前世で勇者だった俺が魔術で召喚したのは前世の魔王だった 〜前世の宿敵は今世の仲間?〜
満地 環
Chapter01 秘事エルフ
第1話 01 魔王、召喚しました
「これより、魔術師の試験。召喚術を行う!」
ここはウォルフォード魔法国立学校。
大陸中の騎士、冒険者を目指す若者が集まる学校だ。
校風として年齢の規定はなく、素人から見習い、中には初心に戻って学び直す勤勉なベテランも混じる少し混沌とした学校である。
学科は剣から槍、斧と近接戦闘を学ぶ戦士科。
四大元素や未知の魔術と言われる闇、召喚魔術を学ぶ魔術科。
銃や大砲など火薬を使った遠距離戦闘や戦術を学ぶ火砲科。
治癒や呪いの解読について習得、研究やアンデットに特化した白魔術を学ぶ治癒科。
など多岐にわたる。
俺の名前はローラン・バン・キャメロン。
実は俺には秘められた記憶がある。
それは、前世の記憶だ。
しかし、その記憶はぼんやりした物で、細かな所までは覚えていない。
しかし、ハッキリと覚えていることがある。
それは、前世の俺は勇者だった。
世界を救う勇者ローラン。
そして、前世を混沌に陥れた邪悪な魔王と戦い、激戦の末、相打ちとなった。
魔王が死んだかどうかは分からない。
ただ、お互い最後の攻撃は首の皮一枚の中放たれた一撃だった訳で、その一撃がお互いの生命を落とす一撃だったと思いたい。
魔王の死を確認できないまま死んでしまったので、希望的観測になるが、きっと、いや絶対、あの後世界は平和になっている。
死の世界に落ちていく中で、勇者によくある女神に声をかけられ、気がつけば転生していた。
女神が何か言ったかも覚えていない。
何もかも靄がかかったように記憶が曖昧だった。
しかし、その中で勇者だったことは覚えていた。
転生した時は十五歳と生前より若くなっており、力も引き継いでいた。
近くの村まで行き、村人に勇者であることを伝えると、バカにされた。
というか、頭のおかしいやつ扱いだった。
そこは俺がいた世界と全く違った世界で、魔王などいない平和な世界だった。
そして、俺の世界と大きく違ったのは魔術という不思議な力があることだった。
俺の世界は剣と弓矢の世界だった。
身体と鉄で殴り合う、泥臭い世界だった。
俺は早速魔術を学ぼうとしたが、これがまた難しい。
すると、魔術を教える魔法国立学校があるとのことでお金を集めて今、ここにいる。
今日は魔法国立学校の一年生の進級試験だ。
召喚術。教科書に描かれた魔法陣を作り、詠唱し、自分の味方となる魔物を召喚する。
クラスメイトたちは次々と魔物を召喚する。
その魔物が一生の相棒という訳ではなく、魔物を消すことでまた新たな魔物を召喚できる。
極めれば二匹、三匹と数を増やせる。
そう言った者を召喚術師と呼ぶらしい。
俺は召喚術師に興味はない。
あくまでも魔術師を勉強したい。
魔法陣は覚えているから、ちゃちゃっと済ませて進学しよう。
そう思っていた。
「次、ローラン・バン・キャメロン」
「はい!」
先生に呼ばれて、召喚するスペースに立つ。
教科書で暗記した魔法陣を描き詠唱をする。
クラスメイトと同じように魔法陣が輝き始める。
しかし、その魔法陣は他のクラスメイトと輝き方が違った。
どす黒かった。
みんなはこう、もっと青白く綺麗な光だったのだが、俺の魔法陣は黒く、しかも煙が立っていた。
クラスメイトは怯えているし、先生は身構えてる。
やめた方がいいのだろうか?
でも、そんな指示がこない。
勝手にやめたら進学できないかもしれない。
ええい!ままよ!
