あの日
鋼の翼
第1話
「なあなあ、聡って確かlive or die持ってたよな? 今度一緒に遊ぼうぜ!」
「お前やってたのか。意外だな」
県立岩戸高校の制服を着た二人の男子が夜8時の裏道を歩いていた。二人は鮭のボールペンをストラップとして下げた部活のバッグを抱え、重いリュックを背負い、馬鹿笑いしながら家への帰路をたどっていく。
「そういやさ、俺の一つ違いの弟いるじゃん」
「あー望君だっけ。それがどうかしたか」
「あいつさ、起業したいんだって」
「ほえー。そりゃあすごいな」
二人の背後にある家の電気が消灯した。
後ろの家の玄関がゆっくりと開けられ、中からパジャマ姿の男が飛び出してきた。必死の形相で飛び出す男だったが、直後に口から血を吐き、白目をむいてその場に倒れこむ。
「驚いたんだけどよ、真剣そうな表情だったから応援することにしたんだよ」
「偉いなあ瞬は」
周囲の家への迷惑など考えず、二人は笑い合いながら電灯の点滅する裏道を歩いていく。その後ろで、血塗れの大男がゆっくり二人を追うように歩き始めた。
「そういえば将来何になろうかな」
「俺らも高3だしな。そろそろ決めなきゃ」
「どうせ瞬は国立大目指すんだろ。常に学年20位以内に入りやがって。この、この」
さとしは瞬の足をふざけ半分で軽く蹴り、全力で走り出す。それを瞬が笑いながら痛いなあ、と屈みこむ。いつもの悪ふざけ。小さい頃からずっとやってきた二人の挨拶のようなやりとり。
けれどもそれは、屈みこんだ瞬の背後に立った影によって未来永劫できないものへと変わってしまう。
「あれ、瞬のやつ遅いな」
十メートルを軽く走り終え、聡はふっと後ろを見た。彼の視界に映るのは暗い夜道だけ。先ほどまで隣でふざけ合っていた瞬はいない。いつもよりも強めに蹴っちゃったかな、と心の中で呟きながら聡は駆け足で今来た道を戻っていく。
ボロボロの電灯に照らされる暗い舗装路に異様な静けさがまとわりつく。聡は自身の体に鳥肌が立っていることに気づいた。真夏の夜。蒸し暑いことはあっても鳥肌が出るほど冷え込むことはない。
無意識に足が強張り、進もうとする意志に反して足が動かなくなっていく。
「瞬、何かあったのか?」
返ってくる返答はない。聡は深呼吸して瞬がいるはずの場所に足を送る。仄かに血臭が漂い始める。未だに瞬の体は見当たらない。
血の臭いが強くなっていく。そんな時、聡は床に置いてあった何かに躓き、地面に両手をついた。おっかなびっくりそれに目を向ける。見慣れた鮭のボールペンが付いている鞄。聡はすぐに瞬の物だと確信する。
「瞬、そこにいるんだろ、出て来いよ。早く帰らないとみんな心配しちまうぞ!」
震える声を張り上げ、周囲に声を投げても静寂以外の返答はない。ふざけてるんじゃねえぞ、もう一度聡は声を張り上げる。声は相変わらず返ってこない。聡は立ち上がり、さらに来た道を戻っていく。突然、重く柔らかいながらも硬さのある物体が足に当たった。驚いて見れば瞬のリュックだった。
聡の心臓が早鐘のように拍動する。呼吸が荒くなり、いてもたってもいられなくなり、聡は走り出す。しかし、二歩目が地面に着いた瞬間、ピチャリと液体を踏んだ音が鳴った。おそるおそる足元を見る聡。
――足元には、頭のない人の体が転がっていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
2050年。日本政府は高等学校までを義務教育と定め、それ以前に家庭内の都合で就職を選択するという若者を減らす政策を打ち立てた。日本国民が高等教育までを等しく受ける権利、それは一瞬のうちに確立され、中等教育までしか受けれず、選択できる職種がない、などという事態は改善された。
しかし、より優秀な人材を集めようという私企業の観念から、大学受験競争がさらに激化。浪人生が多数生まれ、若年無業者数は過去最高の数値を叩き出した。
2052年。依然として若年無業者数の減らない中、家庭内殺人が日本全国で多発した。警察は巨大組織による計画的犯行として調査を進め、家庭内殺人が起こった家に共通する、ある一つの事実を発見した。
