ニホンゴ、ムズカシイデス

「夜中に急遽泊まれるホテルっていうと、やはりアレかい?」


油断していたところに、内角をえぐるようなカミソリシュートが投げ込まれてきた。


「……はい…アレです……」


「……そうか…アレか……」


「…………」


「…………」


何ともまぁ、気まずい雰囲気が漂っている。僕はそれを何とかしようと切り出した。


「あのー、でも羽月ちゃんとはやましいことはしていないので、安心してください」


その言葉に、お父さんは少し安心したようで、僕に聞いてきた。


「そうかそうか。では指一本触れてないということだな?」


「いいえ、指は触れています」


「あぁ、なるほど。指が触れたけど、手は出していないということだな?」


「いいえ、手を出しました」


その答えにお父さんがワナワナし始めた。


「ははぁーん、さては手は出したが抱いてはいないということだな?」


「いいえ、抱きました」


お父さんのこめかみがピクピクしている。


「今井くん、娘を、羽月を、抱いたが、寝てはいないよな?」


「いいえ、寝ました」


「ガッデーム! き、貴様ーっ、」


お父さんが立ち上がった。その時、


「お待たせ致しました。ナポリたんとたっぷりプリンです。以上でご注文の品はお揃いでしょうか?」


と清楚な感じのアルバイトの女性がナポリたんと中ジョッキいっぱいに入ったプリンをを運んできた。

僕が「はい」と答えると、


「ありがとうございます。どうぞごゆっくりお召し上がりください」


そう言って、僕達に笑顔で会釈した。


「……」

「……」


出鼻をくじかれたお父さんは椅子に座りプリンを食べ始めた。


「このプリンも絶品だぞ。一口食べてみるかい?」


「はい、ではお言葉に甘えて」


お父さんにあーんしてもらって食べたプリンの甘さが口の中に広がってゆく。幸せな気分だ。お父さんも幸せな顔をしている。


「うわっ、めちゃくちゃ美味しいですね」


「そうだろ?これを食べると幸せな気分になれるんだよ」


「あぁ、その気持ちわかります。あ、そういえば、羽月さんにはやましいことは本当にしていませんから安心してくださいね」


「先程の話を聞いてたら、とても安心できるものではないけどな」


「いや、そこは日本語の難しいところで微妙なニュアンスというものがありまして……」


「ふむ。そんなものかねぇ……」


「はい、そんなものです」


お父さんはしみじみしながらもプリンを完食すると、腕時計に目をやった。


「お、もうこんな時間だ。すまないが失礼するよ。君には公私ともに期待してるんだ。これからもどうかよろしく頼むよ」


そう言うと伝票を持って席を立った。


僕が残りのナポリたんを食べていると、一人の男性が声をかけてきた。

営業三課の増田課長だ。


「今井くん、安彦さんと知り合いなのかい?」


「え?『安彦さんと』って、課長こそご存知なんですか?」


「ご存知も何も、ウチの親会社のカクヨム商事の安彦常務だぞ。来月からウチの会社の副社長だよ」


「えーっ!!」


青天の霹靂。青いイナズマが僕を直撃した。

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