第58話 58 主席魔女と小鬼
エリナの白魔術には驚かされた。
暗視の能力を付与させる魔術であって、夜の三時だと言うのに、並ぶ木々や茂み、掘り出た木の根すらも見ることができる。
夜襲のため、松明を持って移動できない。
事前に斥候部隊がゴブリンの場所を特定していたため、一直線で目的の場所まで辿り着くことができた。
「クレメント、ゴブリンの救援の可能性があるそうだ。探知の結界を掛けておいてくれ」
踏み込んだ者の方角と数そしておおよその魔力量を教えてくれる魔術だ。
ここらは今、ゴブリン警戒区域のため人間の立ち入りは無い。
つまり、侵入するのは人間以外の何かだ。
「それにしても、ゴブリンが仲間を助けるなんて聞いたことないよね」
「それだけ、ここらのゴブリンが不自然なんだよ」
ゴブリンはゴブリンだ。
アルバートは最後にそう告げると、前衛部隊をゴブリンの巣の影に移動させた。
まだ銃は使わない。
近づける間は近接戦闘で叩き、覚醒し、反撃してきたところをガンナー部隊に切り替える。
銃声と火薬の匂いで全てのゴブリンを一斉に起こさない為の配慮であった。
アルバートの合図と共に前衛部隊が中に入る。
少し経って、人の声は違う獣のような叫び声が森に響く。
冒険者はそれを断末魔だと思った。
しかし、マーリンは何かの合図のようだと思った。
断末魔の後は襲撃に驚き、怯えてゴブリンが飛び出してくる。
それを待ち構えるかのように設置されたガンナー部隊が容赦なくその銃弾を放つ。
一方的な狩りであった。
暇を持て余したエリナは欠伸をしている。
余裕で依頼達成だねとピースサインを送るくらいだ。
しかし、ゴブリンたちも武器を持つものが現れ始めて、近接部隊は一時撤退する。
巣から誘き寄せる為だ。
近接部隊を追うように出てきた武装ゴブリンを同じようにガンナーの銃弾が襲う。
嗅ぎ慣れない硝煙の臭いがマーリンの鼻をくすぐる。
そこらじゅう、白い煙が舞っているのだが、暗視のお陰で視界は良好だ。
「朝には帰れるね」
「あぁ、ギルドの警戒は少し過剰だったかもな。なんなら、もう一つくらいいけそうか?」
エリナとアルバートが軽口を叩く。
戻ってきた近接部隊も負傷者はいないようで、皆笑顔だ。
モグラ叩きのようにガンナー達は抵抗できないゴブリンを始末していく。
これが、大規模パーティの狩りなのだなとマーリンは思った。
しかし、その中で晴れない表情を浮かべているクレメントにマーリンは気づく。
「どうしたの?」
「いかん。アルバート、今すぐ撤退した方がいい!」
「なに?探知に何かかかったか?」
「あぁ、大規模なゴブリンの群れだ。あと、一つだけ妙に魔力を纏う個体が」
「ゴブリンくらい何体来ようと関係ねぇな、それにイレギュラーはどーせ噂のゴブリンシャーマンだろうよ。お前がいれば問題ないって」
完全に、この完勝ムードに押されていたのだろう。
凶災を迎え入れてしまったことを後悔する時間は無かった。
――――
「一斉射!」
ガンナーの掛け声と共に鳴り響く銃声と驟雨の如く襲いかかる銃弾がその奇妙な部隊を襲う。
並のゴブリンであれば絶命してしまう。
はずであった。
「なんだあれ!?」
「亀?大きな盾だ」
「テストゥドだと!!」
ゴブリンそれぞれが持つ身丈を超える盾を正面に並べ、後方のゴブリンは放物線を描く矢を防ぐために反りのある盾を空に向けて掲げている。
ゴブリンたちが重なり合うほど密集して行われるその防御行動には隙間がなく、また、その盾も頑丈なようで銃弾を一つも通してはいなかった。
その様子はまさに『大きな亀』であった。
「クレメント!魔術でなんとかしてくれ!」
アルバートの叫び声が響く。
クレメントとマーリンは頷き、詠唱を始める。
爆発力のある火の魔術で吹き飛ばす。
同時に放たれる火魔術が、その亀に走る。
しかし、その手前、突如現れた水の壁に防がれてしまう。
「陣形の中にゴブリンシャーマンがいます!これでは魔術がレジストされる」
「なにぃ!?ゴブリンにそんなこと出来るのかよ!」
亀はジリジリとガンナー部隊に近づく。
逃げるよりも先に抵抗するガンナーたち。
しかし、その銃弾は無惨にも盾によって阻まれる。
焦りを持った戦士たちがその亀を崩そうと近づく。
剣や斧で盾を叩くが、びくともしない。
その防御力は凄まじいものであって、防がれ、怯んだところに亀の内側から槍が、理不尽にも冒険者の命を刈り取る。
それはまさに、ゴブリン達の狩りであった。
いよいよやばいと感じたアルバートは自慢の巨大なハンマーを持ち出し、亀に殴りかかる。
パーティリーダーとは流石であった。
正面で構えた大きな盾を巻き込みながら振り抜かれたハンマーはその亀の正面を崩す。
進行の止まった亀を見て、アルバートらガンナー部隊の後退を叫ぶ。
そして、中にいたゴブリンシャーマンを見つけて撲殺した時には、逃げたはずのガンナーたちは別のゴブリン部隊によって狩られていた。
そして気づく、この亀は囮だったことに。
本当の狙いは茂みから回り込んだ遊撃部隊による挟み撃ち。
こうなって初めて気づいた。
ゴブリンに偽計を謀られたことに。
やられた。
ゴブリンだからと甘く見ていた。
それはまさに、慢心であった。
「なんなんだ、こいつら」
アルバートはひとりごちた。
二十人居たはずの仲間がみるみる殺されていく。
それは、一方的であって、理不尽であった。
アルバートに襲いかかるゴブリンをクレメントの魔術が阻む。
ゴブリンシャーマンがいない、ならば魔術が通用するのだ。
マーリンも次々にゴブリンに魔術を放つ。
私はまだ、折れてはいない。全てを終わらせて、このパーティに入るのだから。
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