第17話〈仮タイトル〉2
すでに審査委員長気分なのか偉そうに腕組みをした虎太郎は、更に脚を組み笑う。
「ココでするの~?他の患者さん居るし、そんな態度じゃ失礼だよ~」
二人が来る前から居た患者達を気にしてか、小声で話す秋人は周りを見渡すが「アホか喧嘩でも何でも最初が肝心なんや」と睨みつける虎太郎の声は遠慮無くでかい。
秋人の心配を余所に居心地が悪くなったのか、他の患者達は次々と居なくなっていく。
「おっ?都合良く二人だけになったぞ」
更にくつろぐ虎太郎は倒れそうな程大きく、椅子にもたれる。
「それは虎君の人相が悪いからだよ~」
軽口を叩く秋人は、如何にもしまったという表情で口をつぐむが「シバくぞ!誰の顔が悪いって~?」とイタズラっぽく虎太郎は拳を鳴らす。
「‥‥場所解るかな~」
白々しく秋人が話しを逸らしていると、同じ歳位の女の子が食堂に入って来た。
誰かを探している様子の女の子はキョロキョロと室内を見回し、二人の方に近づいて来る。
「ほら~、見舞い客来て二人じゃなくなったし~」
気を使っているつもりなのか秋人は小声で話すが、女の子の容姿が健康的で全体的に丸々としているせいか患者とは言わない。
「虎太郎君?」
「おう、ドラムの鈴ちゃんやなヨロシク」
審査と言っていたわりに虎太郎の物腰は優しく社交的で、鈴も電話で一度話しているからか虎太郎の風貌に怯える素振りは無かった。
「コイツがギターの秋人な!」
まだ立ったままでいる秋人のケツを虎太郎が叩くと「‥‥よっ、ヨロシクです」と予期していなかったであろう突然の紹介に、頭を下げる秋人の返事は吃っている。
「ヨロシクで~す!風鈴の鈴で、鈴で~す」
面白おかしく秋人の真似をした鈴は人懐っこい笑顔で場を和ます。
安心したように秋人も椅子に座り話しだす、そこから三人が打ち解けるのに時間は掛からなかった。
それぞれ好きな音楽を語り合う頃には、食堂の雰囲気も良くなり患者と見舞い客で溢れていた。
「とりあえず今日は顔合わせだけやから、音合わせは今度やな」
何時間話したか解らなくなる位に語り合った頃、虎太郎が切り出すと二人は席を立ち頷く。
去り際ロビーで手を振る鈴に「ベースも募集してるから、次に会う時は四人かもな」と虎太郎の予定は自信に溢れていた。
鈴の姿が見えなくなるまで手を振り続けていた秋人は振り返り「安心したよ~、結局審査は無しなんだよね?」と疑うように虎太郎の顔色をうかがう。
「あれは冗談や、やる気が有るのは電話で解ったからな」
笑い飛ばす虎太郎は、何故だか慌てた様子で次の目的地へ向かう。
「えっ、どこ行くの?そろそろ検査の時間だよ~」
「大丈夫や、報告だけやからすぐ終わる」
気持ちが走るのか、秋人の脚を心配するでもなく虎太郎の歩く速度は早い。
着いた場所は千夏の居る病室だった。
「久しぶり!虎君退院したんだよね」
虎太郎が病室の扉を開けると、二人に気付いた千夏の明るい声が響く。
「おう」
素っ気無い返事を返す虎太郎の耳は異常に赤い。
「今日は新しいバンドメンバーと会ってたんだよ」
「曲作っても弾く奴おらな意味無いからな」
誇らしげに話す二人に、千夏も嬉しそうな笑顔を返す。
「良いな~、順調そうで」
うらやましそうに千夏は二人を見つめるが、その表情は二人よりも明るい。
「そんな事無いよ~、今日だって会う前に虎君が審査するとか言いだして無茶苦茶だったよ~」
「要らん事言うな冗談やったやろ」
飽きれ顔の秋人に、虎太郎は冗談っぽく睨みを効かす。
「どんな人だった?」
「ドラムで同じ歳位の鈴ちゃんていう女の子だよ」
「え~意外、女の子なの?」
驚く千夏に「張り紙した俺のおかげやけどな」とすかさず自分を売り込む虎太郎。
それを見透かしたかのように千夏は微笑む。
「曲も出来たしな!」
続けざまに語る虎太郎はいつになく饒舌だった。
「私も約束してた歌詞、少しでも書けたら連絡する」
真剣な眼差しで見つめる千夏の一言に、虎太郎の動きが止まる。
「‥‥連絡?」
すっとぼけた質問しか返せない虎太郎に「携帯出して」と千夏はバックから携帯を取り出す。
「っ‥‥、オウ」
今にもポケットから落としそうな位あたふたと携帯を取り出した虎太郎は、ニヤつく唇を無理矢理噛み殺している。
無事にアドレス交換を終えた虎太郎の喜びもつかの間で、千夏は秋人ともアドレス交換を開始する。
虎太郎は少しの間不満そうな表情で二人を見ていたが、どうやらアドレスをゲットしたニヤつきの方が勝っている。
「いつでも良いで連絡待ってるわ、俺からも連絡するし」
上機嫌で病室を出る二人を千夏は笑顔で見送り、室内は静寂に戻っていく。
取り残された千夏が平気なふりをしていたのは、二人が帰った後に落選した手紙を見る姿から明らかだった。
その日の夜、千夏の携帯に虎太郎からのメールが届く。
そのメールには新曲を二人で作った事、秋人に曲名を馬鹿にされた事、その曲に対する思い等が絵文字も無く書き続けられていた。
そんな殺風景なメールでも、千夏が手を止めて読み直していたのは最後の一行「俺が絶対曲にしたるから待っとけよ」と書かれた虎太郎らしい強気な言葉だった。
読み終えた千夏はにこやかに微笑み、落選した結果用紙をごみ箱に投げ捨てる。
思い立ったようにバックからノートを取り出し、書き始めたのは約束していた歌詞。
少しでも今の気持ちを取りこぼしたくないのか、字も汚いまま走り書きした仮タイトルは少年ギャングだった。
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