SNRI-HR

 中学校のホームルームにて、私は机いっぱいに広げられたサインバルタを貪っていた。目の前で教師が何やら喋っているが、まったく耳に入らない。私はカプセルをかみ砕く感覚の虜になっていた。


 一つかみ、二つかみ、次々と口に放り込む。こんなに沢山のサインバルタを食べる機会は、そうそうあるもんじゃない。通常量で考えると半年分くらいあるんじゃなかろうか。一粒あたり確か140円程度だったはずなので、私の目の前には数千円が広がっているわけだ。そう考えると素直に現金を貰った方が嬉しかったかもしれないが、紙幣を食べたって脳細胞になんら影響を及ぼすこともないのだ。


「自律神経の失調は君の人生に悪影響を及ぼす。ひいては水道水さえ悪質極まるのだ」


 サインバルタがカプセルに入っているのは、かみ応えを重視した結果ではない。それでも私がかみ砕いているのは、禁忌を破ろうとする心理が働いた結果かもしれない。


「君は前回の採血で水分が足りないと指摘された。もっと水分を摂るべきだ」


 どうやら教師は私に語り掛けているらしい。他の生徒はマネキンのように、身じろぎ一つせず黒板を見つめている。

 しかし、食べても食べても減らない薬の山はどうするべきだろう。このまま食べ続けていいものなのか。


「デュロキセチン……半減期、13時間強」


 今更言われずとも、そんなことは知っている。私は服用する薬を調べ上げるタイプの人間だ。


「先生、質問があります」


 私は手を上げ、教師が指した。


「サインバルタのカプセルにサイン書いてるのは誰なんですか?」

「私ではない」


 サインバルタのカプセルには、筆記体で何かが記されている。英語に疎い私にはさっぱりだが、教師の脳をもってしても分からないそうだ。

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