彼女とアイス。悪いな、アイスを奢るから許してくれ。

ゆうらしあ

第1話

 俺は高校で野球部に所属している。

 自分で言うのもなんだが結構上手い方だ。日本代表U18にも選ばれた事がある。これは高校1年の時だ。


 俺はいつも練習終わりに素振りをするのが日課になっていた。どんなに練習がキツかろうが、続ける。それが俺のポリシーだった。



 俺が1人で素振りをしている時。



「まだ練習してるんですか?」

「あぁ、もう大会まで1ヶ月切ったからな。」



 声を掛けてきたのは、1年のマネージャー古川 桜。練習が終わり部員達が帰っても、遅くまでボール磨き、バットを拭いたりしている真面目な子だ。

 容姿端麗、髪は黒でセミロング。瞳は茶色でアイドルにいても可笑しくない容姿であった。しかも文武両道で、なんでもできる。球技から武道何でも出来た。野球部のマネージャーなんてやる方が不思議なくらいな人物だ。



「なんでそんなに頑張れるんですか?」



 古川はベンチに座り、そんな事を聞いてきた。



「好きだからだ。」


 ブンッ!



「え、なんですか?もう1回言ってください。素振りでよく聞こえなくて。」



「前から何回も言ってるだろ! 好きだからだ!」

 俺は素振りにかき消されない様に大きな声で言う。



「ふふっ。そうですか。」

 古川は、ニヤニヤと笑っている。何がそんなに面白いのか分からないが、古川はよくこんな事を何回も聞いてくる。


「先輩は本当に好きなんですね。」

「あぁ、好きだ。」


 ブンッ!


 古川が顔を覆って、足をジタバタさせている。



「ふぅ。なるほど。」

 古川は両手で自分の顔をパンパンと叩くと、



「付き合いましょう。」

「なんだ、付き合ってくれるのか。なら頼む。」

「え!?」

「トスを上げてくれ。なるべく内角の方へ投げてくれると助かる。」

「あーー、はいはい。」

「ん?どうした古川?顔が赤くないか?」

 古川の顔が茹で蛸の様に真っ赤だった。



「うるさいですよ!! さっ!早くやりますよ!!」

「お、おう。すまん。」

「どうせ、そんな事だろうと思いましたよ。」ボソッ



「ん?何か言ったか?」

「はーい、いーち!」

「お、おう!?」


 トスバッティングは遅くまで続いた。



「ふぅ。こんな時間まで付き合ってくれて悪い。駅まで送る。」

 そう言って俺は古川の隣を歩く。



「しょうがないですね! お礼としてコンビニでアイスを奢ってくれたら許しましょう!」

「そんなもので良ければ何本でも奢ろう。」

「いやそんなお金ないですよね!?」

 古川は笑う。




 夜。街頭に虫が群がっていた。



「美味しいですねー。」

「あぁ。」

 俺たちは縁石に座りながら2人でアイスを食べていた。



「先輩って将来何になるんですか?」

「プロになりたいと思ってる。」

「まぁ、そうですよねー。」

 古川はアイスをシャクシャクと食べながら言う。



「俺にとって野球をしているのは、息をしているのに等しい。俺から野球を取ったら何も残らない。」

 古川はアイスを食べ終わり、いきなり立ち上がる。



「そんな事言ったら、私には先輩みたいなやつが何もありませんよ!」

 そんな事を自信満々に言う古川に俺は聞いてみた。



「じゃあ、古川にとって何をしている時が1番幸せなんだ?」

「わ、私ですか!?わ、私は…」チラッ


「ん?」

 古川が俺の事をチラ見した。何だ?


