きみの名は。
『何事も百聞は一見に如かずと言うでしょう。言葉を尽くした説明よりも、記憶をよく辿ってみることです。その方か早い――言ってしまえば、すでにご経験の通りのことがあなたの仕事なのです。あれが全てです』
(ぼくの――経験……って)
い~つのーことーだかー思い出してごらーん♪
あーったーでしょう~♪
――ッハ!
(ぼくここ来てからロクな経験してなさすぎちゃう?)
ちょっと記憶辿っただけで懐かしの幼稚園で習った歌が残念ルビで蘇ってきたわ。
この暗黒っぷりどうよ。Gこと真っ黒くろすけも霞んで――いややっぱそれはないわ。
あのGもどきたちの大群ときたら。あ゛ああ~改めて思いだしたらぞわぞわしてくる。
(はー無理っもーいやっ、ぼくの服燃やす前にアイツら燃やせっちゅうねん)
「え~、じゃあほんまにぼくあいつら潰すために雇われたん? 昨日あれからめっちゃキショかってんで」
「でもやってみたらできたでしょう」
「……それはそうやけど」
悔しいことに、コイツに「用ナシ」言われてイエローカードちらつかされた後、言われた通りやってみたらほんまにできたんよな。
直前まで溺れてたせいでびっちょぐちょのスニーカーで、イチかバチか踏みつぶしたらいけた。でも標的のあまりの多さに途中で足
実際はどのくらい格闘してたんか――体感ではお客様ラッシュ地獄の6時間シフトとどっこいどっこいやったけど。
恐る恐る近づいていった結果が噛みつかれたりせえへんかったのは意外すぎやな。
アイツら森の大木を一瞬で食らいつくしたはずやのに。肉食ってわけではないんか……
かわりにむっちゃぶち当たってこられたのには閉口するしかなかったけど。いやマジで。中には口に入ってこようとするやつもおったんやもん。食事履歴がさらに閲覧注意になるとこやったわ。
何しろ見た目はGそのまんまやからな――もうさ、かの名作映画M〇Bの無印を思い出して耐えたよね。実際は耐えきれずに半狂乱で泣きながら潰して回ったんやけど。
後半はもう嫌悪感とか突きぬけてとにかく疲労よな。
ぶっ倒れんと全部倒せたの、完全に奇跡やで。
「あの忌まわしいものたちを消し去ること。それがあなたの仕事というわけです。あれは本来、『庭』に居てはならないものたちだから」
「庭て……あの昼しかないっていう森、このお宅の庭なん? 規模デカすぎへんか」
「いえむしろ、この屋敷のほうが庭の付属品なのです。いわば、庭師の小屋といったところでしょうか。今はわたしの座所ですが――泉のことを忘れましたか? あそこにはあるお方が眠っている、と話しましたね」
「あーあれな。寿命ボッシュート池な」
ちゃうか。うっかり飲み込んだが最後、見返りに寿命要求してくんのは「コウチュウ」とかいうやつやったか。別に美味くもないのに難儀なやっちゃで。
「あの広大な庭とこの屋敷も含め、泉に属するものは全て、その方の支配にあずかる領域なのです。本来ならば穢れたものなど決して入れない」
「あ~ようあるようある。『ここ聖域。部外者立ち入り禁止』的な設定な。指輪映画版でもファラ〇アが言うとったわフ〇ドに。要するに、あのお方だかそのお方だかが寝たはる泉がメインの世界ってことね」
「聖域とは言い得て妙ですね。禁域、と言った方がいいかもしれませんが。許された者以外は存在することすらできないので」
「しっかし要領をえんなー。じゃあなんであの黒いやつがおるんって話やん? つまりここって、その神様的な存在が『Gダメ絶対』って決めてる限りはそもそも入られへんはずなんやろ?」
――これ結構ぼく状況を理解できてきてるんちゃう?
確認のために問うと、なぜか相手の顔は苦しそうに歪んだ。
「あなたの――あなたがたのせいです。
(おっと強めのファンタジーワードきたな)
「……えーとまず、ウツシヨってのはなんか知ってるで。多分ぼくがもとおった世界って意味やんな? ほんでここがカ、カク――」
「幽世」
「オッケーこの異世界はなんかその隔離されてるYOー! 的なノリの場所ってことやな」
「ま、まあいいでしょう――もうそれで。実際には隔離されているのではなく、こう、混ざりあっているというか、繋がりあってもいるのですが」
もしや――とぼくはそこで気付いた。
もしや相手からの当たりが和らいでいる?
こういう馬鹿っぽいノリで喋ると、また嫌味で返されるかと思ったのに。
(なんや急に。拍子ぬけするくらいまともに喋れてるな)
多少とまどいは覚えるが、円滑な相互理解は職場環境の改善に直結している。このままもっと情報を引き出したいところだ。
「ああ、完全に断絶してるんじゃなくて一応ちょこっとは繋がりあるから、なんかその穢れ? とやらの影響をはからずも受けてしまった、と」
「そう、ですね――」
そこでしばし考える素振りをみせる相手――おお、これはわかりやすい例えを探している顔!
(ほんまにどうしたんや、今日はちょっと親切モードなん?)
