第五十七話「Noah’s Background 2」

「あの時ビビッて立ち去っていれば、俺もこんな所で店を構えずに親父の仕事を継いで苦労なく暮らせてたかもしれなかったかもな……」


 ユバルさんはポケットに手を入れながら少しのけぞって微笑んだ。


「倒れて動かない兄貴を見て、俺は思わず飛び出して助けようとしたんだが、兄貴はあの時と違って笑いながら立ち上がったんだ……」


「俺は兄貴がイケない趣味を持ったのかと思って事情を聴くと、兄貴はここで修行というか、サンドバックというか、まぁ戦う技術を学んでいたらしい」

「そしてあの人は、兄貴に衣食住の全てを十二分に与えてくれていた」


「その後の俺はというと、強制的に仕立て屋を辞めさせられ兄貴と一緒にサンドバックになっていたんだが、センスを見限られて、出会ってから一週間後には武器を一日中、研ぐ生活が始まったんだ」

「あの人は同様に俺に衣食住を与えてくれた」


「だから、あの人は俺たちの母親だ」


 ユバルさんはポケットから手を出し、再び前かがみで手を組んだ。


「しばらくそんな生活が続いた時、兄貴は『ちょっと行ってくる』とだけ言い残して姿を消し、一か月も帰ってこなかった」

「今まで一週間ぐらい居なくなることはざらにあったんだが、流石に気になってあの人に兄貴の行方を聞くと『昔、私が告白したのにも関わらず3度も振った男を血祭りに上げに行かせた』とか言っていて、場所を聞くと、このセントエクリーガ城下町だった」

「英語はあの人に教えてもらっていたから違う国でも大丈夫だと分かっていたが、それ以外が大丈夫ではないと思って急いで追いかけたかったんだが、あの人は休みなんてくれなかった」


「そしてしばらくして、兄貴から手紙が届いたんだ」

「そこには汚い字で、『レゼンタックで働くからもう帰らん!サンドバックはユバルに任せる!』って書いてあった」


「俺がセントエクリーガにきてから兄貴に聞いたんだが、あの人を振った男は、兄貴がやっている役職をやっていたらしく、空席が出来たのでそこに座ったんだとさ」

「そしてあの人もそれを計算していたのか、兄貴には『仕事が見つかったら帰ってこなくていい』と予め言っていたらしい」


 ユバルさんは声を抑えながら笑い始める。


「けどまぁそうは言っても兄貴の事は心配だったし、サンドバックは御免だし、なによりあの人みたいな武器は作れなかったから、俺は夜逃げして兄貴を追いかけてここに店を構えたんだ」


「そしてあの人に恩を返すために、まったく需要がないあの人が作った武器をここで置いてるって訳だ」

「ちなみに、あの馬鹿みたいに重い大剣もあの人の武器だぞ」


 ユバルさんは先程、俺が持ち上げようとした武器を指差す。


 ……たしかにあれは需要がないと思う。


「……といった感じだな」

「少し話し過ぎた気がするがまぁいい」


「あぁそれと……さっき言った通り兄貴は読み書きと金勘定が苦手なもんで、そこらへんは助けてやってくれ」


 ユバルさんは俺に頭を軽く下げながら笑う。


 その辺はトレバーさんがいるから安心だろう。


「ノアなら良い友達がいるんで心配しなくても大丈夫ですよ」

「……ちなみに、あの武器を持っていった少年ってどんな感じでしたか?」


 俺は入り口に置いてあるカイが持っていた大剣を指差した。


「そうだな……あの糞ガキは2回目の挑戦であれを持って行ったんだが、1回目はお前と同じようにピクリとも動かなかった」

「だが、その1週間後に傷だらけで戻ってきたかと思えば、すんなりとあれを持ちやがったからな……」

「天才だな……正直、その才能に嫉妬したぜ」

「<STR>だけなら兄貴と同じか……もしかしたら今頃、超えているかもしれないな!」

「お前もあれを動かせるぐらいになるまで頑張れよ!」


 ユバルさんは俺の背中を叩き、立ち上がる。

「ハハハ……努力します」


 俺は目頭が少し熱くなるのを感じる。


 ……天才か。

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