第49話 49 エルフとクラスメイト

 新学期が始まって数日が経つ。

 マオが生徒会長へ立候補したことにより、朝の修行はシャロ一人で自主練という形となった。


 秋口にもなり、少しづつだが寒さを感じるようになった。

 秋晴れと言っところで、絶好の素振り日和である。

 マオに稽古をつけてもらってから使っていた模擬刀は折れたりして何度も代替わりしている。


 今ではマオ特性の鉄棒入りの木刀を振るっている。

 昔のシャロは素振りなんて素人が基礎を学ぶ為にするためだけと思っていた。

 しかし、マオの指導のおかげで素振りの奥深さを知ることができた。


 さらに、何度も行う反復動作は心身の統一に良い機会となる。

 素振りが終わる頃には頭がスッキリするのだ。


 さらに足腰の土台を作るためにスクワットも忘れない。

 お尻から太もものラインはより引き締まってきていて、稽古の際に履くスパッツにはその曲線美が浮き出ていた。


 マオの料理を毎日食べているお陰もあり、稽古で疲労した筋肉によく染みる。

 毎日の鍛錬に耐えるこの筋肉たちをタンパク質摂取で労うのだ。

 よく頑張ったね、筋肉。


 ――まぁ、別に筋肉と付き合っているわけでは無いのだけど


 付き合うと言えば、最近、ローランもマオも忙しそうだ。

 部屋では選挙の事は持ち込まないと言いながらも腹の探り合いをしていて、その板挟みになる身にもなってほしい。


 そのストレスからか、こうやって筋肉を愛でている。

 つまり、現実逃避である。


 一通りの鍛錬が終わり、部屋に戻ると部屋には誰もいない。

 ただ、マオの手料理だけが中央の机に置かれており、それがシャロの朝飯だ。


 今日の朝飯は東の国の伝統的な朝食であった。

 ライスに味噌スープにニマメ。

 畑の肉と呼ばれる豆と一日のエネルギーになる炭水化物だ。


 ライスは粒がしっかりと立っており、噛むたびにその美味しさが滲み出る。噛めば噛むほど甘みが出るのがシャロは好きであった。

 味噌スープに畑の肉が原材料の豆腐が使われており、この柔らかさはシャロのお気に入り。

 ニマメは砂糖多めで、子ども舌のシャロへのマオの粋な計らいだ。


 相変わらず、美味しい。

 しかし、一人で食べる朝食は寂しかった。


「はぁ、選挙なんて早く終わればいいのになぁ」



 ――――


 戦士科の教室。

 屋外での授業が多い泥臭い教室である。

 戦闘では前衛となることが多く、屈強さや強靭さが求められるせいで女性の人口は少ない。


「おはよう〜メイ〜」

「ひゃん!」


 シャロは仲の良い少女に後ろから抱きつく。

 星空のような腰まで伸びた髪に顔を埋める。さも女性らしい髪型はシャロの憧れであって、いつかはあれくらい伸ばしてみたいと思っている。

 枝毛ひとつなく手入れされた髪はサラサラでまるで絹糸のように肌触りは滑らかだ。


 今日の香水はローズのようで、このまま一生髪に潜っていたいと思った。


 可愛らしい悲鳴をあげたのは、王国出身の女性騎士見習いのメイ・グワルフ。

 魔術科のアーサーとは親戚にあたるそうで、たまに一緒に登校するところを見かける。


「おはようございます、シャロ」


 理不尽にしがみつくシャロをメイは振り払うと、特徴な深紅な双眸がシャロを捉える。

 驚かされて少し怒の入った挨拶が返ってくる。


「また今日も一人だったよー」


 最近はいつもメイに泣きついている。

 寂しいよー抱きつくと、よしよしと頭を撫でてくれる。


「ローランさんもマオさんも忙しそうですよね。今日も朝、エントランスで演説してましたもの」


 そう、二人は票数を稼ぐために登校する生徒たち向けてエントランスで演説をしている。

 マオにはアイリスがマーリンにはニィーブとローランが付き添いでついており、ついでという形で隅っこにはライラと推薦人のマルクの副会長組がいた。


 他の立候補者たちは現生徒会長の縄張りに入らまいとエントランスに近づかないのだが、マーリンとローランはあえて渦中に飛び込み、張り合うように演説しているそうだ。


 クラスメイトからは命知らずの魔術師二年コンビと呼ばれている。

 二人が命知らずなのはシャロも認めるのだが――少し嫉妬してしまう。


 ――ボクも立候補していたら、隣にはローランが立ってくれたのかな……


 ブリーズウィーズル討伐の際も、やはり活躍したのはあの二人で、あの時も隣に立てなかったのが悔しかった。

 そりゃ、はじめての実践であって仕方がないとフォローされたけど、避けるのがやっとで、戦闘というより逃げていただけだ。


 ――ローランの隣に立つにはもっと強くならないと。


 誰かに取られちゃう。


 きゅっと胸が締め付けられる。

 あの横に立つのは自分でありたい。

 そして、お互いに背中を預けられる関係になって……それから……それから……。


「……ロ」


 戦いが終わって、疲れたーってローランの身体にもたれかかったら、芯の通ったガッチリした筋肉に包まれて。

 顎をくいって、ローランの瞳に吸い込まれるように見つめられて、きゃーー!!


「シャロ!痛いのですけれど!」

「……あ、ごめん」


 いつの間にか、メイに抱きついたまま妄想に耽り過ぎていたようで、抱きしめると言うより締め付けていたようだ。

 しかし、やはり戦士科の女子。

 抱きついていた腹筋や腹斜筋、広背筋は一般の女性よりもがっちりしていた。


「シャロはどちらを応援しますの?」

「分からない……」


 どちらかを応援すると思った事はない。

 どちらも応援している。けど、本当は二人とも選挙なんかに関わって欲しくはなかった。

 そうなるとどちらとも応援していないとも言える。


 少し混乱していた。

 なんというか、続いて欲しかった日常とは違くて、なんだか疎外感も感じて。


 だから、とても悔しかった。

 まだまだ自分は甘えたがりなのだ。


 そんな沈んだ顔をメイは察したのだろう。

 メイはシャロを包む良いに腕を回して、抱き寄せた。

 頭を数回撫でる。


 シャロにとって、メイは親友だ。

 面倒見が良くて、お姉さんのような。

 一年の時から交流があって、女性であることを告げた時もすぐに受け入れてくれた。

 心の広い、素晴らしく出来た人間だ。


 そしてこの女性らしい美貌。

 シャロは出会った時の憧れで、もしエルフではなかった是非黒髪にしたいと思ったし、彼女の深紅の瞳は吸い込まれるように綺麗だ。


 シャロの憧れである。


 だから、意趣返しのように、抱き寄せた腕で背中をのはとても痛いので今すぐやめてほしい。


「いだい!いだい!メイ!背骨折れる!」

「さっきのお返しです」


 そうだ、この女は異常なくらい負けず嫌いなんだった。

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