「分かりません!! そんな事より先輩はなんでそんなに野球が好きなんですか!?」

 古川は落ち着きなく言う。


「何で好きか、か…。それを言われると難しいな。小さな頃からやっているうちに好きになった。強いて言うなら、打った時の快感と照れ臭さがよかった。」

 俺は頭を掻き、笑いながら言う。


「打った時の快感は分かりますが…照れ臭さってのは何ですか?」

「俺は、小さな時身体が弱くてな。」

「え!? そうなんですか!? 今だとそんな身体してるのに!?」

 古川は目を飛び出さんばかりに言う。


「クククッ!あぁ!俺がこれを言うとみんな驚くよ」

 俺は笑う。


「あ、あぅ…。」

 古川は心臓を抑えていた。


「どうした!?古川!?」

「い、いえなんでもないです。私の事なんてほっといて話を進めてください。」

 古川は両膝をつき、右手を心臓に、左手を地面につきながらそう言った。



「そう言うならいいが…それで俺は病弱でな、スポーツなんて出来る訳がないって言われてたんだ。だけどある日、ある女の子が俺に言ってくれたんだよ。」


『この世に出来ない事なんてないんだよ! 生きているうちは何でも出来るの!! やろうとしないでやらないのは勿体ないよ!!』


「そう言われたんだ。その時の俺は頭をバットで叩かれた様な衝撃だった。」

「……。」

「そう言われてから、俺は野球を始めた。歩いて運動をするようになった! そしたら病弱じゃなくなって今じゃこの通りだ。」

「そ、そうなんですね。」

 古川は四つん這いで、目を逸らしながら言う。



「あれ?でも照れ臭いっていう理由にはならないですよね?」

「あぁ、それか?俺が打ったら親とかがめちゃくちゃ喜んでくれるんだよ。小さい頃は病弱だたっからな。親もこういう思いができないと思っていたんだろう。それが嬉しいと同時に照れ臭い、それが理由だ。くだらないだろ?」

