第59話 59 主席魔女と死精騎士

 ゴブリンが全て倒れた時、立っていたのはアルバート、エリナ、クレメント、マーリンの四人だけであった。

 あれだけいた仲間はもういない。


 油断、慢心が招いたことであったが、それにしてもゴブリンの強さは異常であった。


 完璧に武装され、訓練されたかのような統率、守り守られた役割分担。

 これは、そこらの雑兵ではなく、まさに騎士団である。

 ただ、彼らの記憶の中に、ゴブリンの騎士など聞いたことが無かった。


「くそっ!!」


 アルバートの強く握られた拳が地面を叩く。

 血が出るほどに強く噛み締めた唇からは血が滲み出ている。


「大丈夫?アルバート?」


 へたりこむアルバートにエリナが声をかける。

 アルバートは悔しく、涙を流していた。


「なんだったんでしょうね。なんとか倒せましたけど、これは異常ですよ」


 クレメントは転がるゴブリンの死骸を横目に見る。

 何かに操られている形跡も無く、個体一つ一つに特別な力が宿っている形跡はなかった。

 その証拠に、陣形を崩して仕舞えば脆く、ただのゴブリンと変わらないもので、大きな盾を持っている分動きが鈍かった。


 アルバートのハンマーやクレメントとマーリンの魔術の前では打つ手なしといった感じだ。


 マーリンは、いつの間にか辺りに日が昇り、とうの昔に朝を迎えていたことに気づく。

 それだけ集中していたのだろう。


「どうするの?」

「仲間を埋めてやりてぇ……。せめて、最後まで始末してやらねぇと……」


 ゆらめきながら立ち上がるアルバートを心配そうに支えるエリナ。

 ヒーラーとして、仲間として彼の心の支えになろうとしていた。


 ――しかし、そいつが一息などつけさせてくれる訳もなく。


『三十の重装歩兵を二十の軽装で迎え撃ち、四人も残ったか。些か、この世界を見くびっていた模様』


 酷く低い声が響いた。

 それは、口からの発声では無い、機械音の様な、なんとも不気味な声であった。


『小鬼にテストゥドは相性が良いと思ったが、やや古い陣形であったか。改良の余地有り』


 その時、マーリンは思い出した。

 クレメントが探知した、一つだけ妙に魔力を纏う個体。

 アルバートはゴブリンシャーマンと決めつけた。

 たしかに、重盾陣形の中にゴブリンシャーマンはいた。

 ただ、しかし、目の前に現れたソレの、目で捉えることができるほど禍々しい魔力。


 闇より深い黒の甲冑。その大きさは二メートルを超える。

 木々を払い除けながら現れたソレは見るからに騎士といった出立ちでありながら、その魔力によってもっと歪な何かに感じ取れた。


 そして、その場にいた四人が察した。

 ソレがこのゴブリン達の親玉であり、あの奇妙な戦術を指揮した張本人であると。


 動いたのはアルバートであった。

 地面に伏せていたハンマーを手に取るや否や殴りかかる。

 仲間の仇を討つ、その鉄槌は甲冑を歪ませるべく重力と共に降り掛かる。


 しかし、その騎士の動きはアルバートの思っていた以上に早かった。

 鉄槌の一振りを軽々と交わした騎士はアルバートの腕を掴むと、軽々と投げ飛ばす。

 勿論、ハンマーを持ったままだ。


『鉄鎧に鉄槌は相性が良い。成る程、考えているな』


 カタカタと甲冑同士が小刻みに擦れ合う。

 マーリンは思った。笑っている、と。


『此方も得物を出すとしよう』


 甲冑に当たる金属音を響かせながら取り出したのは身の丈にしては余りにも小さく見える手斧であった。

 トマホーク。携帯用の小さな武器でありながら、近接、投擲、障害物の破壊とその用途は多岐にわたる万能具。


 ただ、アルバートは構わず突っ込む。

 幸に、相手の騎士の得物は間合いが狭いのに対して、アルバートのハンマーの間合いはそれ以上だ。

 一定の距離を持ってすれば反撃されることはない。


 アルバートの連撃に騎士も防戦一方のようであって、周りの仲間たちもアルバートの勝ちは時間の問題だと思った。


 そして、仲間たちが睨んだ通り、勝利の瞬間が来る。

 高く、横に振られた鉄槌が防御しきれなかった騎士の頭部に直撃する。

 兜は凹み、宙を舞う。

 兜の中にあった頭はただでは済まない筈だ。


「やったー!アルバートの勝ち!」


 エリナの声が響く。

 クレメントも安堵の一息を吐く。

 これで依頼も終わりだ。


『ふむ、相性劣勢。なれば少し本気を出しても楽しめるであろうか』


 誰もが、その転がった兜を見ていた。

 今始末したはずの騎士の声が聞こえた。

 しかも、鉄槌をモロに喰らい、凹み地面に転がっている、その兜からである。


「うそだろ?」

『真である。我が名はゾルアーク、元魔王軍幹部にして首無し騎士、デュラハンである』


 頭の無い甲冑は名乗りを上げると動き始める。

 その速度は先ほどまでアルバートとの殺陣とは遥かに早い。

 二、三撃、やっとの思いで防いだアルバートであったが、相手の得物重さが軽すぎた。ハンマーでは追いつけない。


 ゾルアークの振り払ったトマホークは無惨にもアルバートの腹部に刺さり、脆く身体は宙を舞った。


「いやぁ……、アルバート!」


 エリナの悲鳴が轟く。

 その瞬間、耳障りな風切り音と共にエリナの胸にトマホークが刺さっていた。


 ――投擲。


 クレメントもマーリンも見えなかった。

 エリナはまるで糸の切れた操り人形の様に静かに倒れ込んだ。

 そして、二度と動かなかった。


「逃げるぞ、マーリン!」


 クレメントが叫ぶ。

 魔術師の攻撃範囲にいた二人は逃走を計る。

 この距離であれば追いつかれることはない。

 奴が持っていたトマホークも今はエリナの胸に刺さっている。


 クレメントは小さなマーリンを抱えると、ゾルアークに背を向け走る。


「あ」


 しかし、それも叶わず、クレメントは小さく吐息を漏らした。

 マーリンの視界に入っていたのは、クレメントの背に刺さる二本目のトマホークであった。


『得物が一つとは限らぬであろう』


 マーリンを抱えていたクレメントの腕は脱力し、マーリンは地面へと叩きつけられる。

 その時、マーリンは死ぬのだと確信してしまった。


 ――死告げ人を前にして。

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