そう思い続けるとそのどす黒い光が大きくなり教室を包み込んだ。
光が止み、煙が捌けると奴がいた。
曖昧な記憶の中で強く残るその女の顔。
その角は禍々しくとぐろを巻き、まるでティアラのように頭に飾られ、その種族を主張している。
その髪は腰まで伸びており、色は闇より深い黒色。
その瞳を閉じた横顔は可憐で、魔族でなければ貴族令嬢のような気品さを醸して出している。
それは、前世で死闘を繰り広げた魔王だった。
ばちばちと魔法陣から火花が飛び散り、光を完全に失う。
そして、魔王の閉じた瞳がゆっくりと開かれる。
吸い込まれる金色の瞳はどんな宝石もその美しさには敵わないだろう。
「ま、魔王!?」
「アークデーモンだな!初めての召喚術でよくやった!」
俺の言葉をかき消すように先生入った。
アークデーモン?いや、目の前にいるのは紛れもなく魔王だ。
世界征服を目論み、人類を恐怖に陥れ、俺が倒した。
魔王はこちらに気づくと、身に纏うドレスの裾を持ち上げる。
貴族さながらの挨拶だ。
無言なのがまた不気味な印象を与えてくれる。
「知性のある人型とは素晴らしい。ローラン、君は進級だ」
その場で進級を言い渡される。
いつもの俺なら飛んで喜ぶだろうが、今はそんな暇はない。
こいつがいつ暴れ出すか、警戒しなければ。
「どうした?浮かない顔をして、気に入らなかったら消せばいいだろう?」
そうだ!召喚術は消せる!
キャンセルだ。チェンジ!いや、こんな美人、チェンジはあり得ないが。人族だったらなぁ……。
「消えろ!」
やり方も知らないのにそう言ってみる。
しかし、なにも起こらない。色んなポーズを取ってみる。
意味がない。魔力の流れも工夫してみる。
でも、消えない……。
すると、魔王は俺に近づき、頬に手を当てる。
本当に綺麗な魔王だよな。
「私を消してくれるのか……?」
寂しそうな言葉だった。
そして、この言葉は前世でも強く記憶に残っている。
最後の一撃を放つ時に魔王が呟いた言葉と同じだった。
「消せない……」
「そんなはずはないだろう?」
俺の言葉に先生は疑ったように言う。
しかし、消えないのだ。
何故。
「おいおい、なんだその貧相な魔族。俺のコカトリスの方が強そうだよな!」
クラスの陽キャが絡んできた。
どうやら先生がその場で進級を告げたのが気に入らなかったらしい。
まぁ、他の奴らは後日報告だったからな。
「こんなへなちょこ、オレが倒してやるぜ。やれ!コカトリス」
「やめなさい!試験中ですよ!」
先生の忠告も聞かずに陽キャのコカトリスは魔王に襲いかかった。
コカトリス、その魔族の特徴は石化魔法を使うこと。
魔王の身体がみるみる石に変わっていく。
石化が全身を包み込むと、そこには魔王の石像が立っていた。
「他愛ねぇ、こんな弱い魔族じゃ進級できねーだろ!」
先生に睨まれる陽キャだが、態度を改めることはなかった。
そして、俺の進級取消を訴えている。
しかし、俺はその石像に釘付けだった。
その微かに入ったヒビが徐々に大きくなるのを見ていた。
「石化魔法を使ったらすぐに砕くのが常套でしょう」
その場の全員がその石像を見た。
石が崩れ、石化魔法が解ける。
「まぁ、その前にレジストはかけていましたが」
魔王は冷静に、冷たくあしらってみせた。
服についた石の欠片を祓いながら、その殺気のような恐怖心を掻き立てる笑みを陽キャに向けた。
「ひっ!?コカトリス!もう一回だ!」
コカトリスが動こうとした時、魔王は右手を前に出す。
コカトリスの影から無数の手が伸びる。
影を操る闇魔術だった。
この魔王、どこで魔術を学んだんだ?
その手はコカトリスに絡みつくと、影に引き込んでゆく。
コカトリスの恐怖の悲鳴だけが教室に響き渡る。
「他愛ないですね」
陽キャはその光景に恐怖し、尻餅をつく。
そして、魔王と目が合うと顔がみるみる青ざめる。
人が死と直面した時の絶望した顔だ。
「ひ、ひぃぃい」
なんて、情けない声を出して陽キャは逃げるように教室から出て行った。
クラスメイトたちはその光景にただただ呆然と見ていた。
そしてその沈黙の中、魔王は改めて俺の前に立つ。
にこりと笑顔を見せる。その笑顔は、先程まで陽キャに見せていた物とは違い、親しみを感じる者であった。
俺を除いては。
そして、その鈴のような透き通った声で魔王はこう言った。
「これから、よろしくお願いしますね。――勇者」
多分、俺の顔も相当青ざめていたと思う。
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