 俺は肩をすくめるように言った。



「いえいえ、全然くだらなくないですよ!素敵な理由ですよ。」

「素敵か?俺は恥ずかしてく今まで誰にも言ったことなかったんだけどな。」

「え、そうなんですか?」

「あぁ、誰にも言うなよ。これがバレたら恥ずか死ぬ。」

 俺がそう言うと、



「誰にも…2人のヒミツ…。」

 古川は縁石に座り直し、ほっぺをムニュムニュさせ、遠くを見ていた。



「お、おい古川?」

 俺は何故こんな謎な行動をしているのか分からなかった。


「分かりました! 任せてください! 誰にも言いません! だから先輩も誰にも言ったらダメですよ!!」

 すごい剣幕で言われた。


「お、おう。」

「それにしても、その女の子に感謝ですね! 先輩!」

「あぁ、その子と会わなかったら俺は今もベッドの上だっかもしれないしな。」

 俺は笑いながら言う。


「あ、あぅ。え、えーと、先輩はその子と会ってみたいーとか思ったりします?」

「ん?そうだな…会ってお礼を言いたいかな。貴方のお陰で、俺は勿体ない人生は送ってない。言っても伝えきれないぐらい、感謝してる。って。」


「お、おふっ。」

 古川から変な声が聞こえた。



 今日の古川はおかしい。今までこんな事した事なかったのに。新しい病気か?と疑っていると



「せ、先輩。今日はもう帰りましょう。私なんか、もう、いっぱいいっぱいです。」

 とよろめきながら言う。



「そうか、今日はいつもより遅くまで練習したからな。今日はありがとう。」俺は笑う。



「うっ、はい。」

 古川はまた心臓辺りを抑えながら、答える。



 俺は、具合の悪そうな古川を駅まで送り、家に帰った。




 そして数日後の練習終わり、俺は監督に部室へ呼ばれた。

「失礼します。」

「おう、その椅子に座れ。」



 俺は監督の前にある椅子に座った。そして静かでいて、何故か冷や汗が出るようなそんな時間が過ぎる。


「お前もういらない。」

 唐突に監督に言われた。



「…失礼かもしれませんが、俺は他の部員よりも上手いと思ってます。俺が何故いらないか教えてもらっても良いでしょうか。」

 俺は嘘偽りなく、正直に言った。


「…別に俺はお前の技術を認めてない訳ではない。」

 監督は机に指をトントンさせながら言う。



「では何故…?」

「お前野球って何人でやるか知ってるか?」

 監督は意味の分からない質問をしてきた。



「……9人です。」

「あぁ。そうだ。9人、所謂チームスポーツってやつだ。」

 監督が手で9本指を出す。



「……それがなにか?」



 監督は俺の顔をジッと見ると、大きな溜息を吐いた。



「お前、自分が何をしでかしているのか分かって言ってるのか?」

「? 何のことか分かりません。」

 俺は本当に分からず、正直に分からないと言った。



「お前…部員達の事見下して、先輩には暴言、後輩に至っては暴力までしてるらしいじゃないか。」

「は? な、何を言ってるんですか?」

 俺は意味が分からなく、思わず笑ってしまった。



「俺はお前が最初に言った「他の部員より上手いと思ってる」で確信したよ。」

「お、俺がいつそんな事したって言うんですか!!」

 俺は思わず、机に両手をバンッと打ちつけて立ち上がる。



「部員の話によれば、試合が終わった後が1番ひどかったらしいが?」

 監督は机に肘をつけ、手の上に顎を乗せて上目遣いで聞いてくる。



「そんなの! 俺がやったっていう証拠がないじゃないですか!?」

「その部員には殴られたり、蹴られたり等といった暴力を振るわれたという証言を俺が確認している。」

 監督はそう言い、ポケットから写真を取り出して机の上に乗せる。そこには背中や腕、足に青タンになっていたり、スパイクで蹴られた様な跡があった。



「お、俺はこんな事していません!!」

「……大事になる前に野球部を辞めた方が良い。お前は実力はあるんだ。こんな事が世間にバレたら、もう野球はできないかもしれない。俺は気を遣って言ってやってるんだ。」

 監督はそう言うと退部届を出して、立ち上がり部室から出て行った。



 お、俺が暴力…? なんでこんな事に…。


「お、まだいたのか?」

「三浦…。ちょっとな。」

 三浦は俺と同じ学年。そして俺と同じポジションである。親が金持ちで所謂ボンボンだ。一年の頃から同じポジションで仲が良い。

 俺は持っていた退部届を見られないように背中に隠す。



「ん?今何隠したんだよ?」

「あっ、」

「退部届〜? お前そこまで言われたのか!」

 三浦は堪えきれずに笑うように言った。



「は? 何を言ってるんだ?」

 俺は三浦の言ってる事が理解できなかった。



「何を言ってるって、お前が暴力を振るっているって言ったのは俺だからなぁ!」

「お、お前が…? 何故そんな事を…?」

 俺を心を鎮めてるように努めて聞く。



「何故ってお前が邪魔だからだよ!」

 三浦は激怒して言う。



「邪魔?同じポジションだからか?」

「それもある!だがなぁ、この前聞いちまったんだ!お前…マネージャーの古川と付き合ってるじゃねーか!」

 三浦は今、俺と古川が付き合っていると言った。



「何を言ってるんだ?俺と古川は付き合っていない。」

「隠してるつもりかどうか知らねぇが、俺はしっかりと聞いたからなぁ!! 「付き合ってくれるのか。なら頼む」って言うのをこの耳でよー!」

「勘違いだ! それは練習にという意味で

「ともかく!お前はもう古川に近づくな。近づかないなら、監督の誤解を解いてやっても良いぜ?」

 三浦はそう言うと、部室から笑いながら出て行った。



