第3話 まるちぃ


 圧縮空気が抜けてプシューっと音がする。

 ドアが左右に開かれると乗客が雪崩のようにホームへと流れていき、すぐに駅全体に拡散していく。


 僕が向かうのは電気街口――聖地、電気街への入り口だ。

 右に左にと視線を向けると、明らかに同士だと思われる人が、わき目も降らずに電気街口へと歩を進めている。

 

 同士とは広義の意味でのオタク達である。

 でもやっぱり秋葉原のメインストリートに向かうオタクっていうのは、大方決まっている。      

 アニメやマンガ、ゲームを愛するオタク達だ。

 

 もちろん僕も御多分に漏れずその一員なのだけど、やっぱり程度というものがあって、控え目な僕はいつも堂々たる者に驚かされるのだ。

 

 その堂々たる者は電気街口広場に到着すると必ず一人や二人はいる。

 主に外見や所有物によって高みへと昇った彼らは、ややもすると嫌悪の対象となり得る。漠然とした先入観や無理解が根底にあるのだろうけれど、だからと言って僕は嫌悪する人間をとやかく言うつもりはない。


 僕だってヤンキー――DQNどきゅん連中は、みんな死んじゃえばいいのにと思っているし、その考えを他人にどうこう言われたくはないからだ。

 

 

 通り慣れた道をひたすら歩き、見慣れたショップの横を何度も通り過ぎ、やがて某アドベンチャーゲームの聖地でもある芳林公園へと着く。

 この芳林公園は《にくきゅーフレンズ~妻恋坂店~》への経由地であり、いつも通るルート。

 

 見るとまだお昼前だというのに、秋葉原散歩に疲れたような人が数名ベンチに座って休んでいる。

 芳林公園は秋葉原駅からは少し遠い場所にあるのだけど、だからこそ秋葉原散歩の休憩&折り返し地点にはもってこいなのだ。

 

 まあ、僕はちょっとリッチに《にくきゅーフレンズ~妻恋坂店~》で休ませてもらうけどね。




「「お帰りなさいませ、ご主人様っ。入国をお待ちしておりましたのミィ」」


《にくきゅーフレンズ》に着くと、入り口のところで猫耳を生やしつけたにゃんメイドが出迎えてくれる。

 でっかい肉球グローブを付けた両手。

 それを顔の両脇に添えるようにおいて、萌え声を出す二人のにゃんメイド。


 僕が笑顔で頷くと、それが合図となってにゃんメイド達は先を続ける。


「でもでも、あなた様が本当に」


「この《にくきゅーフレンズ》のご主人様か分からないので」


「いっせーのせで、にっきゅ、にっきゅをするのミィ」


「私達にゃんメイドとタイミングが合えば」


「あなた様は《にくきゅーフレンズ》のご主人様なのミィ」


「いくですミィ」


「「……いっせーのせ――にっきゅ、にっきゅっ」」


「にっきゅ、にっきゅぅっ!」

 

 メイドカフェ《にくきゅーフレンズ~妻恋坂店~》。

 そこは僕の行きつけにして、疲弊した心を癒すオアシス。

 その店に行けば、いつだってにゃんメイド達が優しく僕のことを迎えてくれる。

 

 今だってそうだ。

 自分でもそれはちょっとテンション上げ過ぎじゃないのかという《にっきゅ、にっきゅ》を、おもてなしの精神あふれる姿勢で受け止めてくれた。


「わーい、ご主人様なのミィ。お席に案内するミィ。こっちなのミィ。にっきゅ、にっきゅっ」

 

 にゃんメイドの一人が席へと案内してくれる。

 語尾に《ミィ》を付けた彼女は、メイド検定一級資格を持つランク《ミケ》のにゃんメイド。愛くるしい瞳で見つめられて鼓動が高まるけれど、僕の目当ては彼女じゃない。


 彼女は僕が席につくと、水を置くのと同時に「ご注文が決まったら、お呼び下さいなのミィ。ご主人様。にっきゅ、にっきゅっ」と言い残して去っていく。

 

 注文するメニューなら決まっているよ。

 でも注文する相手は君じゃないけどね。

 

 僕は周囲に目を向ける。

 壁一面に描かれた肉球の絵に、軽くめまいを起こしつつお目当ての彼女を探していると、その彼女がタイミングよく、てもちぶさたな感じでこちらへと歩いてくる。

 

 目が合った。

 僕がその視線に親しみを内包したようなものを感じ取ったとき、彼女は弾ける笑顔を浮かべてこう言った。


「いつもありがとうなのラ、ご主人様。もしご注文がお決まりなら、お申し付け下さいなのラ」


「き、決まった、決まりましたー! ご注文してもいいですかっ?」

 

 僕の一種異様と思われるテンションに、彼女は円らな瞳を更に大きくして驚きを示す。でもすぐにいつもの彼女に戻って接客をしてくれた。

 

 にゃんメイドの指名などはできないのだけど、注文を受けたにゃんメイドが食事を持ってきてくれて、付随するサービスを提供してくれるのが暗黙の了解みたいになっている。

 もちろん絶対ではないし、別のにゃんメイドが食事を持ってきても文句など言ってはいけないのだけど、幸い僕は一度も彼女以外が来たことはなかった。


 だから僕はいつもキッチンの向こうで彼女が、


「あのご主人様は私にとって、とても大切なご主人様なのラ。だから私が誠心誠意で給仕するのラ」

 

 と言っている姿を想像しては、幸せな気持ちになっているのだった。

 

 まるちぃ――それが彼女の名前。

 

 誰もが二度見するほどの超絶マドンナではないけれど、クラスにいればそれなりに目を引く、ショートカットボブの可愛い女の子。

 更に言えば、スクールカースト底辺の冴えない僕でも横に並ぶことがギリギリ許されそうな、庶民派めんこい娘。


「ご注文がお決まりなのラ、ご主人様。どうぞまるちぃにお申し付け下さいなのラ」


 だからなのかもしれない。

 決して叶わない夢ではないからなのかもしれない。

 まるちぃに恋した僕が、《にくきゅーフレンズ》に足繫く通うのは――。


 僕は愛用のリュックサックを空いている席に置いたのち、深呼吸。そして口にするいつものメニュー。


「《にくきゅー萌えにゃん》セットで」

 

 オムライスとミニサラダ、そしてドリンクとデザート付きでジャスト二千円。

 正直高いとは思う。

 でもこのセットを頼むと、にゃんメイドによる《ドリンクおいしくなぁれ》と《ケチャップお絵かき》、そして《サラダまぜまぜ》のサービスが付いてくるので、結局毎回その誘惑に抗うことなく従っていた。


「ご主人様は本当にこのセットが好きなのラ。少々お待ち下さいなのラ。にっきゅ、にっきゅっ」


「にっきゅ、にっきゅっ」

 

 チャーミングな片えくぼを見せたのち、離れていくまるちぃ。

 そんなまるちぃの背中に、僕は心中でつぶやく。

 

 いや、君のほうがもっと好きだから。にっきゅ、にっきゅっ。

 

 そんなことを毎回のように思いつつ。僕は、笑顔の素敵な君のお給仕で癒される。


 ああ、なんという素敵な時間なんだ――。

 

 この瞬間だけは、僕はスクールカースト上位陣よりもリア充だと言い切れた。

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