第10話 まるちぃについて考察してみる


「――ということで、次、バカなことしたら絶交だからな」


「「はい」」


 と、正座をしている柑奈と伸之が同時に返事をする。

 もしも立場が逆ならと考えてもみたけれど、例えそうだとしても眼下の二人のような突飛な行動には及ばない自信はある。

 僕の友達は、やはり僕のような平凡な人間ではないらしい。


「ねえ、いっちゃん。ところでまるちぃって歳いくつなん? 勝手にJCの十二歳とか想像してたんだけど。魔法絶対領域少女レルミちゃんみたいなの」


「あー、それカンナも気になってた。カンナは多分、三十路くらいだと思ってる。若作りしたおばさん?みたいな」


 うん、やはりこいつらは平凡じゃない。


「十二歳じゃアルバイトはできないし、三十路がどんなに若作りしてもまるちぃにはならないだろ。……彼女は十六歳くらいだと思う。一度、秋葉原で見かけたとき、高校の制服を着ていたから」


 あれは確か、五月のゴールデンウィークに入る直前。

 相も変わらずのアキバ巡りに勤しんでいたとき、中央通りで見かけたのだ。

 推しメイドの顔を見間違えるわけもなくて、僕は鼓動の高鳴りを覚えながらすれ違うそのときを待っていたのだけど、彼女は結局、中央通り沿いのアニメグッズ店へと入ってしまった。


 そのときの僕は、まるちぃもアニメが好きなんだという嬉しさにどっぷり浸っていたのだと思う。

 だから今になって、なんで土曜日に学校の制服を着ていたのだろうという疑問が湧いた。

 その疑問を口に出すと、非平凡組の二人は云う。


「やっぱり制服のコスプレをした十二歳なんじゃね。ルミ? レミ? ううん、あたしはレルミ。魔法絶対領域少女レルミっ」


「ほら、制服のコスプレをした三十路の痛いおばさんなんだって。多分、近くで見るとシミとかシワとかたるみとかすごいよ」


 ああ、こいつらは本当に。


「あのなぁ……。そういえば、僕が《にくフレ》に通い始めたとき、二人にはまるちぃの写真を見せただろ。あの写真の子が十二歳や三十路に見えるか」


《にくきゅーフレンズ》で働くにゃんメイドは店舗問わず全て、インターネットのホームページで写真付きのプロフィールが公開されている。

 それを二人は確認しているはずなのだ。


 なのに、魔法やら加工やら光の加減やらと、何が何でも高校生だと認めないかのような二人がまだいた。

 どうやら僕をからかって楽しんでいる節がある。特に柑奈。

 僕は無視を決め込むと、改めて高校生という結論を出した。


 休みの日でも、《カッコいい・カワイイから》や《高校生アピール》などの理由で制服を着用する高校生は珍しくもないし、その結論で間違ってはいないはずだ。


 でも、学年および年齢については分からない。

《にくきゅーフレンズ》のプロフィールでも、さすがにそこまでは記載されていなくて、にゃんメイドの誕生日イベントでも年齢は明かされないのだから。

 こうなるともう本人に聞く以外ないだろう。


 いや、父親に聞けば少なくとも年齢は分かるかもしれない。

 アパートのオーナーなのだから、入居申込書にだって目を通しているだろうし。


 ――あ、そうなると、どこの高校なのかも知ることができるかも。


 何度か見かけたことのある制服なのだけど、どこなんだろうなぁ。

 待て待て、父親にそんなこと聞いたら、いやらしさ全開で訝しむに決まってる。

 駄目だ、聞くのは止めよう。

 高校生なのは間違いないのだからそれでいいじゃないか。


 まあ、学年が一つ上で三年生だとちょっとアレかなぁというのはあるけれど、あの童顔を見る限りそれはない。と思う。

 それでいて制服も着慣れている感じがするので、年下もなさそうな気がする。


 待て待て、今年の一月から勤務しているのだから一年生ってことはない。

 もし一年生なら、中学三年生から働いていることになってしまう。つまり、二年生で同級生。ファイナルアンサーだ。


 そんな彼女がまだ部屋にいないとなると今頃、《にくきゅーフレンズ》で働いているのだろうか。

 公開されている勤務シフト表を見たことがあるけれど、土曜日固定で平日はランダムだったような気がする。

 ただ、金曜日は比較的多く出勤しているようだから、やはり働いている可能性が濃厚かも――。



「いっちゃん、早く決めてくんね? いつまで突っ立ってるんよ」


 床で胡坐をかいている伸之のそれで僕は我に返る。

 二人はいつのまにか断りもなく僕の据え置き型ゲームを取り出して《大激闘スマッシュシスターズ》を始めようとしていた。

 もうまるちぃのことは、頭の片隅にでも追いやられたらしい。

 

 ところで、ベッドに座る柑奈は僕のまくらを膝に置き、その上に肘を置いてコントローラーを握っている。

 それが柑奈のいつものプレイスタイル。


 言いたいことはあるけれど、まあ、別にいいか。


「ったく、勝手に始めようとすんなよ」


 形式的な立腹顔を浮かべつつ、僕は柑奈の横に座り使用するキャラクターを選択した。

 

 これから始まる時間が、ここ最近、僕の部屋に三人集まったときの過ごし方。

《大激闘スマッシュシスターズ》での対戦をひたすら繰り返し、笑い、喜び、悔しがる。そんな、どこにでもあるようなありふれた日常。

 でも平凡な僕には特別な日常なのかもしれない。


 壁の向こうにまるちぃが住み始めたあの日から、それは更に。


 ちなみに柑奈には、僕も伸之も一度も勝てたことはない。

 ゲーマーの柑奈は、中でも《大激闘スマッシュシスターズ》が最も得意なのである。


「はい、カンナの勝ちぃ。余裕っちっ」


 柑奈の笑顔が横で弾けた。

 やっぱりこいつは可愛いのだろうと僕は思った。

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