第1話 足りない言葉
『World Inherit』
株式会社「ルート」が制作・発売する初の大作VRMMORPG。魔物をはじめとする敵性MOB。エルフや獣人といった多様な種族に魔法、世界樹。実に王道ファンタジーな世界観である。死者から力を継ぐ辺り、少しダーク気味ではあるが。プレイヤーは、停滞していた世界に変革をもたらすために世界樹に呼ばれた異世界人、という設定だ。そして、プレイヤーは過去に人物から力を授かり、世界を冒険していく。
また、このゲームはAIにより一人ひとりに合わせた
最後に、プレイヤー全員が『主人公』として楽しんでいただければという開発者の言葉がサイトに載っている。
ゲームソフトのダウンロードを待つ間、改めて公式サイトをのぞき、ゲーム情報の振り返りをしていく。何というか、アルファさんが持ってくるにしては普通過ぎるゲームだな。あの人が持ってくるゲームは、一癖も二癖もあるゲームが多い。
意図せずため息が漏れる。告白が成功してから考え続けていることがある。頭を抱えていると、部屋に飾ってある電子カレンダーが視界に入る。カレンダーを見ると、7月の日程が示されていた。今が7月後半で、俺は高校2年生。進路について本格的に考え始めなければいけない時期に差し掛かっている。本来なら新しいゲームを始めている暇はない。しかし―
その時に高い機械音がなり、ダウンロードが終わったとこを知らせてくる。考えをいったん中断し、VR専用デバイスにプロダクトコードを入力していつでも開始できるように準備を完了させる。後はサービス開始を待つだけである。同じくプロダクトコードを送られた蒼惟や銀二には、いつも通り合流しないで自由行動とのメッセージは送ってある。銀二からは昨夜の恨み言が送られてきているが無視。結婚式場を建てていたので宣言通り、いや宣言していないが最大火力で薙ぎ払っただけである。俺は悪くない。
早めの昼ご飯を食べ終え、自室でくつろいでいると、サービス開始5分前になった。ヘッド型のVR機器を被り、ベッドに横たわる。
待っている間に先程棚上げしたことを考える、までもないか。思わず苦笑が漏れる。既に結論は出ているのに、いつまで先延ばしにしているのか。
― 俺はこのゲームを最後に引退する。
なぜ今なのか。『ブロード』が終わったタイミングの方が、キリがいいように思う。しかし、それができないのは俺の覚悟のなさゆえ。情けない限りだ。『勇者』と称えられていても。現実はこんなものである。だからこそ、思うことがある。やってみたいことがある。
「最後はせめて、違う生き方をしてみようか」
『勇者』ではない、別の生き方を。最後に相応しい生き方を。
いつぶりだろうか。ほぼすべてのゲームで『勇者』としてプレイしてきたから、覚えていない。もしかしたら初めてのことかもしれない。それでも良い、これで最後なのだから。
気づけば口角が上がっていた。どうやら俺はかなり楽しみにしているみたいだ。まあ、仕方ないことだ。最後と決めていても、いや、最後だからこそ新しいゲームを始めるときは、ワクワクするものである。ワクワクしないやつがいたら、病気だ。今すぐ病院で診てもらうことを勧める。
正午になると同時にゲームを起動すると、俺の意識は自然と暗闇に落ちていった。
肌に風邪を感じ、目を開けると、そこはどこまでも白い空間だった。上下左右見渡す限り白い光景が広がっており、自分が立っていること以外は何もわからない。いや、本当に自分は立っているのだろうか。そう疑ってしまうくらい自分の状態があやふやだった。
そんなことを考えていると、丁度正面に木造の椅子2脚と丸い天板のテーブルが現れる。それだけではなく、白一色だった空間が徐々に色づいていき、壁や床が木でできた窓がない部屋になった。
その変化に驚いていると、白いベールで顔を隠している白い服装の人物が椅子に座っていることに気づいた。手招きしているので近づくと、その人物が手で向かいの椅子を示した。
