第九十一話「手加減」

 ノア!早く助けて!


 涙目になりながら、ひたすらノアの事を心の中で呼んでいるが、ノアはそれに答えてくれない。


 先程から、風でXY座標がレゼンタックの真上から少しずつずれてしまっているように感じ、一ミリでも身体を動かすと、されに軌道が逸れてしまいそうな恐怖も感じ始めている。



 いよいよ死を半分覚悟し、諦めて目を瞑っていた時、急に誰かに身体を抱えられた。

 目を開けると、ノアの姿が見えたので少し安心したが、まだ空中を急降下している状況は変わらない。


 助けを叫ぼうとしても、恐怖で口がこわばってしまい、上手く動かない。


 だが次の瞬間、俺の身体は空中で停止した。

 それとは逆に、ノアが物凄い速度でレゼンタックに落下していくのが見える。



 そしてノアが落ちた場所の土埃が動いたと思った瞬間、ノアが再び俺の身体を抱えていることに気づき、5秒もしない内に俺はレゼンタックの運動場に舞い降りた。



 アドレナリンが出ているのか、身体が熱く、フワフワしている。


 俺がノアの腕の中でボーっとしている内に、窓にギャラリーが集まってくるのが見える。


「アレン、聞こえるか?」


 ノアのその問いに、俺はゆっくりと頷いた。


「よし、鼓膜は破れていないな」


 ノアはそう言うと俺の事を地面に降ろした。


 しかし、俺は膝が震えてしまって上手く立つことが出来ずに、膝を地面についてしまったが、俺が地面に手を着く前に、その手をノアが取り、俺を立ち上がらせた。


「ほら、勝ったんだから早く教えろ!」


 ノアはそう言いながら俺の腕を振り回す。


「おい、ノア……<特能>使っただろ」


 俺は働かない頭を回転させ、質問をする。


 どう考えてもアレはおかしい。


「いや?」

「<特能>は使ってないぞ?」

「ただ、今まで使ってた<特能>を消したがな!」

「それがルールだったからな!!」


 ノアは誇らしげに笑いながらそう言った。



 ……なんとなく意味が分かった。


「はぁ……」

「その<特能>って?」


 俺はため息をつきながら確認のために再び質問する。


「<局限>だが?」


 ノアは俺をおちょくっているのか、笑みを消し、とぼけた顔でそう答えた。


 <局限>とは言葉の響き的に、おそらくステータスを制限するような<特能>だろう。


 良く考えればわかったはずだ。

 レゼンタックに推薦で入ったような人間が、俺が一瞬でも勝てると思えるような実力のはずがない。

 そしてノアの性格的にマニュアルで手加減なんてできないだろう。


 いや、もしかしたら<局限>を使った上で、さらに手加減をしていたのかもしれない。

 ともかく、さっきのがノアの実力ということだ。



 ……少し調子に乗りすぎたな。



「んっん゛ん」

「……わかりました、教えます」


 俺は咳ばらいをすると、ノアの大きな手を両手で優しく握った。

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