第12話〈決意と悪意〉1
「けど真人間になるって実際どうするの?」
「それを今から考えるんやろが」
昼飯を食べ終えると、秋人は言われるでもなく自然に二人分の食器を片付ける。
「そうだ!この前みたいに見た目から変えれば良いんだよ!例えば髪型とか~」
「アホか!これは俺のポリシーやぞ!死んでも変えんわ」
そう言って自慢げに髪型を調える虎太郎に「そんな頭の真人間いないよ~!」と秋人は口を滑らせ、ばつが悪そうに黙って下を向く。
「見た目以外でも他に色々有るやろ!」
「そんなの思い付かないよ~」
虎太郎の鋭い視線が気になるのか、秋人は如何にも考えてもいなさそうな返事を返す。
「そうだ~!子供に好かれるようになれば良い人だよ~!」
「良い人じゃあなくて真人間や」
「そんなの一緒だよ~」
「‥‥で、何すればええんや」
「自然に話しかけて一緒に遊んだら良いんだよ~」
仕方なさそうに虎太郎がため息を漏らすと、秋人は誘い込むような笑顔で立ち上がった。
一階の待合室に着いた二人は、まるで異常者のようにキョロキョロと子供を探す。
秋人が念のため持ち歩いているギターが、更に異様さを増しているが他の患者達は気付いてもいない。
「あの子なんてどう?」
まだ生まれたばかりの幼児を抱き抱える母親を秋人が指差すと、気付いた母親はさりげなく視界から遠ざかって行く。
「自分で探すからええわ」
そう言って虎太郎が見つけた小学生に近寄って行くと、小学生は走って母親の近くに逃げてしまう。
「もっと笑顔じゃないと駄目だよ~」
もっともらしい言葉で、講師振る秋人を睨む虎太郎は「こんなん出来るようになっても意味無いから、もうええわ」と今にも八つ当たりで手を出しそうだ。
「決めた!もっと真面目に練習するわ!」
急かすように虎太郎は立ち去ろうとするが、きょとんとした表情の秋人は意味を理解してはいない。
「約束を守る為に練習するんや、正に真人間やろ!」
迷い無く言い切る虎太郎に、秋人は一瞬驚いていたが「だったらギター貸しといても良いよ!その方がいつでも練習出来るだろうし!」と虎太郎の気持ちを応援するように、笑顔でギターを手渡す。
自分の覚悟を試すかのように虎太郎は一人で練習に向かい、秋人は静かに見送り病室に戻って行った。
1時間も経たないで病室に帰って来た虎太郎は、いらついた様子でギターをベットに投げ捨てる。
「駄目だよ~、壊れるよ~」
秋人は心配そうにギターを見つめているが、虎太郎は無言のまま気にもせず携帯電話を取り出す。
「練習どうだった‥‥?」
恐る恐る尋ねる秋人に「ミュートもピッキングも、どれも上手くいかんな‥‥」と虎太郎は不満げにギターを睨む。
「ギターは悪くないよ~、もっと練習しないと上手くならないよ~」
「もう今日は止めや!」
窘める秋人を見向きもせずに、虎太郎は不機嫌そうに携帯ゲームを始める。
「こんな時はガチャしかないやろ!オラッ!!」
必要以上に気合いを入れて虎太郎は携帯に触れるが、遠慮の無い舌打ちで結果は明白だった。
それから数分間二人しか居ない病室には会話も無く、虎太郎のしている携帯ゲームの音だけが響いている。
「そうだ!練習しないならお見舞い行こうよ」
「お見舞いって誰のや?来てもらうの間違いやろ!」
「だから~千夏ちゃんだよ~!病室なら患者しか居ないし、きっとヒマしてるよ~」
「アホか!さっき会ったばかりやぞ」
手を止めて話していた虎太郎は、バカらしそうに再び携帯を操作する。
そのまま数分間無言の状態が続くと、秋人は退屈に耐え切れなくなったのか「だったら一人で行ってくるよ~」と病室から去って行った。
病室に着いた秋人は千夏を探すが、室内には清掃員しか居ず部屋を出ると「もしかして‥‥、今の彼氏かしら‥‥」「かわいそうにね、まだ若いのに‥‥」とボソボソと噂話が聞こえてくる。
秋人は思わず立ち止まり聴き入るが、如何にも関係の無い話題に変わったので慌てて虎太郎を探しに戻った。
病室に着いた秋人は険しい表情で虎太郎に駆け寄るが、何も知らない虎太郎は呑気に携帯ゲームを続けている。
「虎君短いんだよ!!」
「何や‥‥、まだ練習時間の事言ってんのか」
秋人の気も知らず、返事を返す虎太郎は面倒臭さそうに頭を掻く。
「違うよ、千夏ちゃんだよ!」
「‥‥それどういう意味や?」
千夏の名前を聞いた途端、虎太郎の表情は真剣に変わる。
「さっき病室で聞いたんだよ~、掃除の人が話してて‥‥、若いのにかわいそうだって‥‥」
「直る病気と違うかったんか‥‥」
見るからに落ち込む虎太郎に、返す言葉も見つけられない秋人は静かに俯く。
病室には携帯ゲームの音が響いているが、虎太郎は自分に出来る事を考えてか触れようともしない。
「‥‥どうしよう、教えてあげた方が良いかな‥‥」
松葉杖で動きづらいはずなのに、落ち着きの無い秋人は座ろうとしては止めてしては止めてを繰り返す。
「何も言わん方が良いやろ‥‥」
「え~、無理だよ~!言わなくても態度で絶対気付かれるよ~」
「そんなもん自然にしとけばええんや‥‥」
そう言い切る割に虎太郎は片方の足を不自然に揺り動かし、明らかに動揺をごまかしていた。
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