6杯目 乙女心と梅雨を彩るタコマリネ
6-1
『今日六花で飲まないか?』
とある平日の休憩中、真っ暗なスマホ画面に突然通知のメッセージが届いた。
しかし当の本人は全く気付く素振りも見せず、テーブルに肘を立てて手を組み、眉間に皺を寄せていた。
そう、玲を悩ませているのはまさに今画面上に表示されている相手。
(山崎さんと私って今、どういう状態?!)
初めて休日に二人きりで出かけて以来、お互いメッセージアプリで連絡を取り合うことも増えた。とはいえ飲みの誘いがメインで、その他は気になる店の情報共有程度だが。
たまに時間が合えば一緒にお酒を飲みに行ったり、軽く晩御飯を食べて解散することもある。
(そういえば今の今まで全然気にしてなったけど、山崎さんって彼女いるのかな?! だとしたら私と会うのもまずいよね!?)
(いやでも彼女いるのに女子と二人で飲むか?)
(わかんないもう~!)
社員が自由に使えるカフェスペースの席で一人頭を抱える玲の姿は、遠巻きに見ても何かあったのではと誰もが気になるレベルであった。
「ちょっと、何してんの吉井」
「石本~~!」
ちょうどそんな玲の近くを発見したのは通りすがりの石本。コーヒーカップを片手に、呆れ顔で玲を見下ろしている。ゆる巻きにされたポニーテールが肩口に一房垂れている。
面倒事は御免とでもいうように立ち去ろうとした石本だが、玲の素早い動きによって気づけば隣に座らされていた。
「なによもう~。また薫っちか?」
「違う、もっと由々しき事態……」
玲はこれまでの山崎との出来事を、一つ一つかいつまんで石本に説明し始めた。
***
「はあ……あの堅物吉井怜についに男の影が」
「なんか似たような事、前にも誰かに言われた気がする……」
石本は感慨深そうに頷いて、玲にお菓子を渡した。玲は半泣き顔でそれを受け取ると、ぴりぴり包装紙を破いて口に入れる。
「結論から言うと、女子と二人でわざわざデートするなんて脈ありじゃない? どんどん行っちゃえば?」
「それが、うーん……。確かにドキッとすることはあるけど、別に付き合いたいとかではないような……」
「じゃあどうしたいのよ」
石本にズバズバ聞き返され、玲も思わずたじたじする。石本がずい、と近づくとマスカラが念入りに塗られたまつげが二重まぶたの大きな瞳を強調して、謎の圧力がある。
「なんかこういうの久々すぎて、恋愛って? みたいな感じなんだよね」
「最後に彼氏いたのって大学の時だっけ? 浮気されてひどい別れだったってやつ」
「やめて古傷がああ~~」
玲は石本の両腕をつかんで揺さぶった。石本は玲の反応を面白がってさらなる追い討ちをかける。
「就活前に派手に破局したもんだから、ヤケになってことごとく企業にお祈りされまくってたって言ってたもんね吉井」
お祈りとは、就活生ならだれもが耳にしたであろう、企業からの不採用通知メールの総称だ。「○○様の今後の就職活動の成功を心からお祈り申し上げます」のような常套句からつけられた用語である。
「せっかく尽くしまくったのに、インターンで出会ったぽっと出の女に掻っ攫われて、あんたもかわいそうに」
「そのショックなのかな、もう好きという感情がわからない……」
玲は石本に傷をえぐられて項垂れる。コーヒーカップ片手に肩を落として俯く姿は、まるでおでんの屋台にいそうな、しがないサラリーマンのようだ。
そんな玲を見て、石本は肩を優しくぽんと叩いた。
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