『その家族には必ず若年無業者が一人いる』
その情報が確実なものか断定できずにいた警察は、10軒の若年無業者が在宅する家を極秘に監視する判断を下した。
半月後、10軒の内の一つを監視していた警官から、
『家庭内殺人の容疑者を殺害した』
という報告が上がった。
その警察官によれば犯人は人とは思えないほど眼球が紅く染まり、涙を流しながら肉親や兄弟に噛みつき、肉を抉り、貪るように彼らを殺したとのことだった。
同様の報告は他世帯から8軒に渡って連絡された。
政府はそのうちの一人を捕獲、特別の研究機関を創設し、その施設で捕獲した人物を材料にして様々な実験を行った。
その結果、生命力、膂力、咬筋力、その他さまざまなものが人の域を超越した領域で完成されていることがわかった。しかし、ある一点において彼らは人に負けていた。『知能』。それが以上に低かったのだ。
言葉が通じない。そのうえ、誰かに命令でもされているのか、本能のままなのかはわからないが、とにかく人の血を求める。それも、血の繋がりの強い人を優先的に狙って。
この報告を受け、政府は彼らを『吸血鬼』とし、吸血鬼に対する特別措置法を発令した。吸血鬼と遭遇した場合の警官の拳銃使用、そのほか狩人などに吸血鬼殺害の許可が出された。会話のできない、民衆の安全を脅かす存在に対し、政府は徹底的に対策を講じた。
やがて、吸血鬼の存在が再び架空の物へと還ろうかというレベルまで吸血鬼の数は減少した。政府は特別措置法を棄却、警察は日々の巡回を増やすという対策を講じて吸血鬼騒動は幕を下ろした。
中畑
「どれだけ探しても書いてあるのは事実だけ。その裏側にある発生原因などは追究されないまま」
だが、彼が一年かけて調べた上げた資料には歴史上の事実としての存在しかなく、それが発生した原因やなどは一切表記されていなかった。彼は自分がまとめてきた手帳の中身を見る度にその背景にある無駄だった時間を思い出し、壁を殴りつけたい衝動に駆られる。
「これでこの事件は終わった? 未解決のままだろう」
握り拳をつくったまま、彼は自分の兄を思い出す。
学業、交友、部活。何もかも充実し、人生の最高期である高校生で友達を庇い、吸血鬼に襲われて殺された兄のことを。
「そうだ。終わってなかっただろう。ただ減少したというだけで一気に警戒を緩めた結果が兄さんの死だ」
彼はもう一度資料を漁り始める。資料に残されている僅かな表記の違い、曖昧な部分、矛盾。すべてを洗い出し、この事件は未解決であるともう一度世間に知らしめるために。
すでに外では月が昇り、電気がついている部屋は彼のいる部屋だけになっている。それでも彼は手を、頭を、止めようとしない。すべては彼の兄のために、そして、兄が殺された時に近くにいた友人を責めるために。
「朝か」
目と脳の疲労を感じ、顔を上げた望の目に、眩しいばかりの日差しが飛び込んでくる。彼は手で日光を遮りながら、集めた資料の整理を始める。
なぜ若年無業者が関係しているのか。
なぜ吸血鬼と呼ぶのか。
なぜ吸血鬼が人を殺すのか。
なぜ吸血鬼が爆発的に増えたのか。
なぜ吸血鬼を殺しきらなかったのか。
なぜ吸血鬼などという存在が生まれたのか。
主に調べることを別の紙にまとめ、望は部署を後にした。
朝の日差しを背に受けて歩くその姿は、影に憑かれた生霊、妄執に縋る亡者、そのような言葉がぴったりなほどに暗いオーラを撒き散らしていた。
「ただいま」
マンションの個室の扉を開け、望は声を出した。綺麗に掃除しているはずの部屋が、彼には汚く見えた。けれども、何をするでもなく彼は背広を脱ぎ、ワイシャツのままベッドに体を預けた。
一徹の疲れからか、彼はすぐさま意識を彼方に飛ばし、カーテンの閉め切られた暗い部屋にうるさいいびきが響き始めた。
二時間後、彼は目を開き、メモ帳の中身を雑な動作で流し目に確認し始めた。夜通し調べた情報を睡眠後のすっきりした頭で確認する。その行為の末、彼が出した結論は、兄、瞬の死体の第一発見者、
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