ヘビーレイン
それからのことは、あまり覚えていない。
ただ意味もなく、宛てもなく、車を走らせた。ふたりとも黙ったままだった。
途中、街道沿いのコンビニに立ち寄った。
僕は缶コーヒーを、羽月ちゃんはホットミルクティーを買い、車に戻ろうとした時、
「おっ、今井くんじゃないか!」
と耳障りな声がした。声の方向に目をやると吉田さんだった。
羽月ちゃんは以前のことを瞬時に思い出し、警戒している。
「なんだ、君たち、まだ一緒にいるんだ?」
こんな最悪の状況で、最悪な相手にかまってる余裕もなく、無視して通り過ぎようとした時だった。
吉田さんは羽月ちゃんの前に立ちはだかり、ネットリとした口調で話しかけた。
「ねぇ、お嬢ちゃん、悪いことは言わないよ。コイツとは早く別れな。そうしないと前の子みたいにされちまうぞ。なんたって、今井くんは人殺しだからな!」
「……人殺し?」
あまりに予想外の言葉に、羽月ちゃんは吉田さんに視線を向けた。
「あれ?やっぱり知らなかったんだ。そう、彼は前に付き合っていた女の子を殺してるんだよ。本人が言ってたんだから間違いないよ」
「……」
「そんなことしといて、よく女の子と付き合えるよね。これじゃあ殺された彼女も浮かばれないよな」
羽月ちゃんは立ち止まって聞いていた。
「羽月ちゃん、行くよ」
僕は努めて冷静に言うと、彼女の腕を掴み、車へ向かった。
いつの間にか、空は今にも泣き出しそうな雲に覆われていた。
彼女の家へ着いたときには大粒の雨が降っていた。
あれから数十分、お互い沈黙が続いていた。
「羽月ちゃん、着いたよ」
「……」
彼女は俯いたままで黙っていた。
「今日はごめんね……それから……」
僕はフッと息を吐き、下唇を噛む。
そして言葉を続けた。
「それから……もう終わりにしよう」
その言葉に彼女がガクリと崩れ落ちた。
そして力無くドアを開けて、車から降りた。外は土砂降りの雨。傘も無く、彼女はずぶ濡れになっていく。
僕はゆっくりとアクセルを踏んだ。僕の視界はどんなにワイパーを動かしても滲んだままだ。バックミラーの中で、羽月ちゃんが膝から崩れ落ちるのが見えた。
緑色の雨の中で出会って始まった僕らの恋は、今、終わりを告げた。
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