世界を、楽しめっ!

井崎 刀真

序章 チュートリアル

第0話 新たなる世界

「結婚してくださいっ!」



 覚悟を決めきれない上ずった声が広間に響き渡る。緊張のせいか少し震えている男の声だ。広間の中央には片膝をつき相手の手を取る男性と、取られていない方の手で口を抑える女性がいる。そこだけ見れば、プロポーズする男性とそれを受ける女性だろう。広間に様々な格好をした人物プレイヤーが倒れていなければ。お互いに剣や鎧で武装していなければ。倒れているものを含めて翼や角などどう考えても人間にはない特徴を持っていなければ。この状況を見る限り、尋常ではないことは容易に推測できる。


「えっ」


 思いもよらない状況に女性は唖然としているだろう。まあ当然の反応ではある。

 想像してみてほしい。拠点の砦で過ごしていたところに敵集団の奇襲を受け、砦の奥深くまで攻め込まれる。何とか立て直し、敵の大部分を返り討ちにできたものの、代償として味方は全滅。決着をつけるべく決闘に臨もうとしたときに、突如敵のリーダーが土下座してプロポーズしてきのだから。誰だって混乱する。当然だ、俺だって混乱している。しかし、俺はその混乱に身を任せることはできない。



 なぜなら、たった今プロポーズした男は俺なのだから。



 冷静になれ、俺。素数をかぞえつつ状況を整理し、打開策を探すのだ。1,2,3,5,7……、って、あれ、1って素数だっけ?


「ねえ、私に、言ったの、だよね?」

「もちろん、貴方様に。私の正直な気持ちで、遊びで言ったわけではございませぬ」


 咄嗟に答えたためか変な言葉遣いになってしまった。とはいえ、このままでは話しづらいと思い、顔を上げる。最初は困惑や疑問が女性の顔に出ていた。しかし、俺の言葉が飲み込めてきたのか徐々に顔が赤くなり、体を震わせていた。そして、徐に手を上へ持っていく。


「で」

「で?」

「出直してきなさいっ!」


 女性はそういって手を振り下ろす。そして、発動される最上位範囲魔法。広間全てを覆うように水が降り注ぎ、敵味方関係なくそこにいたプレイヤー全員を飲み込む。水が渦を巻き、中にいるプレイヤーを激しくかき乱し、体力を全損させる。

 今にも俺を飲み込みかねない大渦を見ながら、考えるのは別のこと。

 出直すのは拠点の攻略か、それとも告白か。そんな益体のないことを考えながら、俺は大渦に飲まれ、その場から消え去ったHPを全損させた




 こうして、VRMMO史に刻まれる、こともない「『勇者』告白事件」が幕を閉じた。この事件をきっかけにして、勇者と魔王陣営に分かれて戦争をするVRMMO『Brave Road Online』、通称『ブロード』がバグり始めることとなる。システム的には問題なかったんだよ。全プレイヤーの頭のネジが外れただけだよ。

 どんな感じにって? いや、重要NPCの勇者・魔王が味方陣営に暗殺されたり、その後に出てきた邪神と女神を両陣営で協力してハメ殺したり。ひどいものだったよ。






 夏。そう聞いて何を思い浮かべるだろうか。

 何処までも澄み渡った青い海? それとも、大勢の客で賑わうプール? エアコンが効いた部屋から外を眺めて、絶対家から出ないと決意する自分?

 最後の光景はどっかで見たな。具体的には昨日の俺の部屋で。


 それはさておき、何故そんなことを考えるのか。答えは単純。考えてでもいないと、やってられないからだ


「くそ暑い」


 照りつける太陽。やかましく鳴くセミ。湿気が高く蒸し暑く感じる空気。加えて熱せられたアスファルトの道路からから返された熱。冷たい水もエアコンに冷やされた部屋もない四面楚歌な状況で、俺、勇水夏也いさみ なつやは家路についていた。


「そんなこと言うなよ、夏也。暑いのは仕方ないって」


 筋肉だるま、もとい友人である「八方銀二やつがた ぎんじ」と共に。

 見て分かる通り、この男はガタイが良い。背が高く、服の上からは見えないが筋肉もある。知らない人から見れば、とても高校生には見えないだろう。実際所属している柔道部の大会では、顧問の先生と間違えられることもあるらしい。

