第4話
「ベイル老、この一宿一飯…いやニ飯の恩は必ず返す!重ね重ね本当にありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
夜が明けて、二人は家を出る前に世話になった老人ベイルに頭を下げていた。
「ふふ、そんな畏まらなくともいいですよ。昨夜は本当に楽しい語らいでしたからね」
「いや、本当に、あんな貴重なお酒まで頂いて、必ず返すと言いつつも、どう返したらあいものか……」
「ホントですよ、貴重な物と知りながらどんだけ飲むんですか!ベイルさん、本当にうちの父が申し訳無いです」
「まぁまぁ、繰り返すようですが、お気になさらずに。妻に先立たれ、息子は南で独立し、娘は結婚して北に、老い先短い一人きりの老人にとっては本当に楽しい夜でしたから」
しつこいビルの礼にも穏やかに返すベイル老の言葉は哀愁を感じさせるものだった。
思わずビルも言葉につまりジョシュも言葉が出ない。
「ほらほら、そんな辛気臭い顔をしなさんな。これから年次武道大会に出るんじゃろ?礼をしたいというなら、死なずに、勝ち残って、美味い酒でも飲みに連れて行ってくだされ」
「っ、まこと、その通りですな。約束しましょう。勝って、その賞金でベイル老が食べたことも飲んだことも無い、極上の一席を設けましょう」
「ふふ、その意気ですよ。それでも、生きてこそ、です。年次武道大会では南北大陸より猛者が集まります。死に狂いもいますが、貴方には息子さんがいらっしゃいます。死ぬくらいなら棄権しなさい、分かりましたね」
「無論です。この子には、まだまだ教えなければならない事がありますからね。それではベイル老、また」
「ええ、また」
ビルが頭を下げそれに続いてジョシュも礼をした。そこには恐縮しっぱなしだった駄目親父の様子はなく、寒風荒ぶ大地を歩いて来た剣士の姿があった。
老人はその後ろ姿を雑踏に消えてなお、いつまでも見ていた、真剣な眼差しで。
闘技場にて受付をせんと向かった二人だが、途中からどこからともなく現れる大勢の参加者らしき者達のせいで、進むことも難儀していた。
「ジョシュ、どうにも時間が掛かりそうだ。大会は明日からだし今夜からの宿を探しておいてくれないか?」
「んー、わかりました。集合はどうします?」
「そうだな、市役所に大時計がある。アレだ、分かるか?12時に昨日のベンチに集合にしよう」
「ああ、あれが。分かりました。12時ですね。昨日の場所も含めて探して来ます!では後で!」
二人は約束を交わして離れた。ジョシュとしては、どこか頼りない父を一人にするのは心配だったが、周りの荒くれ共でも参加受付出来るなら大丈夫だろうと割り切った。
周りの強者に関心が無かった訳ではない。
どちらかも言えば、同じ年くらいの若い参加者らしき姿を見ては、ちょっと手合わせしてみたいなぁ、と思うくらいには剣士としてうずくものはあった。
だがそれ以上に、北大陸には無い都市国家とも言えるこの街の雰囲気を味わいたかったのだ。
北大陸でも南部は肥沃な大地が広がり、神の氏族が暮らす生活圏がどんどんと拡張されている。
しかし、北の寒冷な土地に向けて進めば進む程、魔獣の領域が残っているのだ。しかも北部の魔獣は大型のものが多く、被害も大きくなりがちで街の発展は遅れている。
それに比べてこの街はどうだろう。
見たこともない物が溢れ、氏族達が種族の違いで争うこともなく、それが当たり前になっている。
当然そこかしこで血生臭さや剣呑な目付きが付き纏うが、怖くはなかった。
大自然の脅威や魔獣の恐怖に比べれば、なんて安全なんだろうとジョシュは思う。
ジョシュは生まれて初めて、純粋に観光することが出来ていたのだった。
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