第7話

冒険者ギルドの訓練場は大歓声に包まれる。

 その中心にいるのは、俺とAランク冒険者で、たった今『紅魔剣』を失った『紅魔剣のグレン』である。


 そして、俺はというとシーラさんに抱きつかれ、拘束されている。


 そんな空間に、コツンコツンと足音を立てて迫りくる男。


「訓練場が妙に騒がしいと思って来てみれば、何とも面白い光景が見れたもんだ。まさか『紅魔剣のグレン』が新人冒険者に破れるとはね……」


 目の前の男の容姿は、長い尖った耳に金髪のサラサラとした髪、ファンタジー定番のエルフだった。

 エルフはグレンをチラリと見て、視線をこちらに戻す。


 その男の登場に、シーラさんは驚いた表情を浮かべて、


「ギ、ギルドマスター! どうしてここに!」


 突如として現れた、エルフの男はフィンブルド領を取り纏めているギルドマスターだった。


 ギルドマスターと呼ばれたエルフは訓練場を見渡して、


「どうもこうも、訓練場でこんなに騒いでいたら嫌でも気づくよ。それに僕も仕事ばかりで退屈していたしね……」


 ギルドマスターは優しげな笑みを浮かべる。

 俺もこの笑みによって、悪い人では無さそうだと察する。


 シーラさんもギルドマスターの答えに「はぁ……」と納得行かなさそうな表情を浮かべている。


 ギルドマスターは周りを見回した後、俺の方に向いて


「決闘は見させて貰ったよ。あ、申し遅れていたね。僕はこのフィンブルド領管轄のギルドマスターのイエイラだ。今後ともに宜しくね。で、僕は決闘を途中から眺めていたんだけど、どうしてこうなったのか説明してくれないかな?」


 シーラは俺の拘束を解いてくれたので、俺もギルドマスターに向いて、ここまでの経緯を説明した。


 すると、エルフのイエイラは頭を抱えて、溜息を吐く。


「はぁ……またか。グレンのやつ、いつも面倒事ばかりを起こしやがって。だが、こいつも伊達にAランク冒険者になったわけではないからな、扱いに困っていたところだよ」


 俺もイエイラの気持ちには同情出来るところがある。力だけを持った問題児ほど厄介なものはない。


「で、君が決闘に勝利したわけだけど、君、ソウタくんは何を望むんだい?」


 イエイラは決闘の賭けについて俺に問う。

 俺は条件として良いと思っていたのだが、実際何でもとなると、決め切れないなと思う。

 俺は少し悩む。


「あまり決闘のことが分からなくて、勝ったのは良いんですけど、この場合だと普通何を要求すれば良いんですかね?」


 要求する内容が分からないので、知っていそうなイエイラに尋ねた。


「そうだなあ。普通であれば全財産を没収だったり、奴隷としたりすることもあるな。今回は何でも良いということだからなぁ」


 イエイラの奴隷という言葉には驚いた。

 奴隷制度があるというのはある程度、白髭の爺さんから聞いていた。

 だけど自分が奴隷という言葉に実際に接すると、奴隷制に耐性がない俺は驚かざるを得ない。


 そして、ある程度イエイラさんの話を聞いた俺は、グレンに対して要求を告げた。


 告げた要求はまず、グレンの財産の没収、そしてシーラさんに近づく事を禁じるというものにした。

 それを破った場合は一般奴隷と堕ちるという条件で決闘は完全に幕を閉じた。



 その後はギルドマスターから色々と手続きがあるとのことでイエイラの執務室へと案内された。


 イエイラに促されるように、俺はソファへと腰を掛ける。

 イエイラも反対側へと座り、シーラさんは執務室へと入ってからお茶の準備をしている。


「改めて、ここのギルドマスターのイエイラだ。見ての通り種族はエルフだよ。宜しく」


 俺とイエイラさんは簡単に握手を交わす。


「一応、あの素行の悪さでも、グレンもAランク冒険者だ。それを武器破壊が勝利条件とはいえ、倒すなんて君凄いね」


 イエイラは純粋に俺の事を褒めてくれる。

 俺も褒められて悪い気はしない。


「はい、何とか運良く勝てましたよ」


 イエイラはシーラに出してもらったお茶を啜る。


「君のような子が冒険者ギルドに入ってくれて本当にギルドとしても嬉しい限りだよ。最近では魔物が活発化していてね、1人でも有能な冒険者が居てくれると本当に助かるよ」


 イエイラはそういうとお茶を啜る。


「はい、イエイラさんの期待に添えるか分からないですけど、僕なりに頑張ってみようと思います」


 そして、突如イエイラの眼が少年のように輝き出した。


「うん、それは本当に助かるから今後ともによろしく。で、聞きたかったんだけど、どうやって『紅魔剣』を破壊したんだい? 一応、あの剣は魔剣だし、それがあんなボロボロの剣に砕かれるとは到底思えない。となると、君に特別な何か———」



 突如、イエイラさんが鼻息を荒くして俺に詰め寄るように近づいてくる。

 だが、それを制すようにシーラさんがお盆のようなものでイエイラを叩く。


「ギルドマスターそこまでにしといてください! ソウタさんが困っています」


 イエイラは叩かれた頭を撫でて、


「シーラよ、一応僕はここのギルドマスターなんだが、ギルド職員がギルドマスターお盆で叩くってのはどうなんだ?」


 イエイラは自分がギルドマスターである事を主張するか、シーラはそんな事は気にも留めないようで、


「はい、一応そうでしたね。私はギルドマスターの悪い癖を止めただけですし、それにソウタさんが困っていらしたので」


 イエイラには毅然とした態度を取るシーラも、俺の名前を出すと少し恥ずかしそうに目を逸らした。


 という俺はシーラに助けられた部分がある。

 持っている能力がバレるのはなるべく避けたいと思っていた。

 