 最もそのガタイの良さと怖い顔つきで、損していることの方が多い。

 因みにこいつが隣に並ぶと、顔を見るために見上げることになる。その身長、10cmよこせ。


「なぜ俺は野郎と帰っているのか」

「君と話すことがあるからだよ。なに、TSでもしろと?」

「筋肉だるまがTSしても筋肉だるまだろ」

「意外と美少女かもしれないよ」

「想像できるか?」

「ごめん。僕も想像できなかった」


 お互いに軽口を叩きつつ、家路を急ぐ。暑い中、留まるのは色んな意味で自殺行為だしな。その時、ふと何かを思い出したかのように銀二は口を開く。


「野郎と帰っているとは言ったけど、昨日彼女ができたじゃないか、『勇者』様」

「……まだそのネタ、引っ張るか」


 俺が『ブロード』で初めて告白した『勇者』告白事件から一か月である。そして、告白を受け入れてもらい恋人になったのがつい昨日のことだ。相手はリアルの友人である古佳蒼惟ふるよし あおい。肩上まで伸びた黒髪に分厚い眼鏡が特徴の真面目な少女である。ザ・委員長といえる彼女だが、慌てるとポカをやらかすことも多い。そこが可愛いのだが。それにしても、一か月間告白し続けるとは思わなかった。いや、現実で告白すれば一発OKだったと思うけど。『勇者』というのはゲーム内での俺の通り名みたいなものだ。……衆人環視の中で告白したから、らしい。余計なお世話だ。

 それはさておき銀二のやつ、学校でも散々からかったというのに、ここでも話題に出すか。そのにやけた顔が非常にいらつく。脛を思いっきり蹴ってやろうか。


「いやー、昨夜はひどい目にあった。仲間に剣を向けるって勇者としてどうなの?」

「誰かさんたちがデバガメしなければ良かっただけだろ」

「いやでも、ずっと見てきた身としては結末まで見届ける義務が」

「話がそれだけなら、俺は帰らせてもらう。じゃあな」

「待った、ごめんって!」


 戯言を抜かす銀二の言葉を遮り、別れを告げる。俺の言葉を聞いた銀二は、慌てた様子で俺の前に出ると手を合わせ軽く頭を下げてくる。見た限り本気で謝っているようだし、許してやろう。ということで、本題に入れと話を促す脛を蹴る


「痛てて、いきなり酷く、ないです。すみやかに本題に入らせていただきます」


 ボケてきた銀二はこちらを見ると、慌てて話し始める。失敬な、もう一回突っ込みを入れようとしただけなのに。


「今日『ブロード』がサービス終了するけど、君はどうするの?」

「どうするって、普通にログインして最後のカウントダウンにも参加するけど。逆に銀二はどうするんだ?」

「仲間と協力して結婚式場を……。いや、何でもない。聞き方が悪かったね。僕が聞きたかったのは、明日から他のゲームとかする予定はあるかなということ」


 今日の予定を聞かれたので素直に答えたが、どうやら別のことが聞きたかったらしい。すぐに別の問い方をしてくる。サービス終了した明日以降の予定を聞いてきた。なお、前半部分は聞かなかったことにする。もしホントにやっていたら、最大化力でまとめて焼くだけだ。


「あー、予定はないな。どうやったら受け入れられるか。それを考えるのに必死だったから」


 ここ一ヶ月、告白を受けてもらう方法を考えるのに必死だったのだ。脈なしという訳でもなく、ホンキであると疑っているわけでもない。目の前にいる銀二含め様々なプレイヤーに協力してもらい、試行錯誤の日々だった。その努力は昨日実を結んだが、他のことを考えている余裕はなかった。

 正直に答えると、銀二はホッとしたように破顔する。


「それはよかった。実はアルファさんにとあるゲームを勧められていてね。そのゲームのサービス開始が丁度明日の昼なんだよ」

「アルファさんが?」

「そう、これがそのメッセージ」


 そういって、銀二は携帯端末を見せてくる。確かにアルファさんからのメッセージだ。

 アルファさん、よくゲーム内で絡むゲーム仲間だ。社会人らしく、俺たちより年上である。告白の件で一番真剣に相談にのってくれた尊敬できる人物だ。そんな人だが、時たまオススメのゲームを紹介してくれる。


「ジャンルは?」

「ファンタジー系。死者から受け継いだものを武器に世界を冒険するらしい。魔法とか世界樹とかあるらしい」

「……死者、ね。で、ゲーム名は?」

「言ってなかったっけ? これよ」


 再び見せてきた画面には、恐らくそのゲームの公式サイトが表示されていた。非常に大きい樹木とそれを中心に広がる街を背景にしている。その上部に妙に目を奪われるコンセプトらしき文章と共に名前が載っていた。


『World Inherit』

― これは、あなたが受け継ぐ物語 ―

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