猫の額 / ふみねこ

追手門学院大学文芸同好会

第1話

 ずっとこんな生活が続けばいいのに、と思うことがよくある。人間が生きるためには働き、お金を得る必要がある、とほとんどの人が思っているだろう。無論、私自身もその一人である。だが、その現実からしばし離れ、憩いを求めるのもまた人間ではないかと考える。故に私は心身の癒しを求めて、夜に町の路地裏なんかを散歩する。これがまた何も考えなくていいから楽なのである。場所によっては生ゴミ臭の漂うところもあれば、シャッターも閉まりきったような中にぽうっと仄かに光るお店なんかもあったりして、意外と面白い。散歩するときは基本的に金銭を持たないので、残念だがお店を見つけても入って買い物や飲食をすることは出来ない。その代わりに、首から下げているカメラのレンズを向け、パシャリ。こうして私は自分の足で歩き、目で見たものをデータとして保存している。

 初めは好奇心で、なんとなくやってみたかっただけだったのだが、なかなかどうして面白いものである。今の時代、スマートフォンで撮影しても何ら遜色のないように思えるものの、やはり実際にカメラを手に持って写真を撮るのは何か心にくるものがある。

 今日は赤い提灯のかかった飲み屋を発見した。ちらりと覗き込んだところ、さほど賑やかではないが、全く客がいないわけでもなかった。私好みの雰囲気だ。今度また来てみよう。


 私はあまり人の多い場所を好まない。だから路地裏をよく訪れる。しかし、毎回路地裏に行くわけにもいくまい。電車に乗って少し都会の町から外れたところに行って、長閑な風景を楽しむのもまた良いのだ。さすがに夜に行くわけにはいかないので、昼よりも少し早い時間に向かう。

 人気のない駅で下車するのは無人駅ほどではないにしろ、少し不安と恐怖があるものだ。こんな時間にこんな駅で降りてどうするんだと疑問を抱くであろう駅員さんに軽く会釈をした私は、そのまま駅の外に出る。ああ、空気が澄んでいる。都会の、排気ガスやらが混じった空気とは違う、もっと吸いたくなるような、そんな空気が私を迎え入れ、それに応えるように私は歩みを進める。

 まるで空気の流れが分かるかのような感覚に陥った私は、何の迷いもなく線路沿いを歩いていた。すると、視界の端に何か影が動いた気がした。よく見ると、一匹の茶色い猫がとてとて歩いていた。その猫は一瞬私を見ると、線路沿いからは外れた方向に歩きだした。なぜかついて来いと言われている気がした私は、ほぼ無意識的に後を追った。

 猫の割には意外と大胆に動くものだな、などと考えている私には目もくれず、ただひたすらに道なき道を歩いていく。私も只管それに続いた。その時間はまるでファンタジー世界への通り道を歩いているかのような、そんな気持ちにさせてくれる時間だった。そのような経験は一切ないし、当事者がそんな気持ちになるのかもわからないが、例えるならばこれが的確だろう。

 いつの間にか平面だった道が、草木を掻き分けているうちに上り坂になっていっていた。それと共に草木も徐々に減っていき、代わりに石造りの塀や柱などが点在していた。一方先の猫はというと、相変わらず、自慢の四肢を駆使して軽々と坂を上っていく。全く羨ましいものだ。人間は二本しか足がないのに奴は四本もある。つまり、単純に考えると上る時の疲労蓄積速度は私の半分しかないということだ。いや、これは単純思考過ぎるだろうか。まあいいだろう。

 そんなことを考えているうちに視界がさらに開けてきた。肝心の猫はというと、眼前に現れた大きな石の階段の遥か上にいた。その光景がやけに美しく、私は思わずカメラを構え、シャッターボタンを押した。そういえばここに来てまだ一回も撮影していなかった。ここまで来るのにもいくつかスポットのようなものはあっただろうに。惜しいことをしてしまった。


◇◇◇


 やっとの思いで階段を登り切った。散歩を趣味にしている私でもさすがに堪えるものがあった。数百段はあったのではないだろうか。だが、その労力に見合った光景が眼前には広がっていた。麓の線路沿いからは想像もできない程の、手入れの行き届いた木々、整った石畳の道。紫幹翠葉とはこのことを言うのではないだろうか。

 さらに前に進んでいくと、こじんまりとした展望台のようなものが見えたので、私は少し身を乗り出した。その先に広がっていたのは、先ほどの駅に着いた時の印象とは裏腹に、見事なまでにきれいに並んだ民家が広がっていた。しかしそれは、あまり似つかわしくないものでもあった。


 都会に住んでいる私には見たことのない光景を目の当たりにした私は徐に口を開いた。



 嗚呼、これは——





あとがき



 ふみねこです。初めましての方は初めまして。それ以外の方はお久しぶりです。ええ、本当に。

 さて、今回の作品ですが、今まで通りプロットなしで行き当たりばったりで書いています。どうやらよほど気が乗らない限りは書こうという気になれないらしく。しかも今回は某ウイルスのせいで活動自体もあやふやな状態にあったことから、なかなか手が動きませんでした。

 このお話の内容に関しては正直空っぽ同然化と思います。だって何も考えていないのですから。読む人によって変わるとは思いますが、別段隠されている意図などもないので、気軽に読んで頂けたら幸いです。

 元々は前作の続きを書こうとしていたのですが、途中で飽きたので急遽変更(締め切り3時間前)しました。その結果、やはりよく分からないものが出来上がってしまいました。小説を書くということ自体あまり慣れていないこともあり、かつ何も考えられない鳥頭なのでお許しを。

 このお話が批評されている頃には活動が再開されていればと思いますが、今(二〇二一年一月十六日)の状況ではまだまだ元通りとはいかなさそうです。

 私としてはこのお話の主人公は、仕事が休みなどでできた一日を自由に散歩して過ごす、という行為が自分にとって気持ちが落ち着けることができ、それが永遠に続けばいいのになあと思いながら過ごす休日を描いたお話です。最後は少し残念な感じで終えました。多分。日本語難しいね。あと猫可愛いね。早く飼いたい。

 では、この辺で。

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