだ、動きにくい」

「移動はボクが運ぶからさぁ〜。お願い!」


 今のシャロの筋力ではローランを運ぶ事は可能であろうが、シャロにおんぶや最悪「お姫様だっこ」なんてされた日には二度と魔法学校を歩けない。


 シャロのうるうると潤ませた瞳で訴えるお願いをローランは全力で拒否する。

 それにいくら汚れにくい「一角馬の立髪」だからといって、毎日はだめだろう。


「こんな上等品をプレゼントしてくれるなんて、ローラン君は皇女様に何をしたんだ?」

「どーせ垂らしたんだよー」

「そんなことしてない」


 ローラン自身は垂らした覚えは無い。

 ゲルトからの刺客の件は二人に内緒にしているので、ある日のアイリス救援は話していない。

 

「しかし、最近皇女様と仲がいいのは確かだな。やはり、マオさんの影響か?」

「あぁ、それが大きいな」


 最近はアイリスからローランへのアプローチが多い筈なのだが、鈍感なローランは魔王関係で近づいてきていると思っている。


「ローラン君は隅におけない……。早く手を打たないと本当に誰かに……」

「何か言ったか?」

「ううん……」


 首を振るルナにローランは首を傾げる。

 隣のシャロも深妙な顔をしている。

 最近、この二人のシンクロ率がとても高い気がする。


「こんばんは、パラディン。よく似合ってるわね、それ」


 ひらりと、クッキーを片手にリリスが舞い降りる。

 背中に生えた羽根は飛行能力を持っており、これを使って素早い移動を可能にしている。

 今日のリリスもドレスコードに従っているようで、悪魔らしい黒いドレスを着ている。


「リリスも今日はパーティを楽しむのか?」

「まぁねぇ。結界は張ってるけど、雪のせいか周りの動きも少なくてねー」


 北国になるアンデルセン帝国の冬は雪が多い。

 魔法国に至る途中で山越えもあるのだが、雪が降るとそれは困難になる。

 この季節の刺客たちはちがう意味で命懸けだ。


 命懸けで到着しても待ち受けるのは命懸けのリリスとの死闘なのだが。


「お姉様もアンジェリカも今日は非番で良いって言ってくれたから、甘いお菓子を食べてのんびるするわ」


 

 「じゃあねぇ〜」と、ふわふわと浮きながらくつろぐようにリリスはケーキなどが並ぶ机の方へと飛んでいってしまった。

 魔王軍幹部という面影はほとんどなくなっている。

 

「ボク、たまにリリスさんにメンタルトレーニングを頼むんだけど、すごく勉強になるんだ」

「あいつ、そんな事しているのか」

「うん、あと『あざとさ』ってスキル」


 その話を聞いてローランの前世、アンジェリカを名乗るリリスが幾度も見せた『あざとさ』が蘇る。

 リリス直伝の『あざとさ』。なんてものをシャロに教えてやがる。

 シャロの豊満な胸やキューティクルが輝く金髪、エルフらしい美形の顔立ちでそんなモノを手に入れてしまっては、この世の男がシャロを取り合って争い、全滅してしまう。


 実はリオシーナの言っていた破滅の魔王とはシャロなのかもしれない。

 ローランは世界の滅亡を防ぐため、改めてリリスの討伐を決意し、スイーツを満足そうに食べるリリスへ殺気を送る。

 びくりと寒気を感じたリリスが振り返り、呪いのジェスチャーをローランに見せつける。


 それを見て、やっぱり辞めておこうと思うローランであった。

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