第6話 チャットと後輩
「しかしですよ、誠司さん」
2,3時間ほどあっちのお店、こっちのお店に顔を出してから喫茶店の窓際席で二人並んで休んでいるところである。
まだ同棲を始めてから全然日にちが経っていないものの、色々足りないものも出てきている。先日すでに一度出かけているが、そのときは時間がなかったこともあり、あまり購入できなかったので、今日で色々揃えてしまおうというのが本日の目標だ。
しかし、「とりあえず色々見てから購入しよう!」というシノさんと提案により、まだ何も購入していない。
そんな状況であるが、シノさんが改まってという形で俺に話しかけてきた。
「なにかな?」
ホットコーヒーが半分ほど残ったマグカップをテーブルに戻し、右隣りの彼女の方に顔を向ける。
「もう少しIT的な、PC的なそういうものに親しんでもいいんじゃない?」
シノさんは右手の人差し指をピンと立てながらそんな提案をしてくる。
その提案は俺としては渡りに船である。
「全くを持ってそのとおり。ということで、この年末にシノさんに教えて貰っても――」
「もちろんですっ!」
俺が言い切る前に彼女はにっこにこで了承してくれる。とりあえず、先程いれたアプリの使い方から――。
「というわけで家電量販店に行きましょう! いいパソコンがあるんです!」
多分俺と彼女の認識には大分差異がありそうだ、とここでようやく気がついたのだけれど、無邪気な彼女の笑顔には何も言えなかった。
◇◇◇
「え? これですか?」
思わず真顔かつ敬語で尋ねてしまう。俺と彼女の前にあるのは、なんというか、SF感のある丸みを帯びた白と銀色の筐体のデスクトップパソコンである。しかし、問題なのはその見た目ではなくお値段の方である。
「これ、おすすめ!」
ちらりとシノさんの方を見てみると、大変曇りなき眼でいらっしゃる。
「……え、えっと、これの何がおすすめな感じなのかな?」
「ハイスペック! 見た目カワイイ! 頑張ってくれる子です!」
今にも頬ずりでも始めそうなくらいだけど、流石に衆人環境ではそんなことをしない。
「……お値段が、すごいんだけど」
お金的に困っているわけではないのだけど、ちょっと勇気のいる価格をしている。俺が何年も前に購入したPCの5倍近くしていて、そのスペックを褒め称える美辞麗句がポップに刻まれている。
「大丈夫、私が半分出すし!」
「いやいや、俺が出すよ」
なんか購入する方向にすでに突き進んでいるのもアレだが、シノさんがお金を出すのも変な気がするので、とりあえず反論を試みる。
「いやいやいやいや。私なりの目論見として、誠司さんのところのリビングでちょっとしたお仕事をしたり、ゲームしたりしたいなあ、なんて思うわけなのだよ」
「あー、だから共有物として、半分は出すという……」
「いえすっ! だから……買っちゃおう!」
……あれ。これは、彼女がこのパソコンを欲しいだけなのではないだろうか。
と、ここでバックポケットに入れていたスマートフォンが振動するのを感じた。
シノさんに一言断ってから確認してみると、先程入れたばかりのチャットアプリから通知が来ていた。
「……なんだろう?」
とりあえず開いてみると……
『先程はありがとうございました! 年末年始暇なので、せんぱいがよろしければ一緒にゲームでもしましょう! さすがの先輩でも「ぱそこん」くらいありますよね??? お仕事に使っているやつじゃないですよお笑』
後輩殿から大変素敵な煽りが来ていらっしゃった。
「誠司さん、どうかしたの? 口元がへの字になっているけど……」
「シノさん。それ買おう」
売り言葉に買い言葉。矢賀さんと対面しているわけではないし、喧嘩をするわけでもないけれど、俺の心境はだいたいそんな感じだった。
とりあえず、うちのリビングに招来されるパソコンくんの写真を撮って、後輩殿に送りつけることにした。
そんな俺の姿を見てシノさんが不思議そうな顔しているので、今晩にでも説明しようと思う。
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