 …………。



「あぁ!先輩今日も練習しますよー!」

 古川が部室に入ってきて、声高らかに言う。



「…………。」

 俺は古川を無視して、通り過ぎる。



「あ、あれ?センパーイどうしたんですか?元気ないですよ!」

 古川が、少し動揺して話しかけてくる。それもそうだろう。俺が古川を無視したのは初めてだった。



「」

 俺はそれも無視して、家に帰る。



 そして次の日から俺は部活に行ったが、監督にグラウンドから追い出された。



 俺は次の日から、部活バックを持たずに登校した。持たずに投稿したのは小学校以来だった。



 校門を通ると、みんなから俺が部活の物を持ってない事に気づく。もちろん、そこに居合わせた古川も。


「先輩、何で部活のバック持ってないんですか?昨日も部活来てなかったじゃないですか。」

 古川は母親が息子を怒る様な態度で言う。



「何も言われてないのか?」

「?何の事ですか?」

 古川の頭の上に?が見えた。



 そこで俺は、校舎の方を見ると窓から三浦がこちらを、ニヤニヤとした顔で見てきているのが分かった。



「……。」

 俺はもうそれ以上何も言わずに、そこから立ち去った。



「え、先輩?」

 古川は眉根を寄せて、今にも泣きそうな顔を見せた。

 俺はそんな古川を尻目に、教室に向かった。



 自分の教室に向かう廊下の途中、三浦に会った。

「良い調子じゃねーか、その調子で頼むぜ。」

 軽い調子でそう言うとポンっと肩を叩き、俺から離れていく。



 俺は三浦の言いなりだった。俺はそう言われてから、古川から距離を取り続けた。声を掛けられても無視をした。


 自分でも酷い事をしている自覚があった。無視する度、古川の悲しんだ顔を見ると胸が締め付けられる様に痛かった。

 でもこれも監督の誤解を解くまでだと、我慢した。




 しかし、三浦は卒業するまで監督の誤解を解くことはなかった。


 その間、古川に何度も話しかけられるが、ある時期を境にパッタリと話しかけられなくなった。こんな事になるなら、あいつに事情を話せば良かったと思うが、もう何もかも遅かった。






 数年後。


 俺、川島 勇吾は大学を卒業し、プロになった。

 もうプロの試合でも活躍して、最優秀選手として選ばれた。だけど、


 今、俺は怪我をしている。ホームベースでのクロスプレーでキャッチャーのスパイクが俺の脚を踏んだのだ。今の状態は日常生活では問題ないが、スポーツをするとなると違和感を感じる。プロのスポーツ選手をやって行く上で、怪我は1番怖い事だ。これで治らなかったら仕事がなくなるのだから。俺は1人ネガティブな思考になっていると、後ろから話しかけられた。


「川島。怪我の調子はどうだ?」

 今話しかけて来たのは球団のコーチ。



「コーチ……まだ少し違和感があります。」

 俺はベンチに腰掛け、脚をマッサージしながら答える。



「そうか。ならお前に薦めたいトレーナーがいるんだがいるか?」

 コーチが少しにやけながら答える。



「トレーナーですか?この前までの人と変わるんですか?」

「あぁ、とても腕のいいトレーナーらしい。それに……」

 コーチは意味深にそこで言葉を止めた。



「それに、なんですか?」

「…めっちゃ美人らしい。」

「…そんな事ですか。」

「そんな事だと!? 大事だろ! 男に取って女ってのは! 」

 コーチはいきなり声を荒げて、熱弁する。



「女がいるってのはいいぞ! 川島!!なんたって元気が出る!!」

 とコーチは大きく口を開け、笑いながら言う。




「女がいなくても俺は元気あります。それに野球もある。」

「…言っとくが川島、お前最近元気ないぞ。」

「…!!」

「それに今は野球もできないだろ。」

「そ、それは…!」

 俺は確信をつかれた気がした。そうだ。俺の気持ちは最近沈んでいる。息をしていると等しい野球ができなくなっているからだ。まるであの高校時代のように。


 俺が黙っていると、コーチが

「1度野球から離れて、女でも作ったらどうだ?若いのにお前、浮いた話の1つもないじゃねーか!」と笑いながら離れて行った。


「あっ!新しいトレーナーは明日くる!ちゃんとおめかしして来いよ〜!」と付け足して。


「はぁ…。女、ねぇ。」

 俺は大きな溜息を吐いた。

 そして



「まだ、開いてるかな…。」

 俺はいつも行っている美容室へ向かった。




 翌日。グラウンド。

 俺は昨日、美容室へ行って髪を切った。昨日よりはサッパリして良いイメージだよな。とか考えていると、遠くからジャージ姿のお姉さんが近づいて来ていた。


 お、おぅ。ほ、本当に美人なんだな。俺は身なりが変じゃないか、服にゴミが付いていないか背中まで確かめる。


 近くまで来ると美人な事がより分かった。


 整った綺麗な顔。通った鼻筋。髪は黒髪ショート。瞳は茶色でまるでアイドルみたいな…

「こんにちは。川島 勇吾さんですか?」

 その人は微笑みながら話しかけて来た。



「あ、は、はい!そうです!」

 俺はあまりの可愛さに直立し、ぐぐもった声で返事をした。



「……ズズッ。」

 彼女は顔を手で覆い、鼻を啜った。

 俺は何か具合が悪いのか心配になり、声を掛けた。

「あ、あの大丈夫ですか?」



 彼女が顔を上げ、俺を真正面から見ると

「大丈夫です!!」

 と元気に返事をしてくれた。


「改めて自己紹介を。川島勇吾と言います。貴方は新しいトレーナーさんでいいんですよね?よろしくお願いします。」俺はなるべく彼女に良いイメージを持ってもらえる様に言葉遣いに気をつける。