またも密かに動揺していると、やっぱりこっちの考えていることは筒抜けなようで、軽く睨まれてしまった。でも軽くってとこがすでに驚きなんやけどね。ドS具合でも悪いんか――あ、その構え知ってる燃やそうとしないでゴメンナサイっ。
「川の上流と下流を想起すればわかりやすいかもしれません。水は常に高きから低きへと流れるだけで、通常ならば下流の水が上流に流れこんで混ざりあうなどということはない」
「ふんふん」
「けれども流れに異変がおこれば話は別。顕著なのは、下流の水が澱むこと。その濁りは上流にまでやってきて悪い影響を与える。澱みで生まれた穢れが、あの忌まわしきものたちであると考えてください。
そこでほっそりとした指先は、空中に文字を書いてみせた。
――『蟲』。
( ――、れ? なんや今―― )
背筋を、急に氷が滑り降りていったのかと思った。
ひょっと肩があがるような奇妙なざわめきが身の内に起こって、かと思うと瞬く間に消えてしまった。
――なんやったんや。
いつもやったら「蟲師の蟲ね~ハイハイ」とか、「ぼくやのうてギ〇コさんをお呼びしろ」とかアホな感想を抱くだけやのに(抱いてるけど)。
「つまりその蟲どもが湧いちゃったのは――原理不明すぎやけど、ぼくらが生活してた世界が穢れてるからってことやねんな? たしかに具体的にどう穢れてんのかなんざ知らんけど、ばっちいこたばっちいやろうなあ」
それは想像に難くないし、いきなり「YOUたちのSAYだヨ!」ってコイツとかその神様的なお方とやらにでも怒られちゃうのはわかるわ。
だって正直ぼくらの世界って環境破壊に貧富の格差、戦争紛争、いつだって問題だらけのトラブルパーティー状態やん。
なんか穢れって、そういうしっちゃかめっちゃかの状態全部ひっくるめてのご指摘っぽいよな。知らんけど。
「んで、そこでなーんで蟲退治係が全人類を代表してぼくなんよ。だいいちアンタなんか魔法の火ぃみたいなん出せるやん。それでぱぱっと片付けられへんの?」
「――だから前にも言ったでしょう」
「んあ?」
突然、相手の声が地の底を這うように低くなった。
雲行き怪しいて。急に不機嫌エンジンがふかされ始めた気配がするんやけど。
身構えていると、ぼそっと、さも嫌そうに顔を歪めての一言が放たれた。
「汚らしいから……」
「え、なんて――」
「あんな汚らしい蟲どもを、わたしの炎で焼けと? 冗談じゃありません」
(え、ちょっと待てそれって)
「じ、自分がやるの嫌なだけ? ほんまはやれば――それこそ『やってみればできる』のに自分がやんの嫌やからってぼく、ぼくに押し付けてきてんの? ――は?」
衝撃やねんけど――え待って?
思いだすあんなことやそんなこと――すなわちアイツらを潰す感触だとかいやな臭いだとか逃げ回った時に負ってから今も痛み続けてる様々な傷だとか、もろもろ。
Q:それらをぼくが経験しなければならかった理由を述べよ。
A:このダボのさぼりのしわ寄せ。
ふふふ、笑えるわむしろ。
ちょっと信じられへんくらいに異世界トリップの理由がしょうもない。
「た、たかがゴキブリ殺すくらい自分でやれや!」
「い”や”っ!!」
び、吃驚した。渾身の叫びに渾身の悲鳴返ってきた。
見ると目の前の相手はぶるぶると拳を震わせ――かと思うと、まだ食事の皿が残っている座卓へ両の拳を叩きつけた。
(うわ涙目やん)
「あんなやつらの名前っ、名前も聞きたくないっ! 気持ち悪い!!!」
「えええ……」
「いいでしょうがあなたは! あんな仕事帰りに歪んだ顔して踏みっ――踏みつぶしていたくらいなんですから! 向いてるでしょう?! 天職ですよっ。わたしのかわりにやつらを消しなさい!」
「ちょちょ、やめいて。机バンバンすな。皿割れるぞ」
「ふああ~っ、半神さーん落ち着いてよ~お顔怖いよ~」
叩かれ過ぎたんか、重厚な机にビシィッってひびまで走ってる。こっわ。
「怪力すぎやん自分。どうみてもアンタのほうがてんしょk――」
「うるさいですっ。やれって言ってるんですからやりなさい愚鈍!」
バキィッ――という断末魔をあげて座卓が逝ってしまいました。
あーあもう、皿もなんもかもめちゃくちゃやん。ちよちゃんも目ぇまん丸にしてるし(かわいい)。
しかしコイツなんちゅうやっちゃ。
ドSってか身勝手ヒステリーさんやったんかい。
「――とりあえず自分のことはヒス子って呼ぶわ」
「はあ”っ!?」
おお般若。やっぱヒス子でピッタリやん。
※設定は思いつきで書いてるので後の話で整合性がとれなくなったら修正する可能性があります。(6/18)
※指輪映画版の例えを修正。ボロミ〇がゴ〇ムにじゃなくてファラミ〇がフ〇ドにでした。(6/24)
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