涙のキッス
「あれ? 海?」
「うん、もう到着してるよ」
「うわぁ、ごめんなさい。寝てしまいました……」
羽月ちゃんは慌ててあたふたと動き出した。
「大丈夫だよ。試験疲れみたいだね」
「はい、ごめんなさい…」
シュンとしてる。
やっぱりなんだか元気が無い。
「ここからちょっと歩いて行くと絶景が待ってるから行ってみよ!」
努めて明るく言ってみた。
「はい、そうですね」
いつもの笑顔が返ってきた。
駐車場から降りて浜辺を歩く。その先に小さな岬のように海へ伸びている場所が見える。
「ほら、あそこ。足場が悪いから気をつけてね」
転ばないようにと左手を差し出すと、右手でギュッと握り返してきた。
いつもと変わらない。杞憂だったかな。
「はい、到着。どう?絶景でしょ」
目の前は一面の海が広がっている。オレンジ色に染まり始めた西の空に目をやると、富士山が雄大なシルエットを浮かび上がらせていた。
「…綺麗……」
羽月ちゃんは一言だけ発した。
僕達は寄り添ってそれを見ていた。
周囲に人がいないこともあり、この世界に僕達二人しかいないようにさえ思えた。
だけど……何となく感じる、微妙な違和感。
すると彼女がいつになく真剣な表情で僕を見た。いつものふにゃりとした優しい表情ではなく、思い詰めたような悲しげなものだった。
「今井さん、」
「ん、何?」
「私、今井さんのことが好きです」
突然の告白。
「雨の中、初めて会ったあの日からずっとずっと好きです」
「……」
あまりに突然のことで、僕は黙って聞いていた。
「だから……ずっと私の側にいてください」
彼女は今にも泣きそうな表情だった。
僕は大きく息を吐いて、
「うん。大丈夫だよ」
と言いながら、右手で彼女の頭をよしよしと撫でた。
「……してください」
消え入りそうな声で彼女が言う。強くなってきた海風にかき消される。
「え?聞こえないよ」
僕が言うと、
「キス…して……ください……」
かろうじて聞こえる声で彼女が言った。僕は彼女を正面に向かせ、おでこに優しくキスをした。
すると彼女が震えだす。
「何で……何で……子供扱いするんですか!」
そう言いながら、左手で僕の胸を叩き続ける。見ると瞳からは涙が溢れていた。
「今井さん、私……やだ、やだよぉ……好きなの、大好きなの…なのに……何で?……何で、子供扱いしてばかり……好きになっちゃいけないの?……大好きなんだよ?……何で、唇にしてくれないの?」
「えっ、そ、それは……」
僕は答えに窮した。怜を失くしてから、もう恋はしないと決めていた。誰かを好きになっても、唇にだけはキスしないと決めていた。それは怜に対する気持ちでもあり、唇へのキスをすることで相手に対する想いが止められなくなるのが怖かったからだ。
ズルい男だ。結果、彼女を苦しめてしまった。泣かせてしまった。
僕が言い淀んでいると、彼女は僕の首に両腕を回し、僕の唇に口吻をした。
それは普段の陽だまりのような笑顔の羽月ちゃんには似合わない、とても激しく情熱的な口吻だった。
抑えていた羽月ちゃんへの想いが溢れそうになる。気がつくと、僕の頬を涙がつたっていた。
強くなる風の中、僕は彼女の小さな身体を壊れるほど強く抱きしめたい衝動にかられながらも、そぉーっと優しく抱き締めた。
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