「え?えーと…はい。よろしくお願いします。」言葉遣いに気をつけて言ったにも関わらず、彼女の顔は曇ってしまった。お、俺の何がいけなかったのだろうか。


「と、とりあえずストレッチしましょうか!」

 そう言うと彼女は俺を座らせ、背中を押してくる。


 すると、ストレッチ最中に彼女は言った。

「川島選手は彼女とかいるんですかー?」

「か、彼女ですか!?」

 俺はあまりに突拍子もない質問に後ろを振り向く。そこには彼女の顔がすぐ近くにあり、凄く良い匂いがした。


「どうなんですか?川島選手?」

 彼女はもっと顔を近づけて聞いてくる。


「い、居ません!!」

 俺は前に向き直した。自分でも顔が赤くなっている事が分かった。すると彼女は


「へー、何で作らないんですか?川島選手モテそうなのに!」

 と笑顔で言ってくる。


 俺は、これは営業スマイルってやつだ。と言い聞かせて平静に努める。

「俺には野球がありますから。」



 彼女は俺に聞こえないぐらいの声で何か言った。

「ふふっ。変わらないなぁ。」

「何か言いました?」

 そう聞くと


「仲が良い女の子とか居ないんですか?」

 俺の質問を無視して、また質問してくる。



「ははっ、残念ながら。」

 俺は笑う。

「ぉ、ふぅ。そ、そうなんですね!」

 彼女は何故か分からないが焦りながら答える。



「仲が良い女の子はいたんですけど、ねー。」

 身体を伸ばすと同時に、息を吐きながら俺は言った。


「へー…それはどういう方だったんですか?」

 急に彼女の顔が暗くなる。


「ん?あー、部活のマネージャーだった子なんですけど、真面目で可愛くて、何でもできて、凄い明るくて、一緒にいたら俺も明るくなれた気がしました。」

 俺は簡単に古川の紹介をする。


「じゃあその方と付き合ってみたりとかは?」

 とニヤニヤしながら聞いてくる。


「いやいや!俺なんかとは釣り合わないよ!」

 俺は全力で手を横に振り、言った。


「ふーん。プロ野球選手と釣り合わないなんて凄い方なんですね。」

 彼女のニヤニヤは留まることを知らなかった。


「まぁね。」

 俺はドヤ顔で言った。


「じゃあ肩甲骨のストレッチも頼もうかな?」

 俺は下にマットを敷いて、うつ伏せになって言った。


「あ、分かりました。」

 そう言うと丁寧に肩甲骨周りをストレッチしてくれる。


 するとさっきの会話が続き、

「私会ってみたいです、その方と!川島選手はどうですか?…その方に会いたいって思いますか?」と言ってきた。


 最初は明るかった彼女の顔が言葉を綴る度に、暗くなっていってる様に俺は感じた。


「…会いたくは……ないなぁ。」

「…なんでですか?」

「…俺、そいつに酷い事したんだよ。俺の人生の中で唯一、後悔するほどの事を。」


 俺は何故か答えた。今日初めて会ったはずの女性にここまで自然に言葉が出たのは初めてだった。



「なんでそうゆう事言うんですか!!」

 彼女の大声はグラウンド中に響いた。



「私は…先輩に会いたかったです…!」

 彼女は綺麗な顔を涙や鼻水でグチャグチャにしながら、泣き崩れる。



「お、おい! 何をしてる!?」

 練習をしてた選手やコーチが近づく。



「私、何で先輩に避けられてるのか分からなかったんです。最初は何か私怒らせる様な事したのかもとか考えてました。でも、先輩が部員の人達に暴力を振るってたってのを聞いたんです。」

