第九十二話「避難指示」

 エンジンが止まった……

 バリアで船を守るのは無理か……


 俺はルーを監視塔に残し、武器を持って甲板の上に飛び降りる。


 バタガタバタガタ……


 船内に逃げようとしている作業員が扉の前で詰まっている。

 おそらく扉が歪んで開かないのだろう。



 運が良いのか悪いのか、クジラは船の周りを遊泳しているだけだ。

 この水域にやってくるということは『はぐれ』だ。

 つまり親を亡くし群れの中から追い出された、若く弱い個体。

 しかしいくら弱い個体とはいえ、クジラのランクはAだ。

 到底、俺の及ぶ相手ではない。



「おいアレン!何があった!」

「避難の指示はどうしたんだ!!」


 監視塔から静かに飛び降りてきたノアが俺の肩を強く叩く。


「クジ……、はぐれのバレナロ2体に遭遇」

「衝撃でエンジンが停止」

「避難指示はボースンがやってるけど扉が壊れてるから進まない」

「今は遊ばれてるけどバレナロの気がいつ変わるか分からない」


 ビチンッビチビチッ


 クジラに寄生していたサメ型モンスターが甲板の上に飛び乗ってきた。

 ランクはCで水中以外では脅威ではないが数がどんどん増えていく。


「状況はわかった!」

「二人で甲板を掃除しながら避難が終わるまで耐えるぞ!!」


 ノアはそう言うと、あの奇形の槍をケースから取り出した。


「まって!」

「ノアはあそこの非戦闘員を逃がすのに優先してほしい」

「あそこのドア、多分俺の力じゃ開けられない」


「わかった、全員逃がしたら合流する」


 ノアは返事をすると槍を甲板に突き刺して人混みの中に入っていった。

 俺は甲板に戻り、ボースンたちと合流する。



 ボースンは俺の姿を見ると瞬時に近寄ってきた。


「おい若造、遅かったな」

「……私たちは戦闘の邪魔か?」


 先程から戦闘員がモンスターに向かって銃を撃っているが、勢いよく跳ねているせいでなかなか倒せていない。

 しかもパニックになっているせいか、銃口が四方八方に向けられいつ流れ弾をもらうか分からない。


「……はい、とりあえず発砲を止めてください」

「できれば避難してほしいのですが、まだできそうにないので甲板の中心に集まってください」

「今から僕が掃討します」


「わかった」

「お前がくたばったら発砲を再開する」


 ボースンはそう言うとすぐに戦闘員に指示を出す。

 緊急事態の分別はついているようだ。

 やはり年季が違う。


 俺は戦闘員の目を盗んで左手のグローブを外す。


「アクティベイト」


 スキルボードが表示されると、俺はすかさず<貧者>にSPを90ポイント振り<懦弱>、<乞丐>、<慧眼>を手に入れた。

 <懦弱>は集団で自分が狙われやすくなる<特能>で、できればもう少し強くなってから取りたかったが、この際しかたがない。

 <慧眼>は戦闘時に<DVA(動体視力)>が2倍になるというものだ。


「ステイ」


 俺はスキルボードを閉じ、グローブをはめ直す。



 具体的な作戦は無しだ。

 とにかくやるしかない。

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