メンヘラさんと映画

 真夜中。私とメンヘラさんは自室のソファに二人並び、フランス映画を鑑賞していた。内容はよくある騎士の冒険譚だった。幻の聖剣やら、捕らわれのお姫様を探すようなありきたりなストーリー。問題は、主人公の騎士が暴虐の限りを尽くしていることだ。


 道にすれ違う者は皆切り殺し、見かねて苦言を呈した老婆さえも手に掛ける。その殺し方たるや凄まじく、老婆などはレイピアで眼を一突きするという残虐っぷり。


「クズじゃないか」


 長閑な田園風景を背景に繰り広げられる殺戮を見て、思わず私はそう呟いていた。


「リアリティあっていいじゃん」

「これ誰が撮ったんだ? タランティーノ?」


 メンヘラさんはお気に召したらしいが、私は過剰なまでの血糊の背後にタランティーノの存在を疑っていた。別に彼の映画が嫌いなわけじゃなく、作風がそれっぽかっただけだ。


 緑溢れるブドウ畑で、騎士はレイピア片手に虐殺を始める。地に溢れるブドウ果汁を血液の隠喩としたやり方は面白いと思ったが、ストーリーの本筋が進行する気配が一切ない。それはまるで、物語性を高めたスナッフフィルムのようだった。


「煙草巻いてよ」

「ああ、そうしよう」


 退屈しのぎに、いつものやり方で煙草を巻いた。メンヘラさんに一本渡し、愛用のジッポーから二人して火を灯す。このやり方とシガレットキスでは、どちらがより効率的なのだろうと考えていた。


 それにしても、この異様に色あせたフィルム加工はどういった意図なのだろう。十年前の記憶と同程度には古ぼけて見える。


「これ、どこで借りてきたんだ」

「あのケーキ屋。シュークリームが美味しいとこ」

「最近はケーキ屋もレンタルやってるんだな」

「サブスクの方が楽だけどね」


 私は友人の誕生日など祝い事の際は例のケーキ屋で色々と買うのだが、映画まで貸しているとは知らなかった。ポイントカードが幾つになれば借りられるんだろうか。


 私が自分の財布からポイントカードを探している間、メンヘラさんは自分の黒髪をくるくると人差し指に巻き付けていた。


「髪を切りに行かなくちゃ」

「今から?」

「うん、行こう」


 メンヘラさんはすっと立ち上がり、スカートの皺を伸ばした。夜行性を名乗る私としては夜遊び大歓迎だが、この時間に空けている理髪店などあるのだろうか。あと数時間もすればバーでさえ店じまいだ。

 とはいえ、ここでずっとクソスプラッタ映画に付き合うのもつまらない。取り敢えず家を出て、何も考えず彼女に着いていこうと思った。もし理髪店が駄目なら、その時はバーに行って朝を迎えるのも悪くはない。


 そして我々は道に迷い、山中でトンネル工事を見学することになった。巨大な重機が固い岩盤を掘り進む姿は、実に見応えがある。


「発破させてくれるんだって」

「なに?」

「ダイナマイト、ぶっ飛ばしていいんだってさ」


 いかにもな点火装置がメンヘラさんに抱えられている。T字のハンドルを押し込んで起爆する、西部劇なんかで頻繁に目にするタイプだ。

 トンネル工事最後の発破と言えば、これまでの苦労が報われる感動の瞬間だと思うのだが。ふらっと現れた私たちに任せるとはどういう判断なんだ。


「俺はいいよ」

「じゃあ発破しまーす」


 メンヘラさんの手によって呆気なくダイナマイトは起爆し、もうもうとした土煙が周囲を包み込んだ。

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