 彼女は腕で自分の顔を隠し、話す。


「私は勿論嘘だと分かりました! だから監督に言ったんです! そんな事先輩してないって! 何度も!! それでも信じて貰えなくて…。」

 彼女は顔を伏しながら喋る。


「どうしようって思ってる時に、三浦先輩から言われたんです『あんな奴忘れろ、あいつが彼氏だと大変だろ?』って。私は、この人が何を言ってるのか分かりませんでした。でも話を聞いていくうちに私のせいだって分かって…。」


「古川。」


「私、もうどうしたらいいのか分からなくなって。先輩にも声かけづらくなっちゃって、わ、私が先輩から野球を


「古川!!」

 俺は古川に大声で言った。



「…はい。」

 古川は、俺の目を見て返事をした。



「お前がそこまで悩んでいたなんて知らなかった。悪かった。」

 俺は古川と同じ目線まで下がり、頭を下げた。


「せ、先輩は何も悪くないです。」

 古川はまたポロポロと泣き始めた。


「いや、俺が三浦の言いなりになって、お前を無視してたのが悪かったんだ。お前に相談すればどうにかなったかもしれないのに。」


「……そうですよ。私本当に辛かったんですから。」

 古川はそう言って、俺の胸で静かに泣いた。


「あぁ、すまない。」

 俺は古川の頭を優しく撫でた。










 その日の夜。車内。



 カチャッ。



 俺はシートベルトを閉めて、アクセルを踏んだ。窓を開けて、外の空気を吸う。



 もろちん、隣には



「…先輩。あそこは普通、私を優しく抱きしめるシーンですよ。」


「周りに先輩やコーチ陣がいたんだ。あれで勘弁してくれ。」



 古川 桜がいた。泣き腫らした目を氷で冷やしながら。



「それでもですよ! 私と先輩何年振りに会話してると思ってるんですか!? 私凄く嬉しいです!!」

 古川の話は支離滅裂としていた。



 だが、悪くなかった。

「あぁ。俺も嬉しい。」

 俺がそう言うと



 ゴンッ!



「ゆ、夢じゃない…?」

「な、何をしてるんだ!?」

 古川は窓に頭をぶつけていた。


「せ、先輩!」

 古川が俺に顔を寄せてくる。


「な、なんだ?」

 俺が運転中に古川の方をチラッと見ると


 古川がゆっくりと目を瞑り、唇を窄めている様に見えた。



「……何をしてるんだ?」

 俺は聞く。


「何って分からないんですか?」

 古川は目を瞑りながら言う。


「本当に分からない。」


「ちぇっ、もういいです!」

 古川はそう言うと座席にちゃんと座った。


 俺たちは夜のドライブを楽しむ。古川は高校を卒業した後、専門学校でトレーナーの勉強をしたらしい。そんな過去の話をしてると、コンビニの看板が見えた。


「懐かしのコンビニだが寄るか?」

 と俺がふざけて言うと



「そうですね。高校の時に私に相談しなかった罪は、私にアイスを奢ってくれたら許してあげます!」


「ふふっ、今だったら店のを買い占められるぞ。」

 俺は笑った。


「それは本当に出来そうなのでやめてください。」

 古川は俺と一緒に笑った。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ちょっと続いたら。





 俺達はコンビニの縁石に座りながらアイスを食う。





「懐かしいですね。」

「ああ。」

「高校の時と比べたら大分変わっちゃいましたね! 私達!」

「あぁ。俺はプロ野球選手。古川はスポーツトレーナーか。」

「じゃあ! 私達の夢はちゃんと叶っちゃいましたね!」

「俺の夢はともかく、古川の夢もか?」

「はい!」

「古川の夢はなんだったんだ?」

「それはですね…」

「ん? お、おう…」

「〜〜です!」

「いや大事なとこが聞こえないんだが…」

「えー、しょうがないなぁ。もう1度だけですよー。耳を貸してください」

「あぁ、頼む」

「先輩を一生サポートすることです。」

「え、」

「なんて言ってみたり!! 冗談ですよ先輩! 本当だと思いました?」

「あぁ、ビックリした」

「ふふっ、先輩のビックリした顔ゲットです!」

「じゃあ、俺も一生、古川を養える程の選手にならないとな。」

「え!」


 2人の影。その身体の一部が繋がった気がした。

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彼女とアイス。悪いな、アイスを奢るから許してくれ。 ゆうらしあ @yuurasia

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