第55話 55 勇者と受付嬢

「今日、学校休むから」

「え」

「うむ、そろそろだと思っておった」


 マラジジの夢を見た日の朝、朝食の席にて。

 生徒会選挙も終わり、いつものルームメイトたちとご飯を食べていた。


 機嫌の良かったシャロもローランの一言に表情が曇り、魔王はやっとかという表情で応えてくる。


「アテはあるのか?」

「取り敢えず冒険者ギルドに行くつもり、何かしらの情報はあるだろう」

「待ってよ!じゃあ、ボクも行くよ!」


 シャロが前のめりで話す。

 それは、好奇心ではなく心配している様子だ。


「いや、その必要はないと思う。あくまでも情報収集だ」


 ローランがそういうと、シャロはしゅんと小さくなる。

 別に役に立たないと言っているわけではないのだが。

 折角、学校に通っているのだから不必要に休みを取るのはいただけない。

 取り敢えず、今日は街の外に出るつもりは無いし、学校に行ってもらおう。


「勇者よ。もしも、街を出るときは用心せよ。何やら嫌な胸騒ぎがするのじゃ」

「ほらぁ〜、ボクもついて行った方がいいんじゃない?」

「だから、大丈夫だって」


「アイリスも心配しておる。出来るだけ早く連れ戻してやれ」


 因みに、魔王は皇女のことを名前で呼んでいる。

 この世界に来て初めてではないだろうか。


 やだ、術師だから嫉妬しちゃう!なんて事はない。


 魔王ですら、あのじゃじゃ馬を乗りこなす事はできなかってらしく、姫君と読んでいたがことごとく却下されたそうだ。


『思い通りならないと何も口を聞かぬのだぞ!あいつは子供か!』


 魔王の言である。


 そんなこんなでローランはシャロと魔王を見送られる形で部屋を出て行った。


 ――――――


 夏休み前に来ておよそ一ヶ月、冒険者ギルドの様子はローランが思っているものとは違っていた。

 朝一の冒険者ギルドへの出入りする人は少ない。

 しかし、今ローランが立っているいつもの冒険者ギルドは朝一にも関わらず、ごった返していた。


 リリアンも忙しそうに走り回っている。

「次の筋肉ダルマさん〜」


 という大声で叫んでいる姿は珍しい。


「って、ローランさんか」

「よっ」


 リリアンは一息いれる。

 本当に休みなく走り回っていたようで、息が荒い。

 それにしても、デフォルトで筋肉ダルマさん呼びは接客として流石に失礼なのではないだろうか。


「学校はどうしたんですかー?まさかサボり?いーけないんだー」


 リリアンは半眼でニヤニヤしながら話す。


「忙しそうだな。何かあったのか?」


 ローランがいつもより活気溢れている待合場所を眺めながら言うと、リリアンは深くため息をついた。


「はぁ〜。魔物の活性化があったみたいなんすよ」

「活性化?」

「はい、夏の間は害獣クラスばかりだった魔法国郊外に大量の魔物が活動し始めたんです。冬に備えてかもしれないんすけど、数が多いわ、やたらと強いわで冒険者殺到なんすよ」


 リリアン曰く、今街の外は魔物だらけで危険らしい。

 冬支度のために村や畑を襲うと言うのは良くある話なのだが、今年はやたらと数が多いらしい。


 その殆どがゴブリンと呼ばれる魔物らしいのだが、少しだけ知性がある。

 ただ、少しだけの知性の割に連携が上手く、強いらしい。


「今来ている筋肉ダルマさんの殆どが怪我人っすよ。甘く見て痛い目あってるんす」


 改めてあたりを見渡すと確かに怪我人とそのパーティが殆どであった。


「どーしたんもんすかねー。こんなに冒険者が苦戦することなんて無かったんすがね」


 リリアンも頬杖をついてその様子を眺める。

 そして、また深いため息をついた。

 冒険者ギルドの受付嬢である以上、見送った冒険者が怪我して帰ってくるのは心地よいものではないらしい。


 人間として馴れてはいけない感覚だよと昔言っていた気がする。


「それで、ローランさんは何か御用で?」

「あ、あぁ。前に一緒に依頼に出たマーリンを探しているんだ」


 リリアンはふと顎に指を当て考え始める。

 そして、何か閃いたかのように手をポンっと叩いた。


「昨日の夕方、依頼に出たっすね!あっと、プライバシーだった」

「前にプライバシーなんて無いって言ってなかったか?」

「覚えてたんすか……。まぁいいや、ゴブリン討伐で夜襲計画のパーティに急遽参加して出て行ったっすよ。そういえば、まだ帰ってきてないっすね〜」


 夜襲計画。

 ゴブリンは昼行性である。それは視界の関係で昼間に狩りをした方がいいという単純なものなのだが。

 討伐依頼の際にしばしば用いられる手法だ。


「どこに向かった?」

「えっとー、ラナークの森。東に行ったところ」

「早馬でどれくらいだ?」

「うーん、二時間くらいっすかね。ってあーちょっと!今はゴブリンが群れをなしてるから一人では危険っすよ!」


 急に走り出したローランを止めるようにリリアンが叫ぶ。

 どうやらマーリンのところに行くと察しがついたのだろう。


「ありがとう、リリアン!多分、大丈夫。それと、黒いアークデーモンが来たらラナークの森にいると伝えてくれ!」


 ローランは冒険者ギルドを出る時にリリアンにそう叫んだ。

 そして、すぐに姿を消した。

 リリアンの三度目の深いため息が放たれる。


「ここは冒険者の本拠地っすよ、アークデーモンなんて来たらレイドバトルが始まっちゃいますよ……」


 その数時間後に見た冒険者ギルドの惨状にリリアンは冷や汗混じりの苦笑いを浮かべながら、カウンターにへたりこんでしまうことを、彼女はまだ知らない。

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