テイオーステップ再び

今日は羽月ちゃんと映画を見に行く日。僕は柄にもなく早起きしてしまった。


どんな服を着ていこうか、昼食は何にしようか、映画を見たあとはどうしようか……。


誘われたとはいえ、高校生の女の子と二人で会うわけだから、こちらがリードしないと、と何気にプレッシャーを感じていた。


そもそも約束の時間に行くべきか、それとも早く行って彼女を待つべきか……。

女の子からしたらどっちが嬉しいんだろう?

『待った? 』

『ううん、私も今、来たとこ』

こんなやり取りを期待してるのかな?


相手が羽月ちゃんということで、僕は初めてのデートを控える高校生のようにあれこれ思案していた。


結局、落ち着かなくて30分以上早く着いてしまった。

さすがに羽月ちゃんはまだ来てないようだ。

と思った次の瞬間、背後から聞き慣れた声が……。


「今井さん、遅ーい」


振り返ると、口を尖らせた羽月ちゃんがにらみを効かせていた。


「社会人なんだから時間は守ってくださいね」


「え? あれ? 11時の約束だよね? 」


「は? 何言ってるんですか。10時ですよ、10時」


「あれ、そうだっけ? それはゴメンっ」


「今井さんたらひどいんだ。じゃあ罰として、今日は今井さんの左手はフリーですからね」


「え、フリー? どういうこと? 」


意味が分からずキョトンとしてる僕に、彼女が言った。


「じゃあ、左手を出してください」


僕がおずおずと左手を差し出した。彼女は、


「こういうことです! 」


と言うと、右手で僕の左手をぎゅっと握った。


「じゃ、行きましょうか」


そのまま彼女は歩きだした。

予期せぬ先制攻撃に、僕の心拍数はこれ以上ないくらいに急上昇していた。


手を繋いで歩く。僕の左手が繋がっていることを忘れているかのように、彼女は右手を大きく前後に振りながら跳ねるように軽やかなテイオーステップで歩いていた。

やはり嬉しいことがあると、無意識にこのステップが出るみたいだ。


僕は、パドックでトウカイテイオーを引く厩務員さんになったような気がしていた。


☆ ☆ ☆


「ふわぁ~」


ロビーに出るなり、羽月ちゃんは両手を大きく広げて大きなあくびをする。


「今井さん、どうでした? 」


「俺に聞く? 誘ってもらった立場を踏まえて言うと、『お陰さまで寝不足が解消できました。ありがとうございます』ってとこかな」


「あはは、私もです。昨日はドキドキしてなかなか寝れなかったから丁度良かったです」


ふたりともぐっすり眠れたようだ。


「じゃあご飯食べに行こっか」


僕の提案に彼女は、


「はい。お腹空いちゃいました」


と答えて、ちょっとだけためらってから再び僕の左手を握ってきた。

彼女の右手は、小さな子供が親の手を握るかのように、『離れないで』と言わんばかりにぎゅっと僕の手を握り締めていた。


そんな彼女に対して、僕は絡められた指をゆっくり解いてゆく。


「えっ?」


その動きに彼女は一瞬戸惑い、寂しそうな表情を浮かべた。


だがすぐに、僕から彼女の右手に軽くふんわりと指を絡ませて、


「心配しないで大丈夫だよ。今日は羽月ちゃんの指定席だから」


と言うと彼女は、


「もう、ずるいんだから……」


と小さく呟いて、真っ赤な顔で口を尖らせた。


初めて握った彼女の手は、細くて小さくて、そして柔らかだった。

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