恋が醒めないうちに。

ミズキ

第1章 出会い

1杯目 ジントニックの後味はほろ苦

1-1

 グラスに注がれた辛口の冷酒を口に含む。ふわっと口の中に上品な香りが広がる。

 そして山菜の天ぷらの盛り合わせから、一つ選ぶ。衣が落ちないようにそっと。サクッと軽快な音を立てて。

 口の中で山菜の若い苦みを堪能した後、すかさず冷酒をもう一口。


 「最高だ……」


 いきつけの居酒屋「六花(りっか)」のカウンター席で、玲は一人美酒と季節の料理を堪能する。

 カウンターの奥のキッチンで、玲の様子に店主の雪子が微笑んだ。


 「玲ちゃん今日もお疲れ様」


 しっとりと、シルクのような声が疲れた脳みそにゆっくりと反響していく。

 仕事で疲れた帰り道、いきつけの居酒屋で雪子と言葉を交わす時間が玲にとって至福の時間だ。

 年齢が読めないハリと艶のある肌。いつも微笑みを描いているふっくらとした唇。そしてしなやかで上品な振る舞い。着物に割烹着を合わせた姿が良く似合っている。

 

 (はあ雪子さん今日も綺麗……)


 「なあに~あんまり見ないで」

 「すみませ~ん」


 ほどよくアルコールが回って心地よさを感じながら、グラスに口をつける。きりっと冷えた時と常温に変わりつつある時ではまた味わいが違う。


 「雪子さんこれと同じのもっきりでお願いします~」

 

 並々と注がれた升をうっとりと眺める。すると店の扉が開く鈴の音が聞こえた。


 「いらっしゃい」

 「すみません、一人入れますか」


 常連客の多いこの店には珍しい男性の一人客だった。

 丁度店内はほぼ満席に近く、雪子の案内で唯一空いていた玲の隣の席に男性が座る。

 玲が椅子をずらしてスペースを開けたので、男性も軽く会釈した。


 「ごめんね玲ちゃん、ちょっと詰めてもらっちゃって」

 「いえいえ、これ飲んだら帰ろうと思ってたので」

 

 男性が注文を済ませお手洗いに行った隙を見計らって雪子が玲にそっと耳打ちする。


 「あのね、彼最近ここに来るようになったの」

 「へえ~そうなんですね」

 「ちょっと玲ちゃん、彼氏いないんでしょ? チャンスかもよ~」

 「いえいえ! あっちにも選ぶ権利ありますし!!」


 すかさず手のひらをこれでもかと振って玲は主張した。そのタイミングで男性が戻って来たため、玲は慌ててスマートフォンを眺めるフリに徹した。

 

 (確かに最近友達の結婚ラッシュだけど……)


 ちょうどSNSを開けば、高校の同級生の結婚報告が写真と共にアップされていた。最近よく見かけるようになった、婚姻届と指輪のセットの写真。コメント欄はまだよちよち歩きの子供のアイコンや旦那とペットの後ろ姿であろうアイコンが並ぶ。

 玲にはすっかり遠くの世界の話で、画面を下にしてスマートフォンを机に置いた。


 (仕事があるから別に焦りはないけど……)


 同級生の旦那の愚痴や子育ての大変さを聞いてばかりいるせいか、結婚に対してそこまで前向きな気持ちは持っていなかった。

 そもそも、玲には恋人すら何年もいないのだ。作り方すら学校で習った勉強の如く忘れてしまった。


 「すみません、おあいそお願いします」


 玲は逃げるようにいそいそと店を去った。

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