変身
「ただいま」
「おかえり。重たかったでしょ。今井くんもありがとね」
リビングのソファに腰をおろす。
羽月ちゃんの姿が見当たらないのに気がついた。僕がキョロキョロしていると、それを見たみゆきちゃんが言った。
「羽月ちゃーん、いいよ、こっちおいで!」
すると部屋の扉が開き、見慣れない服を着た女性が入ってきた。
「ん? えっ? 羽月ちゃん?」
髪を整え、バッチリ化粧をし、ちょっと濃い目の口紅をしたその女性は、羽月ちゃんだった。
みゆきちゃんの服を着て、胸元は女性らしい柔らかな傾斜を描いている。艶々の唇がとても色っぽい。
「えへへっ、今井さん、どう?」
どうも何も、あまりの綺麗さに声が出ない。
「もう、何か言ってくださいよ。みゆきさんにいろいろやってもらったんだから!」
「ほ、ほんとに羽月ちゃん、だよね?」
「何言ってるんですか!」
自分でもとても変身したことがわかっているのだろう。
僕の反応に、してやったりという表情をしている。
「ねぇ、今井さん、どうですか?」
キラキラした瞳で聞いてくる。
僕はドキドキして目を逸しながら言った。
「……とっても綺麗」
「え、聞こえないんですけど。ちゃんと言ってください」
本当に聞こえないのかどうかはわからないが、彼女にしては珍しく、しつこく聞いてくる。
僕は彼女の目を見て答えた。
「とても綺麗だよ。立派なオトナの女性だ。びっくりした」
すると羽月ちゃんは、
「みゆきさーん!やったー!」
と大はしゃぎでハイタッチをする。
「ねぇねぇ、今井さん。今なら私のこと『羽月ちゃん』じゃなくて『羽月さん』って呼んでもいいですよ」
ちょっと悪ノリしてる。10歳の年齢差を気にしていたので、大人になれた気がして、僕との歳の差を縮められた気がして、嬉しいのだろう。
☆ ☆ ☆
「今日はどうもありがとう。楽しかったよ。長居しちゃって悪かったな」
「いやいや、こちらこそスゴく楽しかったから。羽月ちゃんもまた遊びに来てね」
「はい、今日は本当にありがとうございました。今度は可愛い赤ちゃんに会いに来たいです」
「そうね。頑張って元気な子を産むから、今度は抱っこしてあげてね」
「はい。必ず!」
羽月ちゃんはペコリとお辞儀をしてドアを閉めた。
☆ ☆ ☆
「あの二人、お似合いじゃない? とってもイイ感じよね」
「そうだな。このまま幸せになってくれればいいけど……。あいつ、まだ引きずってるからなぁ……」
「え、あぁ……あのこと? そっか……あとは今井くん次第だね」
「うん。でもなぁ、あいつの気持ちもわかるし、羽月ちゃんがいい子なだけに見てて辛いよ……あいつが背負ったものが大きすぎて」
「そうだね。やっと普通に笑えるようになったくらいだもんね」
☆ ☆ ☆
「あーあ、お化粧落としたくなかったなぁ……」
すっぴんに戻った羽月ちゃんは、ちょっと残念そうだ。胸もいつものぺったんこに戻っている。
「仕方ないだろ。あのままってわけにいかないから。でも大人っぽくてびっくりしたよ。とっても綺麗だったよ。」
「えへへ、そうですか! みゆきさんて学生時代、デパートの化粧品コーナーでバイトしていたんですって。いつか弟子入りしたいなぁ」
「でもさ……」
「なんですか?」
「俺は今のすっぴんの羽月ちゃんの方がいいけどなぁ」
彼女の顔が赤くなる。
「え?よく聞こえないんですけど。ちゃんと言ってもらっていいですか」
――絶対聞こえてるだろ?
「大人っぽい羽月ちゃんも素敵だけど、今のすっぴんの羽月ちゃんの方が俺は好きだよ!」
「え?聞こえません。もう一回」
彼女を見ると、ニマニマした顔して僕の方を見ていた。そして右手にはボイスメモがオンになっているスマホが握られている。
「……もう言わなーい」
「えー!ごめんなさい!もう一回だけお願いしますっ!ねっ、今井さーん!おねがいーっ!」
「やーだよー」
「そこをどうかひとつ! ねぇ、今井さーん!」
隣に誰かがいて、一緒に笑える。こんな他愛もない会話がとても愛しい。
こういう時間がずーっと続けばいいのにと思った。
しかし、この時はまだ知る由もなかった。僕達に巨大な雨雲が近づいて来ていることに……。
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