ふたりのディスタンス

「今井さん、お疲れさまでした。よく頑張りましたね」


「そりゃあ羽月ちゃんと山登りするのに、情けないとこ…見せる…訳には……ん?」


何やら視線を感じる。


「はい、お陰さまで今井さんの情けないとこ、たくさん見せてもらいました」


僕の情けないとこが見れて嬉しそうな羽月ちゃん。

これはこれで、また距離が縮まった気がした。


「ははは、そうだよね。もう手遅れか。でも楽しかったよ。いろいろ話もできたしね。それに羽月ちゃんの『あぷぷっっ』がね、『あぷぷっっ』がっ、くくくくっ」


思い出すだけで涙が出てくる。ひと月はこれで笑って暮らせそうだ。



「今井さんが頑張ったので、これを」


そう言うとリュックから何やら紙を取り出した。


「あ、銀の天使!」


カードサイズの小さな紙に描かれた天使のイラスト。可愛らしい天使が羽をパタパタさせて飛ぶ練習をしているものだ。


「はい、今日の努力賞です」


「うわぁ、これも可愛いね。実は前にもらった絵なんだけど、いつも持っていたくて財布に入れてるんだ。幸せにしてくれそうな気がしてさ。ほら、ね」


僕が財布から天使のイラストを取り出すと、彼女は感激した様子だった。


「わぁー、ありがとうございます。こんなに思ってもらえて、描いて良かったです」


「これで2枚目ゲット! 5枚揃えると羽月さんが願いを叶えてくれるってホントなの?」


「はい、私も聞いた話なんですけど、どうやらホントらしいですよ」


まるで刑事ドラマに出てくる情報屋のような口調でヒソヒソ言う。

真面目な顔して小芝居してる羽月ちゃんて、なんだか可愛い。



決してハードな山ではないが、一緒に歩いて、一緒に疲れて、一緒に楽しんで……同じ経験をすることでお互いの親近感がより強まったようだ。


周囲から見たら兄妹のように見えるかもしれないが、僕ら二人の間には十歳という年齢差はあまり感じなくなっていた。



「今井さん、これ乗っていきませんか?」


と、指差す先にはリフト乗り場。

彼女が幼い子どものように目を輝かせて提案してくる。こういう表情はまだまだ子どもだ。


疲労困憊の僕は二つ返事でOKする。


係員に誘導され、乗り場へ。所定の位置に立って、後方から来るリフトにスッと座る方式だ。


「はい、じゃあ次どうぞ」


係員の声に位置へ向かう。


「今井さん、来ましたよ」

「お、おうっ」

「よいしょっと!」


軽快な身のこなしで簡単に座る羽月ちゃん。一方の僕は、


ガツッ!

「あうっ!」


タイミングを誤り、リフトにはじかれる。


「えー!今井さん早く早く!」

「うわわわわっ!そりゃあ!」


もう必死の思いでリフトに座った。ただ、焦りまくってたので二人用リフトのほぼ真ん中に座ってしまったのだ。

当然ながら羽月ちゃんと密着状態です。


「ちょ、ちょっと今井さん、近すぎです。離れてください!」


窮屈そうな彼女が言う。


「ごめん、怖くて無理。動けない……」


このリフトは身体を固定するバーもベルトも無い。つまり高所恐怖症の僕は、怖くて、とてもじゃないが身動きがとれないのだった。


「なんだよもー、今井さんたらポンコツさんなんだからー」


怒りながら笑う羽月ちゃん。すれ違うリフトの人たちも僕らを指さして笑ってる。


記念撮影ポイントで撮られた写真は、白い歯を見せて大笑いしている羽月ちゃんとビビりまくりの僕が、不自然にに密着したものだった。


「すいません。この写真1枚買います」


羽月ちゃんはすかさずゲットしていた。僕は、あまりに情けない顔した写真なので買うつもりはなかったが、隣に写ってる大笑いする天使に惹かれ、つい、


「あ、それ、もう1枚ください」


と言っていた。


帰宅後、その写真をスマホで撮影し、トリミングして彼女の笑顔だけを待ち受けにしたのは内緒です。

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