第23話 23 勇者と過去の記憶 2

 ローランはまたしても見覚えのある景色を見ていた。

 それは立派な王宮の謁見の間である。

 正面にはオルランド王国と友好深きイングレス王国の国王が玉座に深々と腰掛けていた。

 ローランはこの王国をみてすぐに過去の記憶と察した。

 以前見たオリヴィエの夢と同じである。


「それて、魔王軍とお主らオルランドの戦いに我が軍も参加せよということか?」


 国王の低く深い声が響く。

 その睨みを聞かせる瞳はローランとその同行者を見極めようとしているだ。


「はっ、我らオルランド王国は精鋭十二人のパラディンはおりますが、何分兵数が足りておりませぬ」

「ふっ、我が息子すら成れるパラディンが精鋭とは聞いて呆れる」

「御子息様は武功こそ他に引けをとっておりますが、判断能力とその勇気は他のついづいを許しておりませぬ」


 その同行者の言葉を聞き、玉座の横に立つ王子が鼻を鳴らす。

 武勇についてはローランやオリヴィエといった規格外がいる。

 比べてはいけないのだ。


 イングレス王国の王子はオルランド王国の騎士団に入団していた。そして、精鋭十二人の一人にまで駆け上がったのだ。名をアストルフォと言い、戦闘こそ人並みであるが国の秘宝と言って不思議な道具を扱った。

 例えば、「触れたものを必ず落馬させる」不思議な槍や吹けば相手を倒せる角笛、さらに上半身は鷲、下半身は馬という幻獣ヒポグリフを乗りこなすといったある意味規格外な力を持っている。


「それで、テュルパンよ。我らイングレスがその戦いに参加してどう言った益がある?」


 ローランの同行者のテュルパンと呼ばれた。

 その太陽のように光るツルツルの頭に大司教の名に恥じない装飾が施された司教服はこの謁見に無礼無しと示している。


「勝利の暁にはイングレスの名声は更に広く他国へと広まるでしょう。また、オルランドとの結束はより強固になり、国の繁栄へとつながります」


「必ず勝てるのか?」

「必ず、我が剣アルマスに誓って」

「その自信は何処からやってくる?」


「このローラン、魔王軍初戦にてその武功は魔族一万を一部隊で討ち滅ぼしました」

「ほう……?」


 イングレス王はこちらを見てくる。

 それは嘘である。実際はローラン四千五百、オリヴィエ五千五百であった。

 テュルパンはオリヴィエを居なかったことにしたのだ。


「さらに、もう一人猛将オリヴィエの武勇はこのローランを越えます。

 彼女もまた、これからの戦場で活躍するでしょう。

 また、魔王軍の前線は広がり、魔王幹部クラスはこちらに向いておりませぬ。イングレスの兵が極端に危険になる可能性は低いかと」


 オリヴィエが勇猛である事は真実であるが、魔王幹部は初戦にいた。つまり嘘をついたのだ。

 魔王幹部はローランとオリヴィエでやっと抑えられる相手だ。


「我らパラディンはそれぞれ能力は違えど皆、勝利を一つに戦わせていただきます。そこへ、かの指揮官アストルフォ王子へ兵を頂けていたたければより強靭な軍になりましょう」


