第11話 初戦の相手
その言葉の意味を伊織が理解したのは、くじ引きがはじまってすぐであった。
各校の代表として来た選手たちがぞろぞろとくじを引き、テンポよくトーナメント表が埋まっていく。それを見ているだけでも不思議とワクワクしたが、さらに伊織がおもしろいと思ったのが選手たちの反応であった。
トーナメント表が埋まってゆくにつれ、早々に初戦の相手が決まることもある。
選手たちは互いに顔を見合わせてお辞儀をしたり、すでに知り合いなのか互いに笑い合ったり──。妙に胸奥がそわそわして、伊織の頬が紅潮した。
「なんや──団体戦ってすごいな。楽しみやな!」
「フ、だろ」
「あっ。さっきの鈴木さんやで!」
「田中だ」
柳葉高校の田中篤志。意味もなく右腕に力を込めて、抽選箱に手をつっこむ。ちいさな紙を取り出してスタッフに手渡した。スタッフは紙に書かれた数字を見るや迷いなくAブロック左下の枠に『柳葉高校』という名を書き入れた。A、B、C、Dの各ブロックのなかで唯一初戦の対戦相手がシード校となる、あのAブロックの枠である。
「アハッ! なあ、さっき言うてたとこに名前入った!」
「ブハ、見事なくじ運だな」
「うちと当たるかな」
「シードは四校、四分の一の確率と思えば可能性がないとは言いきれねえが」
と笑いをこらえる大神が、おもむろに立ち上がる。
まもなくシード校四校の出番だ。伊織は「がんばれェ」と元気よく手を振った。とくに頑張ることはないのだが、大神は「ああ」と口角をあげて壇上へあがる。
「では昨年度戦績上位の第一シード校、才徳学園」
はい、と大神が前に出た。
講堂内一同の視線が大神に集まる。柳葉高校の田中は唇を噛みきらんばかりに噛みしめて、その行く末を見守った。伊織のからだも自然と前のめりになる。
大神の長い指が紙をすくう。
スタッフが確認して、読み上げた。
「第一シード才徳学園Aブロックシード──初戦、柳葉高校」
「やはははははッ、引きよった引きよった!」
瞬間、伊織は手を叩き、大神は顔を伏せて噴き出す。
周囲の生徒たちが一斉にあわれみの視線を柳葉高校の田中へ向けると、彼は案の定奇声をあげて立ち上がったところであった。
なんてこった、と田中はつぶやく。
「お、お──大神ァ……」
「よう、またてめーのとこみてえだな」
楽しみにしてるぜ、と。
席に戻りがてら田中のそばを通りがかった大神は、余裕たっぷりの笑みを浮かべて、田中の肩をぽんと叩いた。
席で大神を出迎えた伊織は、いまだに笑いが止まらないのかキャッキャと手を叩く。しかし講堂内の雰囲気はつづいての司会のことばによってふたたびピリリと引き締まる。
「第二シード校、青峰学院──Dブロックシード」
生徒たちはざわつき、Dブロックなのであろう高校の生徒たちがぐっとうつむく。いったいどうしたのか、と伊織が大神を見上げると、彼はいつもの余裕ある笑みを浮かべて青峰学院代表選手を見つめていた。
「おーが、青峰ってそんな強いん?」
「シードに入るくらいだからな。とくにヤツ──青峰の部長、水沢はかなりいい腕をしてる」
「大神が褒めた……」
「テメーは俺をなんだとおもってやがる。七浦愛織のことだって褒めたろうが」
「ああせやった。でもホンマに強そうやな、会場内が一瞬でシーンなったで」
青峰学院。
才徳の黄金世代が入部する前までは、例年県大会優勝の第一候補であり、世代が交代しても毎年よい選手を育てて勝ちあがってくる高校テニス界ではわりと有名な学校である。
大神は真顔で腕組みをした。
「青峰の強さは、毎年かならずすべての選手を一人前に育て上げるところだ。それをいうなら桜爛もそうだが──桜爛とも違うところはとくにスポーツ推薦を設けているわけでもねえってとこか。つまり選手を育て上げる土壌のある学校ってことだな」
「うちとは真反対や。才徳は、大神たちの代と、その下の
「そうだな。だが、その土壌はいまこの俺がつくっている。才徳がこのままポッと出で終わるような学校になど、俺がさせねえ」
「ほァー。大神って愛が惜しみないんやな」
「いい褒め言葉だ」
と、口角をあげた大神の前に、くじ引きを終えて戻ってきた青峰学院の水沢があらわれた。長身の体躯ながらその顔に浮かぶ柔和な表情によって、あまり圧を感じない選手である。ちらりと伊織を見てにっこりわらった。
「才徳はAブロックか、当たるとしたら決勝だな」
「ああ。それまでにこけねえよう気をつけな」
「ハハ、互いにね──ところで大神が女連れとはおどろいたな。彼女は、女テニ?」
「いや? うちの秘密兵器だ」
秘密兵器、と青峰の部長が興味深げに伊織を見る。
注目されて照れたのか、伊織は大神の背に隠れるように身を縮こませながら「なあ」と控えめに声を出す。
「なんで青峰は毎年選手が育つん? ええコーチがいてるんか?」
「あ、うんそう。コーチがね、卒業生ですごく強い人なんだ。もうずっとその人が見てくれてるんだけど、テニスに対する意識とか技術とかはコーチがいなくても部活全体に浸透してきてるんだよ」
「フーン」
と、伊織がすこし不服そうに大神を見上げる。
大神は「まあ見てな」とわらった。
「いずれ才徳も俺がそうしてやる」
「うん」
とりあえず、と水沢がすっかり名前の埋まったトーナメント表をふり仰いだ。
「あのトーナメント表を見るかぎり、決勝で当たるのは間違いなく才徳だろうな。そのときはよろしく」
「ああ」
彼は自席へ戻っていった。
その後、第三シード、第四シードとトーナメント表は埋められて、各校の選手たちはみなこれから始まる県予選に向けて一刻も早く練習をはじめようと、司会の号令が終わるや足早に自分の学校へと帰ってゆく。
人波がひいたころ、ようやく立ち上がった大神とともに伊織が講堂を出る。柳葉高校から才徳学園までは幸いにも徒歩圏内である。いまの時間ならば才徳テニス部もまだ練習時間だ。一度学校へ戻るのかと伊織が問えば、大神はなにかを考えているのか、無言で柳葉高校の校門を出た。
しばらくの沈黙道中。
いまだに大神からの返答はないが、向かう方向は才徳学園である。行きにも通った河川敷にさしかかったところで、伊織の前を歩く大神がふと足を止めた。川の流れに気をとられていた伊織が、大神のラケットバッグに衝突して奇声をあげる。
「いきなり立ち止まらんといてや!」
「おい、ちょっと打ってかねえか」
「え?」
一瞬、伊織の顔が曇った。
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