「座れ、と?」
問いかけると、その人物は頷いた。他に指針もないので、示された椅子に座る。こうして対面で見ると、何というか白いとしか言いようがない服装である。イメージとしては教会にいる聖職者の服装が一番近いかな。それをもっとシンプルにした服装だ。身長は座っているせいで分かりにくいが、俺より少し低いぐらい。顔が見えないので、性別は分からない。正体も分からない。何者なのか、何が目的なのか。いや、状況を考えると大体分かるけども。まあ、聞けばよいか。向かいの人物の正体を聞くために口を開く。
「教えてほしいことがあるんだが。あなたは一体何も、のっ!」
いきなり目の間に何かが出現した。出現したものを見ると大小のウィンドウがあり、大きなウィンドウにはリアルでよく見る「勇水夏也」の姿と共にいろんな項目が載っていった。小さなウィンドウには、「キャラメイクしてください」というメッセージが載っている。どうやらこれを使ってキャラメイクをするらしい。つまり、目の前の人物はキャラメイク用のチュートリアルキャラみたいなものなのだろう。言葉を一言も話さないし、不親切極まりないが。そう考え相手を見ると、首を傾げた。その後、こちらがすることに迷ったと見たのか、手でウィンドウを示す。少しイラつくが、チュートリアルキャラに当たっても仕方ない。そう思い直し、キャラメイクのウィンドウを改めて見る。
「ずいぶん色々弄れるな」
身長や体重、腕・足の長さといった体格から、顔の細かいパーツの形、位置。また声の高さといった多種多様な箇所が弄れるみたいだ。ただ、下手に動かすと体の感覚が狂い、動けなくなる人が多い。なので、弄るのは目の色と髪、声に限定する。その方針でキャラメイクを行った。
「こんなものか」
しばらくした後、満足できるものが完成した。そこには「勇水夏也」の姿をベースに真っ赤な目と肩上でおわる髪を持つ人物がいた。それだけでは分からないが、声は現実より少しだけ高めにしてある。
他に弄るものはないため次に進むと、キャラの名前を入力する欄が出てきた。若干手間取りながらも、よく使う名前『ブレイ』を入力する。
入力を確定させると、ウィンドウは全て消失。自分に反映させた後、テーブルの横に出現した大きな鏡で再確認も済ませ、キャラメイクを確定させた。
そういえば、ベールの人物はどうしていたかと対面を見ると、そこにはいなかった。驚きつつも辺りを見まわすと、左手少し離れたところに立っていた。
いつの間にか出現していた扉のそばで。
いつの間に移動していたのか。それにあの扉、さっきまでなかったよな。不思議に思いつつこちらに来いと言わんばかりに見つめられていた気がしたので、近づいていく。
扉は周りと同じように木造であり、特におかしいところはない。祖父が作った家にあるような扉である。
この扉に関して気になるところだが、問いかけても答えは返ってこないだろう。ため息をつきながら扉の前に立つと、ベールの人物が開けるように促してくる。言われたままに開くと
「へ?」
そこは、洞窟でした。
そこらに岩石らしきものが落ちており、壁や床は恐らく土。とある一点を除いて自然の中にある洞窟のイメージそのままだった。
思わず声を漏らしてしまったが、仕方ないだろう。誰が木造の部屋から出たら、洞窟になっていると思うのか。想像できる人がいるなら、教えてほしい。
手につかんでいたノブの感覚がなくなったので振り返ると、扉が消えており先程までいた木造の部屋は影も形もなかった。
「いや、そのさ」
体の奥に煮えたぎる熱を感じる。今にも噴火しそうなマグマが。分かっている、ここまで来た以上喚く暇があるなら、進めって。チュートリアルキャラにあたっても仕方ないって。それでも言わせてほしい。
「いくら何でも言葉が足りないんだよっ!」
足りないというか皆無だわ! もう少し説明がよこせ!
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