prologue

0.悔恨

 一体俺たちはどこで間違えてしまったのだろう。


 そんな、誰にでもできる陳腐な回顧をするのはもう何度目だろうか。


 当然、正確な数など数えているわけがないから分かるはずもないし、もし仮に数えていたとしてもその数には何の意味もない。


 いや。


 意味ならある。


 なぜなら俺は、その数の分だけ、現実から目を逸らしてきたのだから。


「ここにいたの」


 背後から声がする。耳によく馴染む、聞き覚えのある声だ。


「もう移動するんだって。その…………」


 彼女は少し言い淀み、


「……火葬場、に」


「…………そう、か」


 火葬場。


 恐らく今、最も聞きたくない言葉だ。


 だからこそ俺はここにいたし、だからこそ俺は生産性皆無の現実逃避をしていたのだ。


 一体俺たちはどこで間違ってしまったのだろう。


 そんな問いに意味などあるはずもない。


 あたりまえだ。そもそも問題文自体が間違っているのだ。だからこの問いの正解は無言だ。沈黙だ。黙秘だ。そして、正しい問題文はこうでなくてはならない。


「……一体俺はどこで間違ったんだろうな」


 その言葉を、彼女は聞いていたはずである。


 それでも、聞こえてきた言葉は、


「…………行こう?みんなを待たせてるから……」


 答えでも、反論でもない。ただの事務的な反応。準備が出来ましたので至急ロビーへとお集まりくださいなどといったアナウンスとなんら変わらない、色の無い言葉。

しかし、そこには意思が込められている。


 語りつくしてもなお平行線を辿った議論が蘇る。


 間違いない。彼女は「自分のせいである」という主張を曲げるつもりがないのだ。

 

 そして、それはまた俺も同じことだ。


 俺もまた、自らに責任の所在がある、という主張を取り下げるつもりはない。


 これはなにも別に、お互いがお互いを憎んでいるとか、そういうことではない。


 お互いが、お互いのことを大切に思っている。


 だから触れない。


 だから争わない。


 だから主張しない。


 あくまで色の無い会話と、色の無い日々に終始する。


 それが俺たちの出したひとつの結論だ。


 刹那。


 額にぽつんと、冷たいものが当たる。


「……雪だ」


「ほんとだ……」


 二人は思わず空を見上げる。視界に映るのは、澄み渡る青空でもなければ、地上を照らしつける太陽でもなく、灰色にくすみきった、今にも崩れ落ちてきそうな曇天。まさに今の俺たちにふさわしい天気だ。


「行こう」


「……うん」


 そんな空でも、ずっと眺めていたい。心からそう思った。


 だってそうだろう?これから最後のお別れを告げなくちゃいけないんだ。それが終わったら、もう本当に、“あいつ”には会うことが出来ないんだ。そのことを考えなくていいのなら、その時が来ないで済むのなら、どんな荒天であろうとも、ずっと見つめていたいじゃないか。


 一体、俺たちはどこで間違えてしまったのだろう。


 あいつに聞いたらきっとこういうはずだ。誰も間違ってなんかなかったって。あいつはそういうやつだ。


 けれど俺は、それにだけは反論するんじゃないかと思う。


 だってそうだろう?


 もし誰かが悪いのでなかったのなら、この別れは最初から決まっていたってことになるじゃないか。そんな残酷なことがあっていいはずがない。一人が二人になって、二人が三人になって出来上がった、お互いがお互いに何も遠慮しない、最高の関係性が、


 一人の死で途切れる、なんて。

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