第五十六話「Noah’s Background 1」

「母親って?」


 俺が質問すると、ユバルさんは俺の身体を測り終えたのか、椅子に腰かける。


「うーん……育ての母というか……恩人というか……師匠というか……」

「まぁ、兄貴のお気に入りになら話すか……」


「今から話すのは、俺と兄貴の昔の話だ」


 ユバルさんはそう言うと、俺の方に椅子を差し出してくれたので俺はそこに座った。


「どこから話すかな……」

「まず俺たちはセントエクリーガじゃなく、ギルセリアの出身だ」

「それで……兄貴はレゼンタック約200年の歴史の中で初のスカウト入社だった」

「まぁ、スカウトっていっても、あの人に半ば強引にさせられた、道場破りみたいな感じだったけどな」


「その悪知恵を兄貴に教えたのが、あの武器を作った人だ」


 ユバルさんは足を組んで少し自慢そうに語り始める。


 確かにレゼンタックのあの社風でスカウトとなると、優秀な人材であろうと無かろうと、こちらから求めなくてもやってくるのだから、相当異様な気がする。


「……あの人と俺たち兄弟の出会いは10年ぐらい前、ちょうど俺が学校を卒業した頃だった」

「俺は親父の仕立て屋で働くことになってたんだが、兄貴は文字と数字が苦手で働かせてもらえなくて隣町のヴェルネって町の炭鉱で働いていた」


「炭鉱で働いてたって言ってもな、今じゃ信じられないと思うが兄貴は身体が弱くて俺よりも細い見た目をしてな、だから炭鉱と家を往復するのがやっとで、もちろん金なんか稼げずに、ただ命を削っていただけだった」


 ここまで話すとユバルさんは足を組むのを止め、前かがみになって手を組んだ。


「……そしてその原因は親父にある」


「俺たちの母親は、俺が生まれた時に死んだ」

「その時、親父は仕事が忙しかったらしくてな、生まれたばかりの俺の世話はまだ5歳の兄貴が見ていてくれていた」

「そして親父は俺の世話をする兄貴を早く一人前にしようと暴力を振るい、なにかミスをした時は衣・食・住のどれかを奪った」


「そのせいで兄貴の身体は骨が露わになるほどやせ細っていてな……」

「兄貴も学校にも行ってはいたが次第にその勉強にもついていけなくなって辞めて、炭鉱で働くことになった」


「まぁ親父も必死だったのは二人とも分かっていたし、昔から不器用で職人気質だったから今となってはしょうがなかったと割り切っているがな!」


 ユバルさんは手を組むのを止め、ポケットに手を入れる。


「そんな環境の中、俺が学校を卒業した頃から炭鉱で働いている兄貴が家に帰ってくるのが2日に一回や3日に一回になったんだ」

「もちろん不思議に思って俺は兄貴に理由を聞いたがなにも話してくれなかった」

「その時は俺が学校を卒業したから家から出ていく準備をしていたんだと思っていた」


「けど家にはしっかりと帰ってくるし、段々と優しかった口調が今のように荒くなっていって、身体も日が経つごとににでかくなってきたから、気になって休みの日に兄貴の働く炭鉱に行ってみたんだ」


「そしたら兄貴は半年前ぐらいに既に炭鉱の仕事を辞めていたらしくて、町の人に聞いたら傭兵上がりで鍛冶屋をやってる変人のとこにいるって聞いてそこに行ってみた」


「だけど店に入っても誰も居なくて、兄貴を見つけるために物音がする裏庭をこっそり覗いてみたんだ」


「その時、俺の目に映ったのは、血が染み込んだ砂場の上で兄貴が女の人にぶん殴られて倒れる瞬間だった」


「あれは今でも忘れられない光景だったな……」


 ユバルさんはそう呟くと、ポケットに手を入れながら少しのけぞった。

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