第56話 56 主席魔女と帝国
帝国騎士として戦死した父は偉大であった。
帝国が起こした戦争がどう言った発端で、どう言った終局を描いていたかも知らない子供にとっては、父が戦争で戦って死んだ事だけが理解できた。
母の見せまいとする涙や周囲からの憐れみの声。
それでも、父は立派に戦ったのだと信じていた。
しかし、母はその父の誇りを裏切るように帝国を嫌い始めた。
子供の勝手に想像した誇りであったが、帝国から離れる事は父から離れるような感覚がして不愉快に感じた。
しかし、帝国から離れることで母、アリスの魔術研究も無くなりマーリンへの愛情はより一層深くなった。
それでも、マーリンは父を忘れまいと必死であった。
人間は二度死ぬ。二度目の死は人々から忘れられる時だ。
だから、父が死なないように必死であった。
アリスとマーリンは仲の良い親子であった。
魔術指南として軍に助力していたアリスは、父の死後も引き続き指南の依頼が届いていたが、断っていた。
それをよく思わなかったのが、帝国で権力を持っていたゲルト・フォン・ゼルナー宰相であった。
母曰く、権力を盾に至福を肥やす豚という、オブラートに包んでも包み切れないクズらしい。
彼は、頻繁にアリスの元に訪れては軍に戻るように説得していた。
ある日、マーリンが盗み聞きをしていた時には
「貴様の指南する内容は帝国機密に触れる。我々は貴様を保護する必要がある」
という理不尽なものであって、もちろんアリスは反発していた。
「私はもう軍人ではない。子供と余生を共にする」
身一つで子供を育てる母親の決断であった。
「おのれ!貴様、グレイプニルの研究を放棄するつもりか!」
「ええ、そのつもり。途中の研究内容は貴方達、どうぞご自由に。あのような呪いの研究、二度とごめんだわ」
「ぐぬぬ……」
母が帝国の人間と何を話しているのかは分からなかった。
でも、母が私のために戦ってくれているというのは分かっていて、それは凄く嬉しかった。
「ごめんね……」
と、溢れそうな涙を堪えながら抱きしめくれる母アリスにマーリンはいつも、大人の真似事のように頭を撫でて見せた。
アリスとマーリンは仲の良い親子であった。
しかし、その幸せもそう長くは続かなかった。
グレイプニルの研究が完了したというゲルトの皮肉を込めた報告。
隣に立つ闇医者が呪いの重複方法を解析したのだと、わざわざ自慢しに来た。
最大限の帝国の偉大さをアピールし、再び戻るようにと最終通告であった。
アリスは持てる力の全てを使って抵抗したが、闇医者の魔術によって殺された。
強くあった、あの母があっさりと。
その様子を盗み見ていたマーリンにはショックが大きかった。
恐怖、不安。心臓が握る潰されるのではないかと思うくらいの息苦しさ。
しかし、アリスから教えられていた教会に逃げ込み、帝国からの追手は無かった。
その日から、アンデルセン帝国が嫌いになった。
父の誇りなどその国には無いのだと勝手に理解した。
父の守った帝国の誇りによって、母は殺された。
帝国を滅ぼしたいと考えているときもあった。
だから魔術を学んだ。母の大好きな魔術を。
父が誇りにしていた騎士も目指したいと思った。
ただ、帝国を潰す側で居たいと思っていた。
だから、帝国と仲の悪いウォルフォード魔法国の特殊騎士団魔導騎士団を目指すことにした。
難関であるといわれていたが、マーリンは単純に考えた。
勝ち続ければいいのでは無いかと。
だから、テストでは満点を取り、実践では高評価を取った。
そして最難関の生徒会選挙で敗れた。
何もかも水の泡になった気分だった。
弾けて消えた。
海峡のような深い深い底に沈む感覚だった。
生まれて初めて、壁にぶつかった。
それはそれは高い壁であって、その壁を作ったのも、また、アンデルセン帝国の関係者であった。
その時に、ふっと糸が切れたように感じた。
退屈ながらも夢へと邁進する自分を支えていた糸が。
あぁ、駄目だ。諦めよう。
なんとも情けない。
しかし、どうすることも思いつかなくて。
もう、学校にいる意味もなくて。
お世話になった教会に仕送りしないといけなくて。
冒険者としてお金を稼いでいる。
――冒険者なんてその日暮らし。しっかり給与の出る騎士団が望ましい。
いつしか、知り合いの世話焼きに話した一言を思い出してふっと笑う。
過去の自分を殴れる魔術を考案できれば良いのだが。
何発も殴って、殴って、もっと早く、復讐なんか洗って好きなことして、もっと。色々、やりたかった。
貧乏な生活をして、毎日冷たい水浴びで済ませて。
お風呂に入ってみたかった。
東の国には活火山によりお湯が沸いており、それを利用した温泉なるものがあるらしい。
羨ましい。冬は寒くないのだろうな。寒さで肌が真っ赤にならないのだろうな。
ご飯だって色々食べたい。アークデーモンの演説内容に思わず共感してしまったもの。
世界の食べ物を食べてみたい。
やりたいことはいっぱいある。
でも、だから、こんなところで、
――死にたく無い。
聞いていない。
ゴブリンだけだとパーティメンバーは話してくれたし、みんな眠っていると。
これは狩りだよって。
なのに、なんで、今は人間が狩られているの。
二十人ほどから成る大規模なパーティだった。
でも、今は一桁まで減っていて。
目の前で仲良くしてくれた人たちが、耳を塞ぎたくなる程恐ろしい悲鳴をあげて、殺されていく。
怖い。
それに、目の前の魔人。見たことがない。
――首の無い騎士、あなたは誰?
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