第六十四話「帰心矢の如し」
「ふぅー」
「……あ、やば」
ふと時計を見ると5時半を指していた。
夜ご飯は6時からだ……
急いで帰らねば。
図書館の外に慌てて出ると、広場にシートを敷いて座っている人がちらほら見られる。
もしかしたら、もう少し待てばライトアップが始まるのかもしれないが、それよりも夜ご飯を待たせては悪い。
道は空いていたので、俺は7割ぐらいの力で走ってヒナコの家に向かって走るが、周りの人は特に驚いた表情を見せなかった。
体感では、ゆるい坂道を自転車で滑走するぐらいのスピードは出ていると思うが、ノアが言った通りこの世界ではあまり珍しい光景ではないのだろう。
立ち止まって息を整える行為を三回繰り返しすと、ようやくヒナコのアパートがある脇道の入り口までついた。
ここからは道が広くないので歩こう。
「ただいまぁ……」
俺は小声でそう言いながら、ゆっくりと引き戸を開ける。
体感では余裕で間に合ってると思うし、ヒナコがこんなことで怒る性格ではないと信じてはいるものの、少し心配だ。
「おかえりーーー!!!」
エプロンを着けたケイが奥のダイニングから出てくるのと同時に、鶏の油の良い香りが俺の鼻の奥に突き刺さる。
それと同時に、一気に空腹感が増してきた。
俺は階段を上って部屋に戻り、貰った物が色々混ざって入っている紙袋を机の上に置くと、手を洗って一階のダイニングに向かった。
ガラガラガラ
引き戸を開けてダイニングの中を見ると、食卓にはまだ夜ご飯は並んでいなかった。
ダイニングの壁に掛かっている時計を見ると5時50分だったので余裕のセーフだ。
「アレーン!手、洗ったー?」
ヒナコが台所から顔を出して俺に大声を浴びせる。
「上で洗ったよ」
俺は返事をしながら椅子に座る。
ケイはエプロンを着けたまま定位置でテレビを見ていた。
「じゃあちょっと手伝って!」
ヒナコはそう言うと、俺に向かって笑顔で手招きをする。
「……よいしょ」
仕方が無いので、俺は座ってから一息つく前に立ち上がり、ヒナコがいる台所に行く。
そこには赤くなった炭が入った薄い火鉢のようなものと蓋がかぶさった鍋があった。
「アレンはこれを机の上まで持っていって!」
ヒナコは火鉢を指差す。
俺は人差し指で火鉢を数回突き、熱くないことを確認すると、両側についていた取っ手を持って机の上まで運んだ。
「ケイちゃーん、そことそこの窓開けて!」
ヒナコはそう言いながら鍋を持って台所から出てくると、それを火鉢の上に置いて再び台所に戻った。
ケイはヒナコに言われた通り、庭に出る窓と少し高い所にある無双窓を背伸びしながら開けると、早々にテレビの前に戻る。
俺はもう何もすることが無さそうだったので、大人しく椅子に座って待った。
少し待っているとヒナコが台所から箸と器を持って戻ってくる。
「よし、じゃあ食べようか!」
ヒナコは椅子に座り、手を合わせた。
ケイもテレビから目を離してテーブルに正対する。
「いただきます。」「いただきます!」「いただきます」
「……じゃじゃーん!」
ヒナコは手を合わせ終えると、セルフ効果音を付けて鍋の蓋を開けた。
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