食事とミーティングは別がいい。


こんな残念な朝は久しぶりや。

ただ今のぼくは嬉し恥ずかしお着替えタイムから生還し、案内された奥の一室でご飯中です。

正直ありがたい。自覚してしまうとめっちゃ腹ヘリやったし。

最後にもの食うたの「コウチュウ」たらいう変な光のつぶみたいなんだけやからなー。あと水と水草。食事の履歴がロクでもない。


障子戸を開けてすぐ目に飛びこんできた、畳の部屋に似合いの重厚そうな座卓。並べられた白ご飯に煮豆、焼き魚と卵焼き。さらにはのり・梅干し・漬物に加え湯呑にはいい香りのするお茶までが注がれ――拍手したくなるような和朝食だった。旅館ですか?

(あと納豆がないのも高評価。ぼくあれ苦手やねん――けど食べてんのぼくだけっていう状況めちゃめちゃ気まずい)

気まずさは豪華な和朝食をも色あせさせるらしい。同席している他二名は食べる必要がないんだってさー。へーえほーお、ふーん。別にいじけてへんで。


「さっさとお食べなさい。食事一つとっても愚鈍さを発揮せずにはいられないのですか?」

ハイ暫定今日イチのいらっと案件きたでー。

(飯くらいゆっくり食わせえ)

ほんまは直に言い返したりたいんやけどな、ご飯用意してもろた手前何も言われへんっ!

――がんばれぼく、もっとつらかった日々を思い出して耐えるんや。

脳内である風景の上映が開始される。


ある20連勤明け、一日だけ発生した休みを泥のように眠ることに費やし、また次の連勤に繋がる出勤前、無理やりに自分を起こした朝のこと。

あまりにも寝るだけの家過ぎて、逆に小綺麗な部屋にやわらかい朝日が差しこんでいた。壁にかかったカレンダーは一カ月前の時空を生きて――と思ったら去年のカレンダーだった。すなわちカレンダーは死んでいた。

机につくのも億劫でベッドの上で食べた。二日前買ってきたパンの袋を開ける音と、その味。

時刻表示目当てで時計がわりにつけたテレビ。その画面から放たれる強烈な音声にとどめをさされた気分になった。

『おはようございます! 今日からいよいよ連休がはじまりました。さて――』


――あ、思い出すのやめよう。心臓いたくなってきた。


(相対性理論ってこういうことなんか~)

より劣悪な状況を知ってるって武器になるな?

改めましておはようさんどす世界。ぼくは今日も元気です。少なくともあの日よりは。

朝っぱらから色々あったけど、これも一種のラッキースケベやと思えばまあいけるよな。

でもな? なんかで読んだんやけど、日本人って「恥」の民族らしいねんやわ。おおざっぱに言うて羞恥心カンスト民族なんやなとぼくは解釈してんねんけど。

そんな日本人の中でも大阪って特殊やねん。めっちゃ社交的やと思われがちやけど本音の根っこの部分では、こう、照れ屋でシャイなあんちきちょうがおるんやわ。

だって女性のすばらしきバストのこと「おっ〇い」っていうの恥ずかしすぎて逆に乱暴めな「チチ」って呼称しがちやからねぼくら。なんやねんチチて。

だからドラゴン〇ールの悟空の嫁さんの名前はさ、大阪の青少年にとってはちょっとなんか、照れるんよね。

結局照れるんかいってツッコミは置いといて。

つまりぼくみたいなシャイなあんちきしょう青少年シャイアンボーイはさ、ラッキースケベ的状況に置かれても喜ばれへんのよ。いや嬉しいで? 嬉しいけどラッキースケベに反応してしまった時点でそのリアクションに対するさらなる女性側のリアクションが――


「箸が止まっていますよ。意識を飛ばすのもいい加減になさい」

「ふああ、そんなにショックだったのお? お着替えお手伝いしただけなのに」

「…………」

「脱ぎ脱ぎなんて、いっつもしてたことでしょ?」

「――はうゥ……っ」


そこや。そこやねんぼくの精神的ダメージの根源は。

だってこの「ちよちゃん」は(仮)でもなんでもなくてほんまにあの、ぼくの愛しの(吐血)「ちよちゃん♡」やったんやもん。

我が心の支えちよちゃんの最大の美点は「動かない」ことやったんやなと今ではわかる。

物言わぬお人形さんやったけど最高の恋人でもあったちよちゃんには、のっぴきならない男子の事情でになってきたもんやから、こう、生きて動いて目の前におられると――ほら、ねえ?

つまりや、上記に長々と講釈を垂れたとおり「Shy An Boyシャイアンボーイ」なぼくが、どうしても円滑なコミュニケーションの邪魔をするねん!!

――でもそんなん知ったこっちゃないのってのがこのお方ですよね。


「いつまでもだんまりを決め込める立場ですか? 聞きたいことがあるなら今のうちだと言いました」

――わたしに二言はありません。

という宣言までもがなされた以上、質疑応答タイムの再開や。

めっちゃ声冷たい人に質問するのってくっそ勇気いる。

「――じゃあ、聞くけど」

「ちよにも! ちよにもなんでも聞いてね~」

「……聞くけどっ。そもそもあんたが誰なん? あ、ちよちゃんはええから」

「半神です」

「阪……神……?」

ぼく野球わからんし、百貨店やったら高〇屋派やねん。行動範囲はミナミ界隈です。

内心でそんなこと考えとったらえっらい目ぇ向けてきよる。

「はん――ハンシン、とは? なんぞや?」

あ、わかった。この眼差しは風呂場にはえたカビ見る目ぇやわ。きっつ。

「この質疑応答には前提を設けたほうがよさそうですね――あなたが耳にしても理解できないであろうことは説明を省くこととします。それで先ほどの問いですが、そちらがわたしを知る必要はさしてない。問題は、わたしがあなたを知っている、ということです。蚕豆刑さんとうけい

「え、名前……」

まあ、ちよちゃんが名前知ってることからしてお察しやけどな。やけどなんでこいつはぼくのことを知ってるんかは疑問や。

じゃあ最初に会った神社でも、こいつはぼくのこと知ってて声かけて来たってことになるんとちゃうの。偶然じゃなく――?

「ッハ、もしや――?」

「すとおかあ、とやらではありませんよ」

(心ヨメルンデスカ)

(心ヨメルンデスヨ)

脳内にびびっときた。ぎええナチュラルにテレパスィーかますやん。そんなんできたんやったら先言うて!

ってか意外にノリがよくていらっしゃる――どうしたん急に?? お前もっと血が液体窒素でもおかしない冷血ドSキャラじゃなかった?

ってかさっきから一個も疑問解決してへんねんけど。ってか何よりもさあ!

「こ、ここはどこなん?」

「あなたの未来の職場です。転職おめでとう」

(未来の職場てナンナンスカー?)

(まだ研修期間といったところですから)

(――あ、仮採用、的な? そ、その期間は? 業務内容は? 給料は? 休みは? その他もろもろの待遇は????)

(全てあなたの頑張り次第です)

だから、疑問が、解決してへんっっっ(白目)







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