第16話 紹興酒と隣人

大衆向けのおおらかな食堂というよりは、知る人ぞ知るという具合のこじんまりとしたお店だ。こういうところで料理も絶品ということであれば、私の大好物である。もし気に入れば今後何かしらの際に度々訪れるようになるだろう。

几帳面に糊付けされているカッターシャツを着こなす初老の店員さんにより、奥に数室しかないように見える個室に案内される。私は入口近くに座り、必然的に人栄さんが一番奥になる。もっとも中華料理屋に特有の回転する仕組みがついた丸テーブルなのだから、どこが主賓席かなどはあまり気にする必要はないのだろうが。

「私は紹興酒を頂きますが、目島さんはどうされますか?」

佐須杜さんはメニューも見ずにそんなことを言う。紹興酒はあまり飲んだことは無いが、せっかくなら中華料理を堪能したいという思いに駆られ、私も飲んでみることにした。

「私も同じものを頂きます。人栄さんはいかがしますか?」

「えー、二人が飲むならわたしもそうしようかな」

「お前、あんまり酒が強くないだろ?」

渋面で佐須杜さんは苦言を呈する。

「強くないけどお酒自体は嫌いじゃないからねえ。今日くらいいいでしょ?」

「……飲みすぎるなよ」

そんなやり取りをしていると、足音も立てずに先程の老紳士店員さんが注文を取りに来る。どうやらすでにコースで予約しているようで、飲み物だけを聞かれたので、佐須杜さんはおすすめの紹興酒を三人分注文してくれる。彼は恭しく頭を下げて個室から出ていく。

ここで私は気になっていることを聞いてみることにした。正直、中々失礼な話になり、結構抵抗があるが、色々なコンプライアンスの観点から確認する必要があるのだ。

「ところで……お二人はおいくつなんですか?もちろん成人してはいらっしゃるのは分かっていますが……」

「私は21です」

「わたしはハタチだよ」

思っていたよりもずっと若く、少々閉口してしまった。24歳から26歳くらいと踏んでいたのだが、予想は大きくはずれたようだ。歳を重ねると若い子は全員同じ顔に見えるというのは本当なのかもしれない。

「私達は同じ高校、短大の卒業で、私はそのまま出版社に就職して……なんの縁かコイツの担当になったというわけです」

「えー、嫌がることないじゃあん。わたしはナコが担当で嬉しいし、気楽でいいのにー」

「ま、私もお前相手だと緊張したりしなくていいけどな……っと来たみたいだ」

私が閉口している間に、飲み物が運ばれてくる。ある意味では大仰な壺のような容器が机にどんと置かれる。紹興酒が中にはいっているようだが、あいにく作法が良く分からない。しかし、佐須杜さんは慣れているのか、一緒に運ばれてきたコップを私に渡すとそのまま注いでくれる。

「ありがとうございます」

「いやいや、目島さんが主賓みたいなものですから」

そして、次は人栄さん、最後に手酌で自分に注ごうとする。流石にそのような真似をさせるわけにはいくまいと、私は彼女に注いであげる。

「っと、ありがとうございます」

「お気になさらず」

「じゃ、乾杯しましょ!」

まだお酒も入っていないのにニコニコと楽しそうな人栄さんがそのように告げる。

「そんならシノから一言、ちゃんと言わないといけないだろ」

「えっ!あー、えっと、本日はお集まり頂き?ありがとうございます!目島さん、先日はすいませんでした!これから隣人としてどうぞよろしく!ナコちゃん、色々セッティングしてくれてありがとう!これからもよろしく!」

乾杯!と彼女は勢いよくテーブルの上にコップを持った手を突き出してくる。私と佐須杜さんはそれに軽くコップを合わせて、三人同時に軽くコップの中身をあおる。

強い酒精と芳醇な香り。ウイスキーの煙のようなものとは異なり、一種の薬膳のような味わい。これはこれで美味しいが、やはりこの後来るであろう様々な料理と合わせると、より引き立つのだろう。

二人の顔をちらりと見ると、実に対照的な表情をしていた。佐須杜さんは紹興酒だけでも実に美味しそうに飲んでいる。他方、人栄さんは苦い薬でも飲んだかのように渋面満載という感じになっている。

実に表情豊かな二人で、私は表情がにこやかに崩れるのを止められなかった。

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