記憶の扉

登山口からケーブルカーは使わずに森の中を歩き始める。今日はのんびりトレッキング。歩きながらたくさん話をするためだ。


考えてみると、羽月ちゃんちで取り調べ?を受けたことはあったが、あまりお互いのことは知らない同士だった。あらためて彼女の人となりを知るチャンスだ。


「朝の森の中を歩くのって気持ちいいですね。それも東京都内ですからね」


「そうだね。鳥のさえずりも普段じゃ聴けないからね」


「ほんとだー。鳴いてますね。あ、ところで今井さんて学生の頃、何部でした?」


いきなり質問攻撃が始まった。


「中高とサッカーやってたんだ。で、大学はシーズンスポーツのサークル」


「シーズンスポーツ? 何ですか、それ?」


「夏は海、春秋テニスで、冬スノボー っていうことになってるんだけど、要はミーハーナンパサークルで女の子誘って合コンとかやってばかりだったよ」


「なるほどですね。だから女の子の扱いが上手いんだ」


「あはは、そうかもね」


「うわっ、その返し方。余裕しゃくしゃくな感じがムカつきます」


「まぁ、そりゃあ人並みに恋愛もしてきたし、いろいろ経験もあるからね」


「むぅ……。ちょっと悔しいです。あ、そっか、年の功ってやつですね」


「いや、それ、ちょっと違う気がする」


「今井さんはおじさんですからね。じゃあ、今までどんな人と付き合ってきたんですか?今って彼女とかいませんよねぇ?」


ちょっと不安げに、興味津々で聞いてくる。


「今?いないよ。いたら羽月ちゃんと二人っきりででかけてる時点で殺されてるよ」


その言葉に彼女がホッとしたのがよくわかった。


「あはは、そうですよね。じゃあ前に付き合ってた人はどんな人だったんですか?」


「えっ、………うん、それは……いつも優しくて、しっかりしてて、誰からも好かれるような子だったなぁ」


予期せぬ質問に心が痛んだ。


「えー!そんな素敵な人なら離しちゃ駄目じゃないですか!もー、今井さん、何やってたんですかー!」


何も知らない彼女は、グリグリと僕の記憶を掘り起こしてくる。


「うん……彼女はね……離したんじゃなくて、……空に…」


「きゃあーっ!」


大きな声に、俯きながら歩いていた僕が顔を上げると、羽月ちゃんが右手で何度も顔を拭いていた。


「あ、蜘蛛の巣トラップに引っ掛かったな!」


「な、なんですか、それは?」


「わははは。その名の通り蜘蛛の巣か蜘蛛の糸を横切って顔についちゃったんだね。早朝は登山者も少ないから、先頭を歩いてるとよく引っかかるんだよ」


「もう、知ってたなら教えて下さいよぉ。ここからは今井さんが前を歩いてくださいね!」


頬を膨らませた彼女が言う。ホント、この顔大好き。人差し指で突っつきたくなる。

ミス・ユニバースにほっぺた膨らませ部門があったら、世界大会で入賞も夢ではないだろうと思う。


「ところで羽月ちゃんは好きな歌手とかいるの?」


と話題を変えたくて、彼女が好きな音楽の話を振ってみた。彼女の音楽好きは前回のロングドライブで確認済みだ。


「そうですねぇ、歌うのと聴くのとで別々なんですけど、聴くのだったらバンプとかドロスとか、あ、あとミセスも好きです」


「お、バンプいいよね。カラオケでよく歌ったなぁ」


「そうだ、今度カラオケ行きましょう!」


蜘蛛の巣トラップもなんのその。すっかり元気になった羽月ちゃん。カラオケ行ったら絶対にマイク離さない人だと直観した。

そう、あのちょいちょいフラットするのが、また可愛くてね。


彼女といると、まだ恋に恋してた何も知らない、中高生の頃に戻ったような気になる。


そして僕は開きかけた記憶の扉を、彼女に気づかれないようにそーっと閉めた。

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