第50話 50 勇者と公約

 温室の当番について、選挙活動が終わるまでの間お休みが欲しいとルナに相談するとあっさり承諾された。

 ルナとマーリンは植物友達と言うこともあって、ルナもマーリンには頑張って欲しいらしく、ローランが助力することをとても喜んでいた。


 奇しくも身内争い(友達同士の争い)となってしまったことは悔やんでいたが。


「ぜひ、ローラン君の本気をマオ君に見せてやれ」


 と、最後は背中を押してくれた。

 投票もマーリンに入れると言質をいただいた。

 嘘ではなかったらの話だが。


 そういうことで、ローランはマーリンの演説活動に参加していた。

 これは、マーリンが生徒会長になったらどのような方針で運営をするか話す、所謂公約である。

 立ち止まって聞く生徒は少ないが、マーリンという人物が立候補するということを深層心理に訴えていくのだ。


 生憎、うちの広告塔はやかましく、我が師、我が師と騒いで通過する人たちから注目を集めている。

 ただ、マーリン自身は人前で話す事はあまり得意ではないようで、注目を集めても上手くその話を聞いてもらえるように掴むことができていないようだった。


 隣の宿敵を見る。

 やはりというか、その人気は絶大である。

 まずは、現生徒会長で学校のアイドル。アンデルセン帝国皇女が冗談混じりに魔王を紹介するだけで拍手が湧く。


 魔王も元は種族の長を務めた身であって、人のテンションを見る目は確かなようだ。心理的に興味をそそったり、興奮させたりと人身掌握術をこれでもかと見せつけてくる。


 ――だから。


 そのせいもあるのだろうか、この魔導騎士見習いがみるみる萎んでいるのは。


「――であって、戦士科の制服のデザインをより若者向けにしたいと思いまして……」


 威勢の消えたマーリンの声が誰も耳を傾けていない空間に響く。

 これはローランがシャロに聞いた、学校の改善して欲しいところだ。

 男子の多い戦士科の制服はシンプルな物で、もっとオシャレなのがいいなぁとシャロがボヤいたのをそのままマーリンに伝えたのだが、この話題の効果は薄そうだ。


 何せ、オシャレを求める女子自体が戦士科に少ない。

 そのような少数のための公約をわざわざ聞いているほど生徒も暇じゃない。


 ――どうしたものかな。


 魔王優勢、誰の目から見てもそれは明白であった。


 ――――――


「大丈夫か?」

「うん……」


 珍しく落ち込んでいるマーリンにローランは声をかける。

 演説があまりにもボロボロだったからなのだろう。

 その背中はいつもに増して小さい。


「人前で話すことなんてすぐに慣れるものじゃない。少しづつ慣れていくしかないよ」


 マーリンはこくこくと頷く。

 元々は口数の少ない性格だ。一週間程度で演説がすらすらできるものではない。


 あと問題は演説の内容だ。

 マニュフェストの殆どはローランが周辺の交友関係から聞き込んできた改善点をまとめたものだ。

 あとはニィーブによって添削されている。


 つまり、マーリン本人の意見は一切入っていないのだ。

 だから台本であって、ただ読み上げているだけのようになってしまう。

 マーリンの心が入っていない台本。


「なぁ、本当にマーリンはやりたい事ないのか?」


 そう訊ねてみる。

 演説をする前は「特に無い」の一点張りであったのだが、

 焦燥感からなのか、その時はボソリと呟いた。


「何でもいいのなら……」


 ――風呂場を作りたい。


 ――――――


 それはマーリンの願望であって、学校運営には関係ない。

 一介の生徒が細々の願うものであって。

 そのようなもの出来るわけも無いし、反対される。

 彼女はそう思って黙っていたらしい。


 マーリンは貧乏生活の中で水浴びや魔術を使った湯浴みは面倒くさいという。学校で済ませれば楽できるというジョークを交えて話してくれた。


 そう、ジョークを交えて、リラックスして話してくれた。

 彼女のやってみたいことを。


「今、俺に話した通りにそのまま明日言ってみよう」


 次の日、早速「お風呂場が欲しい」を演説すると――思いの外受けが良かった。


 その中でも特に戦士科と火砲科からは絶賛された。

 互いに実習で泥やすすまみれになる。その時に水浴びだけでは満足に汚れが落とせないそうで、是非風呂場を作って欲しいとの事だった。


 あとは寮を借りている生徒からも評価をいただいた。

 勿論、寮生活者はその風呂を使うことができるので、冬の水浴びの憂鬱が解消されるとの事だった。


 その他にも、大浴場があれば良いだの、屋外で景色を見ながら楽しみめる露天風呂など、演説のはずが何故か意見交換会のようになる。

 朝の通学路がとても盛り上がっていた。


「風呂場なんて学校が動くはずないのに……」

「まぁ、言ってみるもんだぞ。案外、やってみたら出来たりするからな」


 一番驚いていたのは立案者のマーリンであった。

 心の底では不可能と思っているようだったのだが、周りの人間の励ましが彼女の力になっているようだ。


 そして、演説が終わってみればマーリンは少しスッキリした顔をしていた。

 無理だ、出来ないと先入観を捨て、自分はこうしたいと発言して、称賛、支持を得る。

 不可能を可能にしてみたいと思うようになったようだ。


 人は本心を隠す生き物だ。

 学校を利用する生徒たちが何を求めているのかなんて簡単には教えてもらえない。

 しかし、支持は貰える。今回のように。


 特に、戦士科と火砲科からは票が集められそうだ。

 風呂場作戦、意外と効果あるんじゃないか。


 自分の意見を通す。それがどれだけ勇気がいって、でも、どれだけの達成感があるのか、マーリンは知る良い機会になったのではないだろうか。


 しかし、だからと言って、隣の魔王グループのクリスマスパーティ開催のために内容で拍手喝采は聞き捨てならないし納得がいかないとローランは思った。

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