chapter.1
1.邂逅
人間っていうのは大まかに三種類に分けられる。
一部の天才と、それを理解し翻訳できる秀才と、秀才に翻訳されてようやく天才のいうことを理解する凡人の三つだ。
そして、天才は創造性、秀才は再現性、凡人は共感性を重要視するのだ。
と、まあここまでは巷で聞いた話。
ただ、これはちょっと違うのではないかと
どこが違うのかといえば単純で、そもそも共感性というのは本来、全ての人間が等しく重要視するのではないかと思うのだ。
ところが、どこにでも転がっている凡人とは違って、天才と言うのはどうしても絶対数が少ない。だからそもそも「共感する相手が少ない」のだ。
つまり、つまりだ。もし、周りと共感できなかったとしても悲観することなどなにも無い。「それあるあるー」などと誰でも言えるクソほどつまらない台詞を吐くだけのモブクラスメートに成り下がってはいけない。君たちはきっと天才や秀才なのだ。
だから誇っていい。友達がいないというのは決して恥ずかしいことでも何でもない。それは君たちが才能溢れる人間であることを証明しているのだから。
そんな瑠壱のありがたい仮説を聞いた
「相変わらず捻くれてるなぁ」
この一言である。取り合えず捻くれてるとか、反抗期だとか、そういった「おあつらえ向き」のワードを貼り付けておけば解決すると思っているのは教育者の悪い癖だな。うん。
まあいい。正直なところ、養護教諭であるところの冠木にこの手が通用するとは思っていない。
そもそも彼女自身が少年漫画の主人公から努力と勝利を取り除き、本来そこに注がれるはずだった熱量を全て友情に全振りしたような友情大好き人間なのだ。
二言目には友達はいいぞだの、高校時代の友達は一生の友人になるぞなどといって、しきりに瑠壱を“友達教”に仕立て上げようとしており、そのたびにこうして「いかに友達などいなくとも人間は生きていけるのか」という話を、ありがたい仮説と共に述べているのだが、効き目があったことなど一度もなく、どちらの言論も糠に釘、暖簾に腕押し状態の千日手となっている。
瑠壱からしてみればいい加減諦めればいいのにと思わなくもないのだが、それを言うと全く同じ言葉が返ってきそうな気もするので触れることはしていない。
「それにだよ。それならなんで毎日のように学生相談室に顔を出すのさ」
おっと。痛いところを突かれた。
確かに瑠壱は、一年生のころからずっと、学生相談室に通っている。
一応、最初の頃は割とまともな話もしていたのだ。それこそ学校に対するやる気の無さだとか、人生に対するやる気の無さだとか、そんな話をしていたような気もする。
ただ、それもいつのまにか、二の次になり、次第に瑠壱は「特に用事がなくとも放課後には訪れる」ようになり、それが三年生となった今にまで連綿と続いているのだ。
正直、良く続いているなと、自分でも不思議に思う。
もちろん、足を運ばない日も無いわけではない。それでも、そっちの方が圧倒的に少ないものまた事実だ。
学期や、学年の変わり目など、いくらでもフェードアウトするタイミングはあったはずだし、ここまで続いているのは正直言って、奇跡と言ってもいいのではないかと思う。
……思うのだが、その認識を冠木と共有出来ているかと言われれば、それは全くの別問題なのであって、つまるところ
それはそれでちょっと不満ではあるが、反論でもしようものならやはり子ども扱いされるのが関の山なのでやめておく。
かわりに、
「別に毎日じゃないだろ?それに、最初のころは、他の生徒が来て、邪魔になるようなら退散しようと思ってたんだぞ?」
「うっ」
冠木が「痛いところを突かれた」という反応をする。
そう。
何を隠そう今瑠壱たちがいる学生相談室は、基本的に開店休業状態なのだ。
一応、設備自体は整っている。
外から姿が見えたり、声が聞こえたりしないよう、プライバシーに配慮した個室が二つに、開放的なカウンターが一つ。奥にはそこそこ広めな和室が用意されており、生徒たちがそこで時間を過ごすこともできるという形になっている。
