5杯目 初デートと海辺の爽やかレモネード
5-1
「よし、じゃあこれは課長から承認もらって」
「はい!」
緊張した面持ちで待っていた千田へ、チェックし終えた書類を渡す。段々とここでの仕事に慣れてきたのか、千田の書類もリテイクを食らうことが少なくなってきた。
リベンジ歓迎会の日から進歩したことといえば、やはり普段の態度だろう。徐々に表情も豊かになり、玲が褒め言葉をかければ、嬉しそうに白く柔らかな頬を染めている。
珍しくデスクで大人しくしている課長の元に向かう千田の後ろ姿を、玲は微笑ましい気持ちで見送った。
***
「え!? 玲ちゃんが……男と二人でデート!?」
ジョッキ片手に目を白黒させて固まったのは、鍋島だ。
仕事終わりに寄った六花で、玲が山崎との間にあったことをかいつまんで報告すると、鍋島は信じられないといったように口を半開きにした。
「まさか、あの街コン全敗の玲ちゃんが……ついに」
「し、失礼なっ……」
「ねえ本当に大丈夫? 結婚詐欺とか、変な絵とかツボとか売られたりとか……」
鍋島は鬱陶しそうに眉根を寄せる玲の周りを、あれこれ心配事をつぶやきながらうろうろする。雪子は相変わらずカウンターの中から聖母のような笑みを返した。
「でも、相手は山崎さんでしょ? 酔っぱらった玲ちゃんをちゃんと送ってくれた紳士の」
「あっ! この前言ってたハンカチの彼!? やだちょっと急展開ニヤニヤしてきちゃった」
「切り替え早すぎませんかちょっと!」
恥じらう乙女の如く広い肩幅を寄せて両手で口を覆う鍋島を、玲は思わずぱしぱしと軽く叩いた。
最近徐々に日中の気温が高くなり始めたので、さっぱりとしたメニューが多い。玲はネギだれがかかったトマトを食べながら、当日までのあれこれを考えていた。
「はあ……服、何着ていこう」
「玲ちゃん、勝負ワンピはここぞという時だからね。まだ早いわよ」
「わかってますって! 黒歴史掘り出さないでください~」
鍋島と初めて出会った時を思い出してしまい、玲は顔を赤くして反抗した。数年前、街コンで出会いを見つけるため、気合を入れすぎて夜会並みになっていた悲しい過去だ。*
櫛切りにしたトマトに、こぼれ落ちたネギだれを乗っける。ごま油の香りとトマトの酸味がほどよく、食欲が進む。肉料理は、ミョウガの千切りを添えた水晶豚。片栗粉をまぶして茹でた豚肉のつるんとしたのど越しに、ミョウガのアクセントが効いていて涼やかな味わいだ。雪子秘伝の甘辛い特製だれとの相性は言うまでもない。
なんだか炭酸が欲しくなってオーダーした、スパークリングの日本酒をシャンパングラスのひやりとした飲み口からつつ、と流し込む。細やかな泡が舌の上で優しく弾ける。
「本当玲ちゃんはお酒飲んでる時が一番幸せそうよねえ……」
「ハンカチの彼も、酒飲みの玲ちゃんに惹かれるものがあったのかしら」
雪子と鍋島に見守られていることに気が付いた玲は、グラスを口につけたまま、なんだか恥ずかしくなって顔をそらした。
その後、鍋島からしっかりとコーディネートのレクチャーを受けた玲は、意気込んだ様子で店を後にした。
*玲のワンピースについて:2杯目チェイサー~玲と先生の出会い~参照。
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