羽月はお子ちゃまなんだから
羽月ちゃんのお母さんが作ってくれた美味しい料理の数々。
さすがに全部は食べれまテンでしたが、お母さんのご厚意でお持ち帰り用に取り分けてくれました。
一人暮しにはとても助かります。
「今日は本当に、どうもありがとうございました」
頂いたお料理がしこたま入った袋を両手に持ちながら、僕は深々と頭を下げた。
「こちらこそ、せっかくの休みにお呼び立てしてすまなかったね。またぜひ遊びに来てくれたまえ」
「そうね。私も息子ができたみたいで嬉しかったわ。ウチは娘二人だから、男の子が家の中にいるのが新鮮で楽しかったわ」
お父さんお母さんと親しくなれてホッとした。関係性はどうあれ、いろんな人と仲良くなるというのは、今の僕にとって大切なことなのかもしれない。
「羽月、 今井君を駅までお送りしてきなさい」
お父さんの呼び掛けに、羽月ちゃんは複雑な表情で「はーい」と答えた。
「では、失礼します」
「じゃ、よろしくな」
「またお越しになってね」
玄関のドアがバタンと閉まった。
僕は「ふーっ」と大きく息を吐いた。
「お疲れさまでした。疲れちゃいましたよね」
僕の顔を覗き込むように羽月ちゃんが言った。
「まぁ、疲れたけど楽しかったよ。ご両親とも素敵な人で。いい家族だね」
「えー、そうですか? では安彦家を代表して御礼申し上げますね」
羽月ちゃんは嬉しそうにペコリとお辞儀をした。そして顔を上げると、そのまま空を見上げて言った。
「……あっという間でした。もっと一緒にいたかったなぁ……」
この子は表情がコロコロ変わる。泣いたり、笑ったり、怒ったり、拗ねたり、喜んだり、悲しんだり、そして今は寂しがっている。
その度にドキドキしている僕がいる。決して大きなドキドキではない。心の奥の奥、羽月ちゃんからは決して見えないところでドキドキしながら、僕も一喜一憂しているんだ………。
僕も空を見上げた。顔にポツリと雨粒が落ちてきた。
「あっ、雨だ。お母さんに言われて持ってきて良かった」
そう言って彼女は傘を広げた。両手が塞がっている僕が濡れないように、傘をさしてくれた。
「どうもありがと」
「どういたしまして。相合傘になっちゃいましたね」
彼女の顔はちょっと嬉しそうな表情に変わっていた。
しばらくして彼女の左肩が、いや左半身が雨に濡れていることに気がついた。
人に対する思いやり。
きっと、あのご両親の教育の賜物なのだろう。
「羽月ちゃん、びしょ濡れじゃないか! 傘、もっとそっちにしないと」
「大丈夫ですよ。今井さん、知ってるじゃないですか。ほら、私、雨に濡れるの慣れてるし……」
冗談めかして笑った。
「いやいや、そういう問題じゃないでしょ。今日はタオル持ってないし。それに女の子をびしょ濡れにしといて相合傘もないだろ」
「あ、でも、ホント大丈夫ですから、気にしないでください」
もっと近くに、寄り添うようにすればそんなに濡れることもないだろうに……。
「ちっ。まったく、しょうがねぇなぁ、羽月はお子ちゃまなんだから………」
僕はそう言うと、両手に持つ重い袋を右手にまとめ、空いた左手で彼女の左肩をぐいっと抱き寄せた。彼女の華奢な身体を包み込むように。
「えっ?! ひゃっ!」
「これなら二人とも濡れないだろ? 」
「は、はい……」
羽月ちゃんは返事だけするとフリーズしてしまった。顔を真っ赤にして俯いたままだ。
「ぽんっ! 」
「ぷしゅーーー」
また彼女の回路がショートしたみたいだ。
ホント、羽月はお子ちゃまなんだから……。
☆ ☆ ☆
駅からの帰り道
「今井さんが、私のことを『羽月』って……。呼び捨てで言われちゃったぁ~。それに………(ぎゅっ!)」
抱き寄せられた左肩を右手で擦りながら、真っ赤な顔で、嬉しそうに恥ずかしそうに、何度も呟きながら歩く羽月ちゃんでした。
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