「もし、我が嫌と申したら?」

「パラディンの刃はイングレスの喉を引き裂きましょう」


 テュルパンは国王に向かい、その宣戦布告とも捉えられる一言を放った。

 国王は隣に立つアストルフォ王子の顔を見る。

 アストルフォは同調を促すように国王へ頷く。


「分かった。アストルフォへイングレス兵一万五千を預ける。うまく使い、かの魔王軍を撃退してくれ」

「はっ!ありがたき幸せ!」


 これが、パラディンであり大司教も務める交渉役テュルパンという男であった。


 ――――


 謁見が終わる頃には夕刻になっていた。

 テュルパンは謁見が終わると早々に王城を後にした。

 イングレス王国の教会に顔を出すと言っていた。


 ローランはアストルフォと小一時間ほど話をしてテュルパンを追うように教会へと向かった。

 しかし、彼は教会には居なかった。それどころから顔すら出していないと言う。

 行方不明だと慌てる事はない。そう言う時に彼が居るのはあそこだ。


 ガラの悪い傭兵や浮浪人のような風貌の男がテラスに座る。

 中に入ると怒声が響き渡っている。

「いらっしゃい」と奥のカウンターから店員が一言声をかけてくれる。

 ローランは王城から一番近い酒場に足を運んだ。

 教会とは反対方向の道であった。


 カウンターの隅にその特徴的なツルツルの頭に着替えたようで、薄着れた服を着た老兵が酒をちびちびと飲んでいた。

 テュルパンである。


「教会まで行ってきました。あなたは居なかった」

「今日の私の教会はこちらだったようです。私はバッカス様も信仰しておりますので。

 ローラン殿、好きなのを頼むがいい」


 ローランは苦笑いを浮かべる。

 そして、店員に酒を頼むと、テュルパンの隣に座った。


「それにしても、よく王族にあそこまで強気にいけますね」

「あの王はああ見えて臆病でな。まぁ、安心できる言葉が聞ければ協力してくれるのじゃよ」

「安心できるって、嘘を並べただけですよね?」


 ローランは眉を寄せる。この頃のローランはテュルパンのつく嘘は好きではなかった。

 嘘というのは見栄や偽計といったいい印象を持っていなかったからだ。


「まぁ、嘘を本当にするのは戦場でのワシらの仕事じゃ。あの交渉はワシらの戦争のためにも必要な嘘だったのじゃよ。……ローラン殿は嘘が嫌いか?」

「好きでありません」

「そうか……」


 テュルパンは少し酒を飲む。

 ローランの頼んだ酒も来たので、一口いただく。

 甘い果実酒であったが仕事の後でもありとても美味しい。


「ワシは戦場に出る僧侶として多くの経験を持つ。特に、戦争の後は心締め付けられることも多い。

 ローラン殿は勇猛に戦った戦士の死を恋人にどう告げる?」


 ローランは少し考えた。

 そして、今自分の答えを告げる。


「真実を告げます」

「ワシも同じじゃった。その子は次の日死んだ。自身で胸を一突。彼の後を追ったようじゃ。

 あの時、嘘でも別の戦場へと行ったと言っても良かったのかもしれん」


「しかし、それではいずれバレてしまうのでは」


「バレるじゃろうな、しかし人の死を受け入れるには時間が必要じゃ。段階を踏み、ゆっくりと施しをすれば、弱い精神力も飲み込まれずに済んだやもしれん。嘘はその為の時間稼ぎになり得るんじゃよ」


「……テュルパンが何を言いたいか分かりませぬ」


 テュルパンはこちらを向く。

 アルコールで茹で蛸のように赤くなる顔であるが、その瞳は酔ってはいなかった。


「人は嘘無しには生きてはいけぬ。ローラン殿も嘘をついたことのない聖人ではなかろう。嘘を武器と割り切り、その使い方を磨くのも大事ということだ。使い方を間違えは人を陥れ、うまく使えば人を助けるきっかけになりえるのだ」


「それは開き直りなのでは」


「開き直って何が悪い。それで守れる命があるのであればワシは嘘をつくぞ」


 人を守るための嘘か。

 確かにこれから先、テュルパンは沢山の戦場で嘘をつく。

 魔王軍幹部による総攻撃で絶望的な状況、指揮官の喪失により戦意喪失の兵士たちに勇気と希望を与え続けた。


 そして、嘘を本当にしていったのだ。

 懐かしい夢を見たとローランは目を開く。

 やはりまだ夜であった。


 月はまだ高く窓から覗いている。

 その窓際には魔王が一人、読書に耽っていたのだった。

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