◆2-1


 「主任に話すことはありませんっ……!」

 「お、おいっ……!」


 勢いよくドアを閉める音が、だだっぴろい部屋に鳴り響く。

 残された山崎は、大きく溜息をついて頭を抱えた。遠ざかっていく足音が聞こえなくなる頃、やっと我に返った。こうしている場合ではない。


 「山崎主任、あの……」

 デスクに戻ると、まだ岡部はオフィスに戻っていないようだった。

 タイミングを見計らった久保田が恐る恐る話しかけくる。

 聞きたいことはなんとなく察しが付く。


 「岡部の事は心配するな。なんとかするから」

 先ほど面談で激しく拒否反応を示された手前、自信を持って言える事ではなかった。

 「すみません、色々とお忙しいのに……」

 久保田は眼鏡の奥の瞳をわずかに曇らせた。

 「メンバーを守るのは俺の仕事だ。久保田も何かあったら直ぐに言ってくれ」

 「はい」

 久保田は大人しく席に戻っていった。その時、どこからかこちらを見ている気配を感じたが、それは一瞬の事で、忙殺されているうちに忘れてしまった。


***


 「あれから、どうだ、岡部君の件は」

 「すみません、もう少しお時間いただけますか。また機会を見て他のメンバーにも面談や緊急アンケートを実施します」

  

 上司に荒川のパワハラについて進捗を報告するも、何一つ得たものは無く、奥歯を噛みしめた。

 

 「後輩のマネジメントも君の仕事という事は忘れないでくれ」

 「はい。申し訳ございません」

 一礼し、やるせない気持ちを抱えたまま、部屋を後にした。

 唇を噛みしめる。脳裏に浮かんだのは岡部の絞り出すような声だった。

 

 『主任に話すことはありませんっ……!』


 朝、荒川がいない隙に岡部に声をかけ、ミーティングルームの扉を閉めた。

 岡部の瞳には活気がなく、ぼんやりとしている。以前の彼が思い出せない程であった。これほどまで、荒川に酷い仕打ちをされたのか。気がつかなかった自分を改めて責めた。


 いざ机を挟み面談をし始めたのだが、荒川の名前を出した途端、岡部は目の色を変えて、山崎に「何も話すことは無い」と強く言い放った。

 光が見えなかった目には激しい怒りが見て取れ、初めて岡部の内面が表れた。

 岡部の事を大人しく消極的なタイプだと思っていた山崎は、まさか岡部に強い言葉を投げかけられるとは思わず、面食らったまま、彼が部屋を出ていく様子を呆然と見ていることしか出来なかった。


 自分はまだメンバーの事を、何一つ知らない。彼らをサポートし、まとめる主任として、力不足であるという事だった。


 喫煙所へ向きかけた足を止め、そのまま屋上テラスへ向かった。

 ちょっとした休憩スペースになっており、ベンチで弁当を広げる女性や、談笑するグループで賑わっている。

 人気の少ない場所を見つけて、腰掛ける。屋上からは、まだ見慣れない街並みが広がっていた。風の冷たさも、空気のにおいも、同じ空で繋がっているはずなのに、全然違う。


 ただ風を感じながら座っていると、ポケットの中でスマートフォンが振動する。

 仕事の連絡かと思えば、鳴っているのは私用の方だった。

 ディスプレイの名前を見て、少しだけ肩の力が抜けた。


 「はい、山崎です」

 『久しぶり』

 

 

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