さらに、今瑠壱たちがいる和室も、やや奥まったところに位置していることもあり、当然外からは中が見えないような構造となっているなど、様々な配慮が見て取れる。
ただ、それはあくまで大人目線の配慮だ。
高校生になり、身長の伸びが止まり、見た目自体は大人とそう変わらなくなっていたとしても、思考回路自体はまだまだ大人たちと大きな差がある。
小学生男子が学校のトイレで大きい方を済ませたがらないのと同じように、特殊な人間関係の力学が働いているものなのだ。
端的に換言すれば「そういうところを利用してると噂されそうで嫌」という感じで、もっと雑に言ってしまうと「かっこわるいから嫌」ということになる。
作った大人の側からすれば、そんな些細な恥よりも、日常生活の問題を取り除く方がずっと重要だろうと思うものなのだろうが、時として人は「体面」や「恥をかかないこと」を何よりも重要視する生き物であり、高校生にとっては、「学生相談室なんてものに頼らないこと」が美徳なのだ。恐らくこれは話し合っても一生解決はしない永遠の問題なのだと思う。
ただまあ、そんな青春時代特有の青臭いプライドが邪魔をした結果、学園側の意図とは裏腹に、今日もこの学生相談室は閑古鳥が鳴き、結果として養護教諭であるところの冠木は、唯一の客である瑠壱の相手をすることとなっているのである。
が、冠木はその現状に納得していないようで、
「なんでかなぁ……これでも接しやすいキャラな自信はあるんだけど……」
「そりゃそうだけど……それはここに来て、紫乃ちゃんと会話しないと分からないよね?」
「でも、私ずっとここにいるわけじゃないよ?外歩いてて、生徒たちに挨拶してみたりとかすると、ちゃんと向こうも返してくれるよ?」
「それ、向こうはだれだかわかってないんじゃないすか?紫乃ちゃんってほら、割と服装が雑だから」
ちなみに本日の服装はといえば、上下ともジャージである。傍目には体育の教師にしか見えない。いっそのこと首からホイッスルをかけたらどうだろうか。校庭で適当に吹き鳴らしたら、勘違いした生徒が集合してくれるかもしれない。
「でもでも、学期はじめの朝礼とかで紹介されたりするよ?」
「だってその時はスーツでしょ話すことだって形式的だし」
「それは……教頭先生に「いつものまま教壇に上がって貰ってはこまる」って言われて……」
なるほど。
犯人は教頭か。
どうして世の教頭は大抵融通の利かない旧式の頑固な脳みそを搭載しているんだろう。
そういう人間がストッパーになっていないと、校長先生がレジェンドみたいな数字をたたき出した挙句、海外で英雄みたいな扱いになっちゃうからなんだろうか。
冠木はそれでも納得がいかないようで、
「じゃあ、もし少年がここにいる間に、誰かが相談に来たら、少年はその捻くれた考え方を改めて、一生涯の友人を作ってくれる?」
「なんでそんな話になるんですか……」
瑠壱がため息をつき、冠木が更に突拍子もない提案をしようとしていたその時、
コンコン。
控えめだった。
タイミングが悪かったら気が付かなかったかもしれない。
冠木が、
「はーい!開いてるよ!」
と応答する。
やがて、一通り「本当に入るか、シカトして帰るか」を熟慮したのではないかとすら思うくらいの間があいた後、ガラガラ……と、控えめな音を立てて引き戸が開き、それよりももっと控えめな声で、
「失礼……します……」
女子生徒だった。
伏し目がちなので分かりにくいが、それなりに顔立ちは整っている。ただ、美人とか美少女といってはやし立てられにくい「目立たない整い感」をしているような気がする。
ここは都会だからそんなことは無いはずだが、田舎から上京してきた高校一年生の女の子という雰囲気も凄くする。
髪は肩にかかるかかからないかくらいの黒髪。癖が無くさらっとした髪質に、白いカチューシャ。身長は高くないが、体の凹凸は割としっかりしている。
外見の印象だけで言えば「大学でサークル選びに失敗すると大変なことになりそうなタイプ」と言っていい。
ただ、今重要なのはそんなことよりも、
「やま……しな……?」
彼女が
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