第十八話「脚付きナメクジ」

 カイが大剣を鞘に納めながら戻ってくる。

 その後ろで真っ二つになったナメクジは既に溶け始めていた。


 ……スライムと同じだ。


 どうやら、モンスターは死んだあと溶けるらしい。


「こいつらにビビってたら洞窟の中には入れないぞ」


 身体に力が入っているのを見透かされたのか、カイは笑みを浮かべながら煽ってくる。


「攻撃とかされない……よね?」


 自分の声が少し震えているのが分かる。


「足元に気を付けてれば平気だ」

「ほら、行け」


 カイは俺の背中をナメクジの方に向かって強めに押した。

 俺はカイに押された勢いを殺し、すり足でナメクジに後ろから慎重に近づく。


 近くで見るとナメクジの身体から蛙のような足が体に不規則に生えており、それを使って転がるように移動しているようだ。

 表面もヌメヌメしていてめちゃくちゃ気持ち悪い。

 

 これはナメクジではなくモンスターだということを再認識する。



「ふぅー、よし」


 俺はリベイロの真後ろに着くと、勇気を振り絞って背中に鎌の先端を突き刺した。


 バチャバチャバチャバチャッ


 鎌を突き刺した瞬間リベイロが急に暴れだしたのに驚いて、思わず鎌を抜いてしまった。


「もっと深くー」


 後ろからカイの声が聞こえる。


 ビタビタビタビタッ


 鎌を抜いたのに、リベイロは身体をくねらせながら暴れている。



「はぁ……はぁ……はぁ……、よし」


 俺は涙目になりながらもう一度近づき、リベイロに力いっぱい鎌を振り下ろした。



「……」


 リベイロの動きは止まった。


 俺は深々と刺さっている鎌を涙を左手で拭いながら引き抜くと、カイのもとへ足早に帰ろうと振り返る。

 だが、カイは俺の後ろの方を指差していた。


 俺はカイとリベイロがいる場所を何度も振り返り、涙目で大量のリベイロの方へ向かった。



 俺は無心で鎌を振り下ろし続けている。

 暴れるリベイロの粘液が、鎌を持っている右手にまとわりつく。


 何体のリベイロを倒しただろうか……



 気づいた時には、そこにアイツはいなかった。


「はぁ……おわったー」


 俺はうつむきながらカイの方へ戻る。

 どうやらカイは岩の上で座って待っていたようだ。


 全力で鎌を振り下ろしていたので、かなり疲れた。

 恐怖で足も少し震えている。


 カイは俺が全てのリベイロを倒し終わったのを確認したのか、岩から飛び降り、こちらに向かってくる。

 俺はその場に膝から崩れ落ち、地面に手をついた。



「……え?」


 顔をあげるとカイがいない。

 慌てて振り向くとカイは洞窟の方へ足を進めていた。


「行かないのか?」


 カイが俺の無様な恰好を見て笑っている。


「くそっ」


 俺はゆっくりと立ち上がり、カイの後に続いた。


 カイはためらいもなく洞窟に入っていく。

 洞窟の中を覗き込むと、真っ暗な空間に坂道が永遠に続いているように見えた。

 足元はかなり湿っているようだ。


 カイは明かりも無しに洞窟の中をズカズカと進んでいってしまう。


 俺はカイを見失わないように足元に気を付けながらも急いで追いかけた。



 ズルッ


 革靴が岩肌に擦れる音が洞窟内に反響する。


 俺は勢いよく足を滑らした。

 手をついて転倒は回避したが、危うく股が裂けるところだった。


「はぁ……」


 こんな場所に革靴で来た俺は馬鹿なのかもしれない。

 俺はもっと明るくて平坦な洞窟を想像していた。

 しかし、考えてみればそんな洞窟なんて存在するはずがない。


 そんな事を考えている内にもカイは先にどんどん進んでいってしまう。

 

 ……明日はケイに靴を用意してもらおう。




 手を太ももで拭きながらしばらく進んでいると少し広い空間に出た。

 天井の亀裂から白い光が微かに漏れていて幻想的だ。


「上に気を付けろ」


 カイは光が差す中心に向かっていく。


 上を向いても天井は意外と高く、暗すぎて何を気を付けたらいいのか分からない。


 とりあえず俺はカイの後に続こうとした。



 バサバサッ


 突然、何も見えない天井から何かが翼を羽ばたく音がした。


 俺は慌ててカイの方へ走る。


 ズルッ


 小さな影がうごめく真っ黒な天井が目に映る。


 俺は再び足を滑らせた。

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