 そんな様子を見たイエイラは頭を抱える。


「はぁ、僕はギルドマスターだというのに威厳は……まぁ仕方ない、他でもない『シーラのお墨付き』だもんな」


 イエイラがシーラを茶化したように言うと、シーラが持っていたお盆がイエイラの頭に炸裂した。


 そして、イエイラはシーラから食らった一発によって意識を刈り取られた。


 俺はそのやり取りをみて、シーラさんとイエイラはなんやかんやで仲が良いのだなと感じた。

 もしくは相当、ギルドマスターの肩身が狭いのか。

 ちょっとだけギルドマスターが可哀想だと思ってしまった。


 気絶してしまったイエイラは他所に、シーラさんがギルドマスターに代わって、色々と手続きしてくれた。

 

 何ともさっきのことがあったせいか、小っ恥ずかしい空気が執務室に充満していた。


 シーラさんが書類の出す書類に俺は言われるようにサインをしていく。


「これで最後になりますね。冒険者グレンの財産はこちらで差し押さえた上で、ソウタさんにお渡し致しますので、それまでは少々お待ちください」


 手続きは終わりのようで、シーラさんから受け取りの控えを貰った。


「じゃあ色々とありがとうございました。冒険者登録したばかりでどうなるかと思いましたけど……」


「それに関しては私こそご迷惑をお掛けしてすみませんでした」


「いえいえ、そんな迷惑だなんて……でも、良かったです。シーラさんのような人に出会えて、これで冒険者としては安心して活動していけそうです」


 俺がそう言うと、シーラさんの頬が赤くなったのは気のせいだろう。


 俺はシーラさんと気絶しているイエイラさんにお辞儀をしてから執務室を後にした。


 それから冒険者ギルドの広間のところに戻ると、入って来た時と同じように活気付いていた。


 

 俺は4人組の男女の所へと歩いていく。

 というのも、借りたというか、追い剥ぎした鎖帷子を返す為である。


 俺が近寄ると向こうから声を掛けてくれた。

 俺としては、早く鎖帷子を返せ、と言われるかと思いきや、


「おい、お前。めちゃくちゃ凄えじゃんかよ。俺感動したぜ」


 腰には鉄製の剣を携えている細身の青年、名前はケインというらしい。

 俺が鎖帷子を無理矢理脱がした奴だ。

 申し訳ないとは若干は思うが、こいつもグレンを煽っていた奴の1人なのでお互い様だと俺は思っている。


 ケインのパーティメンバーなのか、大楯を背中に担いだ男が、俺の肩を勢いよく叩く。


「俺はマルゴだ、一時はどうなるかと思ったが、お前、本当に良くやってくれたぁ、ワハハ。あの『こう魔剣のグレン』いや、もう『ただのグレン』には俺たちも煮湯を飲まされていたからな。ワハハ」


 マルゴの名乗る、グレンには劣るが、体が大きいコイツは加減というものをあまり知らないらしいが、悪い奴ではない。


 そして、マルゴとケインの仲間の女の子2人は、1人が魔法使いなのか、尖りの帽子を被り、赤色の髪のマリンと、もう一人がシーフ系なのか短剣と身軽な着こなしで、緑色の髪色をしたサリネ。


「新人冒険者なのにやるじゃない……」

「期待の大ルーキーだね!」


 そう言うマリンとサリネ。

 疑問に思ったので、ケインに確かめる。


「ケイン達は4人で一緒にパーティでも組んでいるのか?」


「そうだ。俺がリーダーで今は『翼竜の翼』というパーティ名で活動してるよ。一応、こう見えても俺たちはCランクの冒険者だ」


 ケインが自慢げにそういうが、色々と突っ込みたいところがあるが辞めておいた。


「やっぱり、冒険者って普通はパーティみたいなものを作るのか?」


 疑問に思ったので、ケインに尋ねる、


「そうだなぁ、ソロの冒険者も完全に居ないというわけではない。実際にソロでも最高ランクのSSSランクの冒険者は存在しているよ。けれど、現実的ではないね」


「というと?」


「やっぱり冒険者は何かと大変なことがある。野営にしてもそうだ。一人では野営なんて出来ないし、見張りになった時と困る。そういう風に考えるとパーティは組んでおいた方が良い」


 ケインは真剣な表情でそう語る。

 俺とケインがそんな事話していると、マリンが


「それなら、私たちと一緒にパーティを組むってのはどう? 最初のうちはわからない事は私たちが教えてあげるし、それにパーティとしては戦力が上がる」


 マリンの一言に、納得していくケイン、マルゴ、サリネ、そして俺。


 こうして、暫定的ではあるが、名前は凄く嫌だが、『翼竜の翼』と一緒にパーティを組むことになった。

 

「そういえば、ソウタは俺に鎖帷子を借りに来るぐらいだったし、防具とか装備とかあるんか?」


「いや、今日冒険者になったばかりだし、戦闘用の剣も無ければ、防具もない」


 俺がそう言うと、盾使いのマルゴが


「ワハハ、そうだったな。新人冒険者ってこと忘れちまうな。俺たちが世話になっている武器屋知ってるから今からそこ行こうぜ」


 武器は準備しないと行けないと思っていたので、マルゴの誘いに乗る。


「だが、その武器屋の親父さん、おっかねぇからな。ソウタも気をつけるだぞ? ワハハ」


 いや、何でそんな所に連れて行く、と疑問に思ったのだが、こうなれば大船に乗った気持